進展
第一話 ぶっちゃけありえない
一難去ってまた一難、リントの戦いはこれからだった。
クローヴァンからエマの鴉で即帰ってきたが、キスされたことでずっと上の空だった。
現実に引き戻したのは役所前での非難の声だった。私的利用をしていたことは公表したが具体的に何に使用していたかは伏せた。それについて求める声やガルドに対する非難もあった。
静かに職員用出入り口から入り環境課へ向かうリント。しかし待ち構えていたのは監査員だった。
資料の持ち込みや私的利用、そのほか諸々罪に問われた。しかしガルドという真犯人を見つけたことで少しは情状酌量を頂けたが、報告書と反省文の嵐、それに伴い納品税制度が崩れたことによる税務課への出向で毎日残業だった。実際は他の課からも人員補充で税務課に回されているが、リントはその発起人として中心に立っていた。
「今更金を寄越せって無理だろ!」「私の血何に使われてたの!教えなさいよ!」「なんでもいいから返してくれ!」毎日こんな感じだ。中には信用できないといいアトルピアから引っ越した人もいた。
全ての真相を知っているのは同期二人とサトル、そして監査員の少数しか知らない事実。毎日のように来る住民に全てを話したいができないもどかしさをまさかアトルピアでも感じるとは思いもしなかった。
「やっぱ手出さなきゃよかった」
嘆きは届かないしもう遅い。
数日経った夜、蝙蝠が来ていた。蝙蝠もリントに会えたのが嬉しいのか手にすり寄って自ら撫でられていた。
〝リント元気にしているか? やっとクローヴァンは落ち着いてきた。今まで以上に吸血鬼同士の仲は深まっている気がする。少数派との交流もコータを通じて始めた。皆いい人ばかりだった。まだやることは沢山ある。お互い頑張ろう〟
初めて日記を見た時にも思ったが本当のヴァインの字は綺麗で美しいと思えるほどだった。対して自分は疲労もあり近くにあった紙を破り、殴り書きの文字で、
〝助けて後始末が終わらない〟
とだけ書いて蝙蝠に渡した。
そしてそのまま寝落ち、気が付いたら朝になっている。なにも回復しないまま環境課ではなく税務課に行き住民対応に追われる日々。正直限界だった。
翌朝、リントからの殴り書きの手紙を受け取ったヴァインは出かける準備をする。
「ヴァイン様どちらへ」
「助けてってSOSを受け取ったから少し行ってくる」
ヴァインは舞い上がり飛んで向かった。マントが翼のように広がり空を滑空する。ケンタウロスでは三日かかる道のりでもヴァインは半日で着く。朝受け取った手紙を見てすぐに向かいアトルピアへは夕方についていた。
「この時間でもこんなに明るいのか。眩しいな」
サングラスを取り出し、少しアトルピアの町を探索するヴァイン。
暫く進むと役所が見えたが入口は人で溢れていた。
「なるほどこれは大変だ」
ヴァインは人込みをうまくかわしながら役所内に入っていった。しかしヴァインはリントがどこの課で働いているかは知らなかった。案内図と見ながら迷っていると、同じ種族を感じた。
「もしかしてヴァインさん?」
「そうだが」
「よかった!もうリントちゃんぼろぼろなの、助けてあげて」
エマと名乗る人物に案内され税務課に行くと対応してるリントを見つける。明らかに疲れ切った顔をしている。声をかけたかったが逆に邪魔になると思いなんとか気持ちを押さえ、
「仕事はいつ終わるかわかるか」とエマに尋ねる。
「このところ残業続きだから、正確な時間は分からないです」
「そうか、心配だな」
エマは職員出入口を案内し、ここ近辺で待っていればそのうち出てきますと伝え環境課の方に戻っていった。いつ出てくるかわからないがヴァインはしばらく待った。正直奴隷として働いていた時よりも時間が永く感じた。
正面の入口は閉まっているが電気はついたまま。ぞろぞろと他の職員が出てくるがリントは出てこない。月がはっきりしてきた頃やっとリントが出てきた。しかしその足取りはふらふらである。
「リント」ヴァインが呼ぶ。
しかしリントには聞こえなかったのかそのままスルーしようとする。ヴァインが再度呼び、リントの意識も呼ばれた気がして、あたりを見渡す。前方にヴァインがいた。リントの脳内ではついに幻覚まで見え始めたと思っていた。
ヴァインがそこにいると認識したのはヴァインがリントの頬を触ったから。冷たい手がリントの意識をはっきりさせた。
「ヴァイン?なんで?」
「手紙を読んだ。助けてと書いてあったから助けに来た」
以前とは逆の立場になった。
「もうヴァインのせいで毎日残業だよ!」
ヴァインの身体をばしばし叩くリント。
「残業は俺のせいではないだろ」
「元をたどればヴァインのせい」
「もっと元をたどればアトルピアのせいだろ」
言い返せなかった。
リントはヴァインに倒れ掛かるように抱きついた。リントの全体重がヴァインにのしかかる。ヴァインはどこかでリントを休めないかと思い、
「明日も仕事なのか」と尋ねる。
リントは首だけ頷く。もう喋る気力もなさそうだ。
「そうかとりあえず、帰ろう。家はどこだ」
指で方向を示すリント。重症である。
「それでわかるわけないだろう。仕方のないやつだ、その様子では俺の隣は不釣り合いだな」
その言葉が効いたのかヴァインからすぐ離れ、一人家の方に歩き始めた。
「おい待て」
まさか置いて行かれると思わず急ぎついていくヴァイン。
道中会話はなかったがリントの背中を見てヴァインは守ってあげたいと思っていた。リントの疲れが取れるなら何でもしようと決めた。
家に着き、「どうぞ」と招かれ入るヴァイン。
ここ連日の残業のせいか部屋が荒れていた。
「まあ仕方ないとはいえリントも大変だな」
気が付いたらリントはもうベッドで寝ていた。
「俺がいる事忘れているな」
仕方なくヴァインは寝ているリントの顔を見る。
「前にもこんなことあったな。あの時もリントは気が付いたら寝ていた。変わらないな」
ヴァインはリントの顔を撫で愛おしそうに見つめる。
「安心しろ。リントはもう十分俺の横を歩くのにふさわしい。リントは俺のこと助けてくれたのに、このままでは俺は何もできないな」
ヴァインはベッドに入り、リントを抱き寄せる。
「これでリントの心が軽くなればいいが」
リントと一緒に眠りにつくヴァインだった。
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