第九話 こんなんじゃ納得できないよ
ガルドとネーブルの背後から聞こえた声はリントだった。
「何故ここにいる! 最後に会ったのは牢の中だろ」
「ちょっと殺したんじゃないの!」
焦るガルドとネーブル。
「証拠一つ目、ガルドが私のこと殺そうとしてた話は頼んだ兵士から証言が取れています。これがその議事録です。あの時番犬が吠えていましたよね。あの番犬、実は会話を聞いていたらしいですよ。ただ夜にならないと人型になれないそうで、ずっと吠えるしかなかったんですよ。そして夜になった瞬間に上司に報告。すでに他の証拠で私は檻から出てはいましたがガルドが言っていたという証拠になります」
何も言わなくなるガルド。
「我々がお役所人間で良かったですよ、ガルドが到着するまでの二、三日でいろんなものを各部署にお願いして原本取り寄せました」
そこにはガルドの出張記録や口座記録、いろんな書類をガルドに見せた。リントはクローヴァンにいる皆で考えられるもののリストを作りエマの鴉に持たせた。アトルピアでそのリストを受け取ったエマとユアン、そしてサトルも協力し書類を集め、再度鴉に持たせた。
「ただの紙だろ」
「そうですただの紙です、でも大事なのはこれです」
リントは小包と工場から見つけた伝票をガルドの前に突き出した。小包を開け、中には
「それがどうした」
「物の受け渡しには基本伝票が付きますよね。エマが取っといてくれたんです」
しかし伝票には送り主の情報が空欄だった。
「用心深いガルドだからクローヴァンの文字は伏せた。でも郵送会社までは気が回らなかったようですね。クローヴァンの工場から集荷したことになっています。そして工場から出てきた伝票にはしっかりとクローヴァンから貴方宛ての伝票と、納品税で集めた血と毛の納品伝票までありましたよ。担当者はガルドあなたです。しかも役所を通してではなく個人でおこなっていますよね。住所はあなたが住んでいる自宅でした」
ガルドの顔は無に近かった。
「正直、都市政策課の時の横領や罪のなすりつけはこの際どうでもいいんです。役所の人間としてはよくないですが過去の話に近いから。今はそれよりも住民から集めた税を私利私欲に使っていたことの証明。これさえあればアトルピアの全員から反感を買い地位を失うことができる。これが立派な証明です」
ガルドは急に笑い出し、我を忘れたかのようにリントが持っていた小包を奪い、中に入っていた血鉱石を食べ始める。
「リント離れろ!」
ガルドの暴走が始まった。周りにいた兵士を一瞬でなぎ倒しリントに襲い掛かる。間一髪ヴァインがリントを抱え攻撃をかわす。
「ヴァイン!」
「大丈夫か!」
ネーブルはまたリントに対する嫉妬が大きくなる。
「リントのことしか見てないじゃん。本当に好きなんだね。あの時だって」
〝ネーブルはリントのことを信じなくていい。一人くらいそういう目を持った方がいいからな〟
あの時一人残されたネーブル。
「私の方少しも見てくれなかったよね」
ネーブルの独り言は誰にも届かなかった。
ヴァインとリントの方を見ており目の前のガルドに気が付かずネーブルは一撃を食らい壁にぶつかる。
「痛っ!」
ガルドは目の前にいる人全員を殺す勢いだった。しかしその目はリントしか見ていなかった。
「お前が壊した。お前さえいなければ。今も平和にクローヴァンは私のものだったのに!」
悪魔にでも取りつかれたような低い声にリントは震えるが、ヴァインがしっかりと支えていた。
一か所に集められた人間もガルドの本性を知り恐怖で逃げる、鎖で繋がれた吸血鬼達は逃げ惑う人間を笑っていた。人間達はクローヴァンの町から出ていった。勝利に雄叫びを上げる吸血鬼達。吸血鬼対人間は吸血鬼の勝ちで終わった。
「ヴァイン様、とりあえず余所者の人間は町から出ました」
「これでいい。後は貴様らだ」
ヴァインはネーブルが壁に寄りかかっていたことに今気が付いた。
「大方ガルドの攻撃を受けてしまい動けずにいた。そんなところかネーブル」
ネーブルは隠し持っていた血鉱石を食べようとするがヴァインの蝙蝠によって奪われてしまう。
「これ以上ネーブルが変わるのを俺は見たくない。ネーブルの思いに気が付かなかった俺が愚かだった」
「もういいよ。血鉱石も作れないし、ヴァインがどれだけリントのこと思っているかわかったから」
ネーブルはおとなしく捕まった。
ヴァインはコータにリントを預け再びガルドと対峙する。ガルドとヴァイン、一対一の状態にした。
「あの時は何もできずに貴様に捕まった。それから地獄の日々だった。貴様だけは絶対に許さん」
しかしガルドは動かない。動けなかった。目は虚ろで口も開いたまま、オーバーヒート状態だった。
「ヴァイン様、おそらく過剰摂取によるものかと。捉えるなら今の内です」
ヴァインが直接手を下すことなくあっけない幕引きに心が晴れなかった。
「地下牢に連行し厳重に拘束しろ」
ヴァインは静かに命令し兵士が動く。ネーブルとガルドはかつて自分達がいた地下牢に連れていかれた。
ネーブルがヴァインとすれ違う時、
「ヴァイン優しすぎるよ。もっと自分のこと考えればいいのに仕事代わったり、自分の血他の吸血鬼に与えたり」
「自分の為ではなく他人の為に尽くしてこそ王と言える。俺はそう思っているからな」
ネーブルは連れていかれ、その姿を見つめるヴァインの目は悲しみを帯び、オーラは少し無力感を
「ヴァイン、こんな終わり方になるなんてな。気持ちはわかるが皆指示を待っている」
コータが慰めながらヴァインを導く。
王宮から数名の人間がでてくる、いわゆる少数派の人間だった。鎖に繋がれた吸血鬼達もヴァインの言葉を待っている。ヴァインはこのやるせない気持ちを抱えながらも早くも王として仕事をしていた。
「このままクローヴァンに残っても良い、町を出ても良い。貴方達は最後まで我々吸血鬼の種族に危害を加えなかった。感謝する。もし残っていただけるなら、それ相応のことをさせていただきたい」
リントはコータと初めて会った時のことを思い出した。考えてみるとコータも少数派で道に倒れた吸血鬼に危害を加えたわけではなかった。言い方はきついが立つことを促しただけだった。コータは最初から吸血鬼達の味方だったのだ。
「私たちはこの町が大好きです。このままいさせてください」
「そうかわかった」
「ヴァイン様、吸血鬼達は…」ブロウとヴァインがクローヴァン復興に早くも動き出していた。
リントは王として指示を出しているヴァインをずっと見ていた
「立派だよなヴァイン。吸血鬼はもちろん、元々住んでいた人達もついていきたくなるんだよ。僕もその一人」
コータが話しかけてくる。
「でもガルドに対してもっと怒りをぶつけたいはずなのに動かないからって攻撃もせず終わってしまったのは少し悲しいです」
「そうだな。ヴァインの恨みがいつか晴れるといいな」
「でもかっこいいです、奴隷だったのが嘘のようにずっと堂々としていて。それでいて優しい」
「好きだもんね」
「はい、大好きです」
リントはずっとヴァインの背中を見ていた。
ヴァインの指示出しが少し落ち着いた頃、リントのところにヴァインが駆け寄る。
「リントはこの後どうするのだ。アトルピアに戻ってしまうのか」
「今頃税について私的に使用してたことが公表されているので後始末のために帰ります。また報告書書かないといけませんし」
「そっか、落ち着いたらまた来てよ。次来るときは本来のクローヴァンになっているから」
「本来のクローヴァンって何が有名なんですか?」
「パレードだ」
「パレード?! 意外! じゃあそれを楽しみに落ち着いたらまた来ます」
「リント、改めて礼を言う。助かった本当にありがとう」
「私何もしていないよ、ただ書類集めただけかな」
「しかしそのおかげで真実も分かったんだ。このままクローヴァンを復興していく」
「うん、頑張ってね」
「リント、その…」
珍しく言葉に詰まるヴァイン。
「はっきりしてください」
リントは冗談っぽくいつもヴァインに言われていたことを返した。
「文を送ってもいいだろうか、文通だ。リントからのメモのやり取りが唯一のつながりのような気がして嬉しかったんだ。このまま終わらせたくない」
「もちろん、いいですよ」
「ありがとう、こちらが落ち着き次第使い魔に持たせて送る」
「わかりました」
ヴァインは我慢できずリントのおでこにキスをする。
「え!」
「いつか迎えに行く、それまで俺に釣り合う人間になっておけ」
ヴァインは王宮の方へ行ってしまった。
リントはしばらく動けなかった。コータは白い目で二人のやり取りを見ていた。
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