第五話 吹っ切れた女は強い
朝リントにヴァインからの日記が届いた同刻、クローヴァンでも怪しい動きがあった。まだ寝ている吸血鬼が多い中、陰で誰かに念を送っている吸血鬼がいた。静かに伝えているようだったが、次第に声が出てしまっていた。
「あの石のことがヴァインにばれた! どうにかして!」「どうしろって言われても! あの石作れなくなってもいいの?」「このままじゃ財源困るのはそっちの話よ!」
「誰と喋っているのだ」
ヴァインが陰から見える背中に聞く。
振り返ったのはネーブルだった。
「ヴァイン! なんでもないの、起こしちゃった?」
「何もないならいい」
立ち去ろうとするヴァインを止めるネーブル。
「待って! 昨日コータと何を話していたの?」
「これのことか」
ヴァインはポケットから石を出す。ネーブルの目が鋭くなる。
「何かは分からないが良くない物であることは確かだ、俺達吸血鬼の血が使われている。何処の者かは知らないが、もし奴隷として搾取されているのであれば救わないといけない。まさか俺達がこんなものを作らせられる手助けをしていたとはな」
「でもきれいね、私それ欲しいな」
「駄目だ、危険すぎる。どんなものかわからない以上調べがつくまで誰にも触らせない。そろそろ時間だ、監視員が来るぞ」
ヴァインの言った通り監視員が来た。
「お前ら起きろ!それと、はいこれ今日の血だ」
ヴァインは皆を起こしながら、監視員からの血を渡していった。一人一本と渡された試験管に入っている血の量はわずか五分の一ほどだった。皆足りないと思いながらも毎日支給されているだけましと思い飲んでいた。
「誰か体調の優れない者はいるか、俺のをやる」
「ヴァイン様……」
一人が弱弱しく手を挙げた。ヴァインはすぐに飲ませた。
「これしかあげられずすまない」
「ヴァイン様がまた倒れてしまいます」
ブロウが側近らしく諭す。
「大丈夫だ、俺にはこれがある」
ヴァインはポケットからリントからの試験管を出す。
「今はこれを持っているだけで力になる、だから支給されている血は他の仲間に飲ませたい。決して支給されている血が不味いからとかではない、正直に言うとあまり好みの味ではないが。この血だって緊急用で持っているだけで飲んでない、それは信じてほしい。これはあくまで俺の緊急用だ。もし誰か倒れたらその時は飲ませるかもしれないが、それは非常時のみだ。基本は俺の緊急用だ」
「そこまで聞いてません」
リントが絡むと饒舌になるヴァイン。
「そうだな。とにかく今は平気だ」
試験管をポケットにしまうヴァイン。ネーブルは無意識に睨みつけていた。
「動ける者から監視員についていけ、つらいと思うが今日も共に乗り越えよう」
次々に鎖に繋がれていく吸血鬼達。一人動かないネーブルにヴァインは気づく。
「どうしたネーブル。体調優れないのか」
「ヴァイン私今のままでも幸せだよ。むしろ今のままがいい」
全員がネーブルに注目する。
「何を言っているんだ」
「クローヴァンの町を残す意味でも私たちは奴隷のままがいいと思うんだ。ヴァインがね王として復帰するのも見たいけど、この距離でずっといてくれる方が嬉しい」
「……ネーブルの言っている意味が分からない。悪いがこのまま奴隷として終わらせるつもりはない。必ずあの椅子に戻る」
「それはいつなの。私たちはいつまで、あと何日我慢すればいいの?」
言葉に詰まるヴァイン。
「皆も思っているよ。ヴァインについていくしかないから何も言わないけど本当は皆もう諦めているよ」
仲間の方を見るヴァイン、他の吸血鬼達も各々顔を見合わせる。
「……確かにな。俺が助けを出したことによって皆に期待をさせてしまった。クローヴァンが本当に変わるのかわからない、もしかしたらもっと悲惨なことになるかもしれない。余計不安にさせているな。もしもの時は俺だけが働けばいい。皆は解放するよう掛け合うつもりだ」
「もうやめようこんなこと。私たちは奴隷でいる方が幸せだよ」
ヴァインは皆の不安を取り除くかのように力強く答える。
「もう少しだけ待ってくれないか。リントがきっと」
「リント、リントうるさいな!」
声を荒げたネーブルに驚くヴァイン。
「リントが来てからおかしくなったの!ヴァインがどうしてそんなにリントのこと信用できるかわからないの」
「落ち着いてくれ。先日もそうだったが、やたらリントを気にしているようだが。アトルピアの人間というのが気に入らないのか」
「そうじゃない!ヴァインがリントに取られそうで嫌なの!私ずっとヴァインのことが好きなのに」
ネーブルはヴァインに抱きつく。ネーブルの恋心が抑えきれず意図せず思いを伝えてしまった。
「人間を好きになっちゃいけないよ!私たちは吸血鬼なんだから吸血鬼同士で結ばれないと強い力が生まれないでしょう、だから私と付き合ってよ」
ヴァインの家系は代々吸血鬼同士の婚姻で成り立つ純血である。また始祖の血も流れているため、ヴァインに反抗できる吸血鬼はいない。ヴァインのご両親は早々に国政をヴァインに任せ二人でご隠居中。その話はまた次の機会でするとして。
ネーブルも純血の家系である。ヴァインとは遠い親戚にあたるわけだがずっと想いを秘めていた。純血同士の結婚、親戚一同反対も起きず穏便に。むしろヴァインと結ばれるのは自分しかいないとも思っていた。だからこそ余所からきた、しかも人間にヴァインが揺れ動いているのが気に食わなかった。
今こうして純血の話をヴァインにしたことで生い立ちを考え、リントへの思いを切ってくれると信じていたが、ヴァインの返答はネーブルにとって予想外のものだった。
ヴァインはゆっくりネーブルを離し、
「ネーブル、俺のこと好きだと言ってくれたのは嬉しいが、だからこそちゃんと伝える。申し訳ないがネーブルに対してそのような感情を抱いたことが無い。そもそも俺のことをそんな風に見ていたことにすら気が付かなかった。ネーブルの期待には応えられない。それに今は恋愛とかは……」
なぜかリントの顔が浮かんだヴァイン。初めて目があった時の怯えた感じ、怖いと頭を抱えてしまった時、危険を顧みず会いに来てくれた時、二度程ぶつかった時の表情、ヴァインさんと呼ぶ声。それに毎日くるメモをこんな風に書いているんだろうなと想像もこの一瞬で出来てしまった。コータが以前茶化してきたのも思い出した。
「……好きか。そうかもしれないな」
「え?」
「あまり恋というものをわかっていないが、俺はもしかしたらリントのことが好きなのかもしれないな」
振られた、ネーブルは心に深い傷を負った。
「でもリントは人間だよ。純血の血を絶やすの?」
「そんなこと今はどうでもいい、好きという感情を考えたときにリントが浮かんだというだけだ」
適わなかった、叶わなかった、敵わなかった。ネーブルの心はヴァインに対する思いも消え残ったのは無だった。このままクローヴァンもなくなってしまえばいいと思っていた。
「なにそれよくわからないけどもういいわ。逆にふっきれたわ」
ネーブルは逃げ出した。
「待てネーブル!」
監視員も逃げ出したネーブルを止めるが彼女が手を払っただけで風が起き、監視員は飛ばされた。
「なぜ強風が吹いた? いつも貰っている血の量ではこんなことできるはずがない」
ヴァインは監視員に駆け寄り手を差し伸べるが絶命していた。ヴァインは三度驚く。
「ネーブルにこんな力はないはずだ…何が起きている」
吸血鬼達は騒然としていた。ヴァインは驚きで動けなくなっており代わりにブロウがネーブルを追った。
王宮から出たネーブルは人間達から避難や石を投げられようとも気にもせず、風を起こし蹴散らしていた。
「ヴァイン様大変です!」ブロウが血相を変え飛び込んできた。
「ネーブルが暴走しております!」
鎖に繋がれた吸血鬼とまだ動けずにいた吸血鬼を残し、ヴァインは王宮の外に出る。
「ネーブルやめろ!」
ネーブルは振り返り、
「ここにいる人間がいなくなれば私たちは解放されるよね! これでいいんでしょ! はいこれでおしまい! クローヴァンは以前のように吸血鬼の町になりました! これでリントがまたこっちに来る必要もないよね!」
ネーブルの抱えていたものがこれほどのものだったと今になって理解したヴァイン。しかし今のネーブルは自己満足のために動いているようにしか感じなかった。
「ネーブル、確かにここにいる人間がいなくなればクローヴァンは取り戻せるだろう。しかしお前のやり方ではただの憂さ晴らしだ。何の解決にもならない」
「それでいいの! それがいいの! リントさえ来なければいいの! ヴァインはずっと私のそばにいてくれればいいの! ヴァインが王になるなら私が支えるから、そうして全国に吸血鬼こそ最強の種族ってことを伝えるの! もう奴隷なんてならない、なるのはお前ら人間ほうだ!」
それを合図かのように地上で暮らしていた吸血鬼達がネーブルに賛同したのか一斉に人間に攻撃し始めた。
「やめろ、やめてくれ!」
ヴァインは声が届かず思わず舌打ちをしてしまう。
「ヴァイン様このままでは」
「やむを得ん」
ヴァインは王であった時の威厳を出す。目は鮮血のように赤くなりひと睨みしただけで動けなくなるようだった。
「
その場にいた吸血鬼も人間もヴァインの言葉が聞こえ、ヴァインの方を注目する。
血が足りずよろけそうになるのをブロウがさりげなく支える。ここでよろけては示しがつかない。
「いいこと教えてあげるよ、ヴァイン。これから何が起きると思う?戦争だよ。内部戦争か、国と国同士。どちらにしても今のヴァインじゃ勝てないしクローヴァンは負けるよ。でも私と一緒になってくれたらクローヴァンはどこにも負けない最強になるの」
「戦争だと」「そんなところにはいられない」「ヴァイン様が負けるだと」吸血鬼も人間も口々に言う。
「俺は負けないし戦争も起こさせない。ネーブル貴様の目的はなんだ」
既にヴァインはネーブルを敵とみなしていた。
「教えなーい。でも一個だけ教えてあげる。ヴァインが持っているその石『
「なんだと!」
「知らなかったでしょ。だって私とあの事件の王との秘密のやり取りだから」
怒りが湧いてくるヴァイン。
「怒ってる? ね! ヴァイン食べてみて! 怒り状態で食べた時のデータ丁度欲しかったんだよ! ね! 持っているの食べて! 強くなる所見せてよ! 今にも倒れそうなのも治るよ!」
ヴァインは少し揺らいだ。ポケットに手を伸ばした時、石より先に試験管が手に触れた。ポケットの中で試験管を握りしめ、落ち着きを取り戻す。
「同胞の血が使われている物など己が為には使わん! 自らの血を同胞に飲ませるのは助け合うときだけだ!」
「だから助けてもらいなって、その血鉱石で」
ヴァインはこの窮地をどう乗り切るか考えていた。血鉱石を食べるつもりはなかったが、リントから貰った血液を飲むか迷っていた。今ここで飲めば確実に力が戻り、ネーブルを押さえることができるかもしれないが、できる限り穏便に事を済ませ人間に被害が及ばないようにしたい。しかし今は所詮奴隷。何をすべきか最善がわからなかった。
ヴァインは一呼吸し、
「ここにいる同胞に告ぐ、俺の言うことを信じ人間を襲うのはやめてくれ。今までの恨みをぶつけたいのも分かるが今ここではその怒りを抑え、何もせず王宮に集まってくれ。反対に人間は今まで通り過ごしてくれ。吸血鬼などいなかったものとし、日常を過ごしてくれ」
「食べると思ったのにつまらない面白くないじゃあねヴァイン」
ネーブルは呆れた様子でクローヴァンを出ていった。監視員が追いかけようとするがヴァインが止め、
「俺達は奴隷だ。いつも通り鎖で繋ぎ、炭鉱場まで連れていってくれ。地上にいる吸血鬼達には何もしないでやってくれ」
監視員はいつものように奴隷達を鎖に縛る。そこに、
「ヴァイン様、私も炭鉱場に行きます」
と地上で暮らしていた一人の吸血鬼がヴァインに懇願した。
「何故だ、そんなことしなくてよい。地上にいるんだ」
「一瞬でも人間を襲いました。このまま地上にいたら今までより酷いことされそうな気がします。何されるかわかりません、だったらまだ地下の方がいいです」
それに続くかのように地上にいた他の吸血鬼もヴァインの周りに集まってきた。
「すまない。事態を悪化させてしまった、そのまま暮らせるようにしたつもりが。王として……」
言葉途中でヴァインは倒れてしまった。
―――――――――
「ちょっと待ってください! ヴァインさん倒れたんですか?」
「リント落ち着け、今は大丈夫だ。これのおかげでな」
ヴァインは空の試験管をリントに見せた。
「これが無ければどうなるかわからなかったがリントに助けられた。ありがとう」
まさか素直なありがとうがヴァインから聞けるとは思わずまた顔が赤くなってしまうリントだった。
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