第三話 口は禍の元
「リント、俺は…」
ヴァインが何かを言いかけた時、
「なになにヴァインがリントのこと好きだって話?」
時が止まった。
今にもコータの胸ぐらをつかむ勢いのヴァインをリントは止めた。
「落ち着いてください、ヴァインさん! コータさんもいつからいたんですか!」
「ついさっきだよ。工場のこと伝えていなかったなと思ってさ」
「後ででもいいだろう」
「ヴァイン様、そうはいきません。あれの時間になってきました」
ブロウが冷静にヴァインを止め、ヴァインは襟を正しブロウと共に王室を出ていった。
「コータさん今のは良くないと思います。本当に双方の心臓に負担がかかります」
「ここ最近のヴァイン面白くてさちょっと意地悪したくなるんだよね」
「何がどう面白いんですか」
「じゃあ今度は僕の話を聞いてね」
コータは工場の話をし始めた。自分の心を落ち着かせるためにも一旦コータの話を聞くのは知りたかった工場の話でもあるので悪くなかった。
―――――――――
コータは変わらず工場を見張っていた。不思議なことに表の入口は誰も出入りしていないことが分かった。業者の人すら見ていない。
「住み込みでの作業なのか、もしくは死角になっている裏口があるか」
コータは行けるところまで工場の周りを歩いていた。
すると木々が覆いかぶさり進めない突き当りまで来てしまった。しかし森の奥から車輪が回る音が聞こえた。コータはなるべく森の方に近づき息をひそめた。
木で見えなくなっていたが森からのルートがあるようだった。木々の隙間から工場を覗くと工場に荷台が止まっていた。荷台の中はよく見ると地下でヴァイン達が採石したであろう大量の石が積まれていた。
「森をそのまま抜けてここに運ばれていたのか。そしてこの工場はやはり石炭加工場だったか」
「おい」
声をかけられたかと思い警戒するが声は石を受け取りに来た作業員のようだった。
「もっと石はないのか」
「ない。やつら効率が落ちている、奴隷のくせに」
「もっと喝入れろ、これじゃ生産が間に合わないぞ」
「いれてるさ!そしたらあいつら反発の目をしてくるんだ。あの目がおぞましくてよ」
「それはお前の話だろ!いいからもっとよこせ。朝には材料も届く。より新鮮なものが作れるぞ」
「なあ俺にも分けてくれよ、アレ」
「ならもっと石持ってこい」
「だからそれはあいつらに言えって。とりあえず納品したからな」
炭鉱場の方に戻っていく男と工場に戻る男。
どちらの背中を見送った後、整理するコータ。
「石以外の材料があって、新鮮と言っていたから鮮度があるものを作っている。石なのに鮮度があるものってなんだ。だめだ見当がつかない。とりあえず明日の朝まで見張りか」
眠い目をこすり、コータは動きがあるまで待った。しかし朝日が昇り人間が活動してきても荷台が来る様子はなかった。はったりか? それともすでに運ばれたのか。考えていると鎖の音が響いた。奴隷の御一行様が通る音だ。
「もうそんな時間になっているのか、 鎖の音がここまで響いているのは知らなかった」
工場から王宮は小さく見えるが行き交う人の姿までは見えないはず、しかし音だけが異様に響いている。
まさかと思いコータはふと工場の方に目を戻すと、荷台が来ていた。大きい鎖の音は荷台がくる音を消すためのカモフラージュだった。住民は鎖の音が聞こえたらそちらに気が行くため工場の方にだれも見向きもしなくなる。だから誰も知らなかったのだ。
コータは荷台に入っているものを確認したいが布や箱で覆われてしまって全く見えなかった。
「あれが昨日の石と合わさってクローヴァンの財源になる。荷台の音がカモフラージュされているならできたものを運ぶ荷台も奴隷の御一行様と同じ時間か」
コータは一旦工場を後にし、ヴァインにこのことを伝える為、炭鉱場の方に向かった。
―――――――――
「炭鉱場に向かった時も面白くてさ。もちろん今だから笑えるけどその時はちゃんと僕も真剣だったからね」
「そうですよね、その時からへらへらしてたらコータさんのこと信用できなくなります。そもそもヴァインさんの何が面白いんですか?」
「気になる? ヴァインがリントのこと気になりだした時の話でもする?」
せっかく落ち着いてきたはずの鼓動がまた早くなった。一回目あえてスルーしたのに再びその話題を持ってきたコータにヴァインと同じく胸ぐらを掴みそうになった。
返事をしていないのにコータは喋り始めた。
―――――――――
工場で見たものを伝え終えたコータはヴァインに、
「そういえばあれからリントはどうなの?」と聞いた。
ヴァインは今朝受け取った手紙を取り出し一緒に見る。
「残念だが特に進展はないようだな。昨日来た手紙も帰ってきたという内容だったしな」
「そうかー働きながらだからね、小さなことでも何か見つけてくれたら嬉しいよね」
「そうだな」
小さく口角が上がる。それを見逃さないコータ。
「ヴァインさリントのことになると表情柔らかくなってきたよね。もしかして好きになったとか?」
「昨夜もネーブルに言われた、リントからの手紙を受け取って笑っていたと。自覚がない。好きというのも正直分からない」
「じゃあ今リントに会いたい?」
「会わなくともこの手紙で無事なのがわかる。それで十分だ」
「ふーん、じゃあ僕リントに会いたいからアトルピアに行っちゃおうかな」
「そうか行きたいなら行けばいい。俺はここから出られないからな」
コータに一切目を合わせず、低い声で言った。狙ったわけではなく自然に出た声が低かった。ヴァインは気にせず作業に戻った。
「アトルピアに行って、リントに好きだって告白しちゃおうかな!」
一瞬手が止まるヴァイン。がすぐに再開する。
「……好きだったのか、別にいいんじゃないか。同じ人間同士仲良くできると思うが、そうだな。俺とは身分も違えば種族も違う、そういったことで苦労しないというのは良いことではあるな。それによく手をつないでいたしな、もし嫌ならほどくものだ。そういったことをしないあたりリントの方にも気があるのではないか」
段々手元の作業が雑になっていくヴァイン。
「ごめんヴァイン落ち着いて。掘れてないし、〝俺とは〟って言っているあたり少しは気になっているし気にしているんでしょ」
ヴァインはリントのことを考える。気にしているのは確かだが、気になっているのはアトルピアでのことだろうか。確かにそれも気にはなっているとヴァインは思った。
「気にしているとしたら俺はリントを襲おうとした、見せしめに使おうともした。初めて吸血鬼を怖いと思ったらしい。それ以降、俺に会う度怯えていた。殺さないでくれとお願いもしてきた。リントの中で俺は恐怖の対象になってしまった。今更会って詫びをいれても遅いだろう。だから手紙のやり取りくらいで丁度いい、互いに傷つかないし傷つけない」
ヴァインはどこか悲しい顔をしていた。実はリントが怖いと
最初は確かに怒りだった。アトルピアの人間で平和に暮らしているのが許せなかった。だがリントから貰った試験管が作業中ポケットから当たる度、見る度、初めからヴァインのことを怖いとは思っていなかったのにそうさせてしまった。メモがリントの手に渡らなければ恐れることなく平和に過ごしていただろうに。と申し訳なさが出てきていた。
他にもコータの協力もあってリントと少しだけ話した日、ヴァインが急かしてしまったことで〝殺さないで〟と言う言葉を出させてしまったのではないか、リントが話せてないと言っていたということは他に話したいことがあったのだろうか。翌日も危険を顧みず炭鉱場内まで来たというのに俺が倒れてしまったばかりに伝えたいことを伝えられずに終わってしまったのかもしれない。いつからかリントの顔が離れなくなっていた。
「ヴァイン、本当に嫌っているならここまでしないと思う。襲おうとした時点で帰ると思うんだ。でも帰らずに僕の誘いに乗って会いに行った。その後も一人で行ったり、今だって情報を集めてくれている。少なくともリントはヴァインのこともう怖いとは思っていないんじゃいかな」
「そうだといいがな」
ヴァインの顔はまだ悲しみを含んでいた。
―――――――――
「あんなに饒舌になるヴァイン初めてでさ、ちゃんとリントのこと思っているんだなってさ」
リントの顔は真っ赤だった。ほぼ同じくらいの時にユアンにも聞かれ嫌われていると思っていた為ヴァインの本音が聞けて嬉しい反面、可能であればヴァインから直接聞きたかったとも思った。
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