第七話 お前は用済みだ

「さっそくやられたよ!もう!」


 数時間前、公休で少しのんびりしていたリントは荒々しくドアを叩く音に驚く。ドアを開けると兵士に囲まれていた。

「なんですか」

「昨夜は何していた」

「夜はずっと家にいましたが」

「証明できる人は」

「いないです」

「ダバラという人物に心当たりは」

「昨日の夕方仕事終わりに会いました。聞きたいことがあったので」

「そのダバラが殺された」

「はぁ!?」

「リントがダバラの家に入っていく目撃証言もあり、調べるため一旦連行させていただく」


 で、現在に至る。牢の中で頭をかき回すリント。

「絶対ガルドだ!ガルドしかいないよ!第一ダバラさんの家に入っていくのを見たってそれが私である確証は…あれ、昨日ダバラさんの家に行くことを知っているのはエマだけだよね。まさかエマ? いやもしかしたら住所を教えてくれたサトルさん? 非番のユアン? もうわけわからないよ」

 リントの頭はごちゃごちゃで同期を疑ってしまうほど混乱していた。そんな状態なのにもかかわらずリントはヴァインを思い出していた。

「ヴァインさんもこんな気持ちだったのかな」


 連行されていた時、まるで奴隷の御一行様の一人になった気分だった。自分達は何もしていないのに勝手に犯人や奴隷にされて何処に誰に何をぶつけていいかわからない怒りを抱え、無罪を訴えても誰も聞かず、ただ歩かないといけない。屈辱だろう。

「まさか私が捕まることになるなんて。早く解決したいのにこんなことになって時間ロスだよ」

 リントはこの状況をどう乗り越えようか考えを巡らせていた。


 リントが捕まったことがすぐに広まり環境課はパニックになっていた。ただ一人を除いて。

「リントちゃん遅いなって思ってたら捕まっているってどういうこと! 絶対違うよね。嘘だよね!」

「絶対違う。リントがそんなことするはずがない、考えられるのはあのドアの向こうにいる人だと思うけどね」

「ねーユアンくん、これガルドに届けてよ」

 ガルド宛の小包だ。

「ねぇこの中身って何だと思う?」

 ユアンは好奇心でエマに聞く。

「定期的に来るよね。軽いし振るところころ音がするの。開けちゃう?」

 思い切って開けてみる二人、中身は黒い石だった。

「えこれだけ?」

 エマが手に取るが持った瞬間、身体に伝わるエネルギー量の多さに驚き落としてしまう。

「どうしたエマ」

「これただの石じゃない。なんなのこれ」

 

 部屋のドアが開きガルドが出てくる。二人の背で諸々を隠す。見るからに怪しいがガルドは上機嫌である。

「どうした。お前ら」

「別に何も」

「リントちゃんが心配だなって」

「そうだな。まさかリントがそんなことする奴だったとは。そうだ今日この後出かける、しばらくは戻らないからよろしく頼むよ」

 ガルドはそのままどこかに行ってしまった。

 安堵する二人。

「いや、安堵できないって! リントのこと助けないと」

「助けるってどうやって? でもガルドもいない今がチャンスってやつ?」


「あのーすみません」


 あたふたする二人に声をかける人物が一人。

「あ!昨日の」

「都市政策課のサトルです。もしかしてリントさんが捕まったのって住所教えたからですか」

「誰?」ユアンがエマに聞く。

「昨日、リントちゃんが探しているっていうダバラさんの住所を教えた人」

 どうもと軽く挨拶するユアンとサトル。

「まさか出勤してこんなことになるとは思っていなかったので。リントさんは殺意とかではなく普通に話したかっただけですよね。第一そんな感じはなかったですし」

「大丈夫です。サトルさんのせいじゃないですよ。でもこれがきっかけでガルドの悪事がばれればいいんですけどね」

「そちらでもガルドがやらかしたんですか」

「そちらでも?」

 エマとユアンの声が重なる。


 サトルは過去に都市政策課で起きたことを簡単に話した。

「心読めるのでその時のガルドは汚いことばかりでしたよ。ある時から読めなくなったので人間じゃなくなったんだなって」

「待ってください、ガルドって人間じゃないの?」

「心読めるのは人間だけです。人間じゃない種族は読めません」

 ガルドについて新しい情報を得た二人。

「過去のことからガルドのことまで教えていただきありがとうございます」

「なんかあったら言ってください、協力します。証言とか」

 サトルは都市政策課の方に戻ろうとした。

「待って!」

 エマがサトルを止めた。

「リントちゃんを助けにいくの手伝って!鴉ちゃん先に行って様子見てきて」

 エマはユアンとサトルを連れて動き出した。



 一方アトルピア牢ではリントとガルドが対峙している。まさに一触即発。リントはガルドが右手に持っている黒い物体が気になった。

「余計なことするなってあれだけ言ったのにな」

「ガルド!」

「おいおい敬えよ。まだ上司だぞ」

 ガルドは持っていた黒い物体を食べ始めた。まさか食べると思っていなかったリントは一瞬驚くがそこまで気にしていなかった。

「ダバラさんを殺したのは貴方ですよね」

「証拠は?」

 まるで勝者の顔。

「それ私にも同じこと言えますよね、私がやった証拠がありますか。今は直近で会ったからという理由なだけです」

「でも残念だ、お前がここを出るころにはクローヴァンという国はもうなくなっているだろうな。おや?」


 ガルドの視線の先、リントも同じ場所を目で追う。そこにはエマの鴉がリントでもわかるほど怒っているのが伝わった。

「ちょうどいい、君ら三人仲いいもんな、余計なことするなって伝えておけ」

 鴉が怒りをぶつける。

「だから全てにおいて証拠を持ってこい! 証拠を!」

 鴉にキレるガルド。

 すると牢に番犬が現れる。番犬はガルドを見るなり吠え始めた。ただ吠えているだけではなく敵意を持っているのがリントでもわかった。ガルドは吠え続ける番犬に対しても悪態をつくのかと思いきや、

「なんだお前、吠え続けてうるさいぞ」

 とだけ。


 ガルドは動物と話せると思ったがこの番犬相手には吠えているという事実しか述べなかった。全動物と話せるわけではないことを知ったリントはガルドが何者かを考え始めた。

「ガルドさん、あの……」

 兵士が呼びに来る。

「面会終了か。じゃあな、この後が楽しみだな」

 出ていくガルド、相変わらず吠え続けている番犬。

「なんで蝙蝠と鴉の声は聞こえて、番犬の声は聞こえてないの」

 エマの鴉がリントにすり寄ってくる。

「ありがとう。守ってくれたの?」

 リントの会話は続かず時間だけが経過していった。


 リントを煽ったガルドはアトルピアを出発し、誰かと念で会話しているようだった。

〝アトルピアを出た、そっちには向かってはいるが三日はかかる〟

 ガルドはケンタウロスを呼び止め、クローヴァンに向かっていた。



 気がつけば夜、エマの蝙蝠を撫でているとヴァインの蝙蝠が隙間から入ってきた。

「蝙蝠!ヴァインさんからのメモもある」

 さっそく開くリント。


〝コータだ。大変なことになった。ネーブルが裏切った。工場で作られていたのは血鉱石けっこうせきっていう石で石炭と吸血鬼の血でできている物だった。ヴァインはその場を何とか収めたが吸血鬼と人間で争いが起きるかもしれない〟


 メモを読んでいる間、蝙蝠と鴉は何か喋っているようだった。

「どうしよう捕まっている場合じゃない! 一刻も早くヴァインさんに会わなきゃ。まさかガルドはクローヴァンに向かったんじゃ!」

 どうしようか焦っていると、

「リントちゃーん」

 エマが牢の鍵を開けに来た。そして例により泣きながら抱きついてくる。

「無事でよかったよー大丈夫?」

「エマの鴉がいてくれたからなんとか耐えたって感じかな。というか鍵開けていいの?」

「大丈夫、リントがやった証拠もなかったし、サトルさんが色々証言してくれたの」

 リントが牢から出るとその救世主であるサトルとユアンの姿が見えた。

「サトルさん!ありがとうございます」

「まあ別に、リントさんが悪い人じゃないの知ってるので」


 四人は出口に向かいながら会話を続けた。

「それとガルドはもう人間じゃないってことがわかったんだ」

「ガルドが人間じゃないってどういうこと」

さとりっていう妖怪の話はしましたよね、心が読めるのは人間だけなんです。けどある時を境にガルドの心が読めなくなったんですよ。だから人間じゃないんだなと思って。種族まではわからないですけど」

「それでも立派な情報ですよ」

 振り返ってみるが当てはまることばかりだった。動物と話せることや、やけに力があるところ、心を見抜いているような言動。人間ではないと考えれば辻褄があった。


 晴れて釈放されたリントは外の空気を目一杯吸った。

「それよりリントちゃん、この後どうするの」

「そうだ! クローヴァンに行きたいの! もしかしたらガルドも向かっているからできればガルドより早く着きたいんだけど」

「なら任せて」

 エマは自慢げに鴉に力を与える。エマの鴉は人を包めるほど大きくなり背中に乗れるほどになった。エマがふらっと倒れそうになるのをユアンが支える。

「エマ!」

「自分の力を与えるからこうなっちゃうんだよね。でも今はリントちゃんに頑張ってほしいから。これに乗ればガルドよりは早く着くよ!」

「エマの力絶対に無駄にしないから」

「なんかあったら連絡して!必要な物用意するから」ユアンの協力にサトルも頷く。

「ありがとうユアン、サトルさん。行ってきます」

 あの時とは違う自信に溢れた〝行ってきます〟だった。

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