第六話 会いに行くならそれなりの覚悟を

 朝、窓を叩く音で目が覚めた。蝙蝠が帰ってきていないことで不安だったがいつのまにか寝てしまっていたようだ。窓を叩いていたのはそのヴァインの蝙蝠だった。


「待って!今開ける」

 窓を開け蝙蝠を心配する。

「よかった、夜いなかったから心配したよ。ヴァインさんに何かあったの」

 足についているメモに気づく。返信がくることが初めてだったのもありリントはヴァインの身に何かが起きたと思っていた。

 慌ててメモを開くとヴァインの綺麗な字で書かれた日記だった。

「これ私が頼んでいたものだ。よかった、ヴァインさんに何かあったわけじゃないんだね」

 リントは安心し、受け取った日記を読む。ヴァインの日記には、


〝アトルピアからダバラとガルドと名乗る人間がきたらしい。俺は不在で代わりにブロウとネーブルに対応してもらった。特に変わった様子はなく、ただの視察だったと報告を受けた〟


「やっぱりガルドはクローヴァンに行ってたんだ。だけどヴァインさんが対応したわけではないのか。この時どんなこと話したのかブロウさんとネーブルさんという方に聞いてもらった方が早いかな」

 リントは急ぎ返事を書く。昨夜のメモは送らずに新たに書き直し蝙蝠にくくりつけ飛ばした。


〝日記助かりました、ブロウさんとネーブルさんに当時のこと聞いて欲しいです〟



 役所へ出勤したリントだったが、エマが怯えていた。

「エマどうしたの」

 リントに駆け寄るエマ。

「さっきガルド宛の小包届いていたから部屋入ろうとしたら、〝どうしろというのだ!〟〝そちらのことは知らない!〟って叫んでたの、誰もいないのに。ちょー怖かったよ」

 今にも泣きそうである。

「誰もって何か動物でもいたんじゃないの。ほら会話できるじゃん」

「いないよ!いたら気配でわかるもん。いよいよガルドがただものじゃなくなったよ」

 ガルドは嘘をついていたことも含め何かしらのカギを握っている人物ということは確かだった。

「そうだね、でもエマにはきっと何もしないよ。標的は私だから」


 自分で言って心がつらくなった。ガルドは強いからできれば敵に回したくないがこの状況はどう見ても黒に近いグレーである。言いくるめられないよう確実な証拠を用意しないと勝てないとリントは思った。

「部署異動希望したらリントちゃん」

「部署異動しても逃げられないよきっと。でもこの件が片付いたら考えようと思ってた」

 リントはこの先のことを考えていた。落ち着いたらヴァインさんに会いに行きたいなと。

 リントはヴァインのことになると周りを忘れてしまうようになった。現にエマがいることを忘れていた。

「クローヴァンに行くの?!」


 エマが驚いたのとほぼ同時に、荒々しくドアを開ける音が響いた。金具が外れドアが傾いたが気にせず部屋を出るガルド。

 少し背筋が伸びるリントとエマ。

「何見ている!仕事しろ!」

 イライラをぶつけるかのようにあたってきた。

「私が部署異動希望だそうかな」

「ありだと思う」

 仕事に戻るリントとエマだった。

 いつもより監視の目がきつく、そこにイライラも乗っかった視線は一時も気が抜けなかった。


 精神的にきつかった本日の激務を終え、エマと帰宅するリントを呼び止める人がいた。

「リントさーん」

 都市政策課の受付のぼそぼそ男だった。

「先日もぼそぼそ男って思っていましたよね。やめていただいてもいいですか、サトルという名前ありますので」

「え、私声に出してましたか? もしかして種族吸血鬼だったりしますか?」

「違います、東洋の方のさとりっていう妖怪です。心読めますから注意してください。そんなことよりこれ渡します」


 サトルが渡してきたのは住所が書かれた紙だった。

「ダバラさんの住所です。同期がたまに飲みに行くらしくて教えてもらいました」

「ありがとうございます!とういうかこれって」

「よくないことです。でもダバラさんの無実証明してくれそうな気がしたので」

 失礼します、とサトルは役所の方に戻っていった。

「私会いに行ってくる! エマごめんね」

 エマに見送られ、書かれたメモを頼りにダバラに会いに行った。


 教わった住所はアトルピアの中心街から離れた言ってしまえば所に住んでいた。環境課で働くリントとしてはこうした場所もしっかり目をやる必要があるがそんなこと今は頭にはなかった。

 ダバラが住んでいるのは古い小さな家だった。長年住んでいるというよりかは、間に合わせで住むような家に感じた。大変失礼なことを考えているのだが今のリントにはこちらも考える頭が無かった。


「すみません、ダバラさんいますか?」

 ドアを叩き反応を待つ。

「誰だね」

 開いたドアから見えたのは五十代後半の痩せ気味の男性。ガルドやヴァインとは違う目の鋭さがあった。

「私環境課で働いているリントと言います。ダバラさんに聞きたいことがありまして」

「役所の人間なら帰ってくれ」

 急に閉められたドアにリントは叫ぶ。

「待ってください! クローヴァンについて教えてほしいんです! 助けたい人がいて情報が欲しいんです」


 しばらくして再びドアが開きダバラは中に通してくれた。

 失礼します、とお邪魔した部屋は必要最低限のものしかなく、男性一人暮らしと考えるとなんら不自由はない気がした。

 ダバラは座ってくれとリントを促した。

「クローヴァンについて知りたいとはどういうことだ」

「数年前にガルドとクローヴァンに行っていますよね、そこでの話を聞きたいんです」


「聞いてどうする」

〝要件はなんだ〟 


 あの時のヴァインと重なり本心を探っているようだった。

「クローヴァンを救います。ダバラさんはクローヴァンの現状をご存知でしょうか? クローヴァンに住むある人から助けてほしいと言われて、色々と調査していると分岐点がダバラさんとガルドが行ったあたりからなので何があったのか知りたいんです」

「あいつ、ガルドは今どうしている」

「目をつけられています。上司ですが信用できません、嘘つかれましたし」

「それでいい信用しないほうがいい。出張の時の話だったな」

 あまり覚えていないがと言いながらもダバラはガルドと出張に行った時のことを話し始めた。


―――――――――


 当時、ダバラの部下だったガルドはダバラと共にまだ吸血鬼人口が少なかったアトルピアに吸血鬼を呼び込む政策を考えるため、吸血鬼の国クローヴァンに視察に行った。

 王に挨拶しようと思ったがたまたま不在で側近と王の親戚だという男女二人が町を案内してくれた。ダバラは側近に色々話を聞いていたがガルドはどこか上の空で、王の親戚とかいう女の方しか見ていなかった。吸血鬼だからその美貌にでも惚れたんだろうとダバラは呆れていた。二人の案内が終わりその後町をもう一周して帰国した。

 帰国した翌日以降、ガルドがやけに積極的になっていた。人が変わったように仕事をし、度々いなくなることもあったが帰ってきたかと思えば新しい政策の提案をしてきた。仕事熱心と認められダバラより上の立場の人はガルドを気に入り始めた。そんな中で納品税制度の原案ができ、上とガルドで仕事をすることが多くなっていった。


 しかしある時。課の予算が合わなくなり調べたところガルドが横領していたことが判明した。クローヴァンから帰ってきた時に、

「会計、俺にやらせてください」

 と言ってきたあの時、仕事熱心という言葉で片付けられたあの時からガルドは動いていた。時々いなくなったのも単独でクローヴァンに行き交流をしていた。報告すればいいものをやましいことがあるのか一切言わなかった。ダバラは気づけなかったことを悔やんだ。

 ダバラはガルドに問い詰めるがガルドは〝ダバラがやった〟と上層部に告発した。ガルドに信頼があった上はガルドの言葉を信じダバラが犯人となってしまった。他の都市政策課の職員はわかってくれたが、上からの圧力というのは強く誰も逆らえなかった。


―――――――――


「気が付いたらこのざまだ。それに納品税制度が今のアトルピアを支えている。あそこまで権力を持ってしまったら誰もあいつを止められまい。そんな中、君はクローヴァンを助けたいというのか」

「助けてくれと言った人の目が忘れられないんです。その人はアトルピアを強く恨んでいて、関わっているなんて最初は嘘だと思いましたけど調べていくうちに怪しくなって。しかもよりによって上司のガルドで許せなくて」

「気をつけろあいつは自分の為ならなんでもするからな」

「ありがとうございます、また何かあったら聞きに来るかもしれません」

 ダバラの家を後にし、急いでヴァインへのメモを書くため家に帰ったリント。ヴァインの為メモを書いたはいいが今日も蝙蝠が帰ってきていなかった。



 翌朝、リントは役所ではなく牢の中にいた。

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