第十一話 吸血鬼ですから

 翌日、リントが泊っている部屋を訪れたコータ。

「リントおはよう。今日はいいものあげる。何かあったらこれを使うといいよ」

 コータが渡したのは毛皮を雑に固めた紙だった。何か文字のようなものが書かれているがリントには読めなかった。

「なんですかこれ」

「監視員に見せるとちょっとの間監視員を魔法の紙だよ。五分くらいは操れるんじゃないかな」

 言っている意味が分からないリントだったが、物は試し、と炭鉱場へ行きヴァイン達が中に入っていくのを確認してから入口の監視員に見せてみた。

「どのようなご用件でしょうか」

 確かに少しの間操れそうだった。


「中にいる監視員達も出してください。調べたいことがあります」

「以前も来ておりましたよね?今回は何を調べに?」

 やはり炭鉱場に来る人間は珍しいのか覚えられてしまっていた。まさか理由を聞かれると思わなかったリントは即答できなかった。

 リントはふとヴァインの圧に監視員が動けなかったことを思い出し、胸を張り、威圧的に、

「言うことを聞いてください。五分、いや三分でいいので炭鉱の様子を見たいだけです」

「中の見学でしたら監視員がいても問題ないのでは」

「なんでもいいでしょ!」

 急に大声を出したリントに入口の監視員は驚き、疑いながらも中にいる監視員を呼び出す。

 怪しむ監視員の視線に耐えながら、ありがとうございます。と言いリントは足早に中に入っていきヴァインのところへ向かう。


 一方中では急に監視員に招集がかかったことを不思議に思い、

「なにがあったのか見てこい」

 ヴァインは使い魔を飛ばした。

 入ってすぐのところでリントと蝙蝠こうもりが鉢合わせる。

「蝙蝠!ヴァインさんがいるところわかる?」

 蝙蝠はリントを案内しながらヴァインに状況を伝えた。

「あの女リントが来るそうだ。少し会ってくる」

「信用できるのか」「アトルピア出身なんだろう」口々に聞こえるリントへの不平不満を背中に受けヴァインは採石場から離れていく。


 リントは転ばないように足元を見ていた為こっちに向かってきていたヴァインに気づかずぶつかってしまう。

「あ!ヴァインさん!ご、ごめんなさい。前見てなくて」

「ああ問題ない、ここに来たということは何か作戦を立てたのか」

「作戦と言うほどではないですが今後の方針的なものを考えました。でも今はヴァインさんと話をしたくて」

「悪いがそんな暇はない、どうやって監視員を連れ出したかはわからんが帰った方がいい」

 とヴァインは採掘場に戻ろうとするがめまいに襲われ壁に寄りかかってしまう。


「ヴァインさん!」

「お前の手は借りん」

 支えるリントを振りほどこうとするヴァインだが、リントは初めて会った時と比べ衰弱しているように感じた。

「もしかして血飲んでいないんですか?」

「何故わかる」

「私の同期に吸血鬼がいて今のヴァインさんと同じような状態になったことがあっったので。その時血が足りてないって教えてくれて、状況的にそうじゃないかと」

 ヴァインは何も答えなかった。アトルピアは吸血鬼と人間が共存している、本来クローヴァンもこうなるはずだった。理想を見せつけられた気がした。


 リントは鞄を漁り、もしよければと赤黒い液体が入った試験管を渡した。

「何だこれは」

「私の血です、その同期が何かの役に立つかもって作ってくれたものです」

 リントはエマが作ってくれた時のことを思い出す。


 エマの自宅へ行き、言われるがまま椅子に座らされるリント。看護師のように慣れた手つきで血を採取していく。

「吸血鬼の国に行くからね、護衛用にもなるし何でも自由に使って。特殊なガラスでできているらしいから持ち運んでも大丈夫だよ」

 ありがとうと伝えるも採血を終えた針を舐めたエマを見て吸血鬼だったなと改めて再確認したリントだった。


「いらん、貴様の血など」


 少しイラついたヴァインの声で現実に戻るリント。

「気持ちはわかりますが倒れたら元も子もないです、皆さんを救えなくなります。他の吸血鬼にとってはヴァインさんが生きていることが重要だと思います。クローヴァンが平和になった時に王として戻ってほしいから」

 ヴァインは少し考え、試験管を奪うように受け取り飲んだ。が、急に飲んだがゆえむせてしまった。

「大丈夫ですか、もしかして美味しくなかったですか」

「いや、ただむせただけだ」

 ヴァインは座りこみ呼吸を整える。リントもヴァインと同じ目線になるようにしゃがんだ。

「もう一本ありますがいりますか」

「いらん…」

 リントは出しかけた試験管をしまい、ヴァインに話しかける。


「クローヴァンの歴史少しだけ知りました。ヴァインさんここの王だったんですね」

「コータが言ったのか」

「いえ、日記を読みました。私アトルピアの役所で働いているのですが、協定とか何も知らなかったです」

「お役所人間か、役所の人間でも知らないとなると勝手に結んだ可能性もあるな。あの時立ってた奴もそっちの人間かもな」

「名前とかは!」

「知らん、言っていたら日記に書いてるだろう。それにあの時はそんな余裕等なかった」

 そうですよねと自己反省するリント。そんなリントに少しだけ目をやり、ヴァインはゆっくり立ち上がる。

「そろそろ奴らも怪しがる、今日は帰れ」

「またコータさんと作戦考えてきます」


 入口に走っていくリントを、待てと呼び止めるヴァイン。

「血、やはり貰っていいか」

「もちろんです!」

 血の試験管を渡すリント。

「ありがとな」

 と言われたヴァインの口角があがっていることにリントは気づいた。ヴァインの笑顔を初めて見た瞬間だった。


 入口の監視員に怪しまれながらも炭鉱場を後にするリントだったが、立ち止まり、一人の監視員に話しかける。

「彼らは奴隷ですが、血は与えていないのですか?」

「与えているが」

「どれくらいですが」

「その担当じゃないからわからん。なぜ聞く?」

「担当の人に伝えてください。彼らに十分な血を与えるべきだと。彼らの栄養は血ですよ、私の国では…」言いかけてやめた。

「とにかくもっと血を与えてあげてください」

 監視員はずっと疑いの目を背中で感じ炭鉱場を後にしたリントだった。



「やってしまいました……」

 夜、コータと合流し小さな飲み屋で反省会をするリント。

「何があったの。またヴァインに殺されそうになった?」

興味津々のコータにリントはふてくされて、

「この紙ですよ!確かに効果はありましたけど絶対変な人だと思われました。もう炭鉱場いけないです。そもそもこれ何なんですか」

「まだ王みたいな人がいたときにこれ使って兵士を動かしているが見えたんだ、きっと命令とかに使う物かなって。王宮に行くと置いてあってさ、その時すでに王はいないからもう使わないのかなと思って貰ったんだ」

きらんという効果音が聞こえてきそうな笑顔だった。

「貰ったというか盗んだに等しいですよね。それにしてもすごい観察力ですね」

 コータは真剣な顔に戻り、

「あの頃から助けたくて必死だったからね。リントが来て心強いよ」

「何もできないお役所人間ですよ」

 酒で流すリント。

 

「ねえリントはどうしてここに来たの?」

 コータは突然質問をする。

「どういう意味ですか」

「あんなメモ無視してもいいじゃん。でも来た。なにか意図があるのかなって」

「最初は嫌でした、同期や上司に押し付けようとしました。でもヴァインさんからのメモほっとけなくて、気が付いたら来てました」

 リントは内ポケットから最初のメモを取り出した。

 墨で手が汚れるのも気にせず眺めているリントを見てコータは,

「なるほどね」と呟いた。

 リントはコータがなぜこんな質問をしたのかわからなかった。


「そういえばコータさんの方はどうなりましたか?工場のこと何かわかりました?」

「全然わからない。まだまだ調べることは沢山だ」

「そんな時に突然で申し訳ないのですが、明日アトルピアに一旦戻ってみようと思います。ヴァインさんのこと心配ですが助ける意味でも情報集めてきます」

「そうだね。提案したのは僕だし、そっちに行った方が進展あるかもしれない。行っておいで」

「ありがとうございます」

 コータはリントに武運を込めた乾杯をした。


 宿に戻ったリント、報告書を書く手が止まっていた。

「何を書いていいかわからないや」

 リントは〝調べたいことができたのでアトルピアに戻ります〟と、だけ書きエマのからすに持たせ、「急ぎで」と伝え飛ばした。帰る支度をするリントだったが、ヴァインにアトルピアに戻ることを伝えられていないことが引っかかっていた。

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