第十話 あの日の出来事
何度か王宮に来てはいるが、コータに案内されるがままついていくとリントは初めて書斎に通された。ここも黒を基調とした内装でヴァインが本を読んでいる姿が浮かんだ。
「ここにすべてがあるよ。リントが読みたかった歴史書もね。悲惨なまま終わらせたくないから平和になったらクローヴァンの歴史として
リントはコータの話を聞きながら歴史書をめくる。まだアトルピアとの話が書かれてはいないが、ヴァインが王としてクローヴァンを統制していたことが書かれていた。少しめくると即位五十年式典の様子も書かれていた。やはり吸血鬼は年齢が顔に出なくて羨ましい。
他にも参考になる本を探していると一冊の本見つける。黒革のカバーが付いたヴァインの日記だった。常に持ち歩いているのか表紙の革は使い込まれた年季を感じた。中をめくると殴り書きのメモとは違う、達筆且つ美しい文字で書かれた日記は丁度即位された時から書かれていた。百歳の時に即位、歴史書には即位五十年のことが書かれていたことから今のヴァインは百五十歳以上だと日記から知れた。
リントは他のこともこの日記を通じて知ろうとしていた。最初の方は町であったことや、王としてどうあるべきかが書かれていた。段々と王としての自覚が芽生えたのか政策や国内外のことまで記されていた。流し見でめくり続けると最後の
〝あの日俺は少数派である人間との友好関係の参考と貿易を兼ねてアトルピアへ行っただけだ。滞在日数わずか一日。なのに何故こんなことになった。アトルピアでの学びは有意義であった。人間と吸血鬼が遊んでいる瞬間も見れた。これをクローヴァンでできたらと呑気に考えていた自分を殴りたい。この時すでにクローヴァンでは皆が捕まっていたと思うと心苦しい。
帰ってきた最初の光景は皆が私を求める声だった。広場に集められ鎖に繋がれ「ヴァイン様」と助けを求めていた。広場の中心にはフードをかぶった人間が立っていた。深くかぶっているため顔は見れなかった。
何事だと問うも奴は高らかに「吸血鬼は人間の支配下になった!よって只今よりヴァインを降格させ、私が新たな王となる!」と宣言した。納得ができない俺は誰の指示だと聞いた。返ってきた答えは「アトルピアとの協定により決まった!」と。そんなはずはない。数日前までいたがそんな話はしていないと叫ぶも気が付いたら鎖に繋がれ炭鉱場にいた〟
日記はここで終わっていた。
「ヴァイン曰く炭鉱場前で持っていた荷物をひろげられて検査している隙に一枚だけ破って目を盗んで書いたって。だから破れてるし見たことないほどの殴り書き」
「本当にクローヴァンの歴史にアトルピアが関わっていたなんて。一方的ですし怒りをぶつけるのも納得です」
「この日を境にクローヴァンは悪い方向に変わった。新たな王と名乗る奴がどこから連れてきたのかわからない人間をどんどんクローヴァンに受け入れ、吸血鬼達が住んでいた家や部屋を乗っ取った。住処を奪われた吸血鬼達は野宿するしかなく、働く場所も奪われていった。反発して人間に襲い掛かろうものならヴァイン達みたいに鞭で叩かれている光景も見たことがある。新しい王は吸血鬼達が捕まったり恐れるようになったのを確認したら他の兵士に任せて消えた。三日もいなかったと思う。そのあとは一度も見たことが無い、だから王がいない王宮なんだよ」
リントは言葉が出なかった。その王は今もどこかで生きていてきっとアトルピアの噂だけで満足していると思うと心が落ち着かなかった。
「この時コータさんや少数派の方々はなにを…」
話始めるコータの目は定まらずどこか遠くを見ていた。
「僕はそのときヴァイン達が捕まっていくところ黙ってみることしかできなかった、他の人も急な出来事に理解が追いついていなかった。吸血鬼達を助けようとすると残った兵士に怒られ、積極的に奴隷への扱い方を見せてきたんだよ。王が連れてきた人間は扱いに慣れているのか最初から奴隷として吸血鬼達を見ていたね。そもそも会話とかなくても一緒に住んでいた住民を奴隷として扱えなんてできるわけがないし酷すぎる」
「残酷すぎます。でもそんな状況でよくヴァインさんと協力関係になれましたね。最悪だったと言ってましたが」
自嘲気味に笑うコータだったが一呼吸おいて真剣に話し始めた。
「ヴァインの恨みはあの王だけだったはずが国民が酷い扱いを受けてるのを聞いて人間全員に変わっていった。今は落ち着いているように見えるけど恨み殺そうとしてたし暴れてもいた。どうにかして少数派は味方ですって伝えたかった。元々住んでいた少数派は共存と言えたあの時に戻りたいって」
コータは続ける。
「どうにかしてヴァインと連絡を取りたいと思って王宮を探索していたんだ。そしたらヴァインが着ていたであろう服を見つけてさ、リントと初めて会った時の服ね。これを着たら兵士とかも王宮側の人間って思うかなって。いざそれ着て炭鉱場に行ったら監視員は除けてくれたけどヴァインはめちゃくちゃ怒ってたな。リントと同じく殺されそうだった。僕が少数派の人間ってこと、少数派の皆は助けたいと思ってることを伝えてようやく怒りを抑えてくれたかな。あの服も着てていいって許可も貰ったんだ」
リントはコータの話を想像しながら聞いていた。ヴァインのことだからきっとコータに対して容赦なかっただろう。服だってその当時のヴァインの心情を考えると仕方ないなと思った。
「その日から王宮側へ調査したりヴァインの様子を見たりと忙しかったよ。正直つらかった。少数派は仲間だけど実際に行動できるのは僕だけだったし、一人で抱え込むのは限界が来ていたんだ。それをヴァインがわかってくれたのか他国に助けを呼ぼうって言ってくれたんだ。それでリントが来たってわけ。まさかアトルピアからだとは誰も思わなかったけどね」
リントは益々重圧がのしかかってきたが、やはりどうにかしたい思いが強くなっていた。
「さて結構話したけど作戦どうしようか。可能ならば僕は工場を調べたい。リントが来た今だからこそノーマークだったものを調べたい」
「私は…何をしたらいいんでしょうか」
どうにかしたい気持ちはあるが、役所務めのマニュアル人間でなにをしたらいいかわからずにいた。具体的な指示が欲しいところだ。
「ヴァインの開放じゃない?」
コータは軽々しく答えた。
「え、そんな責任重大なこと」
「外部の人間にしかできないことだよ。大丈夫、僕も手伝うから」
以前までは信用できなかったコータだが味方とわかった以上リントの中で頼もしい存在になったのは真実だ。
リントは疑問を感じていたところをコータに聞いた。
「一つ謎なのがアトルピアとの協定についてです。どんな協定が結ばれたのか知る必要がありますね」
「一旦アトルピアに帰る?」
「そうですね。でもできればヴァインさんともう少しだけ喋りたいです」
「わかった、さっきみたいに時間作ってあげるよ」
軽く笑いながら、ありがとうございます。とコータに言い二人は王宮を出た。
宿に戻り報告書をまとめるリント。しかしその胸中は複雑だった。リントは報告書をさぼった。働き始めて二年,初めての反抗だった。
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