第八話 必死の懇願
翌朝、リントは一睡もできずベッドにもたれかかり抜け殻のようだった。
痛いという感覚で意識がはっきりしたのもエマの
「あ、報告書…」
昨夜の出来事で頭が一杯でだったのと、帰る支度をしていたことですっかり忘れていた。急いで書き上げようとするが、ヴァインが言っていたアトルピアが関わっていることが引っ掛かり書けずにいた。
とりあえず悲惨な状況と、メモの送り主に会えたこと、最後に〝帰りたいです〟とだけ書いて送った。多分アトルピアに帰ってきたま真っ先に報告書の書き方で怒られるだろうなとリントは思った。雑な報告書を鴉に持たせリントはベッドに倒れ込んだ。
昨日のことを整理する。
〝メモの送り主であるヴァインに接触ができた。しかしヴァインはアトルピアを恨んでいる。人間自体もよく思っていなさそう。いつ私を殺してもおかしくない。ヴァインとコータは顔見知り。コータは味方だというが盗み聞きでコータにすべてを聞かれていた〟
「本当に帰りたい」
リントのぼやきは狭い部屋に消えた。
ただこの部屋で唯一元気なのがヴァインの
「あーもうわかったから!ちょっと待って!」
リントは外に出れるよう支度する。
クローヴァンの朝は相変わらず吸血鬼への怒号が聞こえ、きっと町のどこかで暴力を受けている吸血鬼がいるのだろう。
リントは昨晩のヴァイン達を思い出した。
〝こいつを使って地上にいる人間への見せしめにでも使うか〟
ヴァイン達もやられっぱなしではない。いつかここに住む人間やアトルピアに対して反撃するのだろう、いざそうなったらここの住民はどうするのだろうか。勝ち目がないのではと思っていた。そんなことを考えていると、
「おはよう!リント!目の下黒いけど寝れなかった?」
コータが朝から元気に挨拶してきた。
再び昨夜のことを思い出すリント。
〝だってリントが心配でずっと後を追ってたから〟
「まさかとは思いますが私が出てくるまで見張っていましたか?」
「うん、宿から出てくるの待っていたよ」
「昨日もですか?」
「もちろん、なんなら会った時からずっと見てたよ」
いつも絶妙なタイミングで現れるコータの理由がわかった。決していい理由ではないが。
「その行為アトルピアでは犯罪ですので気を付けてください」呆れたように返すリント。
はーいと気の抜けた返事をするコータに内心イラッとしたが、ここはクローヴァンなのでクローヴァンの法律が正しくなってしまう。そもそも法律はあるのだろうかと考えてしまった。
「リント今日は何をする?特に考えていないならヴァインに会う?」
思いもしない提案に驚いた。
「昨日の今日で会いにくいですが、もし本当に会えるなら少し話がしたいです。でもどうやってやるのですか? この時間は監視員もいるはずです」
「大丈夫ヴァインも話したいと思っているよ!よし早速行こう。とりあえずついてきて」
ヴァインが話したいと思っているは嘘だなとリントは思った。
とりあえずリントはコータに言われるがまま指示に従う。コータが向かった先は炭鉱場の入口。奴隷の御一行様が着く前に身を隠し、そして合図があるまで何があっても出てきちゃダメと言い、コータはどこかに行ってしまう。
言われた通り入口付近で身を隠すリント。しばらくしてあの鎖の音が聞こえ始める。ちらりと行列を見るリント。どんな時でも真っすぐ前を見て、強い意志が溢れ出ているヴァインに勝手に惹きつけられていた。
吸血鬼達の鎖が外され仕事が始まろうとしていた矢先、
「火事だ!」
誰かの叫び声で騒然とする。辺りを見渡すとリントがいる場所の後ろの森で煙が上がっていた。
「ここで待機していろ」
と吸血鬼達に命令し、監視員は現場確認で持ち場を離れていく。
過ぎ去る監視員をみてリントは、この隙に逃げればいいのに、と考えるが吸血鬼達は誰一人逃げたりしなかった。
コータが言っていた合図は何かと考えているとリントのポケットから蝙蝠が飛び出していく。ちょっと待って、と小声で声をかけるも蝙蝠はヴァインの方に飛んでいく。
「お前どこに行ってた」
ヴァインは蝙蝠が飛んできた方向を見ると、蝙蝠を追うため身を乗り出したリントと目が合う。
溜息をこぼすヴァインに、リントはコータを少しだけ恨んだ。
「監視員が戻ってくる前に作業を進める、一旦昨日の持ち場で作業開始だ」
ヴァインの統率は吸血鬼達を動かした。皆炭鉱場の中へ入っていき、リントとヴァインの二人きりになった。
「いつまでそんな体勢をしている」
リントは蝙蝠を追うため四つん這いで片腕を伸ばしているなんとも滑稽な状態のままだった。恥ずかしさで赤くなっているであろう顔を見られないようにゆっくり立ち上がり、一呼吸をしヴァインと向き合う。
「早くしろ、時間が勿体無い。要件はなんだ」
人間まで統率できそうな声に身が引き締まる。
「私はアトルピア出身ですが、助けたいです。ヴァインさんも他の吸血鬼も」
「具体的な案は」
「…申し訳ございませんがまだ何もありません」
丁寧に謝る技術はアトルピアで身に着けた。
「考えもなしに助けたいと言ったのか」
普段であれば沢山のことを考えすぎてしまうが今回ばかりは何も考えていなかった。考えられなかったという方が正しいかもしれない。
しばらく無言の時間が生まれてしまい反応にしびれを切らしたヴァインは、
「はっきりしろ」と低く怒鳴る。
「殺さないでください!」
恐怖を感じ間髪入れずにリントは答える。ヴァインはそんな返答が返ってくるとは思わず驚いた表情をした。
「まだ具体的な策はないですが殺そうとするのだけはやめてほしいです。アトルピアに恨みがありそうですし、晒し者にするとか言っていたのが怖いです。でもこんな私でも皆さんを助けたいです、できることからやっていきますから、指示があればその通りに動きますから、どうか殺さないでください。お願いします」
頭を下げる。リント自身こんなことを話したいわけではなかったが、ヴァインの圧力は相当なものだった。
「お前、名前は」
意外に会話が続き、頭が下がったまま、
「リントです」と端的に答えた。
「リントか。ボヤ騒ぎがおさまったみたいだ、監視員が戻ってくる。一先ずあいつと一緒に作戦を立ててこい」
あいつとは誰のことだと考えていると煙がのぼっていた方向からコータが現れる。
「いやーまいったね。いい魚が釣れたからちょっと焼いて食べてただけなのに、火事だなんだって騒がれちゃったよ」
ボヤ騒ぎはコータが起こしたものだった。リントは顔を上げ、ヴァインの言うあいつがコータのことだと理解する。
「また変なことしやがって」
「いいじゃん、それより話できた?二人とも」
リントとヴァインは互い顔を見合わせる。
リントはもっと違うことを聞きたいと思っていた、ヴァインはこの女の本心と名前まで知れた。
「話せてないです/話せた」
二人の中身は真逆だったが声が重なった。またリントとヴァインは互い顔を見合わせる。
「あはは!面白いね!じゃリント回収していくね」
監視員に見つかる前に足早にリントを連れ去るコータだった。
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