第五話 目には目を対価には対価を

 クローヴァン二日目


 夜の鐘が二回鳴るまでに少しでも情報を集めたいリントは王宮前にある町の図書館へ向かった。しかし歴史書のコーナーに本が一冊も無く空の棚だけがそこにあった。受付カウンターに行き司書に事情を聞く。

「クローヴァンの歴史を知りたいのですが、歴史コーナーに本が一冊も無く、何か他の資料はありませんか」

「一年程前に編纂へんさんすると案内があり、そのために全部回収されてしまいました。あれから新しい歴史書とかはこちらに来ていないので行方は分からないです」

「そうだったんですね…」


 八方塞がりで図書館を後にするリント。

「何か困っているようだね」

 出たところで声をかけてきたのはコータだった。

 リントはまだ信用はしていないがコータからも何か情報を得ることができないかと駄目もとで聞いてみた。

「コータさんはいつからクローヴァンにいるのですか」

「んー数年前かな」

「具体的にいつからですか。コータさんは何が起こったか知っているんですか」

「それはずるいよリント」

「ずるいとは?」

 返しの意図がわからず聞き返してしまったリント。

「昨日リントはどこ出身なのって聞いても東の方としか答えなかったじゃん。だから僕も数年前としか答えないよ。同じ対価を支払わないと割に合わないからね」


 やはりコータはただものではないと感じたリントは、そうですよね。とだけ返して終わった。

「どうしてリントは自分のこと隠しているの? 全部話せばいいのに」

 本音は話したい。リントはいっそのこと口が裂けてしまえばいいとも思っていた。


「私が生まれた町では奴隷はいません。なので奴隷に対して擁護ようごするのは罪になるのかなと思って、なかなか話せなかったです」

 絞り出した本音と建前である。

「そういうことね、大丈夫だよ。観光で来た人に対してはそんなことでとがめないよ」

 リントはコータが遠い目をしたのが気になった。


 町全体に響くあの鎖の音が聞こえた。鎖の音がクローヴァンの現実を突きつけ引き戻してた。今回リントは逸らさずに行列と向き合った、一人一人を確かめるように。


 あの彼、ヴァインと目が合った。今回はお互い通り過ぎるまで目を合わせたまま彼は進み、リントは見届けるだけ。その様子をまじまじとコータが見ていた。

「コータさん」

 リントの視線はヴァインの背の方を向いていた為、名前を呼ばれると思っておらず驚くコータ。

「この行列ってすぐそこの王宮の方から来たように見えたのですが、実際はどこから来ているのですか」

 コータに向き直るリント。

「王宮の地下からだよ。だいたいこの時間に出発して深夜まで仕事。そこからまた鎖に繋がれて王宮の地下に戻るんだ。もの好きは王宮に戻る行列を見る人もいるね。起きれるなら見たらいいよ。あの時間の行列は不気味だよ」

「不気味とは?」

「炭鉱場で働いていない吸血鬼達が陰から行列を見ているんだ。その視線がね、不気味なんだ」

 あー恐ろしいと震える仕草をするコータ。


「王宮の地下はいけますか?」

 何か情報を得たいリント。

「え、奴隷たちの寝床も見に行くの? リントも変わったもの好きだね。過去見たいって言ってた人はいないから確認しないとわからないや。今一緒に行く?」

 是非。と、リントとコータは王宮へ向かった。


 王宮の地下はさらに上着が欲しくなるほど冷えていた。ここにも監視員がいて、空になった牢でよければと見せてくれた。

 牢には何もなかった。奴隷の吸血鬼がいないからではなく、棺や布団もない、牢だけがそこにあった。個室ではなく大部屋一つ。いい環境とはとてもじゃないが言えない。

「ここに何人いるのですか」

「ここにいるのは全部で十五だ」

 まるでものを数える言い方だなとリントは思った。

 改めて牢を見るが十五人が寝るにはとても狭い。それに先程の行列に女性もいたことを思い出し、相当なストレスを皆抱えているだろうと感じた。

 監視員にありがとうございます。と伝え地下牢から出るリントとコータ。多分ここの監視員も私のこと珍獣の目で見ていただろう。


「いやー寒かったね!それに暗いし、もう行きたくないね」

「確かにそうですね」

 愛想笑いで返してしまった。

 地下から地上へ向かう道で王宮の中が気になった。王宮の中は絢爛豪華ではなく黒を基調としたシックな造り、人間が住むよりか吸血鬼が住んでいる方が似合っている色合いだった。


「どこまで知りたい?」

 急なコータの問いに困惑するリント。

「リントはクローヴァンに興味が湧いたって言ってたけど、どこまで話そうかなと思ってさ」

「知れるなら全部知りたいです。歴史からコータさんのことまで。でもこれも対価だというのであれば今はまだ難しいです。この王宮のことなら教えてくれますか?」

「残念、リントのことを知りたいのに固いなー。仕方ない、いいよ。この王宮元々吸血鬼が住んでいたんだよ。だけどある日、吸血鬼の王が留守の間に占拠されてまつりごと自体も変わってしまったんだよ」

「クローヴァンは元々吸血鬼の国だったってことですか?」

「そうだよ、人間もいたけど少数だけ。ほとんど吸血鬼が住んでいたね」

「ではその少数の人間が占拠したのですか?」

「それは違う、むしろその少数の人間は最後まで抗っていたからね、吸血鬼達を解放しろと」


 初日に言っていた共存はあながち間違いではなかった。もしかしたらまだ陰で戦っている人間がいるのかもしれない。そう期待したリントだった。

「吸血鬼の王ってどんな方なんですか」

「おっと王宮のこと以外の話になってるよ。それにその件は自分の目で確かめた方がいいんじゃない? なんでも聞いてしまうのは面白くないでしょ」

「その言い方だとまだクローヴァンにいるような言い方ですよね? もしかしてあのリーダ格の吸血鬼ですか?」

 さあねとはぐらかすコータ。まるでこの後の展開が読めているかのようなそぶり、クローヴァンについて少し理解が深まったが、新たな謎ができてしまった。


「コータさんは敵ですか?味方ですか?」

 直球の質問をするが、

「リントは旅人として観光に来たの?それとも別の用事?」

 似たような質問で返されてしまった。

 答えに困っているとコータはじゃあねといい、いなくなってしまった。


 夜までまだ何時間もあるというのに孤独を感じていた。頭を整理しようと一旦宿に戻ったが、疑問と不安だけが頭をめぐりすっきりせず、だらだら過ごしてしまった。気が付けば鐘が聞こえてしまい、急ぎ準備をしリントは宿を出た。

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