第二話 あのオーラは怖いって

 クローヴァンまではケンタウロスを乗り継いで三日ほど。アトルピアから乗ってきたケンタウロスは気さくだった。

「クローヴァンへは何をしに?」

「あ、出張です」

「あの町に出張か、可哀想に」

 ケンタウロスからも不安要素が追加されてしまった。

「きっともっと近くなる度に嫌な顔されると思いますよ。気を付けてくださいね」

 帰りたい、今すぐ帰りたい。そもそもあのメモを受け取らなければ、窓を開けなければ。たらればを繰り返していてもケンタウロスはどんどんクローヴァンに近づいていく。


 言われた通り乗り継ぎをする度に嫌な顔をされ、クローヴァンに近いほど眉間が深くなっていった。最後の乗り継ぎのケンタウロスに関しては「近づきたくない」という理由でまっすぐ歩けば着くところで降ろされた。

 降ろされたところが少し丘になっており、クローヴァンの町並みが少し見えた。石炭の加工場だろうか、工場の煙突が見え煙が出ている。いかにも体に悪そうな色の煙で町全体も薄暗い印象を受けた。

「ほらクローヴァンに着くよ。案内してよ」

 上着の内ポケットにいる蝙蝠に話しかけるが反応はない。しかし痙攣しているかのように震えていた。

「君まで不安を煽らないでよ」蝙蝠に対して言うがきっと伝わっていない。 


 丘を下りまっすぐ進んでいくとクローヴァンが見えてきた。ただ足が進まない。不安があるのも要因だが、町の空気がありとあらゆるものを拒んでいるよう。城壁があるわけではないのに鎖国しているような異質な空気感がそこにはあった。

 見えにくいが太陽が少し傾いている。アトルピアでは昼御飯や休憩の時間になり、飲食店や街全体が活気になってくる頃だが、クローヴァンでは人の気配も感じず静かに住宅が並んでいる。中心に行けば何かわかるかもしれない。そうわかっているのに外部は受け付けない空気がリントのその一歩を阻む。


「こんな町に何の用?観光客?」


 背後から声をかけられた。明るい茶髪、黒いシャツに時間が経った血のような紅いベストを着た貴族の青年の印象。

「あーえっと」

 リントはどう伝えようか迷っていた。正直に出張というと情報漏洩やらで外部の人間とされ捕まりそう、観光客というと現状を知っていてわざわざくる人がいるのかと警戒されそう、目の前にいる人の素性がわからない今正解がわからずにいた。が、丘から見えた工場を思い出し、

「丘の上を散歩していたら工場の煙突が見えたので、何を作っているのかなって」

 一か八かの賭けである。出張でもなく観光客でもない程よい返答ができたとリントは思っていた。

「なるほどね!君は人間でしょ、案内してあげるよ」

 うまくいったらしいが含みのある〝人間でしょ〟という言葉が引っかかった。

「僕はコータ。君は?」

「リントです。案内ありがとうございます」

 コータと共にクローヴァンへの一歩を踏み出した。


「丘の上から来たってことはクローヴァンについて何も知らないでしょ。それも含めて教えてあげるよ」

「助かります」

 ここではあえて何も知らないほうがいいと思い感謝だけ伝えた。

 コータとリントは中心に向かって歩いていくが、その道中、噂通りの光景が所々で目に入る。

「さっさと歩け!」「早く売ってきなさいよ!」吸血鬼に対する怒号や、蹴り、物で叩かれている吸血鬼もいた。

 アトルピアにいる吸血鬼は美男美女だらけで肌の色は血色がないが健康体であるのがわかる、しかしクローヴァンの吸血鬼は皆やせ細り、傷だらけ、体力と見合っていない重労働を強いられていた。


「クローヴァン、数年前から太陽が昇らない町とも言われているんだ。石炭加工の煙が町を覆ってしまうからね」

 コータにとっては日常なのだろう、気にせずリントに対して説明を続ける。

 お上りさんのように町全体をきょろきょろと見渡してしまうリント。その様子にコータは笑ってしまう。

「クローヴァンをそんな風に見る人は初めてだよ。太陽が昇らないから吸血鬼とも共存しているんだ」

「共存?」

 思わず聞き返してしまったリント。

「前の話だよ。今は正直共存とは言えないかな」


 ある吸血鬼が運んでいる物資の重さに耐えきれずコータの前で倒れてしまう。リントは助けようと駆け寄るが、

「おい何倒れてるんだよ。早く立て」

 吸血鬼に向ける目と言葉がナイフのように鋭かった。

 も、申し訳ございません。と弱弱しく謝り物資をまとめ、急いでその場を離れた吸血鬼をリントは黙ってみることしかできなかった。

「こんな風にね」

 振り返ったコータは笑顔だった。

 背筋が凍った。クローヴァンでも数少ない理解者、もしかしたら協力してくれるかもしれないとコータに対し淡い期待をしてしまったことを悔いた。

 吸血鬼は強く、支配者側のイメージがあったがここではそのような想像をする人はいないだろう。この町の人間は皆、吸血鬼を奴隷だと思っている、どう扱ってもいい。自分がクローヴァンで生まれ育ったら吸血鬼という種族は好きに扱っていいという認識になる。環境が与える影響は大きいなと感じた。


 その時、じゃらじゃらと鎖の音がゆっくり響いた。

「リント! 見て! クローヴァン名物、奴隷の御一行様だよ。国を統率した人間に対して反発心が強かった吸血鬼はああやって繋がれて地下の炭鉱場で働かされるんだ」

 一本の太い鎖に首輪と腕輪が付いており、一人一人がそれに繋がれ、足取りはゆっくりで時間をかけて進んでいる。町の中心というのもあり、多くの住民が行列に向かって罵声や石をぶつけ、まるでストレス発散として使っているようだった。ゆっくり歩いているのも住民に時間を与えるためと言われても納得してしまうかもしれない。


 リントはこの光景に耐えられず顔を逸らす。

 酷すぎる、と。本当は耳も塞ぎたいところだがコータがいる手前できなかった。

 もしここにユアンがいれば、行列を止めて早速動いたかもしれない。ガルドも人間だが体格もよく強いのでどうにかしただろう。アトルピアに帰りたい。自国がいかに平和だったか、窓口で怒鳴られることや、なめられた態度とられてもそれがいかに幸せなことだったか思い知らされた。今の自分は非力で何もできない、ただ顔を逸らすことしかできない。きっとこの中にメモを書いた吸血鬼がいるかもしれないが、こんな弱い人間が来てごめんなさいと自責に駆られていた。その思いが蝙蝠こうもりにも伝わったのか羽をバタバタと震わせている。その異常な行動に思わず顔を上げ、行列に再び視線を戻した。


 一人、明らかに雰囲気が違う吸血鬼と一瞬目が合った。彼はすぐに視線を前に戻したが、その一瞬が、一瞬なのに時間が止まったように引き込まれた。奴隷のはずなのに王のようなオーラを放ち堂々としている。罵声や石を投げられ顔から血が出ても気にもしない。彼はただ真っすぐ前をみつめ歩き続けていた。

 内ポケットで蝙蝠がキュキュと小さく鳴く。

「彼なの?あなたのあるじは?」尋ねるがまた小さく震えうずくまってしまった。

 気づいた時には奴隷の御一行様はリントの前を通り過ぎていた。

「リントどうだった?見ごたえあったでしょう」

 急に声をかけられ動揺するリント。コータの反応はまるでサーカス集団を見たかのような楽しいものと認識しているようだった。


 リントは王のオーラを持つ吸血鬼や、蝙蝠が鳴いたのもあり、彼らについて調べたい知りたいと欲が出てきた。

「あの、彼らの働く炭鉱場は見れますか」

 無理を承知で聞いてみた。

「見に行こうと思えば行けるけど、行ってもつらくなるだけだよ。さっき顔逸らしてたでしょ」

 見られていた。

「奴隷というものに耐性が無いので…」

「普通はそうだよねーまあここが異常かもしれないね」

 奴隷の御一行様と呼ばれていた行列がいなくなった道は住民が散り散りになり元の生活に戻っていった。


「炭鉱場行く?案内してもいいけど夜の方がいいかな」

「どうして夜の方が」

「夜は吸血鬼の動きが盛んになるからしっかり働いている様子を見るなら、今行くより夜の方がいいんだ」

 知らなかった。一緒に働いているエマも本当は夜の方が働きやすいのだろうか。ガルドに頼まれたアトルピアを良くするための案として使えるかもしれない。任務を達成した。これでいつでも帰れる。リントは少し心が軽くなっていた。

 コータには夜再び案内をしてもらうことにし、クローヴァンの奥にあるというコータおすすめスポット、王宮の方を目指した。

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