役所人間に奴隷解放はできません!

九一 八久

邂逅

第一話 私ごときが何かできるはずがない

 お役所仕事とはよく言ったものだ。融通が利かない、書面第一、遅い。

 窓口で獣人の相手をしている彼女は困っていた。

「ですからそういったご要望はこちらの書類をお書きになって…」

「それじゃ間に合わないから言ってるんだよ!一緒に来てくれよ!」

 

 ここは獣人や怪物といったいわゆる人外と人間が争いなく暮らしている街『アトルピア』の役所,環境課の受付窓口。人外と人間が問題なく暮らせるよう設置された部署で勤続二年目のリント(種族:人間)が対応している。鎖骨あたりまで伸びている髪を一つに結び、いかにも人畜無害です。というオーラを出している。

 そういえば都合はいいが、実際は人間であるが故、できないことが多く、引きつった笑顔で対応しているだけである。それによって柔軟な対応ができない彼女は背中で同期に助けを求めていた。

 

 ヘルプに気づいた二人の男女は目配せでどっちが行くか決め、男がやれやれと立ち上がった。毛むくじゃらの大男だが繊細で優しい性格のユアン(種族:狼男)が窓口のほうへ近づき、

「よろしければ私が対応いたします。場所の案内をしていただけますか」

 獣人は急に近づいてきた大男に怯み、

「いや、いいよ。とにかく言ったところの整備よろしく頼むよ!」と受付を後にした。


「はぁまたなめられてしまった」

「リントは人間だからね、仕方ないよ」ユアンがフォローする。


 人外と人間が争いなくというもののやはり物理的な力は人外の方が強く、人間であるリントは時々住民からなめられた態度をとられてしまう。

「その点エマはいいよねー。人間っぽいけど牙出せば一発だし」

 急に話を振られたエマ(種族:吸血鬼)は俗にいうふわふわしたおっとり系女子だがちらつく牙で牽制ができてしまう。

「リントちゃんもなっちゃう?吸血鬼に」

 にかっと笑った笑顔から見える牙はやはり吸血鬼を彷彿とさせる。

「いやいいです。この部署に人間がいなくなってしまうので。はぁさっきの人に〝一緒に行きましょうか?〟とか言えばよかったのかな」

「いやいやリントが行ったら危険だよ、さっきの奴正直連れ出そうとしてたしね」

 ユアンの度々のフォローが辛くなるリントだった。

 

 リント、ユアン、エマは環境課の仲良し同期。お互いにフォローと言ってもリントへのフォローが多いが楽しく過ごしている。

「もっと人間と人外が平等になる日は来るのかなー」リントはぼやく。

「どうだろうね、それでいうとクローヴァンは相変わらず吸血鬼が奴隷になっているのかな」

「ちょっとユアンくん!私の前でクローヴァンの話をしないでよ!あんな町嫌すぎる!」

 エマが声を荒らげるほどクローヴァンという町は荒んでいる。


 クローヴァン、アトルピアから西に数百㎞離れた町。炭鉱業が盛んな町だが吸血鬼が奴隷として働かされているという噂。あくまでも噂がだが同族のエマからすると自然と耳に入ってしまう。


「クローヴァンの吸血鬼達がうちに来たら平和すぎてびっくりするかもね」

 重い話をしたのもあり空気を換えるためリントは立ち上がり、窓を開けた。すると黒い物体がリントにぶつかる。

「痛っ!!」

 おでこをさすりながらぶつかってきた物体を確認するリント、よく見ると小さな蝙蝠こうもりだった。

「蝙蝠だ、小さいし子供とかが使い魔出して遊んでるのかな」

 吸血鬼の種族は動物を使い魔として、自由に操ることができる。エマはからすを使い魔にしてる。理由はお目目がきゅるきゅるで可愛いかららしい。


 蝙蝠はリントの周りでバタついている。ふとユアンが、

「足元何かついてない?」と、

 リントはどこか落ち着かない蝙蝠を押さえ、足に括りつけられた細長いメモを開く。

「げっ」

 リントの声にメモを覗く二人。


〝このメモを受け取った人助けてほしい、クローヴァンにいる〟


「噂をすれば…」「なんとやらだね」

 二人はリントの肩に手を置き、自分の席に戻ろうとする。

「こんなベストタイミングな話あり得ないよ!誰かふざけてるでしょ」

 リントはメモを捨てようとするが蝙蝠がその手を必死に止める。

「〝捨てないで、助けてほしい!〟ってその蝙蝠が言ってるよ。リントちゃん行ってあげたら?」エマが通訳をした。

「え、エマって動物と会話できたっけ?」

「同族が出した使い魔ならわかるよ。だからその蝙蝠はクローヴァンにいる吸血鬼がSOSとして出したんじゃない?」

「じゃあそのメモはおふざけとかじゃなく、クローヴァンにいる誰かが命を懸けて書いたメモになるね」

 ユアンとエマはリントを期待の目で見る。

「ちょっと!なんで私が行くみたいな雰囲気になってるの!行かないよ!」

「この流れはリントが行かないと」

「そうだね、ここの仕事は私たちに任せて!」

「だから行かないって!何もできないって!」


 大きい声を出してしまった。上長であるガルド(種族:人間)が勢いよくドアを開け出てきてしまった。

「うるさいぞ!仕事しろ!」

 声が役所内に響く。申し訳ございませんと謝るリント、二人はそっぽを向いてまるで自分たちは関係ないかのようにしていた。

「何を騒いでいるんだ」

 二人のせいでと言い訳をしたかったがガルドの問いに負けてしまった。

「ガルドさん、今窓を開けたら蝙蝠が飛び込んできてこのようなメモが足についていました。どうしようかってエマとユアンに話していたところです」二人の名前を出し謎に私以外も関わっていますアピールをした。


 メモを見せるリント。一瞬驚くガルドだったが、蝙蝠にもリントにも目をやり、

「そうか行ってこい。視察ということで話し通しておくから、しっかり勤めを果たすんだぞ」

「え、私がですが?」

「そうだ」

 あっさり了承したガルドに拍子抜けするリント。


「ちょ、ちょっと待ってください!私ですか?私何もできませんよ!だってこれ助けてということは吸血鬼側の話ですよね?どう助けろというんですか?やり方を教えてくださいよ!そもそも…」

 止まらないリントにガルドは、

「落ち着け。お前の言いたいことも分かる、だがこういう町もあることを知ってさらにアトルピアをより良くしよう。そういう気持ちでいけばいい」

「ガルドさんがいけばいいじゃないですか」

「私が行ったら誰がここの責任とれる?」

「じゃあユアン」

「駄目だよ、吸血鬼が奴隷なんでしょ?行ったら俺まで奴隷にされちゃうよ」

「じゃあ…」

「いやでーす」

「ですよね、私しかいないんですか?」

「そうだな、第一そのメモを受け取ったのもお前だろう。じゃあ行くしかないな」

 正確に言えばぶつかっただけだと思ったが、リントは改めてメモを見る。殴り書きのはずなのにしっかりと意志が伝わる字、炭で書いた為所々汚れがあるメモに心がざわつく。


 頑張れと小声でエールを送る二人。小さいながらもなぜか堂々としている蝙蝠。

「ほらその蝙蝠も手伝うと言ってるぞ」

 ガルドも動物と会話ができる、人間なのに。


「えー…んーわかりました、何もできないと思いますけど行くだけ行ってみます。視察ですよね?クローヴァンの現状を見てくるだけ、それだけですよね」

 自分に言い聞かせをし、リントはクローヴァンへの出張が決まった。

「よし、気を付けていってこい。状況が変わって人間が奴隷になっているかもしれないな」

 ガハハハと笑いながら部屋に戻ったガルド。言い聞かせていた脳内が止まり、不安要素が増えてしまった。

 

 出発までの数日間、リントは忙しなかった。各部署への引継ぎから出張準備、蝙蝠の世話まで。日常ではエマが良い通訳になっていたが奴隷の話やクローヴァンの現状、送り主の名前すら知り合いだったらつらいという理由で聞いてくれず情報を得られなかった。ガルドに聞いても「そんなに心配するな。あくまで視察という名の仕事だからな。毎日報告忘れるなよ」とはぐらかされた。何一つすっきりしないまま気が付けば当日になっていた。


「では、行ってきます」


 不安だらけのリント、クローヴァンという町に対しての不安。メモの送り主への不安。エマのおかげで蝙蝠との意思疎通ができていたがそれがない不安。生きて帰ってこれるのかという不安。振り返ると今生の別れかのように全員に見守られていた。生きて帰ってこれない不安が強くなった。

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