第27話
馬車の中は静寂に包まれていた。
「セレナ様。そんなに気にしないでください。適材適所ってやつです」
暗闇の中で苦笑を浮かべ、独り言を呟く。返事はない。
当然だ。セレナ様は今、安全な《箱庭》の中にいる。
これから行うことは静かに行わなければならない。正直セレナ様は足手まといではあるから、こうして《箱庭》の中に居てもらうのが一番良いのだ。
【《絶望に眠る銀の娘》が申し訳なさそうにしています】
「結構酷い絵面が広がると思うので、見ない方がいいですよ」
【《絶望に眠る銀の娘》が首を横振り、決意を固めています】
「あはは……」
案外頑固な人らしい。
《箱庭》の住人が《箱庭》に居る状態だと、あの《星の輪を追いかける獣》のように僕のことを見ることができるらしい。今はその設定をオンにしてあるが、切ることもできるので僕の私生活を晒さずには済むから安心だ。
僕一人では気付けないこともあるかもしれないから、一応《窓》を許可してある。僕は戦闘に長けているわけでも、暗殺が上手いわけでもないただの宝石商だからね。
使えるものは何でも使わないと、死ぬ。
【クエスト】
【正義の刃】:悪漢を一人殺害せよ
・報酬:スキル《隠密行動Lv.1》
「……ますますやる気が出てきたな」
さすが僕のスキル。僕のやりたいことを理解しているようだ。
このクエストを達成すれば、さらに生き残る確率が上がる。
レオは再び、外の様子を伺った。
馬車から少し離れた場所に、二つの小さなテントが張られている。おそらく御者とリーダーが寝ている場所だろう。そして焚き火の前には二人の男が座っていた。一人は眠っているのか、いびきをかいており、もう一人はだるそうに頭を揺らし、舟を漕いでいる。
「……あんな様子で見張りが成立するのか?」
一目見るだけで彼らが油断しているのがわかる。子供一人と、怯えた貴族の娘一人。護衛の数は十分だと思っているのだろう。
その油断が命取りになる。
五日間も熱気と湿気のこもった馬車の中にいたためか、外の空気がひどく冷たく感じられた。
いびきをかく太っちょと、舟を漕ぐ変態男。
寝かけているあの男は昨日の昼にセレナ様に手を出そうとしたクズだ。
まず、いびきをかいている太っちょをどうにかする必要がある。彼は寝てはいるものの不規則に寝返りを打つため、いつ起きるかわからない。
その時、舟を漕いでいた男が立ち上がった。
「おいガンベル。起きろ、俺はクソがしたくなってきた」
男はそう言って、寝ている太っちょの肩を蹴り飛ばした。
「……んあ? もう交代の時間かぁ? ……。くそ、まだねてぇ……くそならてめぇも起きてんだろうが。ここなら出ても、ごぶりん程度だろぉ……」
太っちょはそう言いながらも、重い身体を起こした。
男は焚き火に薪をくべると、森の奥へと向かっていった。
「……チャンスだ」
レオはそう呟くと太っちょに狙いを定めた。
太っちょは焚き火の前に座り込み、うとうとと再び舟を漕ぎ始めた。
馬車の中からそっと抜け出し、影を伝って太っちょの背後から忍び寄る。ゆっくりと太っちょに近づいていく。
あと少し。
あと、少しだ。
レオはそう自分に言い聞かせ、太っちょの背後にまでたどり着いた。
――――ユユ、お願い。
レオは心の中でユユに語りかけた。
『まかせてっ! 石の中にいたときのやつね!』
【スキル《精霊術Lv.1》が発動します】
《箱庭》からユユの魔力が供給される。それはレオの手のひらに収束し、海水の塊が生成されていく。
レオは海水の塊を太っちょの顔面に押し当てる。
太っちょは突然の出来事に驚き、目を見開いた。
「ごぶっ……がはっ……!?」
太っちょの喉に海水が流れ込み、呼吸ができず苦しそう藻掻いている。レオは背後から抱き着き、完璧に離れない姿勢になった。
「っ……!、……ごぽっ、……!」
太っちょは苦しそうに呻き、もがいた。
「藻掻けば藻掻くほど、焦れば焦るほどお前は空気を失い続ける。最も、僕はお前が死ぬまで離すつもりはないから……結局苦しんで死ぬ未来は変わらないな」
レオは無表情のまま、太っちょの口と鼻を塞ぎ続けた。
「……ご、……ごほっ……!?」
太っちょの身体が痙攣し始め、白目を向く。ぶくぶくと空気が口から溢れ出す。
「ツケを払うときだ。ゆっくりじっくり、死んでいけ」
恐怖、絶望、焦燥、怯え。太っちょは藻掻く、藻掻く、藻掻く。
やがて、太っちょの身体から力が抜け、ぐったりと地面に倒れ込んだ。
【レベルが7になりました!】
【レベル:2 → 7】
【クエスト:【正義の刃】を達成しました!】
【報酬:スキル《隠密行動Lv.1》を獲得しました】
これで、一人目。
レベルが上がったことによる溢れる力の万能感。レオは明らかに力が強くなった自分に驚きつつ、浮ついた考えをしそうになった自分を戒めた。
……これだけ力があるなら、後ろから首を絞めて……。
いや、だめか。
レベルが5つ上がったとて、僕の力は精々ちょっとだけ力が強い子供程度だろう。今の僕なんて5日もご飯食べてないんだし。
あまり調子に乗って作戦を変えるべきではない。
【《星の輪を追いかける獣》が満足げに喉を鳴らしています】
【スキル《暗殺Lv.1》を獲得しました】
レオは妙に熱い息をゆっくりと吐き出した後、太っちょの身体を顔を隠して眠っている姿勢に戻し、寝ているように偽装した。
微かに手が震えている。
【《絶望に眠る銀の娘》があなたを心配しています】
『あわふいてた! かにみたい! ぶくぶく、ゆゆもできるよ!』
【《絶望に眠る銀の娘》が《幼き海の精霊》に教育を施しています】
……全く。
レオは口元に優しい笑みを浮かべ、冷酷な光を宿した瞳のまま、呼吸を整え次の段階に作戦を進める。
次に狙うのは森の中へ消えていった男だ。
《暗視Lv.1》で森の中を覗き込み、男の位置を把握。
男は少し離れた場所で、木の根元に座り込んでいた。
【スキル《隠密行動Lv.1》が発動します】
【スキル《暗殺Lv.1》が発動します】
レオは二つのスキルを発動させ、男の下へ向かった。
夜に紛れ、気配を消し、音もなく近づく。
男は用を足し終え、煙草でも吸おうかという様子で火を点けた。
「ふぅ……」
男は安堵のため息をつき、一服しようとした。
その瞬間、背後から音もなく近づいてきたレオが男の顔に手を掲げる。
『えいやー! おぼれろ~!』
【スキル《精霊術Lv.1》が発動します】
「ッいつのまに――がばっ!?
大きく海水の球の中でボコボコと息を吐いてしまう男。それでも余力がある可能性を考え、レオは頸動脈を抑え込む。
くらくらするだろう? こうすると血が止まるんだ。
「ば、ばすけっ、
涙ながらの懇願に、レオは静かに呟いた。
「……死ぬ前に自分の罪でも数えてみたらどうだ?」
「――――ごぽっ」
レオは男が動かなくなるまで、力を緩めることはなかった。
【《星の輪を追いかける獣》が鼻息を荒くしています】
【レベルが10になりました!】
【レベル:7 → 10】
「……あと、二人。……はぁ、はぁ」
レオは男の身体を草むらに隠すと、馬車の影へと戻った。
妙に疲れている気がする。大して動いていないし、体力を使うような行為はしていないはずなのに。
だが、残りは焚き火の近くのテントで眠っているリーダーと御者だけだ。
レオは《隠密行動Lv.1》を発動させたままテントの近くに忍び寄り、ゆっくりと中を覗く。
【スキル《暗視Lv.1》が発動します】
もぬけの殻。
――――居ない、?
「驚いた。ただのガキだと侮ってたぜ、坊主」
ドクンッ。
背後から聞こえた声に、心臓が嫌に高鳴っていくのがレオには手に取るように感じ取れた。
振り返ると、そこには気だるそうに剣を地面に向けて、レオに話し掛けるリーダーの姿があった。
――不味い。まずいまずいまずい!
ぶわりと、冷や汗が背中を伝う。
この旅で、最大の難敵が現れた。
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