第28話





 リーダーはレオの背後で冷笑を浮かべていた。


「イグニッション」


 顔の傷が手元の光で浮かび上がり、その手に握られた剣からはごうごうと焔が噴き出していく。


 ……魔法剣だって? ははは、


 冗談だろ?


 レオは引き攣る顔を抑えることができなかった。


「ったく誤算だったぜ。ルーフェン家は番を見つけてからが本番だと言われてなけりゃ、テメェみてぇなガキは殺して終いにしてたんだが……なッ!」


 その言葉と共に、リーダーは剣を振るった。剣から放たれた炎の斬撃が、レオが立っていた場所を焦がす。


 レオは咄嗟にその場から飛び退くが、身体の近くを通過した熱気に血の気が引いていく。


 当たれば即死だ、あんなの。


【スキル《逃走本能Lv.1》が発動しています】


 視界の端が赤く染まり、行くべき道が青く示される。咄嗟に逃げようとするが、退路となる青い道は焔の斬撃によって阻まれる。


 クソっ、所詮レベル1か。


「っはぁ、ックソ!」


 迫る焔の斬撃を間一髪で転がり、避ける。


「ほぅ、やるじゃねぇか。だが、いつまで避けられる?」


 リーダーが手に持つ剣は当たり前のように火を纏っている。


【スキル《精霊交感Lv.2》が発動します】


 剣の中に刻まれた魔。当たり前のように《魔装化》されている。それも相当上等な部類。《魔宝石》で言えば第5等級はありそうだ。


 僕を殺せばセレナ様の行方がわからなくなる。だからヤツの攻撃は手加減されているもの。


 だが、それでも全力で避けることが精一杯。


 平民街でアクースと戦っていた男よりは弱そうだが、それでも超人の部類に入る。今の自分に、勝ち目は全くない。


【《絶望に眠る銀の娘》が傷ついていくあなたを心配しています!】


 リーダーは容赦なく剣を振るった。炎の斬撃が次々とレオを襲う。レオは《逃走本能》を頼りに必死に回避を続けるが、



 ――――かくん。


「え――?」


 突然、糸が切れたように膝の力が抜ける。眼前に迫る炎の斬撃に咄嗟に腕を構えるが、そのまま直撃し吹き飛ぶ。


 ――熱い、痛い、苦しい、熱い熱い熱い熱いっ!


 ごろごろと吹き飛ばされた衝撃に転がる。レオの小柄な身体は、いともたやすく吹き飛ぶ。


「クリーン、ヒットッ! はっはっは!」


 そんな様子のレオを嘲笑い、じわじわと距離を詰めるリーダー。


 魔力が切れる様子は、ない。


 なんで、なんでッ!?


 激痛に悶えるレオは突然動かなくなった身体に絶望し、心の中で叫んだ。


 5日間も絶食し、さらにスキルを酷使し続けたレオの身体はすでに限界を迎えていたのだ。


「っ……くそっ」


 次に迫る炎の斬撃を避けきれず、右肩を掠めた。またしても皮膚が焼けるような激しい痛みが走る。


「さーて、どこに隠した? 小娘はどこだ? 檻の中はもぬけの殻だった。あと《魔封じ》はどうやって外した? 鍵は変わらず俺の手元にある。説明が付かねぇことばかりだ。なぁ?」


 リーダーは剣を構えたまま、尋問を開始する。その声には苛立ちと冷酷さが滲んでいた。


「っ、さてどこでしょうね。今ごろ王都にでも向かってるんじゃないですか?」


 レオは虚勢を張って笑ってみせる。だが、リーダーはレオの言葉を信じなかった。


「……嘘だな。昼の時点で檻の中に入ったのは直に確認してある。景色も見れないままお前たちは馬車で6日間も移動したんだ。場所もわからねぇ箱入り娘一人じゃ野垂れて犬の餌が関の山」


 ゆっくり、焔で夜を照らしながら負傷したレオに近づいていく。


「クソみてぇな劣悪な環境でも作戦立てて、夜襲するような優秀な脳みそを持った人間がそんなくだらねぇミスに気付かないはずがねぇ。てめぇの手の届く範囲に居ることはわかってんだぜ」


 ――クソ。こいつが馬鹿ならまだ何とかなったはずなのに。


 レオは頭の回るリーダーに絶望した。


「観念しろ。小娘を渡せば、命だけは助けてやる」


 リーダーはそう言って、再び剣を構えた。その言葉にレオは諦めにも似た感情を抱いた。


 ――もう、限界だ。


 だって身体が、動かないのだ。


 5日間の絶食、スキル多重発動による体力消耗、そして先ほどの戦闘による負傷。レオの身体はすでに悲鳴を上げていた。


 リーダーはそんなレオの姿を見て、不敵な笑みを浮かべる。


「終わりだ」


 容赦ない蹴りが、レオの腹に突き刺さる。


 何度も。


「ぐっ」


 何度も。


「ぉえっ」


 何度も。


「……っかは――――」


 痛みに意識が遠のきそうになる。それでもレオは歯を食いしばり、痛みに耐えた。


 弱音が何度も胸の中で過ぎる。


 ――なんで僕がこんな目に。


 ――誰か助けて。


 ――死にたくない。


『れお!? れおっ!? だいじょうぶ!? いたそうだよ!? もうしんじゃうよっ!』

【《絶望に眠る銀の娘》が涙を流し、《窓》を叩いています!】


 リーダーはそれでもセレナの居場所を吐かないレオの姿に苛立ちを募らせていく。


「てめぇ、マジで死ぬぜ。これが最後の警告だ。小娘をどこにやった?」


 リーダーの声がまるで悪魔の囁きのようにレオの耳に響く。レオは全身の至る所に火傷を負い、流血していた。


 額を切られたときに流れ出た血で視界は真っ赤に染まっている。


 血の海の中で蹴り転がされ、レオは仰向けにだらんと四肢を放り出した。


 空が見える。


 夜に輝く赤い月が。


「……さぁ、月とか?」


 レオの言葉に、リーダーは怒りで顔を歪めた。


「チッ、ふざけたことを……!」


 ――どうせ、死ぬんだ。最後の悪あがきくらいさせてくれ。


 レオの瞳には血の赤が反射し、まるで狂気の色を宿しているようだった。


「……めんどくせぇガキだぜ。付き人の類は居ねぇと聞かされてたんだが、まぁいい。どうせこの辺りに隠れてんだろ? 死ね――――」


【《絶望に眠る銀の娘》が絶叫しています!】


 リーダーが剣を振り上げる。炎が勢いを増し、レオの命を奪おうと輝いていた。


 レオの意識が遠のき、諦めたその瞬間。



【特性《箱庭の管理者》が発動します!】


【《絶望に眠る銀の娘》が《箱庭》より召喚されます!】



 レオの胸元から淡い銀色の光が漏れ出す。溢れ返る銀に輝く魔力の粒子が森の中を白色に染め上げる。


 光が晴れたとき、そこには一人の少女が立っていた。


 セレナだ。


 全身から淡い銀色の魔力を放ち、その瞳は怒りと悲しみで揺れ、涙を流している。


「レオ様ぁっ……! なんで、わたしなんかのために、こんなッ!」


 セレナは血だらけで倒れているレオを見て、悲鳴をあげた。


 彼女の全身から溢れ出す魔力は以前とは比べ物にならないほどに強大だった。


【《絶望に眠る銀の娘》の血に秘められた才能が開花しようとしています!】


 セレナの瞳に銀色の光が宿る。見るの者に身の毛もよだつような圧力を与える、圧倒的威圧感。


【特性《銀狼の末裔》が開花しました!】


「……許さない。絶対に、許しません! 私の、大切な人を……! いじめないでッ!」


 銀色の光がセレナを中心に爆発的に広がる。


 リーダーはその光景を前に顔を歪めた。


「……おいおい落ちこぼれって話じゃなかったか? しっかし、これで報酬もたんまりだな」


 しかしそれは恐怖ではなく、歓喜の笑み。


「小娘の《血統魔法》を使用可能な状態にした上で、収納系の異能を使えるガキまで手に入るたぁ、あの馬鹿共を失った甲斐があったぜ」


 次の瞬間、即座にセレナに向けて走り出すリーダー。


「っ、《血統魔法・銀狼の刻印》ッ!」


 セレナの身体に銀色に輝く魔力の刻印が入っていき、全身を覆い尽くす。


 溢れる万能感。これなら、レオ様を守れるかもしれない!


 セレナは決意を固め、狼のような速度でリーダーにそのまま突撃し、拳を振り上げた。


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