第17話





 レオは少女を連れ、アクースと共に貴族街へと向かった。暫し無言で歩いた後、彼女の名を尋ねようと振り向き、口を開きかけた時。


 レオは後ろを歩くアクースの様子に気がついた。


 獣の耳が、ぴくりと震えた。


「どうしたんですか、アクースさん」


 レオは小声で尋ねた。アクースは静かに首を振り、顔をしかめてから言った。


「匂いがする……さっきのごろつきと、似た匂い」


 アクースの言葉にレオは警戒を強めた。


「……それは、どこから?」

「門。衛兵たちから」

「っ、あの、それってどういう……?」


 少女が後ろで疑問を投げかけているのも気にする余裕がなく、僕は顔を手で押さえることしかできなかった。


 ……最悪だ。


 市場の路地裏で襲ってきた男たちと、今、この貴族街の門を警備している衛兵が繋がっているのか。


 考えたくはないが、可能性はある。貴族の令嬢を護衛もなしに門を通すなんて普通は有り得ない。


 この門を抜ければ家はもうすぐそこだが……しかし、もし門番がごろつきのバックの組織と繋がっているなら、迂闊に通るわけにはいかない。衛兵たちが全員グルだとは限らないが……いや、こういうとき希望的観測で行動するのは止めた方がいい。


 レオは後ろを振り返った。そこには怯えた表情で彼を見つめる少女の姿があった。


「あの……?」


 少女が何かを言おうとしたがレオはそれを遮り、静かに言った。


「ごめんなさい、もう少しだけ、僕に付き合ってくれませんか」


 少女は不安そうに頷いた。


 レオは頭を回転させた。


 あの時、ごろつきたちが持っていたナイフには第8等級程度の《魔装化》が施されていた。宝石で例えるなら下位の《魔宝石》クラスで、そこまで凄くないように一見思えるが、《魔装》は入手経路が限られる。


 まず間違いなくそんなものをごろつきが入手できるわけがない。相当規模の大きい組織だろうな。もしくはどこかの貴族の私兵か? いや、それにしては演技が下手すぎた。


 僕が咄嗟に前に出なければ下手くそなごろつきの演技を止めていたかもしれない。何か言いかけていたはずだ。確か、


『……そろそろいいか? おい、“袋”の準備を――』


 こうだ。


 思い返せば取り巻きが大きすぎる馬の餌袋みたいなものを持っていた。もしかして軽量化の重力魔法が掛かった《魔装》か? いよいよ貴族の領域だ。


 レオの脳みそがフル回転する。考え事をしつつ、レオの足は今できる最善の選択肢を選ぼうと止まらない。

 

 もし、彼女がルーフェン公爵家の令嬢なら、誘拐は単なる身代金目的ではないだろう。


 権力闘争。


 あの男たちが衛兵にまで手を回せるのなら、相手は相当な大物だ。五大貴族の一員であるルーフェン公爵家と対立しているのは同じく五大貴族でしかありえない。


 ルーフェン公爵家と仲が悪い五大貴族……グラストラか?


 銀狼と月の血統魔法を使うルーフェン家。


 影の血統魔法を使うグラストラ家。


 もしそうだとすれば、この辺りの衛兵は既に懐柔されている可能性がある。グラストラ家は五大貴族の中でも商売っ気が強い家だ。影響力もピカイチだろう。


 このまま自宅に戻るのは危険だ。もし、グラント商会の屋敷が襲撃されでもしたら、父、そして使用人たちにも危害が及ぶかもしれない。


 レオはそう判断すると少女とアクースを連れ、貴族街へ続く大通りから一本外れた道へと入った。


「どこへ?」

 

 アクースが尋ねた。


「一時的に身を隠す必要があります。詳しい話は、安全な場所で」


 レオはそう答え、近くの安宿へと向かった。


 宿の部屋に入るとレオは扉に鍵をかけ、安堵のため息をついた。


「お怪我はないですか?」


 レオが改めて尋ねると、少女は静かに頷いた。


「は、はい。あの、あなたは……?」


 少女はレオをじっと見つめて言った。その瞳には未だ警戒の色が残っている。


「僕はレオ・グラント。グラント商会の息子です。こちらは護衛のアクースさん」


 レオはくたびれたようにそう言って、アクースを紹介した。


「私は、セレナです……セレナ・ルーフェン。知って、いるでしょうか」


 少女はそう言って、深々と頭を下げた。


「ルーフェン……やはり、公爵家の令嬢でしたか」


 レオは納得したように頷いた。


「なぜ、あなたはあんな場所に? ……あぁ、先に伝えておきますが、門を通らなかったのは衛兵にごろつきたちの手のものが混じっていたからです」


 レオの言葉にセレナは顔を上げた。その瞳には、わずかな驚きが浮かんでいる。


「……衛兵が、ですか? どうして、そんなことが……」


 レオはアクースに目を向けた。


「アクースさんが衛兵から先ほどのごろつきと同じ匂いがすると教えてくれました。そしてあの男が持っていたナイフはごろつき風情が手に入れられるような代物ではありません。どこかの貴族が裏で糸を引いていると考えるのが自然かと」


 セレナは顔を蒼くした。


「……そう、ですか……」


 セレナは小さく呟くと、俯いてしまった。


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