第三章[6]

 私はまどろみの中で体を動かせないまま、意識だけがフワフワと暗闇の中を漂っていました。

 あの事故に遭って寝たきりの状態に陥ってからどれだけの月日が経ったのか分かりませんが、日に日に考えることが億劫になっている気がします。

 五感の中で聴覚だけはジッとしてても活動していますが、それ以外の感覚についてはまったく刺激として入ってきません。活発な脳みその働きを維持するには寝てばかりではいけないようです。

 感じられるような痛みはないですし、苦しいわけでもありませんが、周囲に無数の言葉が飛び交っているみたいで頭がグチャグチャになりそうです。たぶん自分の心の声と周囲の声がごちゃ混ぜになって区別がついていないのでしょうね。

 時折私に向けて誰かが声を掛けていることも理解できているのですが、私は声を発することもできないので、もどかしい気持ちに苛まれます。もっとも、今の私の頭ではしっかりと受け答えができるのか怪しくはありますが。

 夢の中にいるのか起きているのかよく分からない曖昧な状態が続いていましたが、なにやら声が聞こえてきたので意識をそちらへと向けます。

 その声の低さから、今日来ているのは男の人だと分かりました。それもよく見舞いに来てくれているで間違いないと思います。

「こんにちは雅鯉朱さん。ご気分はどうですか? 顔色は……いつも通りみたいですね」

 彼の挨拶はいつもこんな感じです。顔色チェックだけは毎回少し変わりますがそれでも数パターンしか聞いたことがありません。こちらの目は開かないのに向こうだけ私の顔色を見られてしまうのは恥ずかしいので本当はやめてほしいのですがそれは無理な話ですね。

 今回はたまたま気が付きましたが、私が本当に寝ているタイミングでも何度かお見舞いに来てくれているのだと思います。

「今日は大事な話をしたくてやって来ました」

 いつもなら彼の身の回りで起こった話をしてくれるのですが、今日は新しい切り出し方で少し興味が湧きました。それに大事な話ってなんのことでしょう?

「以前に雅鯉朱さんから尋ねられた問いの答えについてです。ひょっとしたら忘れているかもしれませんが、それならそれでも構いません」

 えぇ、覚えていますとも。彼の方こそまだ覚えていることに驚いたぐらいです。自身が生み出す罪悪感のことでしょう?

「今から僕の話すことは正確には雅鯉朱さんに対する返答というよりも、僕自身に向けた自分なりの答えです」

 彼はそう言って一息つくとそれまでの会話口調を変えて、まるで独白するように話し始めます。

「当時の僕は雅鯉朱さんの問いに対して、善悪にこだわらないでもっと現実を見据えるということを提案しました。そして今でもそれが悪い案ではないと思っています。でも、やっぱり何か欠けているような気がしてあれからもずっと考え続けていました。罪悪感の前にの原点から考えたらどうなるのかと。僕はいつだって善良な側の人間でありたいと思っています。いえ、もっと正直な言い方をするのなら、ただ周囲から存在を肯定されたいと願っているだけです。そしてそんな臆病なところが僕の行動の起点になっているわけですね。理由は僕と違うかもしれませんが、雅鯉朱さんにも精神的な原動力というものがあるんじゃないでしょうか」

 私は穂垂さんの話を聞いても彼が臆病だとは思わないのですが、彼自身がそうやって捉えているのは悲しいことだと思いました。言葉を返せないのがやっぱりもどかしく感じます。

 私の原動力は何なのでしょうか? パッと答えるのであれば自分がやることに対して周囲の人が喜んでくれることで間違いないと思います。でもそれをもっと突き詰めると結局は彼の答えと同じで、自身の存在を肯定されたいということになるのかもしれません。

「僕自身の存在が肯定されるにはどうすればいいでしょうか。難しい言い方をしていますが、やることは至って簡単です。それは世間的に正しいとされていることに従うだけです。中には規律に従うことが難しい人もいたり、そもそも世間が是としている基準に異議を唱える人もいるのでしょうが、僕からすればなにも難しいことではありません。これはたぶん周りの視線を意識し続けていてその癖が染みついた結果なのでしょう。だから僕は世間的に正しいことを普通に行えるのですが、一方で善意というものが行為の中に備わってなくて、いつしか偽善めいたものを感じるようになりました。これが僕を苛み続ける罪悪感というものですね」

 彼の話を私に置き換えてみると、人の喜ぶことが反射的に分かってしまうような状態のことを言うのでしょう。喜んでもらうというのはもっと自然な理由でないといけないはずなのに、いつの間にか偽善的な行為に感じてしまい、それが私の罪悪感となっているわけです。

「この罪悪感を打ち消すにはどうしたらいいのか。佐倉さんのように周りの視線を気にせず独立独歩で生きればいいのでしょうか? 確かにそれならば何の問題もないかもしれませんが、周りを気にして生きる僕とは正反対の生き方ですから現実的な選択ではありません」

 そもそも罪悪感は内にあるものであって周りは関係ないのではと思いましたが、周りを意識しているからこその罪悪感というのも一理あるかもしれません。自身の行為が世間的に悪いことだと思っていなければ問題にはなりませんから、そういった意味では私も世間を意識して生きている人間なのでしょう。

「次に僕は自身の罪悪感についてもっと向き合うことにしました。自身で生み出した罪は誰かに赦されない限りは消えません。でも、僕にとって本当に赦してほしい人はもうこの世にいませんから、それは叶わぬ望みです。自分の罪を自分自身で赦すことができればそれもまた一つの解決方法になりますが、それも僕にはできるイメージが湧きません。『時間が解決する』とはよく言われることですし、いつしか自身の罪悪感が薄れていって赦せる日が来るのかもしれませんが、それは卑怯な気がしてならないんですよね」

 いかにも真面目なことを仰るのだなと思いました。でも、そんなことを言う限りはいつまで経っても解決にならないじゃないですか。穂垂さんの説明に従うのであれば、私の罪を赦すことができるのは私に関わった人すべてです。だけどそんなことは不可能です。だってそもそも相手は私を責めようなんて思っていませんから。

「だからもう赦すということを諦めて、この罪悪感を背負い続けることを想像してみました。僕のこの苦しみという罰をもって贖罪とするわけです。正直言って初めはそれでもいいかと思いました。でも、ある人からそれは違うと言われてしまいました。幸福にはつながらないのだと。確かにそのとおりです。自分で勝手に苦しめておきながらその一方で幸福になりたいだなんて身勝手な話ですが、どうやら自分は欲張りな人間だったようです」

 口が利けないと分かっているのに私を揺さぶるような話を続ける穂垂さんはずるい人です。そしてそれを批判する私はもっとずるい人間です。

 罪悪感を自身の贖罪とするという視点は新しいものだと思います。でもそれだと苦しみから逃れることはできませんから、結局今の迷いに対する答えにはならなくて振り出しに戻るだけじゃないですか。

「あれもダメ、これもダメ。ならどうすればいいのか。どの考え方もうまくいかなくて諦めの感情が強まる一方でした。僕はどうあがいてもこの苦しみから抜け出す方法はないのだと。それからしばらくの間、ボランティアの子供たちとふれあったりしていましたが、やはり最後まで僕にとって善行の理由は世間体でした。世間体があると僕は自分の意志とは別に善行をしようとしてしまうんです。僕自身はこの性格を不便なものだとばかり思っていましたが、僕の身近にいる人がそのことを褒めてくれたんですね。これはなにも初めてのことではなくて、以前からも同じようなことを言われていたのですが、僕自身はそれを本当に褒められているのだと思ってなかったんですよ。だって僕にとってはただ一番自然な方法を取っているだけでしたし、褒められたって良いことなんかほとんどありませんでしたから。僕にとってはむしろその褒めてくれた人の方が羨ましかったです。そんな風に思っていたら、なんだか自分の考え方が馬鹿らしくなってきたんですね。繰り返しになりますが、僕には世間体を意識した生き方しかできません。これは絶対です。そのことをどう受け止めるかは自分次第ですが、世間が評価するのは当然僕の行動だけです。だから僕はいっそこう考えたんです。と」

 世間体を意識する……。それってなんだかひどく窮屈な生き方じゃないでしょうか? 私も多少は周りの人がどう思うかを考えて生きてはいますが、それだけを意識することの一体どこが良いのでしょうか? それにその生き方の果てに幸福はあるのでしょうか?

「ただ勘違いしてほしくないのは、自分の意思を捨てることではないということです。世間の目があるから人として正しいことをする。これだけ聞くと受動的な理由ですから、肯定的に受け止めてくれる人はいないと思います。でも、仮にこれを本当に実行する人がいたとしたら、真意を知りようのない世間は肯定的に受け止めてくれるでしょう。僕らが昨年末お会いした時にお話しした傘の例え話のように。当時は世間に対して欺いているようで、あの例え話の中の行動を僕自身が好きになれませんでした。でも、今の僕には自身の欺きを認めてなお、自身の行為を肯定する覚悟があります」

 穂垂さんの仰る通り、自分が何を考えていたって心が相手に伝わるわけではありませんから、いわゆる『善いこと』をすれば世間は肯定的な反応をするでしょう。でも、それじゃあ自分の意思はどうなるのでしょうか? 自分で肯定するっていったって、今までそれができなかったから苦しんだんじゃないですか。一体何が穂垂さんをそう思わせるに至らせたのでしょうか?

「この考え方はおそらく多くの人にとって理解されないものでしょう。僕自身この結論は少しおかしなものだと思っています。でも、このおかしな感覚の正体はどこから生まれているんでしょうか? 僕が思うに自己の意思が他者の意思よりも尊いというような風潮からだと思います」

 はて、昔どこかで似たような話を聞いたことがある気がするのですが、一体いつのことだったでしょうか? なんとなく不快な思い出が呼び起こされそうな気がして、今思い出すのはやめました。

「でも僕は奉仕員になって社会規範を守ることに意味があることを知りました。誰かに命令されなければつい怠惰になりがちな僕ですが、逆に命令さえあれば僕は僕の望みが得られる、つまり周りから存在を認められていると実感できるんですよね。何の規則もなければ怠惰という自由を謳歌できるわけですが、逆に命令という不自由な枷をはめられる方が自分の望みに近づくんですよ。なんだかおかしな話かもしれませんが、これは別に僕の感性が特殊ってわけじゃないはずです。もっと大きな視点になって人類の歴史を考えたとき、人々は正しいとされるルールをいくつも作り上げて発展してきたじゃないですか。自分たちにとってより良い環境を作るために何かしらの自由を制限することは、人がより高みに立つための尊い行いだと僕は思います。自分の意思を通すことが世間的には絶対的に正しいことのように思われていますが、一体どうしてそう思うようになったんでしょうね。いや、別にそのことを否定したいわけじゃありませんが。とにかく、僕が言いたいのは自分の意思を通すことばかりが望みにつながるとは限らないということです。これはなにも突然理解したわけではなく、日々過ごしていく中で何となく感じ続けていました。それがあるときに閾値を超えて、自分の中で落ち着いて言葉に整理できるようになったというのが正しいですね」

 ……もしも私がこうしてベッドの中で眠ることなく彼の話を聞いていたとしても、きっと私は彼の言葉にうまく答えられず、ただポカンとしているだろうなと思いました。

 穂垂さんは今を生きている経験からこの世界への洞察を深め続けてきたのでしょう。

 一方の私はただ自分の世界の中であてもなく漂っているだけで、そんな自分が馬鹿らしく思えてきました。

「僕がずっと間違っていたのは、世間で善とされていることを僕自身の中で悪と規定してしまったことです。自身の行為が打算的だから自身の行いは悪だなんてマジメに考えなくても良かったんですね。この気付きも奉仕員として生活を通じて出会った人たちと接する中で考え付いたことです。こんなことを言っては佐倉さんに非難されるかもしれませんが、もっと周りを意識してもいいんじゃないかと思います。少なくとも僕にとっては周りの目が僕自身の正しい在り方を規定してくれているんです」

 私が間違っていたのは私のやりたいことが最初から周りに依存するものだと分かっていたのに、外部依存することを悪と決めつけたということですね。

「とはいえこれらの話も結局は欺瞞でしかありません。世間が定める善といっても中には曖昧な部分がありますし、常に生き方のレールが敷かれているわけでもないです。ですがそれでも都合の良い解釈をしていくしかありません。僕は世間がどう評価しようと自分のことを善良な人間だとは思えません。でも、善良な人間でありたいと思っているのは確かです。だったら、善人のフリをし続けることが僕にとって一番合った生き方なのでしょう。『狂人の真似とて大路を走らばすなわち狂人なり』という言葉がありますが、善人じゃなくてもを続ければいつかは善人になれるんじゃないかと信じています」

 善人のフリでもいい。彼の言葉を聞いて心が軽くなるような感覚がありました。私が善人かどうかは私が決めることではないのですから、私のやっていることもまた単なるフリにしかならないのです。それでも構わないというのなら、私は悩む必要もないのかもしれません。

「自分を責めてもその先に答えはありませんでした。僕の犯した罪は死ぬまで背負い続けるしかありません。だからこそ、自身のこれからの行いに意思を込めていくつもりです」

 そう気付いた私が次にやること。

「自分を苛む痛みに耐えられないのは僕自身の弱さです。自分が悪い人間だと決めつけることは僕にとっては楽な方向に逃げることでしかなく、それもまた偽善的な行為です」

 それは早くこのまどろみから目覚めること。

「僕は過去の行為に対して自身の内外からの批判を受け止める覚悟が必要なんです。それに耐えるためには自身の行いを肯定しなきゃいけない」

 目が覚めたら顔を洗って歯を磨いて。

「この世界は意外なほどに空虚な善意で回っているのかもしれません。こちらの本心がどうであれ相手は自身が感じた通りのことを信じる。だからこそ、自分の心の内が虚しかったとしても、そこから生み出された優しい言葉や行いで世界はより素晴らしい形にできると思います」

 見知った人にも、そうでない人にもこっちを向いてもらえるような魔法の言葉で新しい一日を始めなくちゃいけない。

「人は思っているほど優しくないし汚いところもあることを否定しませんが、それでも世界は僕が思っているほど厳しくもないし寛容なようです。そんな世界の中で、僕はたとえフリであったとしても善い一人の人間を演じ続けるつもりです。この生き方はおそらく、いや確実に痛みを伴います。どうやったって自身の中では悪者であり続けますから。でも、その事実を受け止めた先に僕の求める理想像があるのならそれでもいいと思います」

 だから、長らく閉じたままだった重い瞼を今こそ開くときなのです。

「今こうして病室で雅鯉朱さんとお話をすることも、僕にとってはただ自分の考え方を誰かに肯定されたいと思っているだけかもしれません。それに、眠り続けるあなたに一方的に話しかける僕は卑怯者ですらあるかもしれません。それでもなお僕は問いかけたいんです。雅鯉朱さん、僕はあなたにとって善い人に映っていますか?」

 私は口の開け方も忘れてしまったのか、うまく声を発することができません。それでも、目覚めた私のことを目を丸くして固まっている彼に何かを伝えたくて、今の私に精一杯できること――微笑みを、投げかけたのでした。




 雅鯉朱さんに語り掛けていると、いつの間にか自分の言葉が熱を帯びているような感覚があって、まるで自分に言い聞かせているような気分になっていた。

 僕なりにできる限り正確な表現で話してはいるが、そもそも雅鯉朱さんに僕の声が届いてるのかすら怪しいのだ。奇跡なんて信じない。信じないけれど、それでも願うことはある。だから、最後に雅鯉朱さんへ問いかけたいと思ったのだ。

 話し終わると、半ば自身の内面へ向けられていた視線が外の世界へと向けられる。狭まっていた視界が広がって、自然と雅鯉朱さんの姿を見据える形になった。するとどうしたことだろうか。ずっと天井へと向けられていた彼女の顔がこちらを向いているではないか。

 僕はビックリしてしまって、何と声を掛ければいいのだろうかと考えたり、さっさと病院の人に伝えに行くべきだろうと考えたりしたけれど、結局僕の体は何も動かなかった。

「――ぉぁ」

 彼女はかすかに聞こえるような声で何かを呟いた。何と言ったのかは分からないけれど、僕を見つめる彼女の瞳からは百の言葉よりも多くを聞いた気がした。だから僕はすっかりと落ち着いてしまって、彼女に挨拶を返すことができた。

「おはようございます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る