第三章[2]

 身の縮こまるような寒さが和らぎ始め、空に浮かぶ綿雲から春の到来を感じ始めていた。けれども僕の心は依然として冬のような厚い鈍色の雲に覆われている。

 このまま罪を償い続けたとして、僕は何かを得ることができるのだろうか? 

 あまりにも変化のない自分の考えに嫌気が差した僕は、自分とはまったく異なる思想の持ち主ならどう考えるだろうかとふと思った。適任者なら探さずともすぐそばにいる。

 そこまで気づければあとは早いもので、僕はその日の就寝前に高木さんへ話しかけたのだった。

「今ちょっといいですか」

「んー?」

「変な質問かもしれないんですけれど、高木さんって罪悪感とか感じたりします?」

「えぇっ! ちょっと何ぃその失礼な。もう四六時中苦しんでるで。ほら見て」

 そう言って高木さんは口を大きく開けて見せつけてくるけれど意図が読めない。

「なんですか?」

「こーないえん」

「はぁ」

「ストレスストレス」

「食生活が原因じゃないんですか?」

「……かもしれへん」

「……」

「いやいや、そうやとしても罪悪感ぐらいは分かるで俺も」

「うーん」

「てかなんでそんなこと聞くん?」

「いや、なんと言いますか、最近の僕ちょっと参っちゃってるみたいで」

「なんや訳ありみたいやな。いやでも実は前から穂垂君ちょっと暗いなって思っててん」

「そう見えますか」

「うん。なんか部屋一緒におってても空気が重たーい感じしてたで」

「そうでしたか。なんだか気を使わせてしまってすみません」

「気にせんでええて。俺と穂垂君の仲やないか。んで、どういう話なんや?」

「前置きから話しますが、僕たち奉仕員は罪状に応じてそれぞれの奉仕得点が課されていますよね。そして規定の奉仕得点を獲得すれば社会復帰できます。ただこれって社会の法から赦されているだけで、自分の犯した罪がなくなるわけではありませんよね」

「そりゃそうやな」

「僕は自分の抱えている罪悪感とどう折り合いをつけていいのか分からないんです。法の下で制裁を受けたのだから自分の罪は綺麗さっぱり赦されたという風に考えられたら楽なんでしょうが、僕にはそういう考え方はハッキリ言って無理です。いつかここを出ていったとしてもたぶん僕は自分のしたことを赦せない。僕の主観で言うと社会的に忌避される側にずっといるべきだと思うんですが、客観的にはごく普通の一般市民扱いに戻ってしまうことに違和感を感じるんです」

「ほーん。穂垂君らしいマジメな意見やけど不便な考えしとんな」

「やっぱりそう思いますか」

「やっぱりって誰かも同じこと言ってたん?」

「いや、自分でもそう思ってるだけです」

「分かってんのに改められへんってのはやっぱ不便やな」

 高木さんなりに親身な言葉を掛けてくれているのだろう。彼は僕を茶化すように笑っているけど、そういった態度を取ってくれる方がありがたかった。

「ほんじゃあ山田と滝川呼んでくるわ」

「え? いやいや、そんなの悪いですよ。ちょっと高木さんに聞いてみようと思っただけですし、それにもう夜遅いですから」

「そんなん気にせんでええんやて。穂垂君の一大事なんやから」

 止める暇もなく部屋を出ていってしまう。気を使ってくれるのはありがたいが、山田さんも滝川さんもあまり接点がないものだから僕はどうしていいものか分からない。

 それから1分もしないうちに高木さんが二人を連れてきた。

「連れてきたでー」

「こんばんは小松君」

 苦笑しながら山田さんが入ってくる。後ろの滝川さんは無言で僕に目礼をする。

「あぁどうもすみませんこんな時間に」

「ちょうど僕も退屈してたから別にいいよ。それでこれから何を始めるわけ?」

「何も言ってないんですか?」

 高木さんの方に顔を向けると、彼はニマッと笑って親指を立てる。

 僕は顔を引きつらせながらも、山田さんたちに事情を説明する。

「あの、つまらない話で申し訳ないんですけど、さっきまでここで人生相談みたいなことをしてたんです。そしたら突然高木さんが山田さんたちを呼ぶと言い出しまして。あの、本当にすみません。面倒でしたら帰っていただいても構いませんから」

「ほー。人生相談ねぇ。いいじゃないの」

「え、いいんですか?」

「もちろん。昔は滝川君とよくそんな話してたし、全然付き合うよ。滝川君もいいよね?」

「……うぃす」

「お二人ともすみません」

 てっきり面倒くさがられると思ったのだが、意外にも乗り気らしい。ただの好奇心というか単に話題に飢えていただけなのかもしれないが、そうだとしても僕は気の良い人たちに恵まれているのだと思った。

「で、人生相談ってのは具体的にどういう話?」

「簡潔に言うとですね、奉仕員としての務めを果たしても自分の犯した罪は当然なくならないわけで、僕はこの罪とどう向き合うべきかという話を高木さんとしていたんです。で、僕としては自身の犯した罪は一生抱えるものと思っているんですが、社会からは一応は赦されたことになるのが釈然としないというか、それでいいのかということを考えていまして」

「穂垂君はマゾヒストなんや」

 高木さんがすかさず茶々を入れるが、今は山田さんと話しているので放置しておく。

「で、この問題に対してどう受け止めようかという話なんですが、例えばいっそ善悪の観念をリセットしてしまえばいいんじゃないかと考えているんです」

「善悪っていうと?」

「結局のところ僕は自分の罪を忘れちゃいけないと思ってるんです。だから僕にとって罪を忘れることは悪です。でも、このっていうのは自分の中でいつの間にか勝手にできていた倫理観なんですよね。だったら一度この倫理観というものを見直して、まずは現実に起こっている事実から、自分の行為の是非を問い直していくのはどうかなと考えたわけです」

「理屈としては分からなくもないけどちょっと極端じゃない? そもそも小松君の性格でその考え方を徹底できるか疑問だけどね」

「いけませんか?」

「ダメってことはないけど、一度備わった倫理観ってのはそう簡単に切り捨てられるものではないと思うよ。ましてや人一倍マジメな小松君には尚更ね」

「じゃあ何かほかの方法がありますか?」

「僕は小松君みたいな悩みを抱えていないから僕自身の回答としては答えられないけど、君の立場を想像しながら僕なりの考え方でアプローチしてみようか」

「お願いします」

 山田さんは年長者だけあってか話しているだけで頼れる安心感がある。

「それじゃあまず話の目指す方向なんだけど、小松君は結局のところどうしたいわけ?」

「えっと、自分の抱えている罪悪感とどう向き合うべきかということについてハッキリさせたいかなと」

「ふーむ、さっきは善悪の観念をリセットって言ってたけど、根源の罪悪感を消したいわけじゃないんだ」

「リセットというのはあくまで方法論ですから、そこにこだわりがあるわけじゃないです。たぶん僕が過去の罪を忘れることは今後もないでしょうから、それなら罪悪感を消すことよりも向き合い方を考えた方がいいんじゃないかと」

「罪を忘れられないってのはなんで? 記憶を完全に消すってのは難しいだろうけど、せめて意識しないようにするっていう逃げ道もあるんじゃない?」

「僕自身が過去に取り返しのつかないことをしてしまったわけですから、罪悪感を消したり意識しないことは己の過ちをより積み重ねてしまっている気がするんですよね」

「難儀だねぇ。じゃあ、その罪悪感を赦してやることはできない?」

「赦すとは?」

「小松君の言う通り過去の出来事は消せないわけだ。だから君は奉仕員という形で社会に対して贖罪しているわけで、それは遅かれ早かれ社会から赦されることになる。でも、君にとって奉仕活動は君自身が思う罪悪に対しての贖罪にはならないと言うのでしょ? だったら罪悪感も何らかの形で赦してしまえばいい。僕は君の罪状を知らないけれど、例えば迷惑を掛けた人に謝るだとか、盗んだものを返すとか」

「うーん、僕の場合だと謝る人がもういないんですよね」

「ん? ……あー、いないっていうのはつまりそういうこと、ね……」

 高木さんは僕と同じ部屋ということもあって大体の事情は把握しているが、本来は罪状の話はご法度なので、山田さんたちは僕の母殺しのことなど知らないのだ。

「……暗くしちゃってすみません」

「いやいや、今のはこっちが悪いよ。けど僕が言いたかったのは別に相手から赦しを貰うことに意味があるのではなくて、自分の中で納得できるかが重要なんだよ。ちょっとスピリチュアルな話かもしれないけれど、例えば君の過去に関わりのある人が今の君を見ていたとしてさ。どうすれば君のことを赦してくれると思う? 今の悩み続ける君の姿が正解かい?」

「2時間ドラマのクライマックスで聞きがちな言葉やな」

「高木はちょっと口閉じてなさい」

「んぃー」

 こちらに見せつけるようにして口を真一文字にしている。無視無視。

「たぶん相手の人はそもそも怒っていないと思うんです。ただ、僕自身が僕を赦していない状態といいますか……」

「そう来たか。君が納得すればと思ったけれど、それじゃあ話がループしちゃうね」

「いえ、自身を赦せないということが問題だとハッキリできたのは成果ですよ」

「滝川君も何か意見ない?」

 山田さんは滝川さんにバトンパスする。

「ふぇ? なに言えばいーんですかぁー? へっへ……」

 普段は寡黙な滝川さんにしては随分と砕けた喋り方をするなと思った。

 部屋に入ってきた時よりも随分と顔が赤らんでいる。部屋の暖房が暑過ぎるのだろうかとも思ったがどうやらそうではないらしい。

 どこから取り出してきたのやら彼の手には酒と思わしき缶が握られている。

「うわぁーお! 俺の酒勝手に飲んでるやん! えっ、嘘やろ? 意味分からへん。せめて普通なんか断り入れるやん」

 酒の出どころは高木さんの私物のようだ。

 滝川さんから酒を取り返そうと高木さんが掴みかかり、缶を握る指を1本ずつ剥がそうとする。

「ちょっ、缶バキバキに凹んでる! めっちゃ必死やん。はよ離さんかい!」

 無言のまま断固として缶を離さない滝川さんが肩を大きく揺らし、振り払われた高木さんは無様に転げる。

「あふん」

「変な声出さないでくださいよ」

「穂垂君も何か言ったってや」

「まぁこっちが呼び出したわけですし、相談料ということでいいのでは?」

「そんなん嫌や。てか俺の相談ちゃうやん」

「まぁまぁそうケチケチしなくてもいいじゃないの。それに滝川君は酔ってる時の方がよく喋るし、面白い話でも聞けるんじゃない?」

 そう言いながら、山田さんもいつの間にやら手に酒の缶を握っている。

「お前もかい! おい、あかんて。やめろコラ山田ぁ!」

 またしても掴み掛かろうとする高木さんだが、これ以上騒がしくなるとそのうち寮監の藤多さんに気付かれそうだ。

「落ち着いてくださいよ。今度僕の奢りでまた新しいの買ってきてあげますから」

「ほんまか! やっぱ穂垂君はええやつやな。一生俺の傍にいてくれてええで」

「そんな告白聞きたくないですよ」

「振られた……」

 そのまま突っ伏す高木さんを尻目に、僕は滝川さんの方へ向き直る。

「えっと、滝川さんはさっきまでの話聞かれてました?」

「えー……さっきの話ってぇ、罪悪感とどう向き合えばいいかってことで合ってますかぁ?」

「端的に言うとそうです」

 ぐでんぐでんの状態にしか見えないが、話はしっかり聞いていてくれていたらしい。

「ハッキリ言いますけどぉ、それってしょーもないですよねぇ」

 大げさに両腕を交差させてバッテンの形を作る。わざわざジェスチャーをしてくるあたり、機嫌は良さそうだ。

「ダメですか」

「だってですよぉ? 罪とか考えるだけ不幸になるだけじゃないですかぁ。わざわざそんなこと考えて楽しいんですかねぇ? 僕はですねぇ、人生ってどれだけ幸せな時間を過ごせるかが大事だと思ってるんですよぉ。罪とかいちいち考えてる時間なんかないんですってぇ。大体過去にやらかしたことなんて今更どうしようもないんですしぃ。そもそも罪って何なんですかねぇ? そんなの人間が勝手に生み出した概念じゃないですかぁ。なのに形もないものに苦しめられるとか馬鹿なんですよぉ」

 随分と口が悪いが、滝川さんの主張にはうなずける部分もある。とはいえそれを素直に受け入れられないから困っているのだが。

「まぁそうかもしれませんが、僕の場合はやっぱり意識しちゃうんですよ」

「はぁ~~面倒臭いっすね小松さんは。じゃあもうどうしようもないっす。だったらもうアレじゃないっすか? 小松さんは罪悪感があって苦しいと。そんでもって今は奉仕員の烙印があって気が楽と。ということはぁ、罪悪感の苦しみが一生終わらない罰になってぇ、それが贖罪になってぇ、小松さんはハッピぃーになれますぅ。はい! 解決ぅ!!」

「後ろ向きな考えに見えなくもありませんが、まぁ一理あるかもしれませんね」

「ですよねぇ!? やっぱ人生どれだけ楽観的になれるかが大事なんすよ。わざわざ悩むなんて賢人気取りの暇人がすることっす。なんなら苦しんでる被害者気取りに見えて逆に反感買っちゃうんじゃないっすかぁ?」

「そこまでは考えていませんでしたが、もしかして滝川さん怒ってます?」

「いや全然」

「安心しました。でも周りはそういう捉えられ方をする場合もあるかもしれませんね。もう一度自分の考え方について見直してみますよ」

「えらぁい! じゃあこの話は終わりですぅ。ほら、小松さんもこれ持って」

「いや、僕はあんまりお酒が好きじゃないんですけど」

「はぁー、全然分かってなぁい。飲めば好きになるんですよ。ホラ! ホラッ!」

「えぇ……」

 この後も僕はしばらく渋っていたが、結局は断りきれずに羽目を外した宴会に興じることとなった。

 騒ぎを聞きつけた藤多さんがやって来るまでそう長くは掛からなかったが、僕はいつぶりかの濃密で愉快な時間に確かな満足感を得ていたのだった。




「昨日は随分と盛り上がっていたみたいだな」

 昨夜の件について朝から寮監部屋で藤多さんから説教を聞かされた後、高木さん、山田さん、滝川さんの3人は命令により寮周辺のゴミ拾いに駆り出されていた。

 僕はというと寮監部屋に一人で居残りさせられている。

「本当にすみませんでした」

「まぁ昨夜の件はこの後のゴミ拾いで帳消しってことで」

「それで、どうして僕だけここに残されたんでしょうか?」

「あぁ、実は君たちの会話を少し立ち聞きさせてもらっていてね」

「それはお恥ずかしい話を聞かせてしまいました」

「いやいや、何も恥ずかしがるような話じゃないよ。むしろその内容に興味があったから君に残ってもらったんだよ」

「どこから話を聞かれていたんですか?」

「ん? 少しだよ少し」

 確証はないが嘘だと思った。藤多さんのことだから話を全部把握していたって不思議ではない。ただそれを口にしたところで適当にはぐらかされるだろうから、僕は藤多さんの言うという設定に従って話を続ける。

「それで僕は何を話せばいいんでしょうか?」

「あぁ、話を聞く限りじゃあ君はここを出てからのことを心配しているようじゃないか」

「ええ、精神的な面での問題ですが」

「昨日すでに散々話したのかもしれないが、君の言うその問題とやらについて話してみてくれないか」

 歳の近い高木さんたちと違って藤多さんに自分の内面的な話をするのは少々躊躇してしまう。だが、ここで隠したところで何の意味もないだろうから、今の考えを正直に話すことにした。

「それで、君はその問題をどうにかしようと思っているのかい?」

 僕が一通り話し終わると、途中ずっと黙っていた藤多さんが初めて口を開いた。本当に聞きたいのはここから先の話なのだろう。

「罪悪感自体は僕から切り離せそうにありませんから、むしろそれを意識し続けて贖罪とする方向性の方がいいんじゃないかと思い始めています」

「ふむ、この国の司法制度に従って君には奉仕員として罪を贖ってもらっているわけだが、社会奉仕に従事させることがこの制度の本懐ではないんだよ。ましてや苦痛を与えることでもね。そこのところを理解してもらったうえで、だ。果たして君が今言ったことは本当に望んでいることなのか? この先ずっと罪の意識を背負ったまま出所後も君が幸せにやっていけるとは思えんがね」

「そりゃあ幸せにはならないと思います。でも贖罪だと思うことで幾分かは気が楽になりますから、それもアリなのかなと」

「うーん、私はその考え方は好きじゃないなあ。君にはもっと前向きな考え方をしてほしいと思っているのだけど」

「前向き、ですか?」

「そうだね。今君の言った意見だと、奉仕員生活が終わったとしても君自身の罰は終わらないわけだ。でも、罰というものはどこかで終わりを迎えなければならない。そうしなければ罪の清算も終わりを迎えられないからね。だからこそ、君にはその罪悪感を別の形に昇華できるような考え方を見つけてほしいんだ」

「なかなか難しい課題を指示されますね。でも、くどいようですが僕は罪の意識をきっと死ぬまで忘れられないですよ? それならいっそ罰として死ぬまで抱えて生きていくというのも正しい選択の一つではないのですか?」

「確かにそれもまた一つの答えであるのには違いない。でも、少し思い違いをしてるのではないかね? 君が罪の意識を忘れないのは立派なことだと私は思っているよ。そもそも忘れろだなんて君に言ってないはずだが」

「そう、ですね」

「私個人の意見だが、罪の意識に悩まされることは意味のある葛藤だと思うんだよ。それは損得だけでは計れないではない感情から生まれるものであるとね。さも反省しているかのように見せかけることで社会的評価を得られることもあるが、君の場合はそうではないのだろう?」

「それはもちろん、はい」

「それでだ。罪を抱えたがゆえにどんな答えを出すのか、その気づきにこそ我が国が本来意図していた更生制度で求めていたものがあるのだよ。私から見れば罰を受ければ罪を相殺できるなどという考えはでしかないわけだ」

「生意気なことを言って申し訳ないですが、それはあくまで藤多さんの考え方であって、僕の考え方もまた一つの答えだということにはなりませんか?」

「そうだなぁ……例えばの話を挙げよう。Aさんが何らかの重大な事故を起こして、近くにいたBさん腕を切断してしまったとしよう。社会的制裁とは別に、加害者であるAさんのとるべき償いとは何だろうか? Aさんが死ぬまで被害者であるBさんに謝り続けることか? それとも、Bさんのために人間の腕と全く変わらないような義手の開発に勤しむのとどちらがいいと思うかね?」

「……後者の方かと」

「どうしてそう思うんだ?」

「直接的に謝るという行為はもちろん相手のことを思ってのことでしょうが、回数を重ねれば良いというわけではないと思います。それに、いつの日か被害側が加害側を赦したとして、それでもなお加害側が謝り続けるというのであれば、それはむしろ加害者側のエゴと言いますか、保身にもなり得ます。それよりも、相手のために何か償えるようなことを考えて実行することの方が有意義であると思います」

「そこまで分かっているのなら、私の言いたかったことも察しているな。もちろん、実際はそんな単純な話ではないし、例外などいくらでもある。でも、今君が為そうとしているのは明らかに前者の方だな」

「はい……」

「もっとも、そもそも前者すら選べずに、記憶に蓋をして忘れ去ってしまう者が多いのも事実だけどね。それゆえに君には期待しているというわけだ」

「そう言っていただけるのはありがたいのですが、僕のケースであれば何をすることが償いになるのでしょうか?」

「そこはやはり自分で考えることじゃあないかね? もちろん昨日みたいに周りの意見を聞くということもとても大事なことさ。でもまだまだ君は悩むべき道の半ばにいるんだ。そこから苦悶、懊悩、逡巡を繰り返したその先で君ならではの答えを見つけてほしい」

「藤多さんはいかにも答えを知っているという素振りをされますが、せめてヒントをいただけませんか」

「ははは、随分と過大評価してくれるね。別に私だって君の抱える問題に対してこうすればいいなんて答えは持っていないさ。でも今の君の考えは似合っていないと思ったんだよ。君には君自身が持っている強みがあるのだからそこに自信が持った方がいい。これがヒントかな」

「あの、僕の強みというのは何なのでしょうか?」

「それもまた自分で考えることだよ。さぁ、早くゴミ拾いに行った行った」

 半ば強引に話を打ち切られ、僕は藤多さんにひと言お礼を言ってから部屋を出ていった。

 釈然としない終わり方ではあったが、僕の主張よりも藤多さんの方が理に適っていたのは明らかだろう。もちろん、どちらの理屈が優れているかなどと比べるものではないことは分かっている。それでもやはり、付け焼刃のような贖罪理由では僕の罪悪感を消し去ることはできないということだ。

 藤多さんが最後に話したという言葉の解釈に頭を悩ませながら、僕はゴミ拾い用のトングを訳もなくカチカチとしばらく鳴らすのだった。

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