第二章[2]

 いくつかの季節が過ぎて、私は初等教育の最上級生となっていました。

 日常生活とは変化していくもので、家の中での会話は減り、桜ちゃんと昔みたいに毎日遊ぶことも近頃は叶いません。みんなそれぞれの都合があるので仕方のないことですが、寂しい気持ちがあるのは確かです。

 そんなとある秋の水曜日。いつもより1時間だけ時間割が少なくて、学校が早く終わる日に帰宅した私ですが、自宅には鍵が掛かっていました。

 あぁ、水曜日はいつもより早くに学校が終わる日だと何度もお母さんに言っているのに、また忘れて買い物にでも出かけてしまっているのでしょうか?

 家にはてっきりお母さんがいるものと思っていましたから、私のカバンの中には予備の鍵は用意されていません。

 うーん、困りました。お父さんはこの街で一番大きな病院でお医者さんをしていますから、この時間帯に帰ってくることはまず考えられません。そうなるとやはりお母さんが買い物から帰ってくるまでどこかで時間をつぶす必要がありそうです。

 どこで時間をつぶそうかと思い、最初に思い浮かんだのは桜ちゃんの家でしたが、今日は桜ちゃんのピアノレッスンがある日だったはずなのでその案はボツです。

 桜ちゃんのお家の人はとても親切なので、事情を話せばきっと桜ちゃんがいなくても家の中へ招いてくれるでしょうが、それはさすがに気が引けます。

 そういうわけで私はすぐ近所にある公園のベンチで一休みすることにしました。ここは自宅から最寄りのスーパーまでの通り道ですから、もしお母さんが通ったなら気付くことができるでしょう。

 公園のベンチに腰掛けて一息つくと、私はカバンの中から一枚のプリントを取り出します。そのA3サイズの紙の最上部にはひときわ大きな文字で『わたしの航海図』と題されていました。

 もちろんそれは本物の航海図ではありません。これからの3年後、5年後、10年後といった未来に、どんな私になっているかを想像して、そのことを書き表してみようという学校の宿題でした。

 毎年決まった時期に多くのメディアで取り上げられているので知らない人はいませんが、私たち子供は大人になるまでの節目に何度か大規模なテストを受ける義務があります。このテストの内容は学力だけではなく、運動能力や音楽などの芸術の方面にも及びます。

 今日聞いた先生の話だと、これは国内労働力の最適化を掲げる国の政策であり、本人の希望と広い意味での国力増強を兼ね合わせるシステムなのだそうです。ところどころよく分からない専門用語を使って説明されたので政策うんぬんというのはよく理解できませんでしたけど。

 つまるところ今日出された宿題というのは、そのテストを控えた私たちに将来のことを意識付けさせるための進路アンケートといったところでしょう。

 学校の先生が教室でこのプリントを配った時、クラスメイトはなんだか白けたような雰囲気でそれを受け取っていたように見えました。私はそんな周りの反応を見てちょっぴり悲しく感じてしまったのです。

 みんなの気持ちが分からないわけではありません。もうそれなりに分別のつく年頃になった私たちにとって、自分の将来像を考えるという課題はいかにも子供扱いされているようなものです。プリントの隅っこには3の字を横に倒しただけのカモメやピカピカと装飾の付いた宝箱のイラストが載っていて、余計に幼稚じみたものにさせています。

 ですが真面目にこの課題に向き合ってみると、侮りがたい難題になるのではないでしょうか。想像する将来の可能性は無限に広がっていて、その中で何かを実現しようと答えを決めるのはとても難しいことです。でもだからといって何も考えずに子供でいられる時間も無限にあるわけではないのです。

 だからこそ今この時期にしっかりと将来について思いを巡らすべきだと思うのですが、周りのお友達は誰もそんな風に考えていなくて、そのことが私を悲しくさせたのです。

 ――と、悲しかった記憶を思い出しても楽しくなりませんから、私は気を取り直して手元にあるこの宿題を眺めながら想像力を働かせます。

 私の夢ってなんでしょう?

 それは大人になってやりたいこと?

 大人にこだわる必要はない?

 じゃあ何がしたいのでしょう?

 したいことは好きなことということ?

 色々な考えが巡りますが、なかなか形として浮かび上がってきません。

 あ、でも好きなことといえば周りの人たちが喜んでくれることでしょうか。だったらそれを仕事に結び付けられればとっても素敵なことになるじゃないですか。

 じゃあ次に考えることは周りの人たちを喜ばせる仕事について?

 どうすれば人って喜ぶのでしょうか?

 喜ぶってなんでしょう?

 んー、ここまで掘り下げてしまうと頭が変になりそうですね。もっと単純に考えちゃいましょう。

 喜ぶ……喜ぶ……笑顔になることでしょうか?

 そう! きっとそうです!

 それじゃあその次に考えるのは――

 そうして黙々とこの課題に向き合ってからどれほどの時間が経っていたのでしょうか。いつの間にやら私の視界にオレンジ色の光が差し込み、思考は中断させられました。

 ハッとして顔を上げると、遠くに見える街の輪郭に飲み込まれていく夕日が見えました。

 公園の隅っこにジッと立っているノッポな時計に目を向けると時刻は16時半になろうかという頃合いでした。少々長居をし過ぎてしまったようです。

 私がここに来るよりも先にいた近所の子供たちの姿はいつの間にか消えており、公園にいるのは私一人だけです。また、夕暮れの雰囲気も相まってか気温の低下以上にひんやりとしたものを感じてしまいます。

 宿題の中身はほぼ埋め終わりましたので、私は手を組んだ状態で腕を真上にグゥーーンと伸ばしました。

 さっきまで頭に集中していた血液が全身を巡っていく感覚が心地よく、これで気持ちもスッキリです。


 お母さんがもう自宅に戻っていることを願って帰ろうとしたところで、公園の入り口から誰かがやってくるのが見えました。

 その人は私の知らない大人の男性でした。背は高いように見えますが、その割には少しやせ細っています。

 小さい頃に近所を遊びまわっていたおかげでこの辺りの人たちはみな顔見知りですが、この人はまだ出会ったことのない人です。おそらく近所の人ではないのでしょう。

 彼は真っ直ぐと歩いてはいますが、靴底を地面に擦り付けるような元気のない足取りです。もう少し注意して観察すると服もよれていて、顔には年齢か疲労によるものなのかシワが浮いています。50歳ぐらいのオジサンといったところでしょうか。

 彼は私の座っているベンチの隣にあるもう一つのベンチにドカッと腰掛けて、手慣れた動作で胸ポケットから煙草を取り出し、遠慮なく煙を吹かしました。

 何となく居心地の悪さを感じたのでさっさと家に帰ってしまおうと、プリントを片付けたところで私の体はピクリと止まりました。彼が何かつぶやいたような気がするのです。

 耳に届いた言葉の意味を咀嚼する前に、反射的に彼の方へ向き直ります。

「今何かおっしゃいましたか?」

 私が反応するとは思っていなかったのか、彼は驚いたように目を少しだけ開きますがすぐに元の細い目に戻り、ニヤッとした表情を作りました。

「んー? いいやぁ何も?」

 わざとらしい声色で、誰が聞いても嘘と分かるような言い方で彼は答えました。そこには小バカにするような意図さえ感じるほどです。

 たとえ気に入らないことがあったからといって、むやみに噛み付かないだけの自制心があると思っていた私ですが、どうにもその態度が我慢ならなくて思わず言い返します。

「嘘です。絶対になにか言いましたよね? くだらないとかなんとか」

「なんだ、ちゃんと聞こえてるんじゃないか。意地悪だなぁ」

 まぁ! どっちが意地悪な人ですか。ムキになってはいけないと頭では分かっているのですが、その思考とは裏腹に怒りが沸きあがってきます。

「くだらなくなんてないです。ここに描いたことが実現できるかは分かりませんけれど、それでも将来を考えてなりたい自分を描くことは良いことだと思います」

「あー、そうだね。お嬢ちゃんの言う通りだ。君が羨ましいよ。俺はそういった感情から遠ざかって久しいからね」

 羨ましいと言いながらも彼の目は笑っていて、両腕をベンチの背もたれに引っ掛けながら足を組んでいます。

「馬鹿にしないでください。思っていることがあるならちゃんと言ってください」

「そうかい? いや、ただの疑問だがね、将来を考えることは果たして本当に良いことなのかい?」

「……え?」

 言葉の意味は分かっているのですがその質問の意図が読み取れず、間抜けな返事をしてしまいました。

「言った通りの意味だよ。将来を考えることは良いことなのかって」

「良いに決まっているじゃないですか」

「なぜ決まっていると言えるんだ?」

「なぜって……何をするか自分で決めなきゃ何もできないじゃないですか。自分のやりたいことに向かっていくっていうのは人としてあるべき姿でしょう?」

「誰があるべき姿なんて決めたんだ? 君の親がそうありなさいとでも教育したのかい?」

 さっきからいちいち引っかかるような物言いにますます腹が立ってきます。

「いいえ、お父さんとお母さんは私に何かを強要したりなんかしません。これは他の誰でもない私自身が考えたことです」

 強く言ったつもりでしたが、彼の反応は素っ気ないものでした。

「君ひとりがそう思ってるだけでなんていう大きすぎる主語は使うのは傲慢だとは思わんかね。少なくとも俺は君の考え方には同意していないよ」

「それは……私の言い方が悪かったと思います。でもだからといって私の言ったことが間違っているとは思いません」

「いいや、君は間違っているさ」

 彼の主張に私はムッとして、逆に問い返すことにしてやります。

「オジサンこそどうしてそんな風に言い切れてしまうんですか? オジサンにはオジサンの考えがあるのかもしれませんが、私が私のことを決めるのは自由じゃないですか」

「君のその発想自体がすでに植え付けられたものだよ。善良な他人によるね」

「善良? それは良い意味合いで使う言葉ですよね。いったいどういうつもりでそんな言い方をするんですか」

「あぁ、紛らわしい言い方をしてしまったな。それは世間一般でいうところの親切さと言い換えてもいいかもしれない。一生の中で出会う人間は数多くいるが、そのほとんどは他人さ。そんな彼らが君に話しかける時、その言葉の大半は君にとって心地よい言葉だろう。そう例えば、『君が望めば将来は何にだってなれる』とか、『人には無限の可能性がある』とか、『人生は自由だ。君のやりたい通りに生きればいい』とかなんとか。だが彼らは決して君の味方をしているわけじゃない。彼らは彼ら自身が善良な側に属していたいと思っているからそう言うのさ。彼らの投げかける言葉は真実から乖離し、虚飾にまみれた何の役にも立たない言葉の数々だ。だが、世間はそれをまるで尊いものであるかのように持て囃す。周りがそんなのばかりだから子供たちもみんなそれが正しいと勘違いする。もちろん君も例外じゃない」

 そこまで言うと彼は煙草を口にして、ゆっくりと長い息で煙を吐き出し、演説するような口調で話を再開します。

「そしてますますやつらは声高々に同じようなことを吹聴し、自分が善良な人間であることに満足感を得るのだよ。なんとまぁ空虚で薄気味悪いことか。おまけに彼らは自分が正しいことをしていると信じ切っている分余計にタチが悪い。もしも自分が嘘を吐いている意識があれば多少なりとも心の痛みという罰を受けるというのにそれすら免れている。たとえ相手から生涯恨まれようが、役に立つことを言うのが大人の責任だと思うがね。だからこそ俺は真の善意で君にこう伝えたいのさ。人生の可能性は無限なんてものじゃなく、ただ限られた選択肢の連続だと。自分のあるべき姿に囚われず、ただ目の前にある今日一日を生きることだけ考えるべきだと」

「ちょっと待ってください、それはいくらなんでも乱暴です。そんな人生のどこに幸福があるっていうんですか」

「幸福、ねぇ……」

 幸福という言葉に何か引っかかったのか、今度は煙を天に向かって吐き出してから私の方に向き直ります。

「それは意図して得られるようなものではないよ。俺たちにできることは如何に身に降りかかる不幸を避けるかを考えることだけで、あとは幸福が訪れるまで耐え忍ぶしかないのさ」

「そんなの納得できません」

「はは、それはまだ君が若くて実感が湧かないからだろうさ。では少しアプローチを変えよう。今からする話は幸福イコール将来の夢を叶えることと定義した上でだ。さっき君がカバンにしまった紙には具体的にどんな夢を描いたのか教えてくれるかい? 一瞬では見えなかったのでね」

 高慢な態度を取る彼に私の夢を教えるのは気が進みませんが、ここで意地を張っても話が進みそうになかったので仕方なく答えます。

「……保育園か小学校の先生です」

「なるほど、時代を問わず君ぐらいの年代の女の子が最も憧れる職業の一つだ。でもここで少し考えてみてほしい。もしも君がその夢に対して本格的に携わるようになる頃、つまりは大人になる頃、今の君と同じ夢を描いた子供たちすべてがそうなっていると思うかい? そうじゃないだろう。君と同年代の子供たちの中で、先生になりたいと願う子の割合が変わっていないと仮定すると、世の中にはもっと先生がいるはずだ。たぶん世の女性の大体10人から20人に一人ぐらいかな。ところが実際にそれを実現している大人の割合を考えてみると明らかに少ない。これはいったいどういうことだろう? 年を経るにつれて夢を諦めてしまったのではないのかい?」

「ほかにもっとやりたい夢ができたのかもしれないじゃないですか」

「それはどうだろうね。今の君にとっては身近な大人が君のご両親か、学校の先生ぐらいしかいないから、想像できる大人の姿は少ないかもしれない。でも、この社会には色々な仕事で溢れ返っている。例えば俺たちが今いるこの公園は誰かによって適切に管理されているね。それから今座っているベンチはまた別の誰かによって作られたものさ。他にも向こうに見えるブランコもまた別の誰かが。果たしてこれらの管理や製造に関わった人たちは、昔からそういったことをしたいと夢見ていたのかね。おそらく大半の人たちはそうではないだろうさ。子供の頃にそこまで具体的な将来像を描ける人はそうそういないからね」

「それは……」

「ではそんな彼らの現状はかつて思い描いた人生像から2番目に実現したかったものだろうか? そういう人もいるだろうが、そうでない人もいるだろう。そうでない人たちは3番目に実現したかったことを目指す。そこから先は俺がさっき言ったことの繰り返しさ。転がるだけ転がって、最後に止まったところが終着点。大人になった彼らの大半はそれがさも自分の使命であるかのように語るが、夢破れた自分への慰めだよ。彼らの夢も昔はきっと人々から喝采を浴びるスポーツ選手であったり、世界に認められる賞を受賞できるような学者であったりしたはずさ。でも実際の所は選択肢がなかった。家庭環境や運動能力、記憶力、優秀な指導者・協力者との出会い等に恵まれなかったためにね。これは実に不幸なことだ。だから彼らはみな思考を捻じ曲げることで不幸を不幸と認めないのさ。あぁ、ここで勘違いしてほしくないのだが、俺はこの不幸な人たちをバカにしてるわけじゃないよ。むしろ賞賛に値することだと思ってすらいる。一方で幸福な人たち、つまりは夢を実現した人たちほど努力のおかげと言うが、そんな馬鹿な話はない。ある望ましい結果というのは本人の努力でどうにかなるものとそうでないものが絡み合って初めて生まれるものさ。だから、ほんの一握りしかいない幸福な者たちに倣って自分も夢を実現しようだなんて考えに固執しちゃいけないんだ。それよりも夢破れた不幸なものたちの声を参考に、偽りの夢であってもそれが自身の夢だったと受け入れる思考を身に着ける方が賢明さ」

 話を聞いている私の表情を見て楽しんでいるのか、彼は薄ら笑いを浮かべています。

 危うく彼のネガティブな雰囲気に飲み込まれそうになりますが、私は何とか踏みとどまって言い返してやります。

「それでも、それでも私は、途中で夢をあきらめたりするつもりなんかないです。大人になった時にもしも今の夢と違ったとしても、そこにはあきらめなんかじゃない何か納得できる理由があるはずです」

「はは、確かに今の君なら意志は曲げなさそうだね。でも俺が言いたかったのは仕事に限った話ではないんだよ。学業でも恋人の話にでも置き換えたっていいんだ。例えば今度は幸福=最良の相手と結婚することと定義しようか。そして質問だが、君のお父さんとお母さんは果たしてお互いにとって最良の結婚相手だったと思うかい?」

「そんなの……そうに決まっているじゃないですか」

 ハッキリと言い返すつもりでしたが、近頃は家の中で会話が減っていることを思い出してしまって、一瞬声に詰まってしまいました。ただ、目の前の彼は最初から私がこの質問に肯定すると分かっていたようで、特に意に介するでもなく話を続けます。

「いや、そうでもないよ。少々乱暴な仮定が必要ではあるけれど、自分が最良の相手と結ばれる確率は37%ということが数学的に明らかにされている。夫婦揃ってということならさらにその37%、つまりは1割ほどということになるね」

「そんなの信じられないですよ」

「信じる信じないは君の勝手さ。でも、これは嘘でもなんでもない本当の話なん――」

「やめてください! そんなことを考えるなんておかしいです。お互いが……一番愛してるから夫婦になれるんです」

 どういう理屈で人の出会いを数字で決められるのかは分かりません。好きな相手と結ばれるというのは数字で説明できるような話ではなくて、もっと崇高で素敵な何かがあると私は信じます。

 だけど、目の前の彼が適当な嘘を言っているとも思えませんでした。そんな板挟みの感情に挟まれた私は思わず声が大きくなって、まるで駄々をこねる子供みたいな真似をしてしまいました。

「それは君の願望にすぎないよ。とはいえ、実感に乏しいことを受け入れるのは難しいだろうね。今この場で俺の言うことを理解しろとは言わないさ」

「……」

 私はもう何を答えればいいのか分からなくなって、うつむくことしかできません。

 その場に少し沈黙が続いた後、彼は吸い終わった煙草を足元に落として火を踏み消しました。

「さて、話は終わりだよ。これ以上言葉を積み重ねても君が最初から答えを決めつけているんじゃ意味がないからね。でも俺は一つ予言をしておくよ。もしも今の君が考えを改められなければ、いつかの未来で君は絶望に立ち竦むことになる。世間の薄っぺらい嘘偽りを信じ続けたという罪に対する罰みたいなものさ。その時に立ち直れなければそれまでの話だし、もしも立ち直れたとしても、君の心にポッカリと空いた穴は塞がらないだろうね。ただな社会に閉じ込められた人形になるだけさ。だからこそ俺は君に、あるべき姿を捨てる勇気を持ってもらいたいね」

 そう言って彼は話を打ち切るとベンチから立ち上がり、夕日で長く伸びた影を引きずりながらどこかへと去っていきました。

 一人残された私はベンチに縛り付けられたように動けず、次に気付いた時には辺りは暗くなって、周りの家から漏れた光が私を照らしていました。

 ピシリッ、とどこかで亀裂の入る音が聞こえたのは気のせいだったでしょうか。




 オジサンと出会ったその日から私は生きることについて考えることが多くなりました。

 いいえ、生きることに本当に向き合ったのはこの時が始まりなのかもしれません。

 それは教室の窓辺でぼんやりと校庭を眺めているとき、あるいは夕暮れ時の独りっきりの帰り道、はたまた眠りに就く前のまどろみの中で。

 ちょっぴり頭の中が自由になると、いつの間にか思考にふけてしまうのでした。

 あるべき生き方ってなんなのでしょうか?

 あの日出会った彼の言う通り、そんなものはないのでしょうか?

 でもそんなのって悲し過ぎます。私は人として正しくあるべき姿というものを信じたいのです。

 では正しくあるべき姿ってなんなのでしょうか?

 法律を守って生きていくことでしょうか?

 もちろんそれは間違いではないと思います。でもそれだけで正しい人になれるのでしょうか?

 例えば私の家の近所に住んでいるお爺さんは毎週日曜日に近隣一帯のゴミ拾いをしています。地域ぐるみでのゴミ拾い当番はありますが、それとは別にお爺さん一人でずっと続けているのです。報酬がどこからか出ているわけでもありません。そんなお爺さんを私はとても善い人だなと思います。

 そういうわけですから、ただ社会のルールに反していないというだけでは正しい生き方とは言い切れません。

 では私はそんなお爺さんのどこに尊敬を感じているのでしょうか? 法律を守って生きている人との違いはどこにあるのでしょうか?

 報酬の有無でしょうか?

 確かにお爺さんがゴミ拾いをすることによって誰かからお金をもらっているとしたら、少しガッカリしてしまうかもしれません。でもどうしてお金を貰うとガッカリしてしまうのでしょうか?

 世の中の働いている人たちはみんな労働の成果として多かれ少なかれ報酬としてお金をもらっているでしょうし、それをおかしいことだとは思いません。もっと言えば、より社会的な貢献度の高いことをしている人ほど多くのお金を受け取っていいとさえ思います。それこそ、規模は違うものの毎朝ゴミ収集車に乗って仕事としてゴミ回収しに来ている人たちに労働の対価としてお金が支払われることは当然だと思います。

 でも本当にそう思っているなら、お爺さんのゴミ拾いに報酬が発生することにガッカリするという感情は矛盾しています。

 ……あぁ、もしかすると、私が特別なものを感じているのはその行いの目的が報酬ではなく、人に向けられているかそうでないかの違いかもしれません。もちろんどんな人のお仕事だって結局は人のためなのでしょうけれど、目的が直接的に人の役に立つことの場合、純粋に人としての善意を感じることができる気がします。

 思えば私が望んでいるのはもともとそういうことだったはずです。私が幸福を感じられるのはいつもそこに誰かがいる時でした。

 例えば朝食のテーブルでどちらが先に笑ったかも分からない中での心がホッとするそんな合間。あるいは親しい誰かと他愛もないお喋りにふけるとき。

 その一瞬にはただ純粋な相手への感情があって、そんな感情に触れているときに私はポカポカとした幸福を噛み締めることができるのです。

 ということは、やっぱり私が将来の夢として先生になるというのはなにも自分の気持ちに矛盾していないじゃありませんか。だって人と接しているのが楽しいと思う私なのですから。

 そう実感した瞬間、あの日オジサンに向かって主張した私の気持ちはやっぱり間違っていなかったのだと確信したのでした。

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