第一章[4]
奉仕員になって早3カ月。すっかり寒々しくなった木々に防寒具代わりのイルミネーションが被せられる季節だ。
この頃には僕は早くも4つ目の依頼を引き受けていた。2つ目と3つ目の仕事は最初の農作業とは異なり、きっちりと1カ月の間働くことになったが、なんということもなく終えてしまった。この調子でいくと4年ほどで僕に課せられた義務は果たされることになる。
自分で言うのもなんだがどの職場でも僕の評判は良く、2つ目と3つ目の職場の人たちからは奉仕員としての義務が終わったら正式に働かないかと誘いを受けてしまった。もちろんそれはリップサービスかもしれないが、たぶん本気で言っていたと思う。過去に僕と同じ依頼をこなしていた同室の高木さんはそんな話一度も言われたことがないと言ってズルいズルいと愚痴をこぼしていたが。
それにしても彼も不思議な人である。会話するのに難はあるが、彼が藤多さんと話していた時はいたって普通に話していたし、その気になれば普通の振る舞いだってできるだろう。特に性悪という人間でもない。人の食事をせびるところがケチ臭かったり、約束した話をすぐにすっぽかしたりと抜けているところはあるけれど。
この人の問題点は継続力がかなり欠けているところだと思う。僕と出会ったときすでに20得点まで獲得したと言っていたが、今月の時点でまだ21点とのこと。新しい職場も最初の方は真面目に通うのだが、すぐにバックレてしまって、得点をフイにしてしまっているんだとか。
この制度は基本的に1カ月続けなければ得点は付与されないため、身も蓋もない言い方をすれば途中で挫折するのは無駄でしかない。それでも彼にはよほど肌に合った仕事しか続けられないらしい。
ちなみに僕と出会ってから獲得した1点というのは治験で得たものらしい。そういえば2週間ほど寮に帰ってこなかったことがあった。基本的には奉仕員は寮で寝泊まりしなければならないが、治験のような場合は例外として認められるようだ。
今日は奉仕活動のない休日なので自由な外出のチャンスではあるが、外は冷え込んでおり僕たちは部屋に引きこもっていた。
「あー、もう耐えられん」
部屋で大の字になって寝転がっていた高木さんが愚痴る。
「どうしたんですかいきなり」
「いやさぁ、俺もうここ来て3年なるやろ。普通のペースやったらもうとっくに義務から解放されてるわけよ」
「必要なのって28点でしたっけ」
「そう。で、今持ってるのが21点。えぇ? あと何年いなあかんわけ?」
「今のペースだとちょうど1年ぐらいですかね」
「長ぁー。もうやっぱ無理や。こんな生活あと1年も続けてたら死ぬ」
「そこまで辛そうには見えませんけど」
「えぇ!? そんなこと言わんといてや。俺らのお小遣い月5,000やで。ちょっと休日遊んだらそれでお終いや」
「お小遣い? あぁ、毎月の給付金のことですね」
この国の制度上、奉仕員は公務員扱いであり、格安ではあるが毎月給料が貰えることになっているのだ。
「5,000っておかしいやろ。普通にアルバイトしてたら1日で稼げる額やで。ずっと奉仕員してても昇給ないし」
「そりゃあ僕たちは早くこの寮から出ていかないといけない立場なんですから、昇給はないと思いますよ。衣食住は保証されてますし、奉仕得点が貰えれば翌月のお給料に上乗せされるんで今でも十分だと思うんですけど」
「ほんとホタル君は良くできた人間やなぁ。君はもう国家の忠実な犬や。公務員なったらいい」
「褒め言葉として受け取っておきます。あと一応は僕たち公務員ですよ」
公務員と聞いた彼の顔はわざとらしくビックリしたような表情を浮かべる。なんだか無性に腹が立った。
「なんでそんな驚いた顔してるんですか」
こちらが問いかけると彼は寝返りを打って、芋虫みたいな恰好でいつもの癇癪みたいな駄々をこね始める。
「あーあーごめんなさい。俺が悪かったです。どうか神様もう悪いことしませんからここから出してください。今度からはきちっと働きます。無実の罪は犯しません」
「そういえば前にも無実の罪って言ってましたけど、それって何なんですか?」
「え? 分からへん」
「なんか深い意味があったりとかは」
「無実の罪ってカッコイイやん。言ってみたならへん?」
真面目に聞いた僕が馬鹿だった。この人はある意味で自由を謳歌している。
不毛な会話は打ち切って外にでも行こうと思い、無言で席を立つ。
「ごめんごめん怒らんとってよ。どこ行くん?」
「別に怒ってませんよ。ちょっとコンビニにでも出かけようと思ったところです」
「じゃあさ、おでん買ってきてや」
「いいですけど高木さんの手持ちのお金って残り少なかったんじゃないですっけ?」
「ホタル銀行!」
「僕が出すんですか? 大根ぐらいなら構いませんけど」
「さすがや! そんじゃあカップ酒も買ってきて」
「なかなか厚かましいですね」
「七味唐辛子貸したげるから! な? な?」
「……」
「あー、もうしょうがない。俺の負けや。練りからしもオマケしたる」
「コンビニでタダで貰えるんでいらないですよ」
「じゃ、じゃあ、こう考えよう。俺へのクリスマスプレゼント。な? な?」
「サンタさんは悪い子にはプレゼントをあげませんが。でももういいですよ。買いに行ってきます」
「やったー!!」
これ以上押し問答を続けても無駄だったので、僕は諦めてコンビニへと向かうことにする。
高木さんはどうしようもなく図々しいところがある。僕にはとてもああいう風には振舞えないし、そもそも振舞う気もない。でもその一方で彼の自由さを羨ましいとも思っていて、なんだか変な心境だ。
キリキリと痛みを感じる寒さから身を守るには少々心もとない厚さのコートを羽織り、寮の門を出る。
コンビニまでの道のりは意外と遠い。この街にはそれなりの数のコンビニがあるが、その大半は駅の周辺に集中しており、寮の近くには1件もないのだ。
最寄りのコンビニまで徒歩で15分強はかかる。寮には貸し出しの自転車があるがここは坂の上に位置しており、行きは楽だが帰りが辛いために利用する人は少ない。僕も多数派の一人で、遠出をするならともかくコンビニの往復であれば徒歩の方がいいと思っている。
コートの襟を立てて首元に風が入ってこないようにしながら早足で歩く。
冷たい空気が鼻の奥でツンと刺激をしてくる。僕は寒さが嫌いだけど張り詰めるようなこの空気の感じは好きだ。なんだか矛盾しているような気もするが実際に寒いことと寒い空気というのは別物じゃなかろうか。
どうしてこんな風に思ってしまうのかは分からないけれど、ひょっとすると昔に冬の公園で飲んでいたコーヒーの味を思い出すせいなのかもしれない。夏の夜に飲んだアイスコーヒーも美味しかったが、寒い冬空の下で震えながら飲んだホットコーヒーの味は格別だった。その一瞬だけは辛いことも悲しいことも吹き飛んでしまって、ただホワホワとした心地よい気分が胸の中を満たしていたんだ。
あぁ、そういえば最近缶コーヒーを飲んでいなかったかもしれない。そう思って僕は買い物予定に含まれていなかった缶コーヒーを追加しようなどと考えていたら、足元に何かぶつかった。
「……ボール?」
別に口に出して確かめる必要はなく、どう見たって足元のそれは小さな薄汚れたボールだった。
「すみませーん」
声のした方を振り返ると若い女性と子供たちの姿が見えた。こんな寒い中公園でボール遊びとは恐れ入る。ここの近所に住む子供とその母親かと思ったが、それにしては女性の外見が若すぎる気がする。
足元のボールを拾って軽く投げ返したらそのまま去ろうとしたのだけど、ふと違和感を感じた。
声をかけてきた女の人も同じだったようで向こうから声をかけてきた。
「あのー、以前お会いしたことありましたよね」
「あぁ、やっぱりそうですよね。確か以前道案内をしていただいて」
「やっぱりそうですよね! こんなところで会うなんてすごい偶然ですね!」
「えぇ、僕もまたお会いするとは思ってませんでした」
そうだ。彼女は僕がこの街に来た時、最初に話した人だから覚えている。育ちの良さそうなお嬢さん風だが、少し変わった人でもあった気がする。
特に話し込む理由もなかったので、適当に挨拶を交わして別れようとしたのだが、彼女の足元にくっついている子供の視線に気付く。この子は確か……。
「お? りく君か」
そう言うと、彼はニィとはにかんだ。かわいいやつ。
「あれ? りく君とお知り合いなんですか?」
「えぇ。前にちょっと彼と冒険を」
「……あ! もしかして前にこの子がはぐれちゃったときに連れてきてくれた人ってあなたのことだったんですか?」
「3カ月ぐらい前の話であればそうですね」
「わー! その節はありがとうございました。ちょっと目を離した隙にこの子とはぐれちゃって、とんだ迷惑をおかけしてしまいました。お礼か何かできればよかったんですけど、桜ちゃ……あー、その時にこの子を引き取ったのが桜ちゃんっていう私の友達なんですけれど、彼女がもうその人は帰ってしまったって言うものですから、結局お礼もできずじまいで」
「いや、まぁ流れでそうなっただけなので」
「あのー、お名前を伺っても構いませんか?」
「そういえばまだ名乗ったことありませんでしたね。小松穂垂っていいます。稲穂が垂れると書いて穂垂です。あなたは?」
「あ! 私もまだ言ってなかったですね。すみません。私の名前は
「随分と風流な名前ですね」
「ありがとうございます。でも穂垂さんの名前も素敵だと思いますよ。あ、それからそれから桜ちゃんの名前も面白くて、彼女の苗字もサクラなんですよ。倉を作ると書いて作倉。だから彼女はサクラサクラになるんです」
「僕たちみんな変わった名前ばかりですね」
「そうみたいですね。桜ちゃんは親にふざけて名付けられたなんて言ってるんですけど、私は素敵だと思います」
「僕もそう思います」
「小松さんも私のことはぜひ雅鯉朱って呼んでください。えーっと、それから……」
うーん。名前の話で盛り上がるのは結構なことだが今この場での必要性というか、彼女の話の誘導にどこか違和感を感じてしまう。そしてこの感覚は最初に出会ったときにもあった。まさかあの時と同じ質問でもする気なのだろうか?
「何か聞きたいことでもあります?」
「え?」
「いや、別に何もなければこれで失礼しようかと思ったんですけど、なんだか言い淀んでるみたいに見えたんで」
「じゃ、じゃあ2週間後の日曜日ってお時間あったりしますか?」
「夕方までなら空いてますけど」
「それでも大丈夫です。ここから少し離れたところに小さな教会があって、そこに来ていただきたいんですけど」
「教会ですか。なにか催しでも?」
「はい。そこの教会なんですけれど児童保護施設を兼ねていて、いつもボランティアの方を募集しているんですね。この子たちはみんな親のいない子たちで、施設の方で過ごすこともあれば、お休みの日は今みたいにお外で遊んだりもします」
「はぁ」
「それで2週間後の日曜日なんですけれど、そこで子供たちとクリスマスパーティーがあるんですよ。それで今人手が足りてなくてお手伝いしていただける方を探しているんですけど、もしよろしければ小松さんにもお願いしたくて」
「構いませんよ。ただ、僕は特定の宗教を信仰してるわけでもなくて、これからも特に何かを信仰することはないと思うんですけれど、そんな人が行っても大丈夫なんですか? それに奉仕員というとボランティアの方々の中には拒絶感を示す人もいると思いますが、許可というか何かしら認めてもらう必要はないんでしょうか?」
「全然大丈夫です! よく勘違いされている方がいらっしゃいますが、教会っていってもそんなに堅苦しいものじゃないんです。そこの牧師さんは来るもの拒まず去るもの追わずって感じの人ですし。それにボランティアの人たちへは私から説得するので大丈夫です」
グイグイと押し気味に話す彼女の勢いにたじろぐ。正直なところ少し面倒な気分になっているのだが、この感じで来られると僕は絶対に断れない。
まぁ、準奉仕得点なるものがあると以前に藤多さんが言っていたし、それ狙いで打算的に参加するのも悪くないだろう。
「そ、そうですか。それじゃあ分かりました。場所と時間を教えてもらえますか」
「ありがとうございます! チラシがあるので少し待ってくださいね」
そう言うと彼女は公園のベンチまで走り、そこに置いてあったカバンから紙を一枚取り出して再び戻ってきた。
「どうぞ! ここに教会の地図が載っています。時間は9時からって書いてあるんですけど、穂垂さんは13時くらいに来てもらえれば大丈夫です」
「それだと手伝いできなくなりませんか?」
「い、いえ。穂垂さんにはパーティーの途中で後方支援をしていただければそれで十分なので」
「問題がないのならそれでいいんですけれど……」
「大丈夫です。えっと、説明はこれだけなんですけれど念のため連絡先をお伺いしてもよろしいですか?」
「あー、すみません。奉仕員には個人用の携帯が認められていなくて。仕事用の番号であればお教えできますけれど」
「もちろんそれで大丈夫です。こっちこそ無理を言ってすみません」
こうしてお互いの番号を交換した僕たちは、当日にまた会う約束をして別れた。
終始違和感を感じる会話だったが結局最後まで話に付き合ってしまった。流されっぱなしだったような気がするがこれで良かったのだろうか。
当初の予定通りコンビニで必要なものを買い足し、寮に戻ったのは出発してからかれこれ1時間後だった。
「おっそぉー」
人の金で買い物を頼んでおきながら開口一番これである。
「すみませんね。ちょっと寄り道していたんで」
「もう腹減って死ぬかと思ったわ。あー、はよ食べよ食べ……って穂垂君どうしたん!?」
「どうかしましたか」
「女の匂いがするぅ……」
「そんな匂いしますか?」
自分で袖の匂いを嗅いでみるがピンとこない。彼はどうしてこんなところだけ異常に鋭いのか。
「あわわ。違反や違反。これは穂垂君ダメやで」
「何かダメなことありましたっけ?」
奉仕員にはいくつかの行動制限はあるものの、基本的に法に触れない限りは対人関係において禁止事項などなかったはずだ。ましてや会話するだけな――
「穂垂君が女やったなんてーーッ!」
――その後は2人で仲良くおでんをいただいた。
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