第一章[3]

 寮に着いたのは17時ごろだった。自分の部屋の前に立つと、中から音が聞こえてくる。どうやら同居人が帰ってきているらしい。

 ガチャリと扉を開けるとさっそく目が合った。合ってしまった。

「うわっ! だれ!? あっ、もしかしてこの部屋の? あーそりゃそうよな。名前は? 俺のことはジョーって呼んでくれたらええから。歳は? 俺26なんやけど。あとそれからどっから来たん? あ、君の方が年上やったらごめん」

 こちらが名乗る前に先手を打たれてしまい、質問攻めだ。それに随分と落ち着きのない人らしい。

「えっと、初めまして、僕は小松穂垂って言います。名前は好きに呼ん――」

「ホタルっ!? スゲーやん。えぇなぁ。名前交換しよか」

「えぇ……」

「そうかぁ、ホタル君かー。ま、よろしくな」

「あ、はい。これからよろしくお願いします」

 それだけ言うと、彼はカーテンで仕切られた自分の部屋の中に消えていった。

 ……終わり? まだ質問に答えきってないのだが。

 でももうカーテンの奥から何も話しかけてこないし、本当に会話は打ち切りのようだ。

 彼はこういう話し方が普通なのだろうか? まるで噛み合った気がしなかったけど特に不快というわけではない。同居人が陰鬱な人よりかはこういう気さくな人の方がありがたいとさえ思う。

 夕食の時間まで1時間もないが特にすることもなく、暇つぶし用に持参した本でも読もうと思ったところでカーテンの奥から再びジョーさんから声をかけられた。

「そういえば歳っていくつやったっけ?」

 なんでさっきの時に聞かなかったんだと言いたいが、突っ込むと余計に話が面倒になりそうだったので、素直に答えることにした。

「この前23歳になったところですね」

「はぁー、やっぱ若いなぁ。てかさ、何やったん? 盗みか? 詐欺か?」

 藤多さんには自分の罪状をみだりに人に話さないように言われていたけど、やっぱり奉仕員同士でこういう話が出てくるのは当然か。遅かれ早かれこういう話題は出てくるとは思っていたけれど、さっそく聞かれるとは思っていなかった。

「えぇと、その、親と揉めちゃって、その、事故的に……」

「え!? もしかして、アレなん?」

 そう言いながらジョーさんは親指で首を切るジェスチャーをしてみせる。僕の犯した罪の内容とは異なるが意図していることは分かる。

「えぇ、まぁ……はい」

「やばやばやばぁー。えー、でもそうかぁ。それは聞いてすまんかったな」

「いえ、別に謝られることではないですし」

「まぁ元気出していこ! な!」

「はい。あのー、僕もジョーさんの理由を伺っていいですか?」

「俺か? 俺はなぁ、無実の罪や」

「冤罪ってことですか?」

「違う違う。俺はなぁ、今まで26年間生きとって何もせんかったんや。周りの人間が頑張って働いとる中、ひたすら怠惰を貪っとった。それやから俺に罰が降りたんや」

「はぁ、そうですか」

 絶対に嘘だろう。そんなことで罰せられた人の話なんて聞いたことがない。

 何なんだこの人は。常識は備えているのだろうが、頭に浮かんだ言葉を適当に並べ立てて話されているみたいで意味不明な人に思えてしまう。

 その後も夕食の時間を迎えるまでまるで中身のない話が続いたが、逆説的に言うと彼の人となりを理解できる会話だったのは確かだ。


 食堂では他の奉仕員とみられる人たちがまばらに着席している。そのうちの何人かは僕のことをチラチラと見ている。

「ホタル君、俺らも座ろうや」

 立ちすくんでいた僕にジョーさんが声をかけて、促されるままに席へ移動する。席はテーブルの端っこで、向かいにはジョーさんが座った。新入りの僕が視線にさらされるのを気遣って、端っこの席にしてくれたのだろうか。案外と言っては失礼かもしれないが、こういうところは気の利く人らしい。

 僕の隣にはすでに座っている人がいたので一声かける。

「すみません、失礼します」

「えぇ」

 随分と淡白な返答だ。歳はジョーさんと同じぐらいだろうか。今の会話だけで終わらすのもなんだか気まずいので、僕は話を続ける。

「今日から寮でお世話になる小松穂垂と言います」

「はい」

「……」

 むぅ、またしても会話が途切れてしまった。どうしようかと思ったところで、斜め前の席の人から声をかけられた。

「滝川は相変わらずしゃべるの下手くそだなぁ。情報量が少なすぎ。お前の名前も教えてやれよ。ごめんね小松君」

「あ、いえ、大丈夫です」

「俺の名前は山田やまだたける。まぁ山田だけ覚えてくれたらいいよ。それでこっちが……ホラ」

滝川たきがわゆう……です」

「山田さんに滝川さん。ありがとうございます」

「しっかし君も可哀想にね。同居人が高木君だなんて。適当なことばっか言うから疲れるでしょ?」

 高木? あぁそういえばジョーさんの苗字を聞いてなかったっけ。

「いいえ、ジョーさんは気さくに話しかけてくれて楽しいですよ」

「ん? ジョーさんって誰の話?」

「え? 高木ジョーさんって名前じゃないんですか?」

 山田さんが隣のジョーさん(?)を見る。ジョーさんは口を真横に伸ばしてニヤーっとして顔を見せる。腹の立つ顔だ。

 山田さんはジョーさんの背中をバシンッと叩くと僕の方に向きなおって話を続ける。

「ダメだよコイツの言うこと真に受けちゃ。コイツの名前は高木たかぎ貴志たかしだ」

 僕がジョーさんの方を振り向くと、彼はかの有名な物理学者よろしく舌を出して見せた。

 それから間もなく食事の時間となり、簡単に藤多さんから僕の紹介をしてもらった。特に交流が目的でもないので他の人たちから質問があるわけでもなく、僕は挨拶程度にひと言話すだけで済んだ。

 食事時間中も多少の会話は許されるようで、僕は先ほどの人たちと話を続けていた。

 聞くところによるとテーブル座席は寮の部屋位置と同じらしく、山田さんと滝川さんはお隣さんらしい。着席状態で寮に不在者がいないか一目で分かるからだそうな。

 山田さんは今年で32歳になるそうで、高木さんや滝川さんへの対応を見るに随分としっかりした人の印象を受ける。

 この寮に来てからまだ1年半ほどらしいが、さすがに収監理由までは聞けなかった。

 滝川さんは高木さんと同じ26歳で、ここにはちょうど1年前にやってきたとのことだった。最初話しかけたときは仲良くなれるか心配だったけど、山田さんの手助けもあって普通に話すことができた。

 結構な読書家らしく、今度僕の趣味に合わせた本を貸してくれるらしい。

 最後に同居人である高木さんだが彼は僕らの4人の中で一番の古参らしく、今年で3年目の終盤に入っているみたいだ。

 何か重大な罪を犯したのかそれとも一向に奉仕得点を稼げないのかのどちらかになるはずだが、僕としては後者に賭けたい。


 食後は各々が部屋に戻って消灯の時間までは自由時間となるが、僕は高木さんと奉仕得点のあれこれを聞かされることになった。

「いいかホタル君よ。奉仕得点てのはなぁ、いかに自分が完遂できる仕事を見つけられるかが重要なんや」

「はぁ」

「奉仕得点ってのはなぁ、世の凡人どもの1カ月分の労働が俺たちの1ポイントに相当するんや」

「1カ月分……」

「まぁ基礎的なことはどのみち明日藤多さんから教わるやろうから、特に気にする必要はない。俺が教えたいんはいかに楽な依頼を引き受けるかってことや」

「同じ1点でも労働量に差があるってことですか?」

「あぁそうや。一応簡単に説明しておくと、まず働き手の欲しい依頼主が諸々の手続きを通して奉仕員用の仕事を各地方の監督者へ持ってくる。監督者っていうのは俺らの場合は藤多さんやな。そんで具体的な流れは分からんけどいくつかの審査があって、その仕事内容が社会奉仕の一環であると認められたら寮の一角にある部屋にその仕事が張り出される。これだけを聞けばなるほど確かに素敵な社会復帰プログラムやなぁと思うわけよ。だがしかし! 実際はそうやあらへん。依頼人どもは俺たち奉仕員を格安労働力ぐらいにしか見てへんねや」

 そう言って彼は折りたたみ式のちゃぶ台に握りこぶしをドンッと振り下ろす。

「理不尽な重労働でも課されるんですか?」

「あぁ! そのとおりや。せやけど、俺の受けた仕打ちを今から説明し始めると時間がいくらあっても足らんので割愛する。さっきも話したように、今日の話はいかに楽な仕事を引き受けるかって話や」

「はい」

「結論から言うとな……そんなものはないっ!!」

「えぇ……」

「いや本当にそうやねん。農作業も工場勤務も建設業も今まで色々やったけど、理不尽な指示ばっかで結局どれ選んでも最後には『二度とやるかこんなもんっ!』ってなるんよ」

「じゃあ大人しく頑張るしかないんじゃないですか?」

「それができたら苦労せえへん。ほら、俺の必要得点って28点やろ?」

「初めて聞きましたけどそうなんですね」

「で、今で累計20点。もう今月でここ来て34カ月目よ」

「2カ月で1点ぐらいのペースですね」

「1カ月に1点相当のはずなのにおかしいやろ!? だからな、俺はもう覚えたんよ」

「何をですか?」

「ゴマすりや」

「んん?」

「結局はね、なんよ」

 そう言って彼は親指で自分の胸を指し示す。

「依頼主が俺らを安い労働力と見なしているとはいえ、人の情ってものはあるんや。全然奉仕得点くれんやつでもおだてておだてて最後に泣きつけば何とかなる」

「そういうものですか」

「そうや。よく覚えといたらいい」

「分かりました。覚えておきます」

「よっしゃ、じゃあ今日のアドバイスはここまでや。じゃあ明日から頑張れよ!」

「ありがとうございます先生」

 最後のひと言に気を良くしたのか、彼はフフンと気色の悪い息を漏らしながらカーテンの奥へと消えていった。

 先生のアドバイスが役に立つ日はきっと来ないだろう。




 翌朝、定刻通りに食事を済ませると寮のみんなはそれぞれの依頼主の元へ仕事に向かっていった。

 僕はというと藤多さんの待機している談話室、つまりは昨日寮の説明を聞いた部屋へと移動していた。

「それじゃあ奉仕員の細かい説明をしようと思うけど、もしかして同室の高木君から何か聞いたりしてるかな?」

「一応そういう話もしましたけどどこまで信じていいのか分からないのでイチから説明してもらえると助かります」

「あっはっは、高木君と仲良くできてるみたいで安心したよ。それじゃあ早速説明していこうか」

 こうして僕は奉仕員の目的たる奉仕得点の獲得の仕方について説明を1時間ほど受けた。

 話を整理すると、僕たちはまず最初に食堂の掲示板に張り出されている依頼から自分の引き受けたい仕事を選ぶ。

 次に実際に依頼主と面談を実施し、お互いに同意が得られればそのまま依頼主の指示通りに仕事をこなしていくことになる。

 中には専門資格が必要なものもあったりするが、そういう依頼は奉仕得点が2点付与されるケースもあるようだ。数は多くないけど、熱心な人は自由時間に資格を取って、得点の高い依頼を引き受けたりするようだ。

 また、引き受けた依頼が続かないと思ったときはやめてしまっても特にペナルティはないらしい。もちろんその場合の得点はない。高木さんが在籍期間の割に点数が低いのはこのパターンなのだろう。

 それから掲示板に張り出される依頼をこなす以外にも、日常生活で人の役に立ったと認められた時に獲得できる準奉仕得点なるものがあるらしい。

 一通り聞きとった内容を頭の中で整理した後、僕は藤多さんに質問をした。

「あの、話の途中で仰った準奉仕得点というのは具体的にどういう場合に貰えるんですか?」

「あぁ、準奉仕得点か。これは例えば事故現場に遭遇した時に適切に救助活動を行ったとか、地域のボランティア活動に継続して参加したケース等に0.5点分を与えられるんだ。その出来事・活動の代表者と監督官、つまり私が奉仕員の社会貢献活動を果たしたと認める必要があるけどね」

「ボランティア……」

「ん? ボランティアに興味があるのかい?」

「いえ、最近聞いたような言葉だなと思いまして。でもボランティアって見返りがあったらボランティアにならないんじゃないですか?」

「まぁ言葉通りに受け取るとそうなるかもしれないけれど、奉仕員に課せられているのはあくまでも社会貢献だから、そこは素直に得点を受け取ってもいいと思うよ。正直、私個人の意見としては掲示板に張られた依頼をこなすよりも、こういった自発的な貢献を推奨したいけどね」

「そういうものですか」

「準奉仕得点の付与の最終的な決定権は私にあるわけだけど、具体的な基準があるわけでもないから結局は私の心情次第だね。意外とポイント稼ぎには良いかもしれないよ」

「監督官の藤多さんがポイント稼ぎなんて言葉使っていいんですか」

「そりゃあ私の立場からすればどれだけ奉仕員を更生させるかが監督官としての評価になるからね」

「……聞かなかったことにします」

 監督官の出世のあれこれは考えないことにして、頭の中では昨日の出来事を思い出していた。

 昨日のアレはもしかして得点のチャンスだったのか? お礼とか言ってたし。

 ひょっとすると僕はもったいないことをしたのかもしれない。でも今更彼女を見つけ出す方法もないし、そもそも一度断ったお礼を後になって要求するのもおかしな話だ。

 少しブルーになりかけた僕の思考を遮るように、藤多さんは話を続ける。

「さて、それじゃあまず最初の仕事から始めていこうか」




 2週間後、僕は全身の筋肉痛に耐えながら農作業をしていた。サツマイモの収穫である。

 奉仕員の最初の仕事は農作業と相場が決まっているらしく、藤多さんに促されるまま、僕はサツマイモ畑で働くことになった。

依頼主の老夫婦は過去長きにわたって藤多さんと親交があるらしく、奉仕員のこともよく知っているそうな。

 しばらくの間屈み込んだせいで凝り固まっていた背中を反らし、ボキボキと鳴る音に軽い快感を覚えていたところでお爺さんから休憩に誘われた。

 何も植えられていない畑の上に敷かれたレジャーシートの上にドカりと座って、お婆さんお手製のおにぎりとお茶を胃袋に流し込む。

 目の前には掘り返してボコボコになった土の山が見える。視線を上に向けると、秋を思わせる薄い雲が青空にたなびいていた。

 あぁ、そういえばこうして青空をじっくりと眺めるのは久しぶりだなあ。

 前に見たのは……そうだ、首を吊った日だ。あの時の空も妙に綺麗に見えて感動したのを覚えている。あんなに薄汚い部屋の窓ガラス越しに見た空が綺麗だなんてどうかしてると思うのだけれども、実際そうだったのだから不思議だ。もう過去のことだから余計に美化されちゃってるんだろうか。

 ボーっとそんなことを考えていたらお爺さんが話を振ってきた。

「どうだい、疲れたかい」

「えぇ、そりゃもう全身がズキズキするぐらいには」

「まだ若いのにそんなこと言って……と言うと年寄りみたいでいかんね。まぁ普段農作業しない人がいきなりやりゃあ誰だってそうなるわな。むしろ、最近の若いやつらの中じゃ穂垂君は随分と頑張っとる方だ。こんなに弱っちそうな腕しとるのに」

 なんだか貶された気がしたが、お爺さんにはその気が全くないようだからたぶん褒めてくれているんだろう。

 お爺さんはヨレヨレの農作業着の胸ポケットから煙草を1本取り出し、ふかしながら話を続ける。

「疲れるのはもちろんだろうけども、それでもここに来てどれくらいだ? 2週間くらいか。何か変わってきたことはあるか?」

「生活のリズムはやっぱり変わりましたね。最初の頃は毎朝起きるのが億劫だったんですけど、ここ最近はそうでもなくって。自然のサイクルに体が合ってるというか、なんとなくそんな感じです」

「ハハ、そいつは結構なこった。でも儂の聞きたかったのはそういうことじゃない。心の方で何か変わることはあったかってことじゃ」

「心ですか?」

「あぁ。ここ2週間ずっと収穫作業をしていて、お前さんの中で何か感じ取るようなものはあったか?」

 なんだか少し変な質問だな。これはつまり奉仕活動を通じて学んだことがあるかって話か。

「そうですね……こう、うまく伝えられなかったらすみません。朝早くに起きてヘトヘトになるまで仕事をして、休憩したらまたヘトヘトになるまで仕事して、日が暮れてきたら食事を取ってまた明日に備えてっていうサイクルを今僕は繰り返しているんですよね。でもここに来るまでは好きな時間に起きて食べて寝てっていう生活をしてたんですよ。どちらの生活が良いかっていえばもちろん前までの生活の方が良かったです。でも、人間らしい生活って言うと今の生活の方が正しいと思うんです。これってなんだか不思議じゃありませんか?」

「ほぅ?」

「人の考えはみんなそれぞれ違いますけれど、一般的な考え方で言えばみんな昨日よりも今日、今日よりも明日が良くなるように頑張ってきたと思います。そして僕ら人間は生活する上でどうしても必要な時間をできるだけ短くして、その浮いた自由な時間でより自分らしい生活を謳歌していますよね。僕もその発展の恩恵を受けてさっき言ったように好きな時間に好きなことをしていたわけなんですけれど、やっぱりそれは文明的な人の生活じゃないと思うんです。人って不自由な生活の中から自由を生み出したんじゃなくて、最初から自由なんですよ。でも自由なだけだと他の動物たちと変わらなくて、そこに生活の枠組みを作って規則正しく生活することで人の生きる尊さみたいなものがあるんじゃないかと思います……って、なんとなく伝えられましたかね?」

 そう言って向き直ると、お爺さんはの発音をするみたいな口をして固まったかと思えば、そのまま笑い出してしまった。

「ほっほっほっほ。中々面白いこと言いよるのぉ。なんでお前さんみたいなんが奉仕員なんかやっとるんか知らんが、ここの仕事はもうええわ。そこに見えとる畑の一列分を掘り返してくれたら仕事はお終いじゃ。明日からはまた別のとこ行くとええ」

「え? でも僕まだここに来て2週間しか経ってませんよ」

「ええよええよ。奉仕員ってのは別にアルバイトと違うんじゃ。他にやった方がええ仕事が何かあるやろ。藤多さんには儂から話つけといたる」

「そうですか……? 分かりました。短い間でしたけどありがとうございました」

 そうは言いつつもやはり仕事を途中で終えるのに抵抗があったので、言い渡された部分以外にも収穫作業をしたのだが、すぐにお爺さんに見つかって追い出されてしまった。

 農作業の帰り道に僕は自分の言ったことを反芻していた。別におかしなことを言ったつもりはない。社会奉仕活動を通じて人としてのあるべき姿を取り戻すというのが、この制度の根底にあるものだと僕は思っている。で、実際に農作業を通じてその感覚を体感したわけだ。でも僕の心は一向にスッキリしていない。

 お爺さんがもういいと言ったのだから今日で僕は奉仕得点を獲得したことになる。つまりこれで僕の罪も少しは赦されたとも捉えられるわけだ。

 でも本当にそうだろうか? だって僕は親を殺したんだ。僕が人間らしさを取り戻したところで、それが何になるっていうんだ。社会が赦したって罪は消えないんだ。なによりも僕が自身を赦せる気がしない。もしも僕の罪が赦される方法があるのなら誰か教えてほしいものだ……。

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