第一章[2]
さて、どこへ行こう?
少し足を延ばせばこの街を見渡すのに良さそうな小高い山があるが、いきなり知らない土地で冒険するには時間が心もとない。近隣をぶらつく程度にとどめておいた方が良さそうだ。
寮の周りは閑静な住宅街になっている。それも住宅街の中ではかなり端っこの位置だ。
頭の中に記憶している地図に間違いがなければすぐ近くに県道が通っていたと思う。もっと人通りの多い場所であれば興味を引くような建物があるかもしれないが、駅から歩いて20分ほど離れたこの場所ではそれも期待できそうにない。
もちろん実際に見れば予想を裏切る発見があるかもしれないが、初めて来た街で最初から何の発見も期待できない冒険をする趣味はない。
迷った挙句、僕は駅から寮までの道のりを再び辿る形で散策することにした。
最初に駅を降りたときから感じていたことだが、この街の家は少しばかり豪華な作りのものが多い。さすがは第2級更生区画といったところか。
僕みたいな社会不適合者を街へ受け入れる見返りとして、この区画は国から様々な優遇を受けているのだ。
もう一つ上の第1級であればさらなる優遇制度があるようだが、詳しいことは知らない。誰もがそういった区画に移住できるわけでもないので、そんな世界と縁のない僕は調べようともしなかった。
現実ベースで考えれば、この第2級区画が一般庶民レベルでの最良の住宅地といっても過言ではないだろう。
僕が住んでいたのは特別待遇のない無指定区画なので、奉仕員の人とは出会ったことがないのだが、ここの人たちはどういう目で奉仕員を見ているのだろうか?
犯罪者とは関わらない方が良いのは当然であるから、避けるような反応になるのだろうか?
それとも哀れな子羊よと思って施しを道行く人たちから受けたりするのだろうか?
……後者はさすがにないか。
実際のところすでに何人かの人とはすれ違っているのだがまるで反応がない。拍子抜けしたかといえばそうなのだが、考えてみれば当然のことかもしれない。
この街の人口はおよそ20万人であるのに対して僕たち奉仕員の数は今日の時点で392人。割合としては500人に1人程度なのだから、すれ違った相手が奉仕員だなんて気付く方が稀だろう。
それに僕は奉仕員用の腕輪を着けているから誰にでも正体がバレていると思っているが、普通の人はすれ違う人の腕をわざわざ見たりはしないのだ。いわゆるスポットライト効果ってやつだな。
そうこう考えている間に目的地である駅にあっさり到着してしまう。
道中で細い道を見つけてはわざとそこを通るようにしてジグザグに駅へと向かっていたのだが、特にこれといって興味を惹かれるようなものは見つけられなかった。
時間を確認したところ、寮を出発してからまだ30分程度しか経っていない。
このまま線路を跨いで駅の反対側を散策するのもいいが、足腰がピクピクと痙攣して疲労を訴えている。日頃の運動不足が祟っているようだ。
30分もかけて歩いたのに何も見つからなかったのは残念だが、何もないということが分かっただけでも良しとしようか。
そうして僕は本日3度目の道を歩き始めるのだが、ふと違和感のあるものを視界にとらえた。
子供だ。それもとても小さい。3歳ぐらいだろうか?
その男の子は怒ったような泣いているような何とも言えない雰囲気で顔をクシャクシャにしながらトボトボとこっちに向かって歩いていた。
迷子だろうか?
……どう見ても迷子だ。
どこから来たのだろう?
……そんなこと分かるはずもないか。
声をかけるべきだろうか?
……こんなところを一人で歩いているなんて普通じゃないと思うのだけど、面倒ごとになるのは正直嫌だ。
無視しておこうか?
……でも声をかけなかったらずっと今日一日中モヤモヤするだろうしなぁ。やっぱり僕は奉仕員だから取るべき行動というものがあるしなぁ。って、気付いてしまったのならしょうがないか。
一人問答の果てに、ようやく意を決した僕はその子へ声をかけることにした。
「ボク、どうしたの? お父さんかお母さんとはぐれちゃったのかな?」
男の子と同じ目線の高さになるように腰を落として、なるべく驚かせないように優しく声をかけた。ところがその子は僕の言葉を聞くや否や、ワッと泣き出してしまった。
周囲にいた人たちが遠巻きに僕たちを見ている。
あーあ、だから嫌だったんだ。何となくこうなる気はしていたんだけど、他にどうしようもないじゃないか。大体お前らがさっさとこの子に声をかけないからこうなったんだぞ。
心の中で言い訳をしつつも、このままの状況ではまずいので何とか会話を続けようと奮闘する。
「ほらほら、男の子が人前で泣いてちゃいけないよ。こっち向いてお兄ちゃんにどうしたか話してごらん」
小さい子供と話す機会なんてないものだから、こういう時に何を言えばよいのか全く分からない。早く君が泣き止んでくれなきゃ僕は周囲の視線に刺されたままなのだ。僕の方こそ泣いてしまいたい。
自分が幼かった頃に保育園の先生はこうしていたっけなぁと思い出しながら、僕は両手をそっと男の子の頬に添える。
お互いの目が向き合うようにすると男の子は次第に泣き止んで、ポツポツと話してくれるようになった。
「どうしたの?」
「……わかんない」
君が分からないじゃ僕も分からない。でもこれじゃあ話が進まないから、こっちから話を誘導するしかなさそうだ。
「そっか。じゃあどこから君は来たのかな?」
「……こーえん」
こーえん? あぁ、公園か。でもどこの公園のことだろうか? 駅から寮までの道のりで公園を見かけた気はするが、この子の言う公園が僕の知っている公園とも限らない。
「それじゃあ、お兄ちゃんと一緒にその公園戻ろっか! 行き方は分かるかな?」
「うん」
おや? ダメ元で言ってみたけれど案外どうにかなるものだ。てっきり分からないから迷子になったのだと思ったのだけど、子供の思考プロセスというのはまるで訳が分からない。
男の子を抱っこして、僕は彼の指さす方向に向かって歩きだす。さっきまで泣いていたのに今はもう上機嫌だ。気分は人型ロボットのパイロットにでもなっているのかもしれない。
「そういえばまだ名前を聞いてなかったよね。僕の名前は穂垂っていうんだけど、君はなんて言うのかな?」
「……変な名前」
うむ、生意気な子供だ。僕が自分でつけた名前じゃないさ。それに君はピカピカ光る方のホタルを想像しているんだろうが、そうではなくて稲穂が垂れると書いて穂垂だ。そんな矮小な生物と一緒にされても困る。……などとはここで話しても意味がないので大人の対応を心掛ける。
「アハハ。でも面白い名前でしょ? それで僕は君をなんて呼んだらいいのか教えてくれるかな?」
「りく」
「りく君か。カッコいい名前だね。それで次はどっちに向かって進めばいいのかな?」
あっちこっち指さす方向へ進んでいるが、結構長い距離を歩かされている気がする。駅からここまでの道のりは一応記憶しているけれど、そのうち僕まで迷子になりそうだ。
もしかして適当に案内されているんじゃないかと思い始め、それとなく彼に尋ねようとしたところで前方からこちらに向かって駆けてくる人の姿を見つけた。
「りっくーん!」
女の人だった。高校生ぐらいだろうか? よく見れば今朝出会った少女と同じ制服を着ており、学生であることは間違いないと思う。りく君のお姉さんだろうか?
僕の腕に抱えられているこの子は彼女を見つけるなり、笑顔になって手を振っている。どうやら僕はこれでお役御免のようだ。モゾモゾと動くので、この子を地面に降ろしてやる。
「もー、どこ行ってたのよー。あれだけ公園の外に出ちゃダメって言ったのに。みんな心配したんだからね」
そういう彼女は心底安堵したような顔でりく君の頭を撫でている。一方の彼は冒険をやり遂げたかのように満足げな顔をしている。いい気なものだ。
こんな時に僕はどうすればよいのか分からない。なんというかこう、感動の再会みたいな誰しもが喜ぶべき場面の空気が苦手なのだ。
昔から僕は周囲のポジティブな感情についていけなくて、いつも最後には置いてけぼりの気分になることがあった。だから今も正直に言えば居心地が悪い。
そうはいっても黙って立ち去るわけにもいかないので、彼女と軽く話をつけてからさっさと帰ることにする。
「あのー、ご家族の方でしょうか?」
「あ、すみません。ご挨拶が遅れてしまいました。私はちょっとしたボランティアで子供たちの面倒を見ていて、さっきまで公園で遊んでいたんですけど、他の子供たちを見ていた隙にこの子がフラっといなくなっちゃって。他のボランティアの人たちと手分けしていて探していたところなんです。連れてきてくださって本当にありがとうございます」
「いえ、帰り道に駅の近くでたまたまこの子を見かけて、少し気になって声をかけたらそのままこうなっちゃっただけなので。ここまでの道案内も彼がしてくれましたし、そこまで感謝されるようなことはしていませんよ」
「えっ!? りく君駅まで行ってたんですか?」
「えぇ。とっても元気な子みたいですね」
この子はこんなに小さいのに遠くまで歩いてすごいと伝えるつもりで言ったのだが、彼女の方はそうは受け取らなかったらしく、りく君に注意をし始める。なんでそんなところまで行っちゃうのよー、とか、次に勝手に行動したらお外連れていってあげないわよー、とか。
なんだか僕が悪いことを告げ口したみたいで申し訳なくなってくる。
「まぁまぁ、無事に戻って来られたんでいいじゃないですか」
「でも、こういう時にしっかり注意しておかないと、また繰り返すかもしれませんし。ここは心を鬼にしてでも言っておいた方が……」
「いやぁ、周りの人たちが心配していることがこの子に伝われば十分じゃないですか。ほら、りく君。今度からは勝手にどっかに行ったりしないよね?」
「うん!」
この子は渡りに船なんて表現は知らないだろうけども、まさしくそんな感じで僕の誘導に乗ってきた。
「子供の相手お上手なんですね」
「えぇ? いや、そうですかね……? ハハハ」
何となく恨めしそうな気配を感じて、僕は顔を引きつらせながら目をそらす。
「それはそうと、この後お時間ありますか? 何かお礼の一つでもさせていただきたいんですけど」
うーん、どうしたものか。本当はまだ時間に余裕があるけれどお礼って何なんだろうか?
そういえば彼女は最初にボランティアって言っていた気がする。
それじゃあ、アレか。お礼と称して話し込んで最終的に勧誘してくるパターンか。それは嫌だな。大体僕は知らない人と話すだけで精神が疲れてくるんだ。
「すみません。この後用事があるんで、僕はここで帰らせてもらいます。別に大したことしたわけじゃないんで、お礼とか本当に大丈夫ですので」
「あら、そうですか。それじゃあ仕方ありませんけど」
「それでは僕はこれで」
「本当にありがとうございました。ほら、りく君も」
彼女に手を握られてりく君が手を振る。
「バイバイほたる君」
僕は苦笑しつつ手を振って彼女たちと別れた。
去っていく奉仕員の男を見送った後、彼女は迷子の子を見つけたことを連絡するために携帯を取り出した。
「もしもし、
『本当!? 良かったー。桜ちゃんが見つけてくれたの?』
「ううん。たまたま親切なお兄さんが公園の近くまで一緒に連れてきてくれたの。あ、そうそう。そういえばその人腕に輪っかみたいなの着けてたからたぶん奉仕員の人だよ」
『奉仕員……』
「奉仕員がどうかした?」
『あ、いや、ごめんごめん。なんでもないよ。それで、その人の名前とか聞いたりしたの?』
「あっ、聞いてなかった。お礼でもしようかと思って公園に誘いはしたんだけどね。その人忙しいみたいでさっさと帰っちゃった。公園まで来てくれれば理事長に準奉仕得点ぐらいはお願いできたと思うんだけど」
『なんだかもったいないね』
「でもそういえばりく君が帰り際に『ほたる君』っていってたかも。本名なのかあだ名なのか分からないけど」
『りく君その人とちゃんと話せたんだ。すごいね』
「そう? まぁ、知らない大人の人と話すのって抵抗あるかもしれないわよね」
『りく君もそうだけど、そっちじゃなくて相手の方の話。りく君って中々他人と話したりしないじゃない? 桜ちゃんなんて最初の頃はちっとも会話できなくて、まともに話せるようになるまで1カ月ぐらいかかってたじゃないの』
「そ、そうだっけ……」
『そうだよ』
「せ、性別の違いのせいかもしれないし。男同士で何か通ずるものがあるのよきっと」
『ふふ、そうかもね』
「と、ともかく今からりく君と一緒に公園戻るからね。施設の人にも連絡しておいて。それじゃ!」
彼女はやや強引に通話を終えると、隣で手持ち無沙汰にしている男の子の手を握って少し早いペースで歩き始めた。
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