プロローグ[2]

 最古の記憶は自宅のそばにあった公園の夜景から始まる。

 僕の隣には母さんがいて、そっと包み込むように手を握られていたことを今でも覚えている。

 どうしてそんなところにと言われればそれは紛れもなく家庭環境、もとい、親父のせいだ。

 小松家は日当たりの悪いボロアパートに3人家族で暮らしていた。

 母さんはいつも困ったように眉をゆがめながら、口元だけは笑っている穏やかな人だった。僕自身が画用紙に黙々と絵だけを描いているような大人しい性格だったことも関係あるだろうが、怒っているところを見たことがない。

 一方の親父は酒が入ると気性が荒くなる典型的なダメ人間だった。夜遅くに仕事から帰ればすぐに酒をあおり、喚きたてるのだ。

 実際のところ親父の癇癪は3日に1回ぐらいだったはずだが、強烈な印象として残っているためか、毎日何かしら騒いでいたような気がしてしまう。

 親父が何に対して怒っていたのかはよく分からないが、どうせ大した内容ではなかったはずだ。幼い頃の僕は親父がそんな風に苛立っている姿を見るのがたまらなく不愉快で、親父が帰宅する頃合いを見計らってはいつも布団に潜り込んで寝たふりをしていた。

 ところが手の付けられないほど暴れる時がたまにあって、そういう時は母さんが近所の公園まで僕を連れていき、そこで時間をつぶすのがお決まりだった。

 夏の暑い日も冬の寒い日も母さんは決まって缶コーヒーを買ってくれた。夜遅くに子供にコーヒーを与えるのは今更ながらどうなのかと思うが、母さんはそういうことを気にする人ではなかったらしい。

 いや、そもそもそうなった原因は僕にある。

 初めて公園で時間をつぶすようになった時、何を飲みたいか母さんに聞かれたのだ。そこで僕はぼんやりとした大人への憧れから、当時まだ飲んだこともなかったコーヒーをねだったのである。

 初めて口にした缶コーヒーは砂糖たっぷりで、甘味が美味しさと直結しているような幼い味覚にとっては感動を覚えるほどの味覚体験だった。

 興奮の収まらなかった僕は、珍しく饒舌になって母さんにその感動をつたない言葉で伝えたらしい。それで、次から公園へ来た時には母さんは何も聞かずに缶コーヒーを僕に買い与えるようになったというわけだ。

 他の飲み物が欲しい時もあったが、ニコニコしながら缶コーヒーを渡してくる母さんの顔を見ると、嫌とも言えず素直に喜んだ顔をして缶コーヒーを受け取るしかなかった。

 おかげで今でもコーヒーには砂糖をたっぷり入れて飲むことが習慣化している。子供の頃に大人のフリをしてコーヒーを飲んだ結果、今になっても子供舌のままというのは皮肉なものだ。

 公園では母さんが時々何かを語りかけてくれたが、どんな内容を話したのか覚えていない。代わりに覚えているのは滑り台のそばにあった電燈に数匹の蛾が集っていた光景だ。

 幼い僕にとって夜の時間というのは特別な世界だった。日頃、子供は早く寝なさいと言われているのに、日付も変わろうかという時間にこうして外にいるという非日常感がたまらなく心地良かったのだ。

 日中は物言わぬコンクリートの柱が煌々と輝き、汚泥のような色の蛾は光をその身に浴びて白銀の花びらが躍るように変身してみせた。昼間に見る世界とはまったく違う世界が広がっていて、僕はこの光景を目に焼き付けることに夢中だった。

 でもやっぱり今にして思えば母さんの話もよく聞いておけば良かったかもしれない。何か謝るような言葉を口にしていた気がするから。

 当時の僕は何か答えたのだろうか。もしそうならば、どうか優しい言葉であってほしい。今となっては知る術もないけれど。



 僕が10歳を迎える頃には親父の癇癪の矛先は身近な物や世相のみならず、家族にもぶつけられるようになっていた。

 とはいえ怪我をするようなことがあったのは数えるほどしかない。直接的に殴られるような場合は母さんが隙を見て外に連れ出してくれたからだ。僕が憂鬱だったのは親父がしてくる時だった。

 一般的なイメージとして食卓での会話というのは幸福とか平和の象徴みたいなものだと思う。でも残念ながら我が家の場合はそうではなかった。

 親父のこぼす愚痴と母さんの当たり障りのない返事を聞き流しつつ、いつ自分に話が振られるのか警戒していた記憶しか残っていない。

 もしも親父が僕に何かを問いかければ、当然こちらは何かを答える必要がある。でも普通に答えてしまうと生意気だの口答えするだのと、とにかく否定の言葉を浴びせられるのがオチだった。

 自分から話を振っておいて何なんだと思ったけれど、それを口に出せば親父が激昂することは容易に想像できた。だから当時の僕は大人しく俯くことを選んだわけだが、今でもその選択は間違っていなかったと思う。

 そんな親父の口撃の中でも、意図的に僕を怒らせようとしている場合は特に厄介だった。

 こういう時は親父がシラフかほろ酔いぐらいの時で、内容はといえば正直よく覚えていない。というのも話自体に深い意味はなく、とりとめのない内容ばかりだったからだ。

 とにかく僕に何かしらの考えを答えさせて、その答えに対してわざと難しい言葉を使って反例を挙げてくることが親父の策略だった。僕が分からないというような素振りを見せると途端に無知を嘲笑いながら挑発することを親父は楽しんでいたように見える。

 そのまま僕が答えられずに黙っていると、最後に親父は満足したように笑って机を2回ポンポンと叩くのだ。その動作が僕を無性に苛立たせるのだが、やはり感情を表に出すわけにはいかなかった。親父のことだから態度を改めるどころか執拗に繰り返すぐらいのことはするだろう。……いや、親父はたぶんこちらが苛立っていたことに気付いていたはずだ。

 いくら親父がクソみたいな人間だといっても、やっぱり子供の僕には知識量では勝ちようがなかった。それにもし勝てたとしても機嫌を損ねるだけだし、生活の生命線を握っているのは向こう側である。静かに感情を押し殺して話の終息を願うしかできなかったのも仕方のないことだろう。

 おかげで当時通っていた学校の先生たちからは僕のことをお利口さんだととして評されることが多かった。でも、僕からすれば誉め言葉に聞こえるはずもない。性格形成の背景にはさっきのような家庭事情があったので、必然的にそう振舞っていたにすぎないからだ。

 今ではどんな誉め言葉も疑ってかかるようになってしまったが、これも家庭事情のせいと考える僕はもともとの性格が良くないのだろうか。



 高校2年の秋頃、親父は仕事をクビになった。

 何が原因でクビになったのかは分からないが、『あいつが、あいつが……!』と誰かを恨むような口ぶりをしていた。おそらく親父が職場で何らかの不正をしていて、それを別の誰かにばらされてしまったのだろう。

 所詮ただの推測でしかないが、日頃の言動を見る限り非があるのは親父で間違いないと思う。むしろよく今まで会社員として勤められていたものだ。

 この頃には酔っぱらって家の中で暴れまわることが常態化していて、警察に通報されたこともあった。そんなやつが職場という一つの集団の中で真っ当に仕事をしている姿など僕に想像できるわけもない。

 さて、親父が痛い目を見るのは結構なことだがその報いは当然家族にも波及するわけで、家庭環境は悪化の一途を辿ることになる。

 仕事のクビを契機に親父の酒癖はますます悪化し、家の中はいつもアルコールの匂いと何やら酸っぱい匂いがブレンドされたような空気が漂うようになった。もはや家の中は一瞬たりとも落ち着ける場所ではなくなってしまったのだ。

 母さんは以前から務めていた日中のパート時間をさらに増やし、僕もまた本来は学校の規則で禁止されているアルバイトを始めた。

 一方で親父はというと、家に誰もいないのをいいことに酒を好き放題飲み、生活費用の財布からお金を持ち出してはどこかでお金を空費していた。

 親父がクビになって2週間ほど経った頃になって、僕は部屋の状態に違和感を覚える。飲み干された酒のゴミが散らかっていたのはいつもの光景だが、なぜかように感じたからだ。

 注意して家の中を見回すと、かつてそこにあったはずの時計がないことに気付く。ひょっとしてと思い、親父にその所在を尋ねてみた。

「なぁ、前までここに置時計がなかったっけ?」

「あぁん? 置時計……? あぁ、そうだったな」

「なんでないの?」

「俺が買取屋にやったからな」

「買取屋?」

「ったく、かーちゃんのヤツ、家の財布をどっかに隠しちまいやがったもんだから、酒を買いに行く金がねぇんだよな。そんでまぁ、誰も使ってねえ時計を馴染みの買取屋にってわけだ。馴染みっつってもここ1週間の話だがな。ハハハ!」

 あぁ、なんてことだ。俺の親父はここまで堕落しきってしまったのか!

 家の財布が見つからないのは、僕が母さんと相談して隠すことにしたのだから当然である。

 貴重な稼ぎから抜き取られる際限のない酒代は家計を圧迫していた。母さんや僕がどれだけ稼いだとしても、家計の柱となるべき親父の収入がゼロである限り、酒代で跳ね上がった出費を賄いきることは無理な話だ。

「ほかにも何か売ったものは?」

「あぁ、売ったな。でもなくなって困るようなもんは売ってねえから心配すんじゃねぇよ。誰が見てるのか分かんねぇような時計だの、着けてるとこの見たことのねえネックレスだの、ほこりの被った本とかな。一番金になったのは、やっぱりネックレスだったな。本は1円にもならなかったが、持って帰るのもめんどくせえもんだから、そこで捨ててもらっちまったよ」

 嫌な予感がした僕は慌てて自分の部屋の本棚を調べる。

 そして……あぁ、予感は当たってしまった。参考書の並んだ本棚の一角に何もない隙間ができている。そこは僕にとって最も大切とも言える一冊の本が埋められていた場所だった。

 その本はかつて僕が幼い頃に誕生日プレゼントとして両親から買ってもらったものだった。与えられる娯楽すべてが新鮮に受け取れる年齢のただ中にあった僕は、本の小口に指の跡が残るぐらい繰り返し読んだ。そしてその本を読まなくなった後、僕はその本の裏表紙ウラに一枚の写真を隠していた。

 それは僕が小学一年生の時に運動会で撮られたもので、最後の家族写真でもある。僕が通っていた学校には家族揃って参加するリレー競技があって、その時に付き合いのあった近所の人に撮ってもらったものだ。

 今では見る影もないが、かつては家族が確かにあったことを示すその写真は、今でも僕に家族を信じさせる唯一の希望だった。どれだけ親父が怒鳴ろうと、どれだけ母さんが悲しい顔をしようと、いつの日かまたこの写真の中にいる顔と同じ表情を浮かべられる日が来るんじゃないかって。

 しかし、その希望はもはや打ち捨てられてしまった。そう理解してしまった瞬間、怒りがはけ口を求めて沸々と湧きあがる。

 冷静になろうと意識していても抑えられなくて、怒りはあっという間に理性を破って口から吐き出てしまった。

 振り返ってみれば親父と本気で喧嘩をしたのは後にも先にもこの時だけだったな。

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