終身善人刑

音松戸

プロローグ[1]

 白を基調とした無機質な空間に僕は立ち続けている。裁判が始まってからかれこれ3時間ほどは経過しただろうか。

「するとあなたは錯乱状態の母親をなだめようとしたものの、それが逆効果となってしまい、さらに慌てた母親は転倒、その結果不運にも死なせてしまったと」

 手前にあるマイクから発せられる事実確認に対し、今日何度目かも分からない肯定の言葉を発する。

「はい」

「あなたには一切の殺意がなかったのですね?」

「はい」

「ですが調書によれば、事故直前に言い争う声が聞こえていたとあります。あなたが理性を抑えようとせず、脅迫的な態度を取ったことが事故の原因とも考えられますが、何か述べたいことはありますか?」

「はい……いつもと違う態度の母さんに僕は苛立ってしまい、声を荒げたことでパニックに陥らせてしまったのだと思います」

「調書にも同じことが書いてありますね。それでは、これまで私が確認した内容に間違いはないということでよろしいですね?」

「はい」

「それでは以上で審問を終わります」

 曇りガラスの向こうにいる人物からそう告げられてホッとしたのも束の間、再び問いかけられる。

「最後に、もしも被害者であるあなたのお母さんに言葉を伝えられるとしたら何を伝えますか?」

 先ほどまでとは打って変わり、随分と個人の内面に触れる質問だ。

 ただの事実確認であれば淡々と答えられたのだが、今の精神状態では上手く答えることができない。

 やや沈黙を置いてから、何とか言葉を吐き出す。

「すみません、今はまだ何も思い浮かびません。ただ申し訳ないことをしたなという気持ちはあるのですが、上手く言葉にまとめられません」

 目の前のカメラが僕の顔をジロジロと観察するように映している。今の質問にはどういう意図があったのだろうか?

「なるほど分かりました。長い間お疲れさまでした。これから私たちの考え出す判決が貴方にとって良いものであることを願っています」

 サラサラとモノを書くような音が微かに聞こえている。こちらから見ることはできないが、おそらく僕の犯した罪に対する判決の判断材料としてメモを取っているのだろう。

 やっと終わったかと思うと疲れがドッと押し寄せてきた。睡眠時間が足りていないわけではないのだが、常に寝不足のような感覚がここのところ続いている。裁判というのはどうしてこうも時間がかかるものなのだろうか。

 今まで裁判とは無縁の生活をしてきたものだから特に意識することもなかったが、この国の裁判制度は他の国のそれと比べてかなり異質なものらしい。

 世界の中でもこの国の犯罪率はトップクラスに低いし、僕自身この裁判方式を変えるべきだとは思ってないが、椅子の一つぐらい用意してくれたってよいのではないだろうか。

 公正な判断を下すために賢い人たちが多くの時間をかけて、様々な視点からここにいる被告・小松こまつ穂垂ほたる、つまり僕の処遇をどうすべきか考えてくれていることは理解している。しかし、僕にはそこまで意味が分かっていたとしても有難みが一切感じられないし、関心を向けるということもできない。それが自分の今後に関わる話であったとしてもだ。

 この国の裁判史には僕と似たような事例が山ほどあったはずだろう。そこから判決の相場なんて導き出して機械的に罰を決めればいいじゃないか。僕はもう疲れているのだ。

 そうこう考えているうちに、僕の目の焦点はどこでもない空間に向けられたまま、意識は過去を巡りだした――

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