第6話 ー 裂け目の選択
袋の膨張は止まらない。
祠の床板が軋み、壁がしなるたびに、水の鼓動が響く。
それは町全体の血管を伝っているかのように、遠くの家々にまで届いていた。
遼は汗に濡れた手で、影と繋がった水袋を睨んだ。
その中の「もうひとりの遼」は、変わらぬ穏やかな笑みを浮かべている。
――もしここで抗えば、町を守れるかもしれない。
だが抗うことで、さらに水袋が膨らみ、自分を引き裂くのではないかという恐怖もあった。
嶋崎老人は、荒い息の合間に言葉を絞り出した。
「袋は、拒絶にも悦ぶ。……だが、迎え入れれば、すべてが終わる。
お前が踏み出す一歩で、この町の運命が決まるんだ……!」
遼は思わず叫んだ。
「俺が選んでいいんですか! 町の未来を!」
老人は答えず、ただ目を閉じ、額から血混じりの汗を垂らした。
そのとき、町じゅうに「水籠めの鐘」の音が連続して響き渡った。
何者かが繰り返し鐘を打ち鳴らしているのだ。
低く震える音は、袋の鼓動とぶつかり合い、しばし拮抗を生んだ。
遼の耳に、水袋の囁きが再び流れ込む。
「ここへ……おいで……安らぎがある……誰も責めない……」
「拒むなら……血を啜る……この町ごと、ひと息で呑み込む……」
袋は、優しさと脅しの両方を同時に囁いていた。
遼の影が揺れ、足が一歩、袋の縁へと近づいた。
その瞬間、袋の表面に裂け目が走り、中から無数の「顔」が押し寄せるように現れた。
笑う顔、泣く顔、怒る顔――それらすべてが遼自身の変化形だった。
「俺は……」
声が震える。
祠の外で、風が荒れ、雨が叩きつけるように降り出した。
町そのものが袋に呑まれる前に、決断の時が迫っていた。
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