第2話 ー 溶ける声

潮見町に広がる奇妙な噂は、すぐに現実の恐怖へと変わった。

三丁目に住む主婦が、庭の水甕を覗き込んだまま行方不明になったのだ。

家族が探しに出ると、甕の中には衣服の布片が漂い、やわらかく膨らむ泡が残っていた。

まるで甕そのものが巾着となり、彼女を抱き締めていたかのように。


町の者たちは口をそろえて「水巾着に呑まれた」と囁いた。

井戸や甕、川の淀み――水が袋のように膨らみ、人を一人呑んでは形を保ち続ける。

翌朝には水面が静まり返り、痕跡だけが残るのだという。


遼は再び井戸へ向かった。

昼間の光の下で覗き込んだその水は、やはり澄んでいて美しかった。

しかし彼の視線の奥から、別の眼差しが返ってくる。

それは遼の顔を模した「もうひとりの遼」であり、袋の奥から必死にこちらを引き寄せようとしていた。


「助けてくれ」と口が動いた。

けれど声は水に吸われ、溶け、泡となっては消える。


遼は足を震わせながらも、目を逸らせなかった。

そのとき背後から老人の声が響いた。


「見ちまったんだな。お前も、もう遅い。」


振り向くと、町に長く住むという古老・嶋崎が立っていた。

皺だらけの眼差しには、恐怖ではなく諦めが映っていた。


「水巾着は、ただの怪異じゃねぇ。町そのものが袋になっちまってるんだ。」


遼の背筋を、冷たい水が滴り落ちるような悪寒が走った。

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