最終話

夜の霧が晴れることはなかった。


霧隠村はすでに静まり返り、戸口の灯も消えていた。

だが静寂の中で、祠の周りだけがざわめいていた。


羊歯の葉が重なり合い、村の広場いっぱいに「舞台」が築かれていた。


円形の舞台。

その上に、無数の羊歯傀儡が立ち並ぶ。

ぎこちない足取りで歩き、首を傾け、腕を持ち上げ、見えぬ糸に操られるように舞っていた。


その中に、榊原倫太郎の姿もあった。

かつて巡査であったはずの彼は、今や羊歯の葉で覆われ、骨を芯にした傀儡となっていた。

だが瞳の奥に、まだ人の意志が微かに揺れていた。


「俺は……人間か……それとも……」


言葉を発しようとしても、口から漏れるのは葉擦れの音だけだった。

それは風に混じり、やがて他の傀儡たちと一つの合奏になった。


舞台を囲む村人たちも、やがて立ち上がり、傀儡と同じように舞い始めた。

人と傀儡の動きは重なり合い、区別は消えていった。


「傀儡を鎮めよ」

「傀儡に従え」

「傀儡と舞え」


相反する声が一斉に響き、やがて一つの囁きに変わった。


──皆、糸に結ばれている。


その瞬間、村全体が震えた。

家々の柱は羊歯に飲み込まれ、屋根は葉に覆われ、村そのものが巨大な傀儡となって動き出した。

地面の羊歯が脚になり、祠が胸になり、村の人々が顔になった。


霧隠村は「羊歯傀儡」そのものになったのだ。


夜明けは訪れなかった。

霧と葉擦れの音だけが残り、森も村も、人も傀儡も、ひとつの舞台の上で踊り続けた。

それは終わらぬ舞。

誰のためでもなく、誰が操っているのかもわからない。


ただ風が吹くたびに、声が重なって響いた。


──操る者も、操られる者も、同じ傀儡。


こうして霧隠村は地図から消えた。


残ったのは深い森と、風に揺れる羊歯の音だけ。

それは祈りのようであり、嘲笑のようであり、

そしてどこかで、まだ倫太郎の声のようでもあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

羊歯傀儡 蓬戸 功 @SOgroove

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ