第4話

巨きな羊歯傀儡が、森の胎から歩み出てきた。

胸の骨は人骨で組まれ、歩くたびにカタカタと鳴った。

その音が、心臓の鼓動に似ていた。


榊原倫太郎は銃口を向けた。

汗が滴り、指は震えている。

「……撃てば、終わるのか」

しかし葉擦れのざわめきが答える。

──撃っても、風は止まらない。


足首に絡む羊歯の葉が、さらに強く締まる。

操られる身体が勝手に膝を曲げ、頭を垂れようとする。

「従え。骨を差し出せ」

声が耳元で囁く。

だがそれは誰の声でもなく、自分自身の思考の裏から響いていた。


倫太郎は必死に抗った。


「俺は……まだ人間だ……!」


引き金に力を込める。


パンッ、と銃声が森を裂いた。

光が走り、弾丸は巨きな傀儡の胸を撃ち抜いた。


骨が砕ける音が響いた。

しかし倒れはしなかった。

代わりに、森全体がざわめき、無数の羊歯傀儡が立ち上がった。

砕けた骨を補うように、別の人骨が根からせり出して傀儡の胸へはまり込む。

倒すどころか、より強く、より大きくなっていた。


「撃てば撃つほど、森は喰らう……」

倫太郎は愕然とした。

拳銃を握る手が痺れ、次の瞬間、銃そのものが羊歯に絡まれて飲み込まれた。


「抗うも従うも、同じこと」

お篠婆の声が森全体から響いた。

「人は皆、操られる傀儡。だが気づいた者は、笑って歩ける」


巨きな傀儡の顔が倫太郎に近づく。

それは顔のない顔、ただ葉が組み合わさってできた輪郭。

だがそこに、倫太郎自身の表情が浮かび始めていた。


「……俺が、傀儡に……?」


言葉は声にならず、森のざわめきに吸い込まれた。


霧が深まり、森と倫太郎と傀儡は境を失った。

銃声の余韻は消え、残るのは葉擦れの音だけ。

それは風の音であり、祈りであり、誰かの笑い声にも聞こえた。


──こうして、選ばれぬ選択は終わった。

倫太郎の姿は森の影に溶け、ただ新たな羊歯傀儡が一体、夜の中に立ち上がった。

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