第8話 嫉妬の芽生え

幸せな時間は、永遠には続かなかった。そのことに気づいたのは、中学二年の秋、市の絵画コンクールの結果が発表された時だった。


私とユカリは、二人で夏休みをかけて描いた自信作を応募していた。結果が張り出された廊下は、たくさんの生徒でごった返している。人混みが苦手な私を、ユカリが「大丈夫だよ」と手を引いて、掲示板の前まで連れて行ってくれた。


金賞の欄に、私の名前があった。


一瞬、何が起こったのか分からなかった。周りから「おめでとう!」という声が聞こえる。ユカリも、「やったじゃん、ハルちゃん!すごい!」と私の肩を叩いて、満面の笑みで祝福してくれた。彼女の周りには、友達の受賞を喜ぶ、温かい金色の粒子が確かに舞っていた。


けれど、その金色の光の、さらに奥。彼女の心の、もっと深い場所から、別の色が滲み出してくるのを、私は見てしまった。


それは、今まで一度も見たことのない、不快な色だった。


澱んだ沼の底のヘドロのような、どす黒い緑色。それは粘り気を帯びていて、まるで生き物のように、彼女の体からゆらりと立ち上っていた。その粒子が肌に触れると、冷たい粘液がまとわりつくような不快な感触が走り、鼻腔の奥で、腐った水草の匂いがした。その濁った緑色の粒子は、美しい金色や、優しい淡桃色の光を、見る見るうちに侵食し、飲み込んでいく。


「……ユカリ?」


「すごいよ、本当に!自分のことみたいに嬉しい!」


ユカリは笑っている。心から、そう言ってくれているように見えた。けれど、私の目には、彼女の笑顔の裏側で渦巻く、醜い濁流が見えていた。それは、羨望と、悔しさと、そしてほんの少しの憎しみが混じり合った、「嫉妬」の色だった。


その色を見ていると、吐き気がした。絵の具の匂いが、急に鼻をつく腐臭に変わったように感じた。頭がくらくらする。


どうして。どうして、こんな色が見えてしまうんだろう。


ユカリは、きっと自分でも気づいていない。心の奥底に、こんなにも黒くて重たい感情が渦巻いていることなんて。彼女は、私を祝福したいと、心から思っているはずだ。それなのに、私のこの目は、彼女自身さえも気づいていない心の闇を、無遠慮に暴き出してしまう。


感情の色は、人を繋ぐ架け橋になるのだと信じかけていた。けれど、それは間違いだったのかもしれない。見えすぎることは、時に、人の心を土足で踏み荒らすような、残酷な暴力になる。


「ありがとう」


私は、そう言うのが精一杯だった。ユカリの顔を、まともに見ることができなかった。彼女の笑顔の向こう側に見える濁った緑が、私と彼女の間に、決して越えることのできない、冷たくて深い溝を作ってしまった。


この日を境に、私たちの間に漂っていた、あの美しい淡桃色の光が、少しずつ色褪せていくのを、私はただ、無力に見つめていることしかできなかった。

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