初の流浪

要想健琉夫

    

 特急列車が駅に停車していた。駅構内には普段とは違った初々しい旅情と緊張とが満ち満ちていた。路線に駆け寄ったメタリックレッドの色調を閉じ込めていたひのとりは予定通りの時間に車両のドアを開いた。家作健かさくけん相楽怜あいらくれんは初々しい旅情に慄きながらも負けず劣らずこれからの旅への昂りを露わにした。


 八月の中旬の早朝であった。家作健は夏休みが始まってから計画していた友人との旅行へと備えていた。蝉もまだ鳴くことの無いであろう極僅かな勤勉な人々が動き出す時分に、健は旅行に向けてキャリーケースを部屋に広げていた。キャリーケースの中に納まった物たちを見渡しながら、健は今一度キャリーケースの中身を確認していた。

 前日から支度していたキャリーケースの中身の確認を終えると、健はキャリーケースの取っ手に手を掛けた。健はキャリーケースをぶら下げながら部屋を見回して部屋を出た。陽に照らされた暖かくて明るい階段の間を下り、健は階下へと歩いて行った。階下に出てみると明かりが射し込む窓からは蝉たちの鳴き声が聞こえていた。

 窓からの蝉の鳴き声と明かりは居間に溶け込んでいった。健は居間を見回しながらクローゼットの前にキャリーケースを置いて、居間を歩き回った。無意識に分散する健の足取りは終息を知らなかった。窓に駆け寄っては、次に机を横切る。終息を知らない一定のサイクルは幾度も無く長く続いていた。

 居間を歩き回っていると、二階からは父親の声が流れてきた。留まることを知らない健の足取りは増せた旅情からだった。そうして、その旅情を忘れさせるのは切り離せない日常の存在だった。

「もうそろそろ行くか?」

「うん。」

 二階から下りてくる父親を見届けて健は父親と家を出た。駐車場の間をキャリーケースを転がして横断して健はキャリーケースを後部座席の奥側に押し込んだ。キャリーケースが押し込まれて、準備の有無が問われると車が発進した。車は馴染みのある道程を走っていた。道程はいつもよりも短いように感じられた。

 

 最寄り駅に車が停車した。横付けに停まった車から健は父親の見送りの言葉を受け取って車を出た。最寄り駅への僅かな横断歩道を渡ると、健はキャリーケースを転がすのに違和感を覚えながらICカードを翳して改札を潜った。改札を潜ってからの薄暗い1番線の廊下には特別な目新しさを感じず、健はキャリーケースの取っ手を下げて手にぶら下げて階段を上った。

 プラットフォームに出ると、点々と立ち並ぶ人々が見受けられた。健は何か立ち並ぶ人々に親近感を抱きながら人々の間を潜って行った。

 その場で待ち侘びていると、列車は期待に応えて時間通りに停車した。列車とプラットフォームへの僅かな隔たりを乗り越えて、健は車両に乗り込んだ。車内の席は空席が目立っていたが健はキャリーケースを手元に持って空席の間を立ち尽くした。ドア越しの車窓から見える馴染みのある景色はいつもとは異なった景色をしていた。色も趣も何もかもが違って見えていた。――健はその景色から離れたくないと云う叶わない願いを人知れず胸の内に引っ提げていた。

 

 最寄り駅から出発した列車は目的地に停車した。車内からドアが開け放たれると、車内には日頃の残された空気が舞い込んで来た。健は突如夢から醒めた心地がした。

 人々が目覚め始める九時の時分の駅は何かもが同じであったが空気だけが違っていた。憂愁と微かな希望が交差した空気感は白昼には演出することの出来ないものであった。

 人々の中の多くの人々は足下にキャリーケースをそれぞれ寄せていた。健はその人々の中の一つのプラットフォームの席に座り込み、携帯端末を起動した。携帯端末に映し出されたやり取りを行うアプリに健はメッセージを打ち込んでいた。

『こっち着いたわ』

 健は椅子に座り込みながら向こう側のプラットフォームやこちら側のプラットフォームを覗き込んだ。そのシチュエーションでしか生むことの出来ない独特の空気感に健は目を向けていた。嗅覚で匂いを感じ取り、視覚では新しい光景を記録していた。馴染むための情景の記憶を進めていると、健の携帯端末がリュック・サックの中で震えた。健は直ぐにリュック・サックのチャックを引いて携帯端末を取り出して手元に起動した。

『俺も駅に着いたわ』

 相楽怜からのメッセージが舞い込んでくると、健は断続的に続くやり取りを続けた。

『OK』

『もうそろそろ着く?』

『ついま』

『た』

『着いた?』

『うん』

『何処ら辺居るん?』

『何番線いる?』

 健は怜の返信されたメッセージを横目にしながら向こう側のプラットフォームを仰ぎ見た。向こう側には怜が居た。怜は健には馴染みのない緑色のリュック・サックを背負っていた。

 やり取りの一部始終を終えて、怜の元に健が出向いて行った。プラットフォームは1・2番線であった。健と怜は挨拶を交わして席に腰掛けた。談笑に花を咲かせて――持ち合わせて、健は怜との会話の中から活気を生み出した。花を持ち合わせた会話は一度塞き止められて2番線には特急列車ひのとりが停車した。健と怜はお互いの顔を見合わせながらその場の事象を見合わせていた。

「撮れたで」

「良し。なら乗ろか」

「おん。」


 ひのとりが車内へのドアを開け放つと、健はキャリーケースと共にプラットフォームの境界を渡って、怜と共に席が何処かを見合わせた。健と怜は6号車の車両に駆け寄って6号車の中に自分たちの席を発見した。

 健は通路側の3席に着いて、怜は窓側の3席に着いた。怜は旅情の昂りを抱きながら車内を見渡していた。健はそれを横目にしながら荷物棚にキャリーケースを横にして押し込んだ。

 健と怜が旅への旅情の昂りを共有していると、ひのとりのドアが閉じられた。健と怜が列車の車内に居着いて僅か数分で列車は発車した。右側の車窓からの景色は一枚のフィルムが連なるように物理的観点からの景色を流して行っていた。郷土であるが見覚えの無い目新しい景色を列車は発車してから暫く流していた。

 席の肘掛けにはコンセントが設備されており、健も怜もそのコンセントにケーブルを挿し込んでコンセントを使い熟していた。席の前に掛けられたテーブルには特急券や携帯端末を置いて健は車窓側に目をやった。怜は端末から眼を逸らして、車窓側の手すりに肘を置いて車窓からの景色を窺っていた。――車窓からの景色は山脈へと突入していた。怜は旅情の昂りを一度胸の内に鎮めて黄昏ていた。健の耳は気圧の変化によって籠っていた。


 山脈を越えて住宅地を越したひのとりは車窓からの景色をビルディングから地下へと移していた。車内には「次は終点。名古屋です――名古屋です」と言ったアナウンスが告げられていた。健と怜は降りる支度をして健は健でキャリーケースを引いて、二人はひのとりから降り立った。

 健と怜がプラットフォームに降り立つと、二人の上には看板が天井からぶら下がっていた。と書かれた看板を健と怜は見上げた。健は怜と名古屋に到着した旨の会話を交わし合い、自分の端末に看板を写真として収めた。

 健と怜は5番線のプラットフォームを後にして、階段を上がり切って改札を潜った。改札の端末にICカードを翳してみると、一瞬にして二千円から三千円辺りの残高が消え失せた。

「一瞬にして金が消え去ったな……。」

「やな」

「取り敢えずに向かうか」

「そうやな。調べるわ」

「ありがとう。」

 怜が携帯端末を取り出して、携帯端末に映像を映し出した。――健と怜は広々とした名古屋駅を暫く彷徨った末に無事うまいもん通りを見つけることが出来た。

 暖色に照らし出されたうまいもん通りを渡り歩いて、二人は漸く目的の物を見つけ出すことに成功した。健と怜はに入店した。入店すると直ぐに健にはキャリーケースを置くことが勧められた。健は有難い思いでキャリーケースを其処に置いて、店員の指示に従って怜と共に席に着いた。健と怜はメニュー表を見合わせて数分で注文する物を決めた。

「俺はエビフライ定食――にしよかな」

「怜はどうする?」

「うーん。どうしよかなー」

「――俺もそれにしよかな」

「オッケー」

「なら注文するか……口頭よな?」

「うん。そうやろ」

「よし、ならするわ」

「すいませーん!」

「――どこ向いて注文してんの……?」

「え? ああそういうな」

 怜は健が明後日の方向を向いて、注文をしていることを指摘した。――無事注文を熟して、エビフライ定食が二人の机の元に届けられた。健はエビフライ定食の写真と怜が腕を広げる写真を携帯端末に収めてから定食に手を掛けた。

 定食の内容は白米に水雲の漬物、たくあん、エビフライに野菜を添えた物、タルタルソース、味噌汁であった。水雲とたくあんを怜は健の方に寄せた。健と怜は名古屋旅行でを楽しもうと計画していた。これもその一環であった。

 健と怜は定食を平らげた後に店を出て、キャリーケースを取りにもう一度店に戻った。


 多少の観光を炎天下の蒸暑い中に熟して、健と怜は三日間滞在するホテルへと辿り着いていた。怜がチェックインの手続きを熟して、健は怜の背を追ってエレベーターに乗り込んだ。怜は旅行の一日目にして最も昂っている様子であった。健もその昂りにおされてホテルの部屋が楽しみになっていた。

「十階やで! 十階!」

「俺らセレブやん!」

「やな!」

 エレベーターが開かれると上品な廊下が左右に伸びていた。健は怜の後を付いていき怜が1014室の扉を開けるのを眺めていた。部屋の扉が開け放たれると、怜が早速部屋に脚を踏み入れた。次に感嘆の声を漏らした。健も怜を追って部屋に入り込んで二人して感嘆の声を上げた。

「すげぇ!」

「すげぇー!」

「ここに泊まれるんの俺ら?!」

「最高やな!」

「そういや、電気どうやって付けんの?」

「どうやってやろ……」

「ああ! こういうことね!」

「どうした!?」

「ここにこうやって挿すんや……!」

 健は入口の差し込み口に渡された自分の鍵を挿し込んだ。すると部屋には灯りが灯された。怜は理解したように頷いてから部屋を見回して、感嘆の声をこれでもかと言うほどに漏らしていた。健はベッドの前に歩み寄った。

「怜」

「ん?」

「俺。飛び込むわ」

 健は次の瞬間ベッドに飛び込んだ。ベッドに飛び込むと、肌触りの良いシーツの感触を感じ取った。健は立ち上がって微笑した。怜もベッドに飛び込んだ。

「最高やなー!」

「ああ最高やな!」

 部屋の各スペースを見回して荷物を各自置いていくと、怜は健にこう語り掛けた。

「それじゃあ俺銭湯行って来るわ」

「ああ、行ってらっしゃい」

 ホテルには銭湯が完備されていた。怜は部屋を出て銭湯に入って行った。健は一人、旅の趣を噛み締めていた。


 怜が銭湯から出てくると、怜と健はホテルを出て夕飯を食べに行った。ホテルを出て数分間道程を歩いて行くと、二人は目的地の前に辿り着いた。健と怜は店内への扉を開いて、店員からの案内を受けて奥側の席に座った。

 普通の居酒屋に見える店内は健と怜には特別な物だった。健と怜は左側に置かれたメニュー表を手に取って一通り目を通してから呼び出しボタンを押して注文を熟した。健はコカ・コーラと炒飯と手羽先、餃子を注文して、怜は焼き餃子と白米、手羽先を注文した。

 居酒屋の席で今日の旅を振り返っていると、二人の元に注文した品が届いた。健と怜は各々の注文した品を写真に収めて食事に取り掛かった。健は届いた瓶のコカ・コーラを怜の指と共に写真に収めてグラスにコカ・コーラを注ぎ込んだ。

 順々に並べられた食べ物の食事を進めていた。健は手羽先の食べ方を怜に教わりながら外すべき所を外して、骨の髄まで手羽先に噛り付いた。塩辛っい程の胡椒が塗された手羽先を全て平らげて健と怜は会計を終えて店を出た。


 夕飯を終えた健と怜はホテルに戻っていた。ホテルの部屋の窓からの明かりが次第に薄くなっていた。そうして、部屋の灯りは濃くなっていった。健と怜は机の上に置かれた時計を見合わせてお互いこう声を掛け合った。

「もうそろそろ行く? 銭湯?」

「そうやな……行きまっせ」

 怜は手に鍵を持って立ち上がった。それを健は追って行った。部屋を出て二階へのエレベーターに乗り込んだ。と書かれたボタンを押してエレベーターは出発した。エレベーターが目的地に辿り着くと、二人は自主的にエレベーターから降り立った。

 エレベーターを降り立った先には暖色な灯りで満ちた上品なスペースが広がっていた。自販機が立ち並び、腰掛けるためのソファーがあったり、何か調べ物を行うためのパソコンも置かれていた。辺りには優美でいて嗅覚に愉悦を与える香りが漂っていて、健と怜は視覚と嗅覚のサービスを味わった。

 

 渡り廊下を渡り歩くと、開けた場所に出た。健は怜の後ろからの活字を目に通して、怜の後を付いて行って銭湯に入った。脱衣所に入る時に部屋の鍵を翳すと、脱衣所への扉が開け放たれた。健と怜は脱衣所に入ってロッカーの前にやって来た。

 ロッカーに手を掛けてロッカーを開けると、怜がロッカーに付いた鍵を引き抜いた。健と怜は順々に衣服を脱いでいき小さなタオルを手に持って、浴場の入口に向かった。

 浴場の自動ドアが開くと、怜は浴場に脚を踏み入れて、桶に湯を汲んで自分の身体にそれを振掛けた。健はそれを見て、そうするんだなと同じように自分の身体に湯を振掛けた。湯を掛け終わると怜は眼前に広がる浴槽に脚を踏み入れて行った。後を追った健が湯船に浸かってみると、脚から肩までありとあらゆる疲労を受け流す湯船の暖かみが健の身体を包み込んだ。

「はぁー。」

 健は感嘆の声を響かせた。浴場には健の声と留処なく流れ注がれ続ける湯船の音だけが響き渡っていた。全ての疲弊をある程度洗い流した時分、怜が健にこう声を掛けた。

「なあ。サウナ入ろうぜ」

「え? サウナ?」

「いや何か怖いから良いわ」

「いや、入ろうぜー!」

「えー勘弁してくれよ……」

「入ろうぜ! 騙されたと思ってさ!」

「……」

「――判った。入るわ」

「暑いって思ったら直ぐ出るからな……」

「はいはい」

 健は怜の指示を仰いで水風呂から注いだ水にタオルを浸けた。それからそのタオルを手に持ってサウナに通ずる扉を開いた。扉を開けてみて脚を踏み込んでみると、濃縮された猛暑が二人を包んだ。熱気が纏われた室内の視界は悪かった。健と怜は隣り合わせに熱されたベンチに座り込んで小声で話し出した。

「あっついな……これ」

「やろ? ――鼻の息出来んやろ?」

「ああホンマや……」

 健が鼻で呼吸を整えてみると、鼻腔と嗅覚は狂おしい猛暑の中に放り出された。熱気に打たれていると、健の身体には浴場の水滴とは違った水滴が伝っていた。狂おしい猛暑に纏われて健はこの狂おしい猛暑に寧ろ愛おしさを感じていた。

「何か楽しくなって来たわ……」

「楽しいか。それとはまた違った感じがするけどな」

怜は苦笑気味にそう健を嘲笑した。健は熱気に耐えることが出来なくなって来てしまったことを悟って、限界を超えるのを目前にして怜に言葉を投げかけた。

「怜。もう出よか」

「ああ。そうするか」

 火傷をさせるような熱気の中で火傷をさせるような扉の取っ手を握って、健と怜はサウナを出た。怜は悠然に浴場に脚を踏み入れて、水風呂に身体を浸かって行った。健は一瞬間にして決意を抱くと怜のように水風呂に浸かって行った。

 熱された肌に冷えた水風呂の冷水が包み込んできた。健は残った熱気が消え失せるのを刻一刻と理解していると怜の一言にして感覚の一つが消え失せた。

「入ってたらその内冷たく無くなるで」

 数分間が経過した時分に、健と怜は浴槽を出て入口近くの椅子に腰掛けた。僅かに冷えて湿った椅子に腰掛けると浴場の前方が見渡せた。健は満足気に呟いた。

「これが整うってやつか……?」

「うーん、そうやな。ちょっと違うな」

「そうかあ……。」

 健は今自分自身が整っているにしろ、整っていないにしろ、この心地の良い感情の積み重ねに酔い痴れていた。

 そうして刹那にこの時間の永遠を人知れず願った。


 健と怜が銭湯を出てから数時間が経っていた。退屈が立ち込めるホテルの一室で健と怜はそれぞれ自分の携帯端末を弄っていた。そんな退屈に痺れを切らした健と怜はそれぞれ声を上げた。

「暇やなー」

「そうやなー」

「なぁ。」

「ん?」

「ちょっと早いかもやけどカップ麵買いに行かへん?」

「ああ、もう買いに行く?」

 健と怜は今日の旅行中にホテルで夜にカップ麺を食することを約束として交わしていた。深夜に思われた夜食は日付が改まる前に決行された。

「うん。少なくとも俺はもう食べようと思うわ」

「暇やし……」

「――俺もそうしよかな」

「よし、そんじゃあ行こか」

「おん」

 健と怜はその場から立ち上がって、互いに鍵と小銭を手に持って部屋を出た。渡り廊下は静寂で満ちていた。客室からも声が聞こえることは無くて外からの車の走行音も聞こえなかった。健と怜は何事もなく二階に辿り着いて二階にある自販機の内からカップ麺が売られた自販機の前に立った。

 自販機には味噌ラーメンや豚骨ラーメン等のカップ麺が並んでいた。怜は自販機に目を通して品定めを行うと口を開いた。

「俺は味噌ラーメンにしよかな」

「お? 味噌ラーメンね?」

「ええやん」

「んじゃあ……俺は」

「豚骨ラーメンにしよかな」

「あれ? ――これ調整中やん」

 自販機の項目の中には「調整中」の文字が書かれた札が貼ってあったりした。健は大人しく味噌ラーメンに手を伸ばした。

「やっぱ味噌ラーメンにするわ」

「結局味噌か」

 健と怜は自販機から開け放たれた項目の中に手を伸ばしてカップ麵を手に取った。エレベーターを呼び出してエレベーターがやって来た。健と怜はエレベーターに乗り込んで部屋へと舞い戻った。

 部屋の扉が固く閉ざされると、健は机の中から電気ポットを取り出して台に嵌めて、そこに水を注ぎ込んだ。ポットに蓋をして電源を入れて早数分で熱湯が出来上がった。健は怜の開いたカップ麺に熱湯を注ぎ込んで怜にカップ麵を手渡した。

「ありがとう」

 怜は三分間を待ってから完成したカップ麵の食事に入った。フォークに引っ掛けて麵を引き上げて怜は口内に麺を入れた。怜は気付いたように言った。

「うん。美味い」

「お、まじ?」

 怜が次々と麺を掻き込むのを横目に眺めながら、健も完成したカップ麵の食事に入った。引き上げた麺を啜ると、味噌に浸かった麵の小麦と味噌の味わいが調和して口内を纏った。健と怜はあっという間に完食してしまい、ホテルのベッドに眠りに就いた。


 微かな陽射しが部屋に控えめな明かりを照らしていた。眠りから目覚めた健はベットから見慣れない天井を見上げてここが家では無かったことを思い出した。健は枕元にある携帯端末に手を伸ばして時刻を確認した。時刻は七時前。六時の終わり頃だった。健は携帯端末をシーツに置いてベットから起き上がってベットから降り立った。

 薄暗い灯りが無い部屋には快い太陽の陽射しだけが満ちていた。健は窓に掛かるカーテンを横に引いて、ホテルの一室から早朝の往来を仰ぎ見た。窓から見える橋には既に車が行き来していた。健は窓から視線を逸らして、洗面台に駆け寄った。洗面台の鏡に映る自分の顔を洗い流して、健は顔を拭ってから机の上に乱雑に置かれたコップと鍵を手に取って部屋を出た。

 扉が音を立てて閉まると廊下には静寂だけが漂っていた。健は耳を澄ませながら廊下に設備されたウォーターサーバーから注ぎ込まれる水の音だけを聞いていた。

 扉の鍵穴を回して取っ手に手を掛けると扉が開け放たれた。健は扉を慎重に閉めて机の前に座り込んだ。水を口に運んで健は手元に置かれた日記を開いた。日記を開いてシャーペンを走らせようとすると、背後から馴染みのある声が聞こえてきた。

「おはよう――ございます」

「おはよう」


 怜が目を覚ますと健と怜は暫くしてから、ホテルのモーニングを食べに行くことになった。机の上から鍵を手に取ってそれを寝巻きのポケットに入れて健と怜は部屋から出て行った。廊下を僅かな歩幅で跨いで健と怜はエレベーターの中に入った。エレベーターの中には穏やかな曲調の曲が流れており、その音楽は二人の朝に彩りを加えた。

 エレベーターから降りると煌びやかなフロアに出た。健と怜はフロアを横断して、渡り廊下を渡ってダイニングにやって来た。ダイニングには点々と他の人々が席に着いており、健と怜は明かりが射し込む窓側の席に駆け寄ってから朝食を選ぶことにした。

 朝食はバイキング形式であった。怜が朝食を選ぶのを横目にしながら健も朝食を選んでいった。パンには二つのクロワッサンを選び、ゆで卵、ヨーグルト、スープを盆に寄せた。席に着くと健と怜は寝惚け眼を寄せながら昨日のことを振り返った。


 雲間から射し込む陽射しの下を二人は歩いていた。健と怜は一度部屋を出て、本格的に観光を楽しもうとしていた。幾分か道を通り過ぎて、横断歩道を渡って健と怜は地下鉄へと続く階段を下って行った。目新しい景観の入口を下っていくと、二人は地下鉄の駅構内へと入った。健は馴染みのない地下鉄の駅に戸惑いながら、怜と共にICカードを翳してフラップを潜って改札を潜った。

 改札を潜って1番線へと続く階段を下ると、二人はプラットフォームに出た。健と怜はプラットフォームを見回した後に、目的の列車がやって来るまでプラットフォームで過ごすことにした。薄暗い年季の入ったプラットフォームは不思議と過ごし易かった。プラットフォームには健と怜の声色の他に列車が地底から大地を揺れ動かす轟音――その都度に音を響かせるアナウンスの音色だけが響き渡っていた。

 健がそんな薄暗い心地良さに沁沁としているとプラットフォームには目的の列車がやって来た。健と怜は列車に駆け寄って列車に乗り込んだ。


 乗り換えたから次に乗り換えたで名鉄線に乗り換えた。金山までの揺られる時間とは相反して、名鉄線の列車では僅か数分で列車から下車した。プラットフォームに降り立った先は駅だった。4番線の階段を上がって駅構内に出ると健と怜は滔々とICカードを翳して改札を出た。

「こっちやな」

「せやな」

 改札から左の道を歩いて階段を下ると、駅構内の近くには様々な店舗が立ち並んでいた。健と怜は辺りを見回してから様々な店舗に脚を踏み入れて目的の場所まで到着した。

「いらっしゃいませー」

 健と怜は店員の指示に従ってカウンター席に二人して腰掛けた。二人はテーブルに置かれたメニュー表に手を伸ばして暫くそれを凝視した。

「怜。どうする?」

「そうやなー」

「俺は決まったで」

「何にするん?」

「味噌煮込みうどんの――この海老天のやつと……」

「味噌串かつかな」

「なるほどな」

「そうやな。俺は……」

「この角煮のやつとご飯にしよかな」

「オッケー。そんじゃあ注文するか」

「せやね」

健と怜は店員を呼んで店員に注文を述べた。店員は注文を確認すると、健たちの元から離れて眼前に広がる厨房へと駆け寄って行った。

 暫くすると、健と怜の机には泡立った灼熱の土鍋が置かれていた。健と怜は店員の指示を聞いてお互いに目配せをして合掌した。――健と怜は箸に手を掛けて、土鍋の蓋をそっと開けた。開いた土鍋からは熱気に満ちた蒸気が立ち込めて、土鍋には泡が立っていた。健は店員に聞いた食べ方を実践して見せて、土鍋から味噌に浸かったうどんを引き上げてそれを土鍋の蓋に置いてうどんを啜った。

 健がうどんを口にすると健の口内にはうどんの飾り気の無い味わいと、煮込まれた味噌の旨味が広がっていった。健は完璧な味の調和に唸りながらうどんを口にする手を止めなかった。うどんを何遍も掬い上げて、それを何度も啜っていくと土鍋にはスープしか残っていなかった。健は満足気に微笑しながら少し味気無さそうに口にした。

「ふぅー。食った食った」

「もう無くなっちまった」

「――要る?」

「おっ! まじ!」

「貰っても良いん?」

「ええよ」

 健は怜の土鍋からうどんを自分の土鍋の蓋に引き上げて、次々とうどんを口にしていった。そんな中怜は思い出したように呟いた。

「今日焼き肉やしな。少しは残しときたかってん」

「え? ――あ、そうやった」


 昼食への精算を済ませた健と怜は神宮前から離れて横断歩道を渡っていた。横断歩道の先には目的地の熱田神宮への道が広がっており、健と怜はそちら側に歩み寄って行った。横断歩道を渡って道程に脚を踏み入れて脚を進めた。暫く脚を進めていると健と怜の前には本宮のような建物が建っていた。

「おお。凄いな!」

「そうやな」

「ああ。本殿では無いんや……」

「え? そうなん?」

「うん」

その建物の名前は神楽殿と云う名であった。怜は神楽殿をまじまじと眺めて健に語り掛けた。

「なあ! 写真撮ってよ!」

「ああ。ええよ」

健は手渡された怜の携帯端末で怜を収めて、満面の笑みで微笑んでピースサインをする怜を写真に収めた。

 神楽殿と怜との写真を収めて二人はそのまま左に進んで本殿にへと向かった。授与所を横切って右に向き合ってみると、そこには厳かでいて尚且つ静かな美しさを漂わせていた熱田神宮の本殿が佇んでいた。健と怜は本宮のスケールに眼をやりながら本殿への階段を上って賽銭箱に駆け寄った。健と怜はそれぞれバックの財布から小銭を取り出してそれを賽銭箱に投げ入れた。そうして二礼二拍手一礼の所作を順当に熟して願いを願った。本殿を背にして健は怜に言葉を投げ掛けた。

「何願った?」

「秘密。」

「そうか。俺は旅がちゃんと終わるように願ったわ」

「なるほどな」

「――いやさ……願い事って言ったら叶わんやん?」

「ああ。そうか」

「ん? ――ちょっと待てよ」

「それやったら俺らの旅無事終われんやん!」

「あ。ホンマや」

怜は苦笑して健も同じように苦笑した。

 本宮での参拝を終えた健と怜は本宮からまでを歩くことにした。並木道の下を砂利の道を暫く歩んでいると、健と怜はいつの間にかこころの小径に脚を踏み入れていた。こころの小径と思われる道中にはしめ縄が撒かれた大樹が伸びており怜はそれに眼をやって眼を輝かせていた。

 御神木となる大楠の木のその大樹の前で怜は健にこう語り掛けた。

「なぁ。写真撮ってよ」

「ええよ」

健は怜から携帯端末を手渡されて、厳かな大楠の木の前で微笑を振り撒いた怜を写真に収めた。怜の写真が携帯端末に収められると怜は続けて話した。

「凄い木やな」

「そうやな」

 こころの小径を歩いて抜けると、健と怜は本宮から授与所に舞い戻っていた。授与所に並ぶ品を見定めながら怜は健に言葉を投げ掛けた。

「なあ」

「ん? どうした?」

「失恋に効くお守りとか無いかな?」

「え? 振られたん?」

健は苦笑しながら怜に問い掛けた。怜は苦笑しながら応えた。

「違う違う。俺じゃなくてな――」

「最近俺の友達が振られたらしいから煽りの意味も込めて欲しいなーって」

「ああ。なるほどな」

はよく有るけど……失恋のお守りは見たこと無いなあ」

「あーやっぱり無いか」

「やな」

「うーん。どうしよ」

「――のやつでも買おうかな。」

「おお。ええやん」

「そうしいよ」

「よし。そうするか」

 怜はお守りを購入して満足気に境内を引き返していた。健と怜は熱田神宮を後にした。


 熱田神宮を後にした健と怜は金山に戻ってから、列車を乗り換えて駅に辿り着いていた。健と怜は列車から下車して、名古屋城駅を上がって地上に出ていた。地上を出た先にはが広がっていて食べ歩きの出来る金シャチ横丁を健と怜は横切り始めた。

 燦燦と輝き燃え盛る陽射しが道中に射していた。健と怜は温かい陽射しに目もくれずに金シャチ横丁の店を順番に眼に入れていた。そこで二人には或店が眼に入っていた。健と怜はお互いに眼を見合わせてその店に駆け寄った。健と怜はこの店で一服することに相成った。

 注文通りの品が机に並べられていた。健の前にはソフトクリームと怜の前にはクリームソーダが並べられていた。怜は眼前に並べられたクリームソーダを端末に写真として収めて――それを眺めながら健はソフトクリームに舌を絡ませた。ソフトクリームのクリームには金平糖のような物が彩られており純白の色調には色が付け加えられていた。

 ソフトクリームとクリームソーダを平らげた、健と怜は金シャチ横丁を抜けて名古屋城に立ち入るための受け付けの前に立ち尽くしていた。健と怜は入場券の値段に眼をやった。値段は五百円。二人の旅行には必要な出費であった。

「五百円かぁー」

「……」

「俺出すわ」

「ええ? 良いん?」

「うん。どうせやし見に行こうぜ。」

 健は怜を後ろに控えさせながら受け付けに千円札を手渡して門を潜って城への道を辿り出した。熱田神宮でも見た砂利の道を辿っていくと、健と怜の視界には青空の大空に緑の屋根と金の鯱が浮かんでいるのが見えた。

「おお! あれや!」

「おお……凄いな。」

 健と怜とは何遍も隔てた丈の高さの名古屋城は輝いていた。青空からは燃やすだけでは無い陽光が純白の雲間から射していた。健と怜は名古屋城を見上げながら、それぞれで携帯端末を取り出してそれを写真に収めた。健と怜の間には写真には写らない達成感と探求心とが漂っていた。


 太陽は既にこの大地の地平線に隠されていた。見慣れない夜道と見慣れない明るい街並みに眼を向けながら健と怜は宿泊先のホテルへの帰り道を辿っていた。健と怜は名古屋城でお土産を買ってからホテルに戻ってそこから焼き肉を食べに行っていた。

 見事に注文した食事たちを全て平らげてしまった、二人には相応の圧迫感が齎されていた。中でも怜は健とは相俟って満腹感による腹痛に苦しんでいた。健と怜は足早に帰り道を辿りながら、それでいて目新しい夜道と街並みを楽しんでいた。未だに薄暗い街並みには尚車が道路を走っていた。健と怜は高校生活について振り返りながら帰り道を足早に急いだ。


 部屋に舞い戻ってみると部屋には静寂だけが横たわっていた。健と怜はそれぞれ自分のやりたいことをやりながら、何処か部屋の居心地の悪さを噛み締めていた。旅行の疲労からか次第に二人の口数は少なくなって語調は明らかに淀んでいた。

「作業しいひんの?」

 怜の何気ない一言を耳に入れると、健は怜の些細な願いを了解した。共に旅を共にする二人にも一人の時間は重要であった。健はそのような勝手な解釈を施して机上に置かれた自分の鍵を持って玄関に駆け寄った。

「俺。ちょっと作業して来るわ」

「おお! そうか!」

「いってらー」

怜の語調が明るくなった。健は鍵を手に持って部屋から自らを締め出した。健はやむを得ぬ退室に不信感を募らせながら、その一切を了解して十階の廊下から姿を晦ませた。

 作業に終わりがやって来ると健は十階の部屋に舞い戻って行った。鍵穴に鍵を挿し込み捻り扉を開け放つと少ししかベッドが見えない死角から怜が顔を出した。

「おお。作業終わったか……」

「どう? 作業進んだ?」

さっきとは打って変わったテンションに健は安心と寂寥感とを並列して数えて、怜の問い掛けに応えながらベッドに沈み込んだ。怜の携帯端末からは馴染みのある声が聞こえていた。健は穏やかな孤独の中で眠りに就いた。


 薄暗い部屋には陽光が出ていた。健はベッドから微かに窓から漏れ出す陽光を確認して、枕元に置かれた自分の携帯端末に手を伸ばした。携帯端末で時間を確認した。時刻は八時過ぎであった。健はチェックアウトが十時だったことを思い出して、それを危惧しながらベッドから降り立った。

 怜はまだ眠っていた。健は怜を起こさないようにしながら忍び足で朝のルーティンを熟した。朝のルーティンを熟して、健は直ぐに出れるように身支度を整えながら昨日の作業の続きに取り組むように努めていた。口に水を運んでコップを机に置くとその音に気付いた怜が眼を開けた。

「おはよう」

「おはよう、起きててんな」

「ああ。何かすごいコップ置く音聞こえたからな」

「なるほどね」

 隠された陽射しが明かされていた。開け放たれたカーテンからは陽射しが射し込んでいた。健と怜は荷造りを終えてベッドに座り込んだまま名残惜しそうに部屋を眺めていた。

「怜。最後に写真撮ろうぜ」

「せやな」

 健と怜は携帯端末のカメラに眼を覗かせてそれぞれハンドサインを作って部屋と自分たちを写真に収めた。健と怜は荷物を持って、引きながら最後に部屋に目をやり、部屋を出た。


 昨日とは何一つ変わらない地下鉄のプラットフォームであった。健はキャリーケースを引きながら怜の前を歩いていた。地上から地下へと潜り込んでいき健と怜は3番線のプラットフォームに到着した。怜と健の間には何も会話が出てこなく溜息を吐いた怜にこう語り掛けた。

「はよ帰りたい」

「そんなこと言うなよ……」

「ホンマに帰りたいねん。ホームシックってやつやな」

「それなら初日にはなってたやろ」

「……」

怜と健の二人には居心地の悪い空気が立ち込めていた。

 健がコインロッカーにキャリーケースを預けて――健と怜は地上に出た。健と怜の居心地の悪い空気を嗤うように太陽は相も変わらず希望の光を生み出していた。健と怜は小言を言い合いながら、僅か数分で名古屋旅行最後の目的地にへと到着した。

 開けた空間には大須観音があった。石畳と砂利の道中には鳩たちが群がっていた。健と怜は着いたことを確認し合いながら本殿に隣接する普門殿に入っていった。僅かな灯りと蝋燭で灯された普門殿には干支に準えた様々な仏尊が佇んでいた。健と怜は普門殿の中を見渡して歩いてから虚空蔵菩薩に駆け寄った。

「俺は寅年やから――このやな」

「いや。俺も一緒やで」

「え?」

「丑も寅も一緒みたいやで」

「ホンマや」


 大須観音にて参拝を終えた二人は大須商店街を闊歩していた。目を引く店が続いていく商店街にて、健と怜は腹拵えをすることに相成った。健と怜は「矢場とん」と云う店に立ち寄った。

 健と怜が席を着いてお互いメニューを見合わせていた。二人の間には決して穏やかでは無い空気が流れていた。健と怜が話を進める中で健は怜の口にした気掛かりな発言に眼を付けた。

「俺だって好きでこんなテンションでやってる訳や無いんやで……。」

「……」

二人には最早修復不可能な空気が流れていた。健と怜は食事を済ませて店を出た。

 「矢場とん」で食事を済ませた健と怜はその空気に馴染まないカラオケに来ていた。――健の一方的な欲望が爆発して、怜は泣く泣くカラオケに連れてかれていた。健の居心地を悪くさせる不機嫌な態度は何処かに消え去って、健は怜の眼の前で怜の思惑をも気にせずに歌っていた。

「怜。」

「何?」

「今更――名古屋に来てまで何やってんのやろって」

「思ってもうたわ」

「はあ……お前なあ……」


 一日の半分が終わっていた。カラオケを終えた健と怜はカラオケを出て、名古屋旅行最後のオオトリ――名古屋メシひつまぶしを食べに一度神宮前へと戻って来ていた。しかし、健と怜の望みも虚しく名古屋旅行最後のオオトリひつまぶしは店舗の定休日と云う望まれない形で健と怜の眼中から消え去った。ひつまぶしを食することが出来なかった健と怜はばつの悪い心持をお互いに抱きながら神宮前から名鉄名古屋駅へと向かって行った。

 名鉄名古屋へと向かう列車の車両には多くの人々が乗り合わせていた。――必然的に健と怜は立たされると云う形に相成った。車窓からは未だに見慣れていない名古屋市の景色が流れ続けていた。健と怜は断続的に雑談をしながら景色に目をやったりしていた。

 車内に目的地のアナウンスが告げられると、健と怜は下車する支度をした。健は怜と雑談をする合間にふと車窓に目をやった。車窓には数々のビルディングとビルディングに照り付ける斜陽が見えていた。健は未だに見慣れない夕景色に其処は彼とない旅情を寄せていた。そうして、健の右側に佇む怜を見て旅の終焉を感じ取っていた。


 帰りのひのとりの発車時刻が刻一刻と迫っていた。健と怜は足早に列車を下車して、近鉄線のプラットフォームへと向かっていた。名古屋駅の難解な構内を歩いていき健と怜は無事に近鉄線のプラットフォームの改札前に辿り着いていた。しかし、突如怜が健にこう言い放った。

「俺。お土産買ってくるわ!」

 怜は発車時刻数分前を目前にして改札付近を離れて行った。怜の後ろ姿を見送った健の胸の内は尋常では無かった。改札の前に立たされて健は唯一の旅行を共にする友人を見失った。唯一の拠り所を見失った健にはその場で立ち尽くすことしか残されていなかった。健は何時かに読了した『走れメロス』の一節を不意に思い出していた。

 雑踏が数を増やし始めていた。健は尋常ではない自分の胸騒ぎを感じ取りながら辺りを見渡していた。――不意に右側の順路に目をやった。怜が居た。怜が袋を下げて雑踏を掻き分けながら健の元に向かっていた。健の胸騒ぎが瞬く間に終息していった。健と怜の二人は改札を越えてひのとりに乗り込んだ。


 ひのとりが最寄り駅に再び停車した。車窓から流れる夜景を全て眺め終えた健は怜とひのとりを下車した。見慣れていたプラットフォームで下車した健と怜は車内でしていた旅行を振り返る話に未だに花を持ち合わせていた。

 プラットフォームを横断した、健と怜は連絡通路を渡り歩いて6番線へとやって来ていた。6番線のプラットフォームには既に列車が停まっていた。健と怜はお互いに別れを切り出した。名残惜しい別れに健は旅情の終わりと郷愁の始まりを感じ取っていた。怜がリュック・サックを背負って列車に乗り込んでいた。列車は遂にこの場所を発つことになった。列車のドアが固く閉ざされた。健は名残惜しい別れに侘しさを感じ取っていた。しかし、それと同様に健は今も続いてる愉悦の存在を噛み締めていた。侘しくもあり物悲しい別れでもあるが、健は最後に怜と交わした言葉を胸の内で反復していた。

「最高の旅やったわ。また行こな!」

「うん。また行こうぜ」

 最寄り駅の夜空は何処までも奥行きのあるように窺えた。

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初の流浪 要想健琉夫 @YOUSOU_KERUO

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