前署長の音声記録2(文字起こし)
そしたら、サトウさん、ちょっと声が落ち着いてきて、それでもまだ、オレをにらんだままで言ってきたんだわ。「署長がおっしゃっている意味が、分かりません。それは、課長の指示に従ったものなんで。」ってな。ああ、もうだいぶ前のことだからさ、会話の内容は覚えてる限りになるから、正確じゃあないかもしれねえ。まあそんな感じ、ってのでとらえといてくれや。
でさ、困るよなあ、ほんと、そういうの。絶対に、自分からは言いません、でもそれでオレが何も言わなかったら、またすげー怒ってきそうじゃん?つまり、オレに何か、言わせようとしてるわけよ。だから私を呼んだんでしょ?呼びつけといて、このまま通すわ、とかはないでしょ?って感じだわな。ほんと困る。
しょうがねえから、オレもゆっくりと懇願するような感じでさ、言っていったわけよ。なーんで署長のオレが、若い女の子……じゃなかった、じょせ……いや、入ったばっかの署員になあ、ってのは思ったけどな。
「これ、真犯人は違う、このおっさんじゃない、ってお前さんも思ってんだろ?どーすんだよ、えん罪だろ?おっさん本人が、私が犯人です、って言ってるにしてもよ。だからさ、どうしたいんだよ?」
そしたら、サトウさんも少し視線が柔らかくなってきてな。
「署長のご指摘のとおり、そのおっさん……いえ、その男性は、犯人ではありません。おそらく、というか間違いなく、その交際相手の女性の連れ後の女子中学生が、犯人です。そんなの、誰が見たって分かります。彼は犯人じゃないのに自分がやったって言ってかばっていて、かばうからにはそれなりの関係のある人じゃないとかばいませんし、交際女性もかなりの長身、少なくとも170cmほどの身長はあるようですから、普通はそんな小さな自転車を盗みません。だから、真犯人はその女子中学生です。でも、課長もほかの人たちも、もうこれで終わらせろって、その子を参考人として呼ぶことさえ、許してくれません。なのに、私にどうしろって言うんですか!」
今も当然そうだけどよ、特に女性の署員が署長室へ入るときは、ドアを開けっぱなしにしとくだろ?なあ、ほんと、めんどくせえ世の中だよ。だからさ、サトウさんもさ、ドア開いてるのに、さっきの長ゼリフ、最後の方はもう、叫ぶような大声を出すからよ、もうオレもドキドキよ。署長になったばっかで、さっそくなんかやらかした?って、ほかの署員に思われたくねえし。まあ、ドアを閉めてたら、なお一層、やべえからな。開けとくしかねえんだが。
とにかく、だ。この事件を何とかするのももちろんだが、まずは目の前の彼女を、何とかしなきゃなんねえ。かといって、課長が決めた方針を、署長のオレが全部ひっくり返す、ってのもやっぱできねえ。組織、で動くからな、警察ってとこは。そういうの、警察に限らねえのかもしれねえけどよ。だから、オレは考えたよ。すごくな。
「でもよ、その子、推薦で進学控えてんだろ?どうすんだよ、その辺もうまく、何とかする見立て、お前さんになんかあんの?」
そしたらさ、サトウさん、体が小刻みに震えだしてな。動揺、したんだろな。いつもみたいにキレイな顔が……なに?キレイとか、そういうのダメだって?マジかよ。誉め言葉だぞ!?じゃあ、なんて言やあ……そうか、キリっとした、表情!これならいいだろ?で、そのいつものキリっとした表情も、崩れてきててな。真実を明らかにすることは大事。だけどそれで、子供の将来をつぶすかも、って、それをしていいのか?ってことだわな。警察の仕事ってさ、結局、犯人を捕まえること、じゃないだろ?市民のみなさんの、平和で安全な生活、幸せな生活を守ってこそ、だろ?そうしたことからすりゃ、子供の将来って、重いよな。そんなすげえ葛藤だよ。それにまた、
「そんな見立て、立てられてたら、こんなことになってないです…。でも……真実を隠したら、警察官として何やってるか、分かんないじゃないですか……。」ってよ。
まったく、とんでもないこと、しでかしてくれたよな。いや、もちろんサトウさんのことじゃないぞ?その連れ子と、あと、こんなに事態を複雑にした、おっさんのことだよ。そいつらがこんな事件を起こすもんだから、こんなことになってるわけで、ここでサトウさんに、泣かれでもしてみな?オレの立場こそ、どうしてくれんだよ?ってなるよ。来たばっかの女性警察官に叫ばせるわ泣かせるわって、もう終わりだよ、オレの人生。これで一昔前なら、一つどついて黙らせて……冗談だよ冗談、そんなことするわけねえだろ?まあ仮に、昔はそんなことをしてたとしても、サトウさんにそんなことできるわけねえ。そんなことしたら、ほんとに全部終わるわ、オレ。
だから、絶対に泣かれないようにな、やさしーく、サトウさんに告げてったわけ。
「分かった、分かったよ。じゃあさ、その交際相手の女性と、その連れ子、ウチの署に呼んでいいからよ。でも、あくまで、参考人、っていうか、あんたの交際相手、警察のお世話になってますよ?って、普段はどうでした?みたいな、そういう感じな。連れ子もなんで署に呼ぶんだ?って話になるかもだけど、まあそれはそれで、うまくやっちまえ。だからそんな流れで、1回、呼んでみ?それで連れ子が白状したら、まあ何とかしようや。さっき言った見立て、署に来るまでに、考えとくんだぞ?でも、白状しなくても、それっきり、だぞ?呼ぶのは1回だけ!な、これでどうだ?課長には、オレが言っとくから、な?」
そこまで言ったら、サトウさん、またすごい目でオレをにらんできてたけどよ。逆に言えば、泣かれたり叫ばれたりするおそれはなくなってきた、ってわけだから、オレにとってはそんなの、なんでもねえよ。間違いなく、さっきの事態は、その時点で、署長になって以来、最大の危機だったからな。いや、むしろそれ以上の危機ってあったか?ってくらいかもしれねえ。まあ、さすがにちょっと、言い過ぎかもだけどな。
でも今まで聞いたことがねえくらいの低いドスの効いた声で、オレに告げてきたよ。
「いいんですね?呼んでも。ほんとに呼びますよ?課長にも、そのほかの人たちにも、お願いしますよ?ほんとに。」
いや、信じろよ!オレを誰だと思ってんだよ、署長だぞ?……って言おうかと思ったけど止めといたわ。サトウさんのその目、その日一番の鋭さだったからな。さすがにオレも、ビビったわ。
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