前署長の音声記録3(文字起こし)

正直ビビッて言わされた「呼んでみ?」って言葉だったけどよ、オレも男だ、男に二言があっちゃなんねえ。その足で課長のとこに行って、話をつけてやったわ。あんまり署長自ら、課内にズカズカ踏み込むのは、よくねえってのは分かってるけどよ。でもまあ、たまには、な。それに、課長一人だけ呼び出して、課長だけに言い聞かせて帰らせても、あとで課長がほかの署員につるしあげられたりしたら、かわいそうだろ?そんなことになるくらいなら、ほかの署員もいる前で、言い聞かせたほうがいいわけだ。文句があるなら、そん時にオレに直接、言やあいいわけだからな。


でもよ。


(十数秒の空白)


この事件自体は、うまい解決、ってのができたわけじゃねえ。ああ、もちろん、署内での処理は、何も問題ないぜ?おっさんの交際相手の女性と、その連れ子、サトウさんがバッチリうまく呼び出して、ちゃんと話は、したみたいだわ。

まあ要するに、連れ子は白状しなかったんだよな。それどころか、交際相手の女性は、そんな自転車を盗んだって話、聞いてません!って言ったらしくてよ。さらには、おっさんのこと、毎日迎えに行ってあげてたのに、盗むだなんて、もう信じられない!とか、すげえおっさんのことを怒ってたらしいわ。

サトウさんも、連れ子に、おっさんのことで何か気になることない?みたいな感じでカマはかけたみたいだけどさ、連れ子は、もう完全に知らんぷりして、私には関係ありませーん!って、感じだったってよ。



んで、サトウさんも、オレと約束して、の呼び出しだからな。一回だけだぞ、って。

連れ子が吐かない以上は、それで終わり。そういう約束だったからな。

それでもサトウさんはすげえ怒ってたし、課長は課長で、だーから言ったじゃないすかー!って後から文句言ってくるし、手前てめえ、あんときは納得しただろうが!って、思いっきり一発こづ……いや、オレの手拳を軽く課長の右肩に触れるか触れないかという程度に、向けといたけどよ。

まあそれでもみんなでした約束だ、署内の処理は、おっさんが犯人で微罪、の処理で終わりだわ。


うまい解決じゃねえ、ってのは、そのおっさん側の話よ。

おっさんが交際相手の女性にすげえ怒られてた、って話はさっきしたろ?交際相手と連れ子を呼び出したその日の晩に、その交際相手の自宅で大声でケンカしてる、みたいな近隣通報があったみたいだわ。それでも、ケンカ、ってだけで済んだみたいだから、具体的にどんな話を、おっさんとその交際相手でしたかは知らねえけどよ。

そんな盗人ぬすっと、家に置いておけねえ!子供の教育上も悪い!みたいに追い出しにかかったんじゃね?みたいなのは推測できるよな。おっさんからしたら、会話もまともにできねえ連れ子をのに、感謝されるどころかそこまでののしられちゃ、そらもう、そんな家にいられないわな。

結局、おっさんはほどなく、その家を追い出されたみたいだわ。


まさに、真相は闇の中、ってヤツだ。

正直、そのせいで、誰かを幸せにできたんか?って問われたら、答えに詰まるところだ。



サトウさん、その後も署でバリバリやってたけど、この事件のことは、こういう結果を招いたってことも含めて、ずっと心に残ってた、って思いたいよ、オレもさ。警察の仕事って、真実を追いかけるのが基本だけど、そっから先が難しいんだよな。真実を暴くのが正しいのか、誰かの将来を守るのが正しいのか。サトウさんのあの葛藤、もちろんオレも何度も味わってきたし、サトウさんにとって、初めての事件で遭っちまったってのはさ、なにかこう、試練?っていうか、巡り合わせ?みたいなもんは、感じるよな。オレにとっても、署長になってから最初で最大の、危機だったしよ!

今じゃ、本店で頑張ってんだろ?サトウさん。すげえよな、忙しいだろうけど、そんな中でも、この事件のこともちゃんと、忘れないでやっててほしいわ。


で、若い子たちに伝えたいのはさ、どんな小さな事件でも、真剣にやれよ、ってこと。それは当たりめえだろ?こっからだ、ほんとに大事なのはよ。つまり、その真実の先で何が起きるか、ちゃんと見つめないと、な。

今でもやっぱり、サトウさんの目、忘れねえよ。あの目は、警察官として……っていうより、人として、大事なもん持ってるって、教えてくれたからな。



こんなもんでいい?どうだ、最後はうまくまとめただろ?ははは、うるせえよ!じゃあ、後はうま


(録音の音声はここまで)

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