前署長の音声記録1(文字起こし)

おー、久しぶりだな。今は何?こんな広報活動もしてるんか?大変だな、日常業務もあるんだろ?まー、こういう雑務も、しっかりやってりゃ、次につながることはあるからさ、絶対に。オレはもう辞めた人間だから、人事も何もできねえからさ、何の約束もできねえけどよ。


で?今日はなんだったっけ?うん、そうか。長年、警察官として仕事してきて、今の若手につなぐ言葉、って言ってたな。オレも大学出てすぐ、警察官になったから、警察一筋四十年とかだもんなあ。長くやってりゃ、色んなことがあるわな。

でもあんまり昔の話しても、しょうがねえんだろ?だって、昔の警察なんてよう、色々とひっでえこともあったぜ?いくら署内だけの広報誌向け、って言っても、ちょっと書けない話ばっかだしなあ。たとえばオレが警察に入ったばっかりのころなんかよ、署内でさ……(前署長の声は、小声で聴き取れない)……な?こんなのちょっと、書けねえだろ?ちょっとどころ、じゃねえか!ほんとによ。ははは。


ん?まあその辺はいいようにしとくからって?ま、そりゃそうだよな。でもやっぱり、あんまり昔の話しても、な。それに、若い子たちが頑張れるように、つー話だろ?だから、比較的最近の話がいいか……


んー、誰の話に、するかなあ……


あー、あれ、あれにするか。ほら、オレがさ、署長になったばっかのときにさ、新しく配属されてきたピチピチの女の子がいたじゃん?……え?まずい?ああ、ピチピチか。いかんな、そりゃまずいわな。……なに?女の子、もまずいって?そうだったな、女の子、ってのも言ったらいけねえよな。ごめんごめん。新人の、お嬢さん……いや冗談だよ!当たり前あったりめえだろ、分かってるよ、それくらい。……女性の、警察官、な。ここ、絶対に変えといて、これ命令な?

名前もそのままだと問題だろうから……サトウちゃん、とでもしとくか。……なに?サトウも実際に何人もいるって?あと、ちゃん、もダメだと!?……もうめんどくせえな。じゃあ、とりあえずここでは、サトウさん、で話すからさ、記事にするときはな、お前さんの方で、うまくやっといてくれよ、適当にさ。


でさ、そのサトウさんが初めて捜査を担当した、ほら、自転車の窃盗の事件の話、知らねえ?……知らねえかあ。それなりに、署内でももめたんだけどな、この事件。じゃあちょうどいいや、これから話してくからよ、せっかくだから、お前さんも、この話から何かつかんで、帰ってくれよ。



サトウさんがさ、配属されてばっかりのころよ。彼女、すごく張り切っててな。もうこの地域の安全を守るんだって、警らもすごく真剣に、やってたな。型どおりに、手を抜いてやってりゃいいのに……いや、それはさすがにまずいか。まあ、適度な力を入れながらな、無理のない範囲で、ってのは大事だろ?

とにかくサトウさんは、すごく真面目にやってたよ。


それで、彼女が見つけたのが、あの事件だったんだ。

まあ詳しくは、署にも残ってるだろう、その事件の捜査記録でも見てくれや。

きっかけは、民家の門の前に、自転車が置かれてた、っていうのを、サトウさんが見つけたことだった。なんでもない、ほんとになんでもないきっかけだ。

それだけなら普通は、通り過ぎるわな。それが、通りがかっただけで、盗まれたものだって見抜いたんだから、大したもんだわな。そりゃ、警らの途中で見つけた自転車全部を、一台一台、路上に置かれてる自転車を見ていけば、カギがかかってないとか、なーんか怪しげな自転車ってのを見つけられもするだろうけど、まさかそんなことはしてないだろうしな。……いや?彼女なら、そこまでやりかねねえか?でも、さすがになあ。そんなこと、やってないよな?まさか。


とりあえず、サトウさんは、その自転車を見つけちまったわけだ。

その自転車は民家の前にあったから、まずはその家のもんに話を聞こうとするわな。で、その家から出てきた男は、そんな自転車は知らねえ、それでいて、その自転車を、家の中には入れておく、って言ったんだよな、確か。

それで、その時点では盗難届も出てねえ、ってことだったと思うけどさ、彼女が不審に思ったところはズバリ当たってたわけで、盗難届が後から出されたんだわ。ほんとすげえわ、サトウさん。

でよ、その後に、さっき、家から出てきた男が、すみません、自分が盗みましたって、わざわざウチの署の方に、言ってきたんだよ。


まあ、この時点でちょっと怪しいよな。だってよ、単にその自転車のとこにいた男に声をかけたわけじゃなくてよ、その自転車が置いてあった家から出てきた男が、知らねえって言いながら自転車はしまっとくって言って、その後に、わざわざ自分から名乗り出てきたって。じゃあなんで、最初に家から出てきた、そん時に言わねえんだよ?ってなるわなそりゃ。警察官がいきなり家を訪ねてきて、びっくりしたってのはあり得るにしてもよ。

しかも、その男って180cmは優に超える大男で、その自転車ってのが、せいぜい中学生が乗るような大きさのだったんだぜ?なーんでわざわざ、そんな小さいのを盗むんだよって。色も赤?かなんか忘れたけど、色だけでも、でっけえおっさんが乗ってるだけで怪しまれるのだったんだわ。


だがまあ、私が盗みましたって言い張ってる男がいて、それで、盗まれたのは自転車一台だろ?どこまで捜査するんだ?って話にはなる。……今のマズい?どう?ダメ?……実際、被害者の女性、ああ、さっきも言った通り、被害に遭った自転車は、どうみても比較的小柄な女性が乗るような大きさの、そんな感じのかわいらしい色合いのだったからな、被害者は若い女性だったけどよ、すっげえ怒ってたらしいぜ?当たり前だけどな。そもそも、どっかのおっさんが自分の自転車にちょっと触ったってだけでも、怒るだろそんなの、それくらいの年頃の女性はよ。それが盗んだおっさん……なに?おっさんもまずいって?じゃあなんて言い換えるんだよ?もうおっさんって、何回か言ってるぞ、確か。もういいだろ、めんどくせえ。


なんだったっけ?そう、そのでっけぇおっさんよ。いくらか忘れたけど、20万?かそこらのお金を払って、示談に持ち込んだってんだ。買ってから何年かたった、普通のママチャリ一台に、だぜ?ますます怪しいだろ?そんなの。なんでそんなお金が出てくるおっさんが、たかが歩いても15分くらいの……ああ、言い忘れてたわ、そのおっさんの家、駅から大して離れてねえのに、おっさんは、駅から歩いて帰るのがだるくって、自転車を盗んだ、っつってたんだわ。ありえねえわな、いくらなんでも。あと、自転車を見つけたっておっさんが言ってる駐輪場が、駅から見て自分の家と反対側にあったんだったかな?そんなの、カギのかかってない自転車を探してる時間で、歩いて家に着いただろ。


ってのはさ、そりゃ後から見たら、たいていのヤツは気づくわな。でもまあ、サトウさんは、最初っから気づいてたんだわ。おっさんが警察署に来た時に、わざわざおっさんの足の長さまで測ってんからな。自転車のサドルの高さと、どう考えたってつじつま合わねえだろ、てぇのを明らかにするためにだよな。それで、おっさんが誰かかばってる、かばうとしたらまずは家の中のもんだ、だから家の中に真犯人がいるだろ?って考えたんだろな。おっさん以外の同じ家のもんを署に呼び出したい、って課長とかに言ったっぽいわ。

だけどよ、ほら、お前さんにもわかるだろ?……これ、あんまはっきり言うと、また問題になるだろ?……だからさ、さっきも言ったけどさ、これ、どこまでやんの?って。彼女の最初の事件だから慎重に、っつっても、限度があるだろよ、って。課の中でも、もういいんじゃね?って雰囲気にはなってたみたいだわ。


んで結局、そのままおっさんが被疑者、犯人ってことで、オレとこへ決裁にまわってきたわけよ。

当然、署内で、そういう流れ、犯人はおっさん、ってことでまわってきてるわけでよ、ぶっちゃけ、このおっさん誰かほかのヤツをかばってんよな?って、たいていの奴らは、気づいた上で、決裁やってるよな。で、さすがにオレも、気づくわけよ。っていうより、たかが自転車……いやいや、そういうのなしにしてもよ、窃盗でこの厚み何よ?ってくらいのすごい厚みだったからな、記録がさ。もう、中身を読む前から、なんだよこれ?ってなるわな。

で、当然、何枚か記録をめくっただけで、どうすんのこれ、ってなるわそりゃ。明らかに、真犯人、ほかにいるもんな。しかも、その真犯人は、おっさんの交際相手の連れ子だろ?ってもう、捜査記録からにじみ出てる。そこまで記録に言われてたら、まあ、捜査を担当した本人に聞いてみるかってんで、サトウちゃん……じゃなかった、とりあえずサトウさんを呼び出してみて、だな。もちろん、一応、課長には聞いてから、にしたけどな。課長の頭を飛び越してそういうのやっちゃうと、やっぱやべえからな。オレの立場的にな。


それで署長室まで来たサトウさん、すげえ怒ってんのよ。入ってくるなり、完全に怒ってる顔で、「なんですか!?」ってもう、完全にケンカ腰。優に自分の倍以上は生きてる、しかも署長のオレに、だぜ?

でさ、「お前さん、これ、どうすんの?」ってオレが聞いても、「記録に書いてあるとおりです。。」としか言わないわけ。んー、だからオレも正直、困っちまって、記録を少しずつめくりながら、もう一回もっかいだけ聞いてみようと思ってな。


「じゃあ聞き方を変えるわ。お前さんは、これを、どうしたいんだ?」ってな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る