第2話 『病室』
看護師さんから、あやか(=エミ)さんが緊急入院の付き添いをしてくれたと聞かされた。
静まり返った銀座の街が一時、騒然となったらしい。
夜の繁華街で警察沙汰は珍しくないが、この静謐な銀座では、あり得ない出来事だった。
そんな中、会社から電話がかかってきた。
事務的な声が、被害届は出さず、示談に応じろと告げた。
男の代理人がすぐに営業所へ連絡したようで、すでに示談交渉が進められていたらしい。
やはり、それなりの大物だったのだろう。
所長は電話口で、不気味な薄ら笑いを浮かべながら言った。
「一本、いや二本で示談に応じろ!」
相場よりはるかに高額な条件だろう。
ただ「わかりました」とだけ答えた。
警察の聴取では、男がホステスと小競り合いになり、「巻き込まれた」とだけ話した。
その結果、男は不起訴になった。
あんな目に遭ったのに、結局はただの「巻き込まれ事故」として処理された。
黒服も、香織さんも同様だろう。
しかし、香織さんの心の傷は、そう簡単に癒えることはないだろう。
自分の客がこんなことをした、させてしまったと、彼女は深く後悔しているようだった。
「気にするな」なんて、とても言えなかった。
どんな言葉をかければいいのか分からず、ただ黙ってそばにいることしかできなかった。
そんな時、彼女の支えになってくれたのが、ともこさんだった。
ともこさんは、香織さんの隣に寄り添い、静かに話を聞いてくれていた。
ともこさんと話すうち、香織さんは少しずつ落ち着きを取り戻していった。
そして、ある日、香織さんは銀座を去る決心をしたと告げた。
「もう、ここにはいられない」
そう言って、香織さんは銀座を去ることを決心した。その決断を支えたのは、彼女がこれから働くことになる、ともこさんの存在だった。
ともこさんの店は、浦和の片隅にある小さな居酒屋兼定食屋だった。
彼女は、夜勤明けの客やタクシードライバー向けに、営業時間を見直そうかと考えていたところだった。
知り合いのタクシードライバーが、タクシーと居酒屋を兼業し、その客層をうまく掴んでいるという話をしたからだ。
確かに、三食の定食客だけでなく、深夜から早朝にかけての一杯客にもニーズがある。普通に営業するよりはニッチだが、需要はあると踏んでいた。
しかし、そのためには従業員が必要だった。
そこに、香織さんが現れた。
彼女はともこさんの話を聞くと、喜んで「ぜひお手伝いさせてください」と引き受けたのだった。
ともこさんの存在は、香織さんの心をきっと落ち着かせてくれるだろう。
たしかに、夜勤明けの客は一癖も二癖もあるかもしれない。しかし、あんな事件を経験した香織さんだ。銀座で一流の客を相手にしてきた彼女にとって、そんな客のあしらい方は、慣れたものだろう。
この話は、あやかさんも喜んでいた。
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