一期一会 ~タクシードライバーが紡ぐ、道の行方~
ワイドット(Y.)
第1話 『刃』
香織は憔悴しきっていた。
銀座でホステスとして働く彼女の心と体は、この数ヶ月、見えない糸で縛られているようだった。
担当客の男がどうも、彼女の振る舞いを勘違いしているようで、執拗にプライベートな付き合いを迫ってくる。
ママには相談していた。
ママもまた、この男が店の重要な客であることも、香織の疲弊も理解している。
だが、係を簡単に変えることはできない。
香織の指名で店に通い、金も落とす。
そういう客を切り捨てるわけにはいかない。
香織もまた、この街で成功したいという野心があった。
華やかな銀座で一旗あげ、故郷の家族に、立派になった自分を見せたいという夢があった。
だから、無理をしてでも笑顔を作った。
危険な飲み方をしている自覚もあった。
酒が進むと、意識してボディタッチを多くしている。
それは、客の気分を良くするための、彼女なりのサービスであり、時に自らの感情をごまかすための振る舞いだった。
それを笑ってやり過ごすのが、この世界では普通であり、スマートな立ち回りだ。
だが、その男は違った。
彼の前で、いつもの愛想笑いは空を切るだけで、何の効力も持たなかった。
彼の視線は、ただ、獲物を捕らえるかのように香織の奥底を射抜いていた。
店の配慮で、彼がアフターに誘うときは、ヘルプのホステスに任せるようになった。
香織と男が店を一緒に出る機会は減った。
男は、アフターの相手が香織でなくても不満はないようだった。
彼が求めているのは、銀座という特別な場所で、ホステスと時間を過ごすという行為そのものだったのかもしれない。
もしそうなら、どれだけ良かっただろうか。
香織は、男がヘルプのホステスと去っていく後ろ姿を見送りながら、ひとり、タクシーで帰路につくこともあれば、酔いつぶれて黒服に送り届けてもらうこともあった。
そのたびに彼女は、いつかこの見えない糸が、自分の身を締め付ける日が来るのではないかと、漠然とした恐怖に囚われていた。
タクシーの後部座席で、彼女は窓の外を凝視し、膝の上の両手は固く握りしめられていた。
……「あの人、本気みたいなんだよねー」
そして、事件は静かに、だが確実に、起こった。
男は、香織がタクシーに乗り込もうとしたその瞬間を狙って、襲いかかった。黒服もまた、彼女を守ろうと男に飛びかかり、激しいもみ合いになる。
自分も車から飛び出し、香織を引き離そうとした。その瞬間、頭に鋭い衝撃が走り、そこからの記憶が途絶えた。
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