第7話 しょうぶだ!

「店長には話つけてあるから」

 そう言いながら先導するジーナに、お菊はアヤメと肩をならべてついていった。

 裏口から建物に入り、事務所のようなところをとおりぬけ、ロッカーがずらりとならんだ部屋につくと、ジーナがロッカーのひとつをあけてなかを物色しはじめた。

「お菊のはすぐ見つかると思うけど、アヤメのサイズがあるかな~」

 そうブツブツとつぶやいていたジーナが、やがて二着の服をとりだし、それらを左右の手にぶらさげてお菊とアヤメに差しだしてきた。

「はい。とりあえず着てみて。サイズあわなきゃ、またさがしてあげるから」

 そう言ってジーナが差しだしてきた服は、お菊にとって見なれないシルエットとデザインをしていて、おまけに鮮やかな配色と華美な装飾がなされていた。一見して洋服だとわかるのだが、それにしては現代人が着ているものとはやや趣が異なるように思える。

 菖蒲の花を連想させるような淡い紫色を各所に配し、太ももが丸だしになることが容易に想像できるほど丈が短いスカートはふわふわのフリルで幾重にも飾られていて、腰にまかれた白いエプロンが後ろで大きなリボンをつくっていた。

「かわいいけど、不思議なお召し物ですね」

 お菊が感じたままを言葉にすると、ジーナがくわしく教えてくれた。

「メイド服っていうの。メイドってのは外国の召使いのことね」

「外国にもいたんですね、召使いが・・・」

 日本しか知らないお菊は、遠い異国の地にも自分と同じような境遇の人々がいたことに感動をおぼえた。

「ま、様々な思惑をおとしこんだ日本独自のアレンジがくわえられたデザインだから、これが正しいメイド服ってわけじゃないんだけどね」

「思惑・・・ですか」

 どのような思惑がこめられているのだろうかと、お菊はうけとったメイド服をしげしげと眺めた。

 その隣で、アヤメが自分の着物の帯をウキウキとほどきはじめる。

「いいねえ。あたい、一度、着てみたかったんだよ、こういうの」

「さ、お菊も早く着がえて」

 そう催促しながらジーナも黒のスウェットを脱ぎはじめた。

「は、はい・・・」と返事をしたものの、着物しか着たことがないお菊は頭や腕をメイド服のどこにどうとおせばいいのかもわからず、結局、ジーナに手伝ってもらった。

 そして着がえおわり、姿見に映るメイド服姿の自分を見て、お菊は頬から耳にかけてカッと熱くなるのを感じた。

「こ、これを着て働くんですか?」

 どうしても太ももの露出が気になってしまい、お菊は赤面したまま両手でスカートを下へひっぱり、ジーナをふりかえった。

「初めて着た洋服がメイド服って・・・なかなかぶっとんでるわね、お菊」

 恥じらうお菊を眺めながら、メイド服をしっかり着こなしているジーナが楽しそうにニヤついていた。

「足もとがスースーしておちつきません・・・」

「このあとニーハイを履くから、そしたら気にならなくなるわよ。アヤメはどう? サイズあってた?」

 肩ごしにふりかえるジーナの視線の先で、アヤメは、ブラウスがはちきれんばかりにふくらんだ自分の豊かな胸を着心地が悪そうに両手でゆすっていた。

「胸が苦しいねえ。もうちょいと大きめのサイズはないのかい?」

「やっぱそうかぁ・・・けど、それ以上、サイズをあげると腰まわりがダボついてシルエットが決まらないのよ・・・これだから巨乳はこまるのよね」

「ふん。まないた族のひがみかい?」

 アヤメのこの挑発に、ジーナはあっけなく乗せられた。

「は? アヤメより巨乳な女にいつでも変化へんげできるし」

 最胸をかけて睨みあうアヤメとジーナ。

 下品な喧嘩がエスカレートする前に、お菊はふたりの間に割ってはいってたずねた。

「にーはい、って、どれのことですか?」

「・・・これよ」

 アヤメからしぶしぶと視線をはずしたジーナが、白くて長い布を指でつまんでお菊に差しだしてきた。

 手渡されたニーハイを四苦八苦しながらどうにか履きおえたお菊は、その後、紫色の小さなリボンがあしらわれた厚底パンプスをジーナの手によって履かされ、頭にはレースが編みこまれたヘッドドレスというものをかぶせられた。

「あとは、お菊の長い髪をツインテールに結ってと・・・・・・よし、これで完成。うん、いいじゃん。人気でると思うよ。ご主人さまやお嬢さまから」

 着物からメイド服へと装いを新たにしたお菊のことを、ジーナが頭から爪先まで舐めるように眺めまわしつつ誇らしげにうなずいていた。

「ご主人さまやお嬢さま?」

 生前、自分がよく使っていた懐かしい言葉にお菊がおどろいていると、ジーナが「アイリスメイツ・ガーデン」でのシキタリを教えてくれた。

「ここではお客のことをそう呼ぶの。他にも、この店の独特な世界観を守るための様々な注意点があるんだけど、そのへんのことは、あたしを手本にして実地で学んでもらうわ」

 アヤメが自分の頭髪を大切そうになでながら口をはさむ。

「あたいはこの日本髪を崩す気はないよ。結わえなおすの大変なんだから」

「あ、そ。日本髪のメイドってのも奇抜でいいんじゃない?」

「ずいぶんと投げやりに言ってくれるじゃないか。お菊には親身なくせに」

 口を尖らせるアヤメにむかって、ジーナが当然のようにうなずく。

「そりゃそうよ。あたしが期待してるのは、お菊のほうだからね」

「期待って、なんのことです?」

 期待されることになれていないお菊は急に不安になり、ジーナをおずおずと見あげた。

「実はね、お客から『ご褒美メダル』ってのをもらえたメイドは店からボーナスがもらえるんだけど、店の子に紹介されて入った子がこのメダルをもらうと、紹介したほうもボーナスがもらえる仕組みなの。質の高いキャストを集めたい店側の経営努力ってやつね」

「つまり、ジーナに紹介されたあたいやお菊がメダルをもらうと、あんたにもボーナスが入るってわけかい?」

「そういうこと。で、あたしはお菊がメダルを稼いでくれることに期待してるってわけ」

「なんであたいには期待しないんだい?」

 腰に手をあてて不服そうなアヤメに、ジーナが遠慮もせずに言い放つ。

「この店の客層が若いってことを考えると、やっぱり可憐な女の子がうけるのよね。アヤメはおじさまにうけがいいから、ここでは分が悪いのよ」

「ほお~。このあたいには可憐さがないとでも?」

 怒りをおさえているためか、アヤメの眉の片方がピクピクと小刻みに上下している。

 ジーナは肩をすくめながら頭をふった。

「日本髪のメイドに言われてもね・・・」

「ふん! そこまで言うんなら・・・勝負しようじゃないかッ、お菊!」

「へ? なんでわたし?」

 急に矛先をむけられてあわてるお菊に、アヤメがにぎりしめた拳を突きあげながら宣戦布告してきた。

「あたいのことをナメくさってるジーナの手駒となりさがったお菊は、あたいの敵も同然なのさ!」

「そ、そんな・・・」

 言いがかりを絵に描いたようなアヤメの宣言におののくお菊の肩に、ジーナがそっと手を置いてきた。

「いい? お菊。じゃんじゃんメダルをもらってくるのよ。ゲームの夏イベ限定ガチャが近づきつつある今、一円でも多く稼いでおきたいからね」

「宣伝費の話はどこいっちゃったんですッ」

 本来の目的を見うしなっているジーナをとっさにたしなめたお菊であったが、彼女はお菊の肩に手を置いたまま遠くを見つめて、来たる限定ガチャで神引きしている自分を妄想しているのか、ニヤつきながら心ここにあらずといった様子であった。



 ジーナに案内されて店内に足を踏みいれたお菊は思わず息をのみ、目を輝かせた。

 椅子やテーブル、棚などの調度品はすべてが簡素なデザインの木製で、木目が美しい板張りの床と、乳白色の壁にはめこまれた色ガラスが高級感と落ち着いた雰囲気をかもしだしていた。

 大きなぼんぼり照明がいくつも天井からぶらさがって店内を明るく照らし、中央には大きな柱時計がそそり立っていて、それがどの席からでも視界に入るよう工夫がなされている。そうかと思えば、障子で仕切られた畳敷きの座敷席もあって、和と洋がバランスよく折衷した、いわゆる大正浪漫をコンセプトとした内装だった。

 そんな店内は、まだ正午前だというのに多くの客で賑わい、空いている席を見つけるほうがむずかしく、何人ものメイドが店内と厨房の間を忙しなくいききしていた。

「ほえ~、盛況だねえ」

 万年、閑古鳥を飼いならしている皿屋敷の面々にとって、多くの客で賑わう「アイリスメイツ・ガーデン」の光景は新鮮であり、うらやましくもあった。

「一昔前に流行ったメイド喫茶も今じゃオワコン、なんて言う輩もいるけど、今でもメイドに癒しと安らぎを求める人は意外と多いのよ」

 得意げにそう解説したジーナが、今度は仕事の流れを説明しはじめた。

「喫茶店だから、やることは単純よ。お客から注文とって、それを厨房に伝えて、できあがった料理や飲み物を客席にとどける。これが基本ね」

「なんだ。簡単じゃないか」

「とはいえ──」

 余裕を見せるアヤメを牽制するかのように、ジーナの目つきが険しくなる。

「それだけじゃない特殊な付加価値がつくからこそ、ここはこんなに賑わってるの」

「特殊な、付加価値?」

 お菊は小首をかしげながら店内を見まわし、ジーナが言う「特殊な付加価値」をさがしてみた。すると、たしかにここの店員たち、すなわちメイドたちは、客席で客と笑顔でなにやら語らい、時には身ぶり手ぶりをまじえて呪文のようなものを唱え、客と一緒にキャッキャと楽しげである。だが、遠すぎることと店内の喧騒で、彼女たちが具体的になにをやっているのか、お菊には想像することすら不可能だった。

 ジーナがニヤリとほくそ笑む。

「こっからじゃわかんないでしょ? ちょうど新しいお客がきたみたいだし、あたしが手本を見せるから、ふたりとも、近くでよく見てて」

 ジーナはそう言い残し、店の入口でまつ男性客のもとへ颯爽とした足どりでむかった。

 お菊はアヤメと一緒に彼女をおいかけ、少しはなれた位置で見守った。

 いったいどのような「付加価値」をつけるのか、お菊が内心でワクワクしていると、その耳に信じられないような声が流れてきた。

「お帰りなさいませ~、ご主人さまぁ」

『えッ』

 お菊とアヤメは絶句した。

 それは、今まで一度も聞いたことがないジーナの嬌声だった。媚びたような、それでいて愛らしく、自分の強みと相手の弱みをすべてわかりきっているかのような魔力を帯びた声。そんな声が、普段は穏やかな口調でクールに語るジーナの口からとめどなくあふれでてくるのだった。

「お仕事、おつかれさまでしたぁ。さっそくお食事になさいますか、ご主人さまぁ?」

 ジーナのにこやかな問いかけに、二十代の常連と思しき男性客は当然のようにうなずく。

「かしこまりましたぁ~」

 くるりと踵をかえしてスカートのフリルをふわりとゆらしたジーナは、エプロンのポケットからとりだした手のひらサイズのハンドベルを軽快に鳴らしつつ、店内にむかって笑顔のまま大声で報告した。

「ご主人さまのお帰りで~す!」

 すると、それまで接客にあたっていたすべてのメイドが一斉に手をとめて入口をふりかえり、口をそろえて挨拶した。

『お帰りなさいませ、ご主人さまぁ!』

 店内に響きわたった大合唱に圧倒されたのか、アヤメが声を震わせる。

「な、なんなんだい、この一体感は・・・」

「なんだか・・・お芝居を見てるみたいですね」

 お菊は楽しくなっていた。

 メイドたちだけではなく、客のほうも心得ているようで、この両者がまるで台本でもあるかのようなやりとりを淀みなく展開し、「帰宅したご主人さまを心からもてなす」という独特な世界観をみごとに成立させている。

 そこに、お菊は芝居小屋で演劇を見ているような楽しさを見いだしていた。

 そんな「舞台」の上で、お菊のよく知るジーナが、どんどんジーナではなくなっていく。

「ご主人さまぁ? 今日は、なにをお召しあがりになりますかぁ?」

 客を席に案内したジーナが、愛想のよい笑顔と愛くるしい声で客にたずね、注文をうけると、それを厨房へと伝えに走る。

 やがて厨房からもどってきたジーナの手には客が注文した飲み物があり、テーブルに置いたその飲み物にむかってジーナは、お菊とアヤメが目を疑うような行動をとりはじめた。

 軽くにぎりしめた両手を顔の下にもってきて、口をやや尖らせ、リズミカルに体を左右へゆらしはじめるジーナ。

「それではジーナとご一緒に・・・きゅん、きゅん、萌え、萌え、愛情パワー、ぜんか~い! はぁい、ご主人さまぁ、萌え萌えエネルギー、充填完了でござま~す!」

 最後はひらいた両手を飲み物にむかってかざし、なにやら念をおくりこんでいる様子であった。それを客も一緒にやって楽しげである。 

「あれは・・・ほんとにジーナなのかい?」

「たぶん・・・ちがうと思います」

 アヤメもお菊もジーナを見うしなっていた。それほどまでに、今、目の前で接客しているメイド服姿のジーナが別人に思えるのだった。

 その後、運ばれてきた料理にも謎の呪文で念をおくりこんだり、「フワ萌えあちゅあちゅオムレツ」という珍妙な名前の料理にソースで絵を描いたり、チェキと呼ばれる客との記念撮影に指でつくったハートマークと笑顔で応じたりと、普段はなにに対しても冷めた態度のジーナからはおよそ想像もつかないような変身ぶりを、お菊とアヤメはまざまざと見せつけられた。

 そして、すべての接客がおわり、食事も会計もおえていよいよ帰るという段になると、客が五百円玉ほどの大きさの銀色にきらめくメダルをとりだし、それをジーナに手渡した。

「ジーナちゃん、今日も楽しくて癒されたよ。ありがとう。はい、これ、ご褒美」

「うっわ~! うれしいですぅ! ご主人さまのお力になれて、ジーナ、とってもとっても光栄でございます! それでは、お気をつけておでかけくださいませぇ!」

 ジーナがエプロンのポケットから小さなハンドベルをとりだし、それをふって高らかに響かせる。

「ご主人さまのおでかけで~す!」

 すると、来店時と同じように店中のメイドたちが一斉に手をとめ、店の出口にむかって頭を垂れながら唱和する。

『いってらっしゃいませ、ご主人さまぁ!』

 客の背中が見えなくなるまで手をふって見おくったあと、ジーナがお菊たちのもとにもどってきた。

「と、まあ、こんな感じ」

 いつもどおりの穏やかな口調でそう言ったあと、先ほどの客からもらった「ご褒美メダル」を親指でピンと上に弾き、おちてきたそれをみごとにキャッチしてジーナが得意げに微笑む。

「ず、ずいぶんと化けてくれたじゃないか、ジーナ。さすがはむじなといったところかね」

 アヤメが笑みをひきつらせながらも賛辞をおくると、ジーナはまんざらでもなさそうな顔でうなずいた。

「ほめ言葉としてうけとっとくわ」

「すごいです、ジーナさん! とってもかわいかったです!」

 お菊は胸の前でパチパチと小さく手をたたきながら素直に称賛した。

 最初こそジーナの変貌ぶりにおどろき、戸惑いはしたが、よくよく考えてみれば、それはこの店の独特な世界観を守るための芝居であって、客をもてなすメイドという役柄をみごとに演じきったジーナの手腕は称えられてしかるべきだと感じたのである。

「感心してないで、次はお菊がやるのよ」

「えッ・・・む、無理ですよ、いきなりなんて・・・ねえ? アヤメさん」

 お菊は同意を求めてアヤメに視線をむけた。ところが、日本髪のメイドは肩をまわしながらやる気満々といった様子で言うのである。

「なあに、ようは手のひらの上で客を転がしゃいいんだろ? 遊郭仕込みのもてなしってやつを、あんたらにとくと拝ませてやるよ」

「一応、念のために注意しておくけど──」

 ジーナが腕を組み、アヤメをジロリと睨みつける。

「ここは風俗店じゃないからね? あくまでも喫茶店よ、喫茶店」

「わーってるよ。んなことより、お菊。あたいとの勝負をわすれるんじゃないよ? どっちが多くメダルを稼ぐか、きっちりカタをつけようじゃないか!」

 アヤメからすっかり目の敵にされてしまったお菊は助けを求めてジーナを見やった。

「自信もちなよ、お菊」

 ジーナが励ますように微笑む。

「なんたって、お菊は昔、本物のメイドだったんだからさ。そのころを思いだせばいいだけよ。演じる必要なんてない。お客を自分の主人だと思って心からもてなせば、必ずお客は満足してくれるから」

「はあ・・・」

「ほら。ちょうどおあつらえむきに二人連れのお客がはいってくるわ。お菊とアヤメでそれぞれ接客してみて」

 そう言われても、なおためらっていたお菊の横をアヤメが颯爽ととおりすぎ、すれちがいざまにお菊の耳もとで挑発してきた。

「あのふたりのメダル、両方ともあたいがもらっちゃおうかねえ」

「・・・そ、そうはさせません!」

 お菊は覚悟を固めた。アヤメとの勝負はともかく、もと召使いとしてのプライドがここでひきさがることをゆるさなかった。

 お菊は小走りでアヤメをおいこして入口までいくと、ふたりいる男性客のうちの一方の前に立った。そして、床にそっと両膝をつき、両手の人差し指、中指、薬指の三本だけを床につけ、いわゆる三つ指をついた状態で客を見あげながら挨拶した。

「お帰りなさいませ、旦那さま。お食事のご用意は万端、ととのってございます」

「え・・・あの・・・」

 客は呆気にとられた様子で半歩、後ずさりし、固まってしまった。

「やりすぎだから」

 ジーナがお菊の襟首をつかんで立ちあがらせた。

 お菊はなにがいけなかったのかわからず、しかし客の反応からして異常なことをしてしまったのは明らかで、困惑した眼差しをジーナにむけた。

「時代を考えてよ、時代を。今どき夫婦の間だってそんな挨拶しないわよ?」

「でも、昔を思いだせってジーナさんが──」

「たしかに言ったけどさ・・・」

 ため息をもらすジーナを、アヤメが小気味よさそうな笑みで見つめる。

「ふ、ふ、ふ。皿屋敷にずっとこもってた、ねんねのお菊には男相手の商売は荷が重すぎるようだねえ」

「えらそうに・・・アヤメならまともに接客できるとでも?」

「まあ見てな」

 アヤメは余裕のある笑みでそう応じると、はちきれんばかりの胸を強調するかのように背筋を伸ばし、もう一方の男性客の前に立った。

「ちょいと、おまえさん。なかなかの色男じゃないのさ。あたいがかわいがってあげるから、さあ、こちらへおいで」

 アヤメが客の手をひいて座席まで案内し、自分も客の横にべったりとひっつくように座った。

 異様に積極的な日本髪のメイドに、客はしどろもどろになりながら注文した。

「じゃ、じゃあ、まずはドリンクを──」

「んなことよりもさぁ」

 アヤメが客の手からメニュー表をとりあげ、豊かな胸を相手の肩におしあてつつ、耳に吐息をかけながらねだる。

「『ご褒美メダル』をおくれよ。そしたらさ、あたい、う~んとサービスすっからさぁ」

「は、はひッ」

 顔を赤らめた客が言われるがままに銀色のメダルをとりだす。

 それを奪うように素早くとりあげたアヤメが、すくっと立ちあがって誇らしげにメダルを高々とかかげた。

「とったどおおおおお!」

「ばか」

 勝ち誇っていた日本髪の上にトレイがふってきて、ゴンッと鈍い音を響かせる。

つうぅぅぅぅ・・・なにすんだいッ、ジーナ!」

 頭をおさえつつ抗議するアヤメを、トレイを手にしたジーナがキッと睨みあげる。

「そんな風俗まがいの方法でとったメダルが認められるわけないでしょ。それ、お客にかえして」

「やなこった。これはあたいのもんだ! そして──」

 メダルを大事そうに両手でつつみかくしたアヤメが、ジーナの肩ごしに視線を走らせてニヤリとほくそ笑む。

「どうやらお菊のあの様子だと、この一枚だけであたいの勝ちはゆるぎないようだねえ」

「え?」

 ジーナがふりかえると、お菊は先ほどの客の足もとに跪き、靴を脱がそうとしていた。

「旦那さま、おみ足を洗いましょうね。長旅で、さぞやおつかれでしょうから、しっかりともみほぐしませんと明日に障りますので」

 江戸時代の風習が抜けきれていないメイドがそこにいた。

「ちょ、ちょっと、お菊、なにやって──」

 お菊をとめにいこうとしたジーナの背後でアヤメの大音声が響く。

「さあ! あたいの勝ちを祝って、みんなで楽しもうじゃないか! そこの嬢ちゃんたち! 食いもんと飲みもん、みんなのテーブルにじゃんじゃん運んできな! こいつの奢りだよ!」

 まるで山賊の人質にでもなったかのように、おびえて固まってしまっている隣の客の肩をゆさぶりながらアヤメが店中に宣言した。

「あたし、ここクビかも・・・」

 質の高いキャストとは程遠いふたりを紹介してしまった自分の行く末を心配するジーナの嘆きは、だが、アヤメの宣言でわきたつ客たちの歓声でかき消された。

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