『俺達のグレートなキャンプ サンドアートで実寸大ボロブドゥール遺跡を作成』
海山純平
第91話 サンドアートで実寸大ボロブドゥール遺跡を作成
俺達のグレートなキャンプ91 サンドアートで実寸大ボロブドゥール遺跡を作成せよ
朝6時30分、山間の湖畔キャンプ場。静寂な森に囲まれたテントサイトに、突然爆音のような鼻歌が響く
「ふんふんふ〜ん♪ 今日も最高のキャンプ日和だぞ〜♪」
オレンジ色のテントから勢いよく這い出してくる石川。寝グセで髪が四方八方に跳ね、パジャマ代わりのTシャツが肩からずり落ちている。両腕を空に向かって大きく伸ばし、深呼吸
隣のグリーンのテントがもぞもぞと動き、ファスナーが開く音
「おはよう石川〜!」
千葉がテントから顔を出す。目がパッチリと開いており、まるで子供のような無邪気な笑顔。髪はボサボサだが、その表情は期待に満ち溢れている
「今日はどんなグレートなキャンプになるんだ?昨日、テントの中で考えてたらワクワクして眠れなかったよ!」
20メートル離れた場所にある青いテントから、ため息混じりの声
「石川くん...朝からテンション高すぎよ...」
富山が眠そうな目をこすりながらテントから出てくる。髪は夜のうちにきちんとゴムで結んでおり、パジャマも皺一つない。さすがベテランキャンパーの身だしなみ
「富山〜!千葉〜!聞いてくれよ!」
石川が興奮で声を震わせながら二人に駆け寄る。足取りは弾んでおり、まるでスキップをしているよう
「昨日の夜中、俺に天からの啓示が降りてきたんだ!」
「啓示?」
千葉が首を傾げる。その仕草がまるで小鳥のよう
「まさか、また突拍子もないこと思いついたんじゃないでしょうね...」
富山の眉間にうっすらと皺が寄る。長年の付き合いで石川の「啓示」がどれほど危険なものかを熟知している
「今回のグレートなキャンプのテーマは...」
石川が両手を天に向かって広げ、まるで神に祈りを捧げるような壮大なポーズ
「『サンドアートで実寸大ボロブドゥール遺跡を作成せよ』だああああ!!」
石川の雄叫びが山間の静寂を破る。湖面に反響し、遠くの山にこだまとなって響く。近くのテントサイトでコーヒーを淹れていた中年男性がマグカップを取り落とし、釣りの準備をしていた老人が竿を池に落とす
「え...え?」
千葉がポカンと口を開ける。しばらく言葉が出ない
「ボロブドゥール遺跡って...あのインドネシアの?」
富山の声が微かに震えている
「そうだそうだ!世界最大級の仏教石造遺跡群!8世紀に建造された超巨大ピラミッド!」
石川の目が異常にキラキラと輝いている
「実寸大っていうのは縦横123メートル、高さ35メートルの本物サイズってことだ!グレートじゃないか!」
「ちょっと待って石川くん!」
富山が慌てて両手を振る。顔が青ざめている
「実寸大って...このキャンプ場全体より大きいじゃない!そんなの物理的に無理でしょ!?」
「おおおお!すげーじゃん石川!」
千葉が飛び跳ねる。その勢いで砂利が飛び散る
「どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる!やろうやろう!」
「千葉くんまで!なんで即賛成するのよ!」
富山が頭を抱える
「富山〜、心配するなって!」
石川が富山の肩をバンバンと叩く
「俺たちは百戦錬磨のベテランキャンパーだろ?不可能なんて言葉は俺たちの辞書にはない!」
「いやいやいや、これは不可能の領域を通り越して無謀よ!」
富山の声がかすれる
「よし!まずは材料調達だ!この湖畔の砂を使うぞ!」
石川が湖岸に向かって駆け出す。その足音が朝の静寂に響く
「待てよ石川!俺も行く!」
千葉も後を追う。二人とも裸足で砂利を踏んでいるが、興奮で痛みを感じていない様子
「もう...どうしてこうなるの...」
富山が深いため息をついて空を見上げる。しかし、結局二人を放っておけずに重い足取りで後を追う
湖岸では早朝散歩を楽しんでいた家族連れや、釣り糸を垂らしていた釣り人たちが、突然砂を掘り始める三人組に困惑の視線を向ける
「この砂、ちょっとサラサラしすぎてない?」
千葉が両手いっぱいに砂をすくい上げる。指の隙間からサラサラと砂が流れ落ちる
「大丈夫大丈夫!湖の水を混ぜて粘土質にすればバッチリだ!」
石川が湖水をバケツに汲み始める。水は透明だが、底の砂が舞い上がって濁っている
「石川くん、もう一度よく考え直しましょうよ...近所迷惑になるし...」
富山の声は虚しく湖面の朝もやに消えていく
1時間後、キャンプ場の中央広場
三人の周りには高さ1メートルほどの砂の山が5つ。それぞれ微妙に形が違い、どれも建造物というより土木工事の残骸のよう。他のキャンパーたちが30メートルほど離れた場所から恐る恐る見物している
「よし!基礎工事第一段階完了だ!」
石川が汗びっしょりになりながら満足げに砂山を眺める。額から滴る汗で砂が顔に張り付いている
「石川、これ本当にボロブドゥール遺跡になるのか?」
千葉が首をひねる。膝まで砂まみれで、Tシャツには湿った砂がべっとりと付着している
「今のところ、ただの砂の山にしか見えないぞ?」
「問題ない!これから本格的な彫刻作業に入るんだ!まずは第一層の仏像から!」
「彫刻って...まさか...」
富山の顔がさらに青ざめる
「そう!仏像だ!ボロブドゥールには全部で2672体の仏像が安置されてるんだ!」
「にせん...ろっぴゃく...ななじゅう...に...?」
千葉の口がポカンと開いたまま固まる
「全部作るつもりなの...?」
富山の声が裏返る
「当然だろ!実寸大制作に妥協は許されない!グレートなキャンプに手抜きはない!」
石川が最も大きな砂山に向かって駆け寄り、素手で砂を削り始める。指先が砂でジャリジャリと音を立てる
「あの〜、すみません...」
背後から申し訳なさそうな声
振り返ると、キャンプ場の管理人のおじさんが困った表情で立っている。50代くらいの温厚そうな顔だが、額には心配の皺が深く刻まれている
「何をされてるんでしょうか...?他のお客様から苦情が...」
「あ、管理人さん!おはようございます!」
石川が砂だらけの手をブンブンと振る。手のひらから砂がパラパラと舞い散る
「我々、サンドアートで実寸大ボロブドゥール遺跡を作成中です!」
「じ、実寸大...?」
管理人さんの目が点になる
「はい!世界遺産の完全再現プロジェクト!きっとキャンプ場の新名所になりますよ!グレートでしょう!」
石川が自信満々に胸を張る
「あの...それは...ちょっと...規模が...」
管理人さんが額の汗を手の甲で拭う
「大丈夫です!完成したら観光バスが押し寄せること間違いなし!キャンプ場の宣伝効果抜群です!」
石川が親指を立てるポーズ
「でも、そんな大きなもの作られても、後片付けが...」
「心配いりません!僕たちプロフェッショナル・キャンパーですから!」
千葉が胸を張って宣言。実際にはキャンプ歴3ヶ月の完全素人
富山が管理人さんに深々と頭を下げる
「すみません、こいつらが勝手に暴走して...私が責任を持って止めますから...」
「富山!何弱気なこと言ってるんだ!」
石川が砂を削る手を止めて振り返る。顔には砂と汗が混じった泥のような筋が何本も走っている
「見ろよ!もう仏像第一号の輪郭が見えてきたぞ!」
見ると、砂山に人型のようなでこぼこができている。しかし、どう見ても仏像というより、子供が作った雪だるまの残骸のよう
「これが...仏像...ですか?」
管理人さんが首をかしげる
「そうです!このなんとも言えない慈悲深い表情をご覧ください!」
石川が指差す先には、ただの砂のでこぼこ。目も鼻も口もはっきりしない
「表情って...どこに...?」
「あ!石川!大変だ!」
千葉が慌てて指差す
「隣のキャンパーさんたちがどんどん集まってきてる!」
確かに、周りに20人ほどの人だかりができている。皆、興味深そうだが困惑した表情で砂の山々を見つめている
「おお〜、何を作ってらっしゃるんですか〜?」
中年の夫婦が興味深そうに近づいてくる。奥さんは麦わら帽子を被り、旦那さんは釣り竿を持ったまま
「実寸大ボロブドゥール遺跡です!」
石川が誇らしげに答える
「へ〜、すごいですね〜!でも、ボロブドゥールってもっとずっと大きくないですか?」
奥さんが首をかしげる
「まだ始めたばかりですからね!完成予想図をお見せしましょう!」
石川が砂に落ちている枝を拾い、巨大な四角を描き始める
「えーっと、この広場全体がベースになって...」
描かれる四角はどんどん大きくなり、キャンプ場の敷地をはるかに超えて湖の向こう岸まで届いている
「こんな感じで作るんです!壮大でしょう!」
「え...え?」
見物人たちがざわめき始める
「そんなに大きいんじゃ、湖の向こう岸まで行っちゃうじゃないの!」
小学生くらいの男の子が指差して叫ぶ
「そうだ!それがグレートたる所以なんだ!スケールが違うんだよ!」
石川がさらにテンションアップ
管理人さんの顔が真っ青になる
「ちょっとお待ちください!そんな大きなもの作られたら、他のお客様に迷惑が...」
「あ〜、石川〜、ちょっと現実的な相談があるんだけど〜」
千葉が石川の袖をクイクイと引っ張る
「なんだ千葉?」
「仏像2672体って、一体あたりどのくらい時間かかると思う?」
「そうだな〜、丁寧に彫るとして一体10分くらいかな?」
石川が指折り数えながら計算し始める
「10分×2672体で...26720分...これを60で割ると...445時間!」
見物人たちが息を呑む
「445時間を24時間で割ると...18日と13時間!」
「じゅ、18日...?」
管理人さんが腰を抜かしそうになる
「しかもそれ、仏像だけの作業時間よね?建物本体の構築時間は?」
富山が冷静に現実を突きつける
「建物部分は...まあ、砂を積んで彫刻して...3ヶ月くらいかな?」
「3ヶ月!?」
見物人たちが一斉に叫ぶ
「つまり、トータル完成まで3ヶ月と18日!意外と短期間で完成するじゃないか!」
石川がニッコリと満面の笑み
「短くないわよ!」
富山が渾身のツッコミ
「あの...お客様...」
管理人さんが震え声で割り込む
「当キャンプ場の最大利用期間は14泊15日までなんです...」
「えっ?じゃあどうしよう?」
千葉が困った顔
「簡単だ!毎月通って続きを作ればいいんだよ!継続プロジェクト!」
「そんなわけにはいかないでしょう!」
富山が頭を抱える
「でも石川、俺たち今まで不可能って言われたことも全部やり遂げてきただろ?」
千葉の目がまたキラキラと輝き始める
「そうだ千葉!グレートなキャンプに不可能なんて概念はない!」
二人が固い握手を交わす
「あなたたち...もう好きにして...」
富山の表情が完全に諦めモードに変わる
その時、見物人の中から予想外の声が上がる
「面白そうじゃないですか!応援しますよ!」
大学生らしき5人グループが前に出てくる。皆、汚れても構わない服装で、やる気に満ちた表情
「僕たちも手伝います!」
「私たちもお手伝いしたい!」
次々と手を挙げる人々。気がつくと15人ほどが協力を申し出ている
「おお〜!仲間がこんなにも!」
石川が大喜びで両手を上げる
「やったー!どんなキャンプも一緒にやれば絶対楽しくなる!」
千葉も飛び跳ねる
「ちょっと待って皆さん!」
管理人さんが慌てる
「でも皆さん、本当に実寸大は物理的に無理ですよ...」
富山が現実的な提案を出す
「じゃあ、10分の1スケールにしません?それでも十分大きいし、実現可能だと思うんですけど...」
「10分の1スケール?」
石川が計算し始める
「123メートル÷10で12.3メートル、35メートル÷10で3.5メートル...」
「それでも縦横12メートル、高さ3.5メートルよ?十分大きいじゃない」
富山が説明
「いいですね!やりましょう!」
大学生たちが盛り上がる
「管理人さん、12メートル四方でしたら何とかなりませんか?」
富山が管理人さんに懇願する目を向ける
「う〜ん...期間限定で、必ず元通りに片付けてくれるなら...」
管理人さんが渋々承諾
「やった〜!」
皆が歓声を上げる
「よし!作戦変更だ!10分の1スケール・ボロブドゥール遺跡制作開始〜!」
石川が指揮者のように両手を振り上げる
「おお〜!」
20人近い人々が一斉に砂運びを始める。バケツリレーが組まれ、湖岸から中央広場へと砂が次々と運ばれていく
キャンプ場が俄かに巨大な工事現場と化す
「これって...もはやキャンプじゃなくて公共工事よね...」
富山がポツリとつぶやく
「細かいことは気にするな富山!皆で力を合わせて作るグレートなキャンプだ!」
石川が砂まみれになりながら満面の笑顔
「そうだよ富山さん!みんなで協力すれば絶対に何でもできるよ!」
千葉も汗だくで砂を運びながらニコニコ
午後2時、作業開始から5時間が経過
12メートル四方のエリアには高さ2メートルほどの砂の塊が築かれている。段々になっているのでピラミッドらしき形状は見えるが、まだまだ粗削り
作業に参加している人数もいつの間にか30人を超えている。子供からお年寄りまで、キャンプ場の半数以上の人が巻き込まれている状態
「すごいことになってますね...」
管理人さんが呆然と全体を見回す
「皆さん、楽しそうじゃないですか!」
石川が汗を拭いながら振り返る。顔には砂と汗が混じった泥のような跡がくっきりと
その時、キャンプ場の入口に見慣れない白いワゴン車が止まる
「あれ、また見学者かな?」
千葉が指差す
「違うよ、あれは...テレビ局の車だ」
大学生の一人が気づく
「テレビ局?なんで?」
石川が首をかしげる
「SNSで話題になってるみたいですよ」
管理人さんが困惑しながらスマートフォンを見せる。画面には「#湖畔キャンプ場ボロブドゥール」「#グレートなキャンプ」のハッシュタグが躍っている
「やったー!俺たちついにテレビデビューだ!」
千葉が砂の仏像らしき物体を抱えながら踊る。その仏像は顔の部分が大きくへこんでおり、どちらかといえば宇宙人のような奇妙な形
「ちょっと待って!テレビに出るような格好じゃないわよ!」
富山が自分の砂まみれの服を見て慌てる。Tシャツは完全に茶色に染まり、ショートパンツの膝には湿った砂が団子状に張り付いている
「大丈夫!俺たちは飾らない自然体でいこう!」
石川が胸を張る。頭上には砂が積もって天然のヘルメットのよう。顔には汗と砂が混じった茶色い筋が縦横に走っている
10分後、テレビクルーがキャンプ場に到着
白いワゴン車から降りてきたカメラマンとリポーターが現場の様子を見て、一瞬言葉を失う
「こちらが話題のボロブドゥール遺跡制作現場です!」
リポーターが気を取り直して興奮気味にレポートを始める。背後では汗だくの人々が砂を運び続けている。まるで大規模な土木工事現場
カメラが全体を捉える。画面に映るのは高さ2メートルほどの砂の塊群。よく見ると階段状になっているが、素人目には古墳か遺跡の発掘現場のよう
「こちらが発案者の石川さんです!」
マイクが石川に向けられる。近くで見ると、顔に砂粒がびっしりと張り付いており、笑顔を浮かべるたびに砂がポロポロと落ちる
「はい!我々は『奇抜でグレートなキャンプ』をモットーに活動しているベテランキャンパーです!」
石川の声には興奮が混じっている。両手を広げるジェスチャーをするたびに、袖から砂がサラサラと舞い散る
「なるほど!こちらの作品は完成するとどのようになるんでしょうか?」
「10分の1スケールのボロブドゥール遺跡です!最終的には高さ3.5メートル、仏像267体を安置する予定です!」
リポーターが絶句。カメラマンがズームアウトして全体を映すが、現在の高さは2メートル程度で、仏像らしきものは数個しか見当たらない
「267体...ですか...」
リポーターの声が微かに震えている
「はい!現在15体ほど完成しております!」
石川が自信満々に宣言
カメラが砂の塊群を映す。確かに人型ではあるが、顔の部分が陥没していたり、腕が異様に長かったり、中には頭部が完全に欠けているものも
「こちらが...仏像...でしょうか?」
リポーターの眉間に困惑の皺が寄る
「そうです!例えばこちらの作品をご覧ください。なんとも慈悲深い表情でしょう!」
石川が誇らしげに指差す仏像は、目の部分に大きな穴が開き、鼻は完全に崩落している。むしろホラー映画に出てきそうな代物
リポーターとカメラマンが苦笑いを交わす。カメラマンが小さく首を振っている
「あの、一緒に作業されている千葉さんはいかがですか?」
マイクが千葉に向けられる。千葉は膝から下が完全に砂に埋もれており、顔には泥のような汚れが縦横無尽に走っている。しかし、表情は最高に輝いている
「最高に楽しいです!みんなで一緒に作ると、本当にどんなキャンプも楽しくなるんです!」
千葉が満面の笑みを浮かべる。しかし、前歯に砂粒が挟まっており、笑うたびにジャリジャリという音が響く
「そして富山さんは...?」
カメラが富山を捉える。富山は他の二人とは対照的に、きちんとした道具を使って丁寧に仏像の細部を彫り込んでいる
「えーっと...まあ、楽しい...です、ハイ...」
富山の声には明らかに疲労と諦めが混じっている。目の下には深いクマができ、額には汗と砂が混じった泥がべったりと張り付いている
「皆さん、本当にこれで完成するんでしょうか?時間的に大丈夫なんですか?」
リポーターが率直な疑問を投げかける
「もちろんです!予定では今日中に第二層まで完成予定です!」
石川が力強く宣言。しかし、背後では作業に参加していた大学生の一人が熱中症気味でふらつき、別の参加者に支えられている
「明日までには全体の7割は完成しますよ!」
その時、湖の向こうから強い風が吹いてくる
「あ...」
全員が凍りつく
風によって、せっかく積み上げた砂の一部が崩れ始める。特に仏像群は軒並み被害を受け、顔の部分が削り取られたり、腕がもげたり
「あー!仏像たちが!」
千葉が慌てて駆け寄るが、さらに足で砂を蹴り上げてしまい、被害が拡大
「大丈夫大丈夫!砂の芸術の醍醐味は儚さにもあるんです!それも含めて作品なんですよ!」
石川が慌てて取り繕う。しかし、額からタラタラと流れる汗が砂と混じり、顔に茶色い川のような筋を作っている
カメラがその惨状を容赦なく捉え続ける
「えーっと...それでは現場の様子をお伝えしました...」
リポーターが苦笑いを浮かべながら何とか締めようとする
その瞬間、また強風が吹く
今度は石川の頭上に積もっていた砂が舞い上がり、リポーターの顔面に直撃
「ぶはっ!げほげほ!」
リポーターが砂まみれになって咳き込む
「あ!すみません!すみません!」
石川が慌てて駆け寄り、リポーターの顔を手で払おうとするが、その手も砂だらけなのでさらに汚れが広がってしまう
カメラマンが笑いを堪えきれずに肩を震わせている。カメラは回り続けている
「石川!大変だ!大変なことになった!」
千葉が血相を変えて駆け寄ってくる。足音が砂地にペタペタと響く
「どうした千葉?まさかまた仏像が崩壊したのか?」
石川が振り返る
「違う違う!第二層の設計図を砂に描いてたんだけど、風で全部消えちゃった!」
「なんですって!?」
石川が慌てて砂地を見回す。確かに、何かの線らしき跡が薄っすらと残っているだけで、図面は完全に判読不能
「でも大丈夫!俺の頭の中に完璧な設計図が入ってるから!」
石川が自信満々に胸を叩く
「本当に?」
富山が疑い深そうな目で石川を見る
「当然だ!ボロブドゥールの構造なんて...えーっと...」
石川が頭をガリガリと掻く。そのたびに砂がパラパラと落ちる
「確か九層の階段ピラミッド構造で...いや、八層だったかな...あれ?」
石川の表情がみるみる曇っていく
「石川、まさか記憶が曖昧だったの?」
富山の声が震え始める
「いや、そんなことは...たぶん...きっと...」
石川が冷や汗をかく。その汗で顔の砂がさらにドロドロになる
見物人たちがざわめき始める
「おいおい、設計図なしで作ってたのかよ...」
「大丈夫かよ、これ...」
大学生の一人が慌ててスマートフォンを取り出す
「あ、僕がネットで調べますよ!」
画面を見ながら読み上げる
「ボロブドゥール遺跡は...9層の階段ピラミッド構造で、下から6層が方形、上の3層が円形...」
「9層!やっぱり9層だった!俺の記憶は正しかった!」
石川が安堵の表情でガッツポーズ
「でも石川さん、今作ってるのまだ2層目ですよね?」
大学生が現実を指摘する
「ということは、あと7層...」
富山が恐る恐る計算し始める
「1層につき最低でも3時間はかかるとすると...」
「21時間!」
千葉が叫ぶ
「でも僕たち、明日の朝には帰らなきゃいけないんですけど...」
参加していた大学生の一人が申し訳なさそうに言う
「私たちも明日は仕事が...」
中年夫婦も困った顔
一瞬の沈黙が流れる。風の音だけが聞こえる
「よし!」
石川が突然立ち上がる。砂が足元からサラサラと落ちる
「作戦変更だ!今夜は徹夜作業!一晩でボロブドゥール完成大作戦!」
「え!?」
全員が目を丸くする
「無茶よ!体力的に無理でしょ!」
富山が叫ぶ
「大丈夫!俺たちには不屈の精神がある!そして...」
石川が見物人たちを見回す
「みんながいる!団結すれば何でもできる!」
見物人たちが顔を見合わせる
「えーっと...僕たち、夜は温泉に行く予定があるんですが...」
中年夫婦が困惑
「温泉なんていつでも入れます!でも、みんなでボロブドゥール遺跡を完成させるチャンスは今しかない!」
石川の熱弁が始まる。目に涙すら浮かんでいる
「考えてみてください!今ここで諦めたら、俺たちは一生後悔するんです!『あの時、みんなで力を合わせていれば完成できたのに...』って!」
石川の目に本当に涙が光る。しかし、砂まみれの顔なので、涙の筋が泥状になって頬を流れる
「でも石川さん...」
リポーターが心配そうに口を挟む
「物理的に考えて無理があるのでは...」
「無理?無理なんて言葉は俺たちの辞書にはありません!」
石川が拳を天に向かって掲げる
「そうだ石川!俺たちがやらなきゃ誰がやる!」
千葉が感動して涙ぐみ、石川の隣に立つ
「石川!千葉!」
二人が熱い握手を交わす
「もう...どうにでもなれ...」
富山が完全に諦めモードで砂の上にぺたんと座り込む。お尻に砂がべったりと付着する
夕日が湖面を黄金色に染める中、奇妙な徹夜作戦が開始された
午後11時
キャンプ場に設置された大型ライトが煌々と辺りを照らしている。夜の静寂の中、疲労困憊の人々が砂を掘り続けている。虫の鳴き声と、砂を掘る音だけが響く
「石川...もう...限界だ...」
千葉がうつ伏せに倒れ込む。顔が完全に砂に埋もれ、「ぷはっ」と息継ぎをする
「弱音を吐くな千葉!夜明けまであと7時間!もうひと踏ん張りだ!」
石川も明らかにフラフラしている。立っているのがやっとで、時々よろけそうになる
「みなさーん、差し入れ持ってきましたー!」
管理人さんが温かいコーヒーとおにぎりを持ってきてくれる。湯気が立ち上る
「管理人さん!神様仏様管理人様!」
疲れ切った参加者たちが一斉にコーヒーに群がる
「でも、本当に大丈夫なんでしょうか...皆さん、相当お疲れのようですが...」
管理人さんが心配そうに作品を見上げる
そこには高さ2.5メートルほどの砂の塊。9層どころか、3層目すら怪しい状態。しかも全体的に風雨で削れて、当初の形を保っていない
「大丈夫です!俺たちには...俺たちには...」
石川が力強く言いかけた時、バランスを崩してよろめく
「石川!」
富山が慌てて支える。富山自身も相当疲れており、二人でよろよろしている
「ちょっと休憩しましょうよ...このペースじゃ体を壊しちゃう...」
深夜2時
作業開始から12時間が経過。多くの参加者は疲労で眠り込んでしまっている
石川、千葉、富山の3人だけが意地で作業を続けているが、動きは明らかに鈍い
「うーん...この仏像の顔、どうしても上手く彫れない...」
千葉が砂の塊と格闘している。しかし、眠気と疲労で手元が定まらず、削るたびに変な形になっていく
「千葉、それはもう仏像というより...抽象芸術だな...」
富山が苦笑いを浮かべる。声もかすれている
「でも味があっていいじゃないか!現代アート風ボロブドゥール!」
石川が強がるが、声に力がない
午前5時
東の空がうっすらと明るくなり始める。鳥たちが鳴き始める
3人は砂まみれで座り込んでいる。もはや作業どころではない
「石川...正直に言うよ...」
千葉がぽつりと呟く
「俺たち...無謀だったかもしれない...」
「そうね...現実を見なさすぎたのかも...」
富山も疲れ切った声
「でも...」
石川が砂の塊を見上げる
「でも、楽しかったよな?」
3人が顔を見合わせる
「うん...確かに楽しかった」
千葉が微笑む
「こんなバカなこと、他の人たちと一緒じゃできないものね」
富山も小さく笑う
朝6時、完全に夜が明ける
3人は砂まみれでぐっすりと眠りこけている。石川は未完成の仏像に寄りかかり、千葉は砂の上で大の字、富山は座ったまま船をこいでいる
「みなさーん!朝ですよー!」
管理人さんの声で目を覚ます
「うーん...あれ?俺たち寝ちゃったのか?」
石川がぼんやりと起き上がる。髪の毛に砂がこびりついて、まるで砂のアフロヘアー
「ボロブドゥールは?完成した?」
千葉が寝ぼけ眼で辺りを見回す
そこにあったのは、昨夜とほぼ変わらない砂の塊。高さは少し増えて3メートル弱になっているが、9層には程遠い不完全な姿
「あー...」
3人が同時に現実を認識してため息
「でも、みんなで一緒に頑張ったじゃない」
富山が優しく言う。声に諦めではなく、温かさがある
「そうだな...すごく楽しかったよ」
石川が砂だらけの顔で苦笑い
「うん!最高のキャンプだった!どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなるって、本当だったよ!」
千葉も満面の笑顔
その時、昨日のテレビクルーが再び現れる
「おはようございます!その後の進展はいかがでしたか?」
リポーターがマイクを向ける
「えーっと...」
3人が困った顔で砂の塊を見上げる
そして石川が精一杯の笑顔を作る
「完成しました!これが俺たちの10分の1スケール・ボロブドゥール遺跡です!」
「でも、9層ではなくて...」
「3層バージョンです!コンパクトで現代的な解釈を加えたボロブドゥール!」
石川が必死にフォローする
「仏像は予定通り267体できたんでしょうか?」
「267体の予定でしたが...」
千葉が砂の塊を指折り数える
「18体です!厳選された18体!質を重視したんです!」
「そうです!一体一体に魂を込めました!」
富山も頑張ってフォロー
リポーターが苦笑いを浮かべながら
「でも、皆さんとても楽しそうですね」
「はい!史上最高にグレートなキャンプでした!」
3人が揃って砂だらけの手で親指を立てる
カメラが引きで3人と砂の塊を映す
見た目は明らかに失敗作だが、3人の笑顔は心の底から楽しそうで、純粋な輝きを放っている
「来月は今度こそ本物の実寸大ピラミッドに挑戦しますから、ぜひまた取材に来てください!」
石川が最後まで前向き
「ピラミッド!?しかも実寸大!?」
富山と千葉が同時に叫ぶ
「今度こそ完璧に設計図を準備して!」
「だから物理的に無理だって!」
富山が渾身のツッコミ
3人の掛け合いを見ながら、周りで見物していた人々が温かい拍手を送る
「面白かったよ!」
「お疲れ様でした!」
口々に声をかける見物人たち
こうして、史上最もグレートで無謀で、そして愛すべきキャンプは幕を閉じた
砂のボロブドゥール遺跡は午後には管理人さんたちの手で丁寧に撤去され、湖畔は元の美しい姿に戻った
しかし、3人の心には確実に何かが積み上げられていた
それは友情という名の、どんな風雨にも決して崩れない、永遠の遺跡だった
完
エピローグ
一週間後、石川のアパート
3人がテレビの前に集まっている
「おーい!放送始まるぞ!」
石川がリモコンを握りしめる
画面に映し出されたのは、砂まみれになって必死に作業する3人の姿
テロップには『素人3人組、湖畔キャンプ場でボロブドゥール遺跡制作に挑戦も見事に失敗』
「失敗って...ひどい言い方ね」
富山が苦笑いを浮かべる
「でも俺たち、めちゃくちゃ楽しそうに映ってるじゃん!」
千葉が画面を指差して笑う
「そうだな!結果はどうあれ、最高のキャンプだったよ」
石川が満足そうに頷く
テレビでは、風で仏像が崩れるシーンが繰り返し放送されている
「あー、あの時は焦ったなあ」
3人で大笑い
「そうそう、石川...まさかまた何か企んでるんじゃないでしょうね?」
富山が不安そうな目を向ける
石川の目がキラキラと輝き始める
「実は...来月のキャンプなんだけど...」
「やっぱり!」
富山が立ち上がる
「今度は実寸大エッフェル塔はどうかと思ってるんだ!」
「絶対やだ!鉄骨工事なんて素人にできるわけないでしょ!」
「じゃあ、砂でエッフェル塔は?」
「それも無理よ!高さ324メートルなのよ!?」
「10分の1スケールなら32メートル...」
「それでも無理!」
富山の叫び声がアパート中に響く
一方で千葉は
「エッフェル塔!面白そうじゃん!やろうよ富山さん!」
「千葉くんまで!」
3人の掛け合いが続く中、テレビではボロブドゥール遺跡の特集が流れ続けている
こうして、彼らのグレートなキャンプ伝説は今日も続いていく...
次回「俺達のグレートなキャンプ92 砂でエッフェル塔を建てろ!」にご期待ください!
『俺達のグレートなキャンプ サンドアートで実寸大ボロブドゥール遺跡を作成』 海山純平 @umiyama117
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