第4章
第1話 ゴミソ
祖母のようになりたい。それが七七子の願いだった。
七七子の祖母は特別な人間だった。人には見えないものを見ることができ、声を聞き、そして調伏することができた。祖母はその力を活かし、「ゴミソ」として活動していた。「ゴミソ」とは青森県や秋田県で知られる巫女の一種で、活動地域の近いイタコと比較されることもある存在だった。
悪霊、怪異、呪い。祖母は依頼があれば、対象を選ばずありとあらゆる人ならざるものに対処していた。電話を受け、そのまま数日間いなくなったかと思えば、全身傷だらけで帰宅することもあった。その痛々しい祖母の姿は、幼い七七子にとって恐ろしいものではなく、ヒーローそのものだった。
七七子自身、物心ついたころから人には見えないものが見え、そして声を聞くことができた。それは祖母から受け継いだ力に他ならなかった。幼心に、それは当たり前のことではなく、天よりのギフトであると認識していた。
私も、おばあちゃんみたいなゴミソになるんだあ。孫娘の無邪気な言葉を、七七子の祖母は険しい表情で聞いていた。
小学校に上がるタイミングで、七七子は幼少期を過ごした秋田県を離れ、両親と一緒に父親の実家のある東京に引っ越した。今思えば、それは祖母の意向だったのだろう。
祖母は決して、七七子がゴミソを目指すことを認めなかった。理由を聞いても、「おめさは無理だ」としか言ってくれなかった。
しかしそんなことで七七子は諦めなかった。教えてくれないなら、勝手に学べばいい。小学四年生のころにはそう決意を固め、学校が長期休暇になるたびに可能な限り秋田の祖母のもとに滞在し、その一挙手一投足から目を離さず、盗めるものは全て盗んだ。霊や妖怪に関する書物を片っ端から読み、ネットで都市伝説を調べ、部活動に励む同級生の真似をして体を鍛えた。
十五歳になり、高校は秋田にある高校を選びたいと両親に訴えたが、当然のように却下され、仕方がないので中野から通える範囲で可能な限り自然の多い青梅の高校を選んだ。秋田の深い山には及ばないが、それでも間近に山々の霊力を感じながら学校生活を送れることは悪くなかった。
両親を納得させられるだけの最低限の成績を維持しながら、七七子はひたすら自己流の修行に明け暮れた。平日は授業が終われば筋力トレーニングに勤しみ、通学の電車では霊や妖怪や宗教に関する本を読み、家に帰れば神通力を高めるための訓練や瞑想をした。休日は山のなかを走り回り、川で水垢離をした。怪異の類と命のやりとりをする助けになるかもと、格闘技のジムに通ったこともある。とにかく、できることは全てやった。
ただ、どれだけ自分を磨いたところで、祖母は七七子を認めてくれなかった。悔しかった。祖母に認めてもらうには、実績を積むしかない。そう考えるようになった。
低級な悪霊や動物霊などは七七子でも簡単に祓うことができた。しかしそんなもの、多少の心得があれば誰だって祓うことができる。そんな雑魚ではなく、祖母も驚くような強力な悪霊や怪異の出現を、七七子は渇望するようになった。
だから今回、須磨愛果から正体不明の怪異の気配を察知した時は、内心やっとチャンスが巡ってきたと心が躍った。かすかに感じるその気配は、それまで遭遇してきたどの人ならざるものとも異なる質感だった。巧妙に気配を消しており、よくいる低級な悪霊とはレベルの違う、狡猾で強力な相手であると判断できた。
これを上手く祓えば、きっと祖母だって自分を認めざるを得ないだろう。この時のために準備は十分にしてきた。古今東西、あらゆる種類の人ならざるものについて学び、肉体と精神を鍛え、己の神通力を磨いてきた。何が来ようとも、対処できる自信があった。
だがすぐに、七七子は打ちのめされることになる。
「夢の薬」というものについて言い争っている須磨愛果と畑中乃亜を問いただしているうち、強い怪異の気配を感じて急行したが、何もできずに目の前で生徒を一人死なせてしまった。そして生徒が亡くなると強烈な気配は煙のように消え、追跡しようにも痕跡一つ残らなかった。
これは一筋縄ではいかないかもしれない。七七子は嫌な予感がした。
その後も、怪異本体の気配を察知することはできなかった。校内でどれだけ感覚を研ぎ澄ましても、その怪異が持つ独特の気配がほとんど感じられない。唯一かすかに感じられたのは須磨愛果と畑中乃亜の二人からだけだ。だが、最も怪しい畑中乃亜は初めて接触して以降、一切学校に来なくなった。須磨愛果は登校こそしていたが、決して口を割らなかった。
怪異そのものが見つけられないなら、怪異と関連があるであろう「夢の薬」について、なんとかして情報を得たかった。
その後、怪異から影響を受けていると思われる不自然な痩せ方をした生徒を何人か見つけたが、誰もが口を堅く閉ざした。
話してくれないなら勝手に調べればいいと、それらの怪しい生徒を尾行したが、そういった生徒は異様に警戒心が強く、必ず七七子の尾行に気づいた。その後は口論に発展するか、あるいは足早に帰宅されてしまうため、怪異の居場所、もしくは畑中乃亜の居場所までたどり着くことができなかった。
唯一口論のなかで知り得たのは、「夢の薬」を使うことで見られる夢を、生徒たちは求めているらしい、ということだけだった。
調査は遅々として進まず時間だけが過ぎ、七七子は焦った。怪異の関与が疑われる死者は少しずつ増え、ついには八人を数えた。有効な手がかりが一向に得られないまま、高校は休校となった。
もはや、祖母に認めてもらうどころの話ではなかった。これ以上犠牲者を増やさぬために、一刻も早く解決しなくてはならない。
連続怪死事件に関する保護者説明会が開かれる前日、高校の敷地内に設置していた対怪異用の仕掛けの確認のため校内に入っていると、門の外からこちらを窺っている須磨愛果に気が付いた。すぐに自転車で逃げられたが、七七子は走って追いかけた。
辿り着いた先は、小さな工場のような場所だった。七七子は警戒しながらその扉を開けた。
まさかその三時間後、歌舞伎町の地下室で想像を絶する怪異と遭遇しようとは、その時は思いもしなかった。
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