第9話 努力は裏切らないけど慢心はダメ

大南門と呼ばれる門はずっと開きっぱなしだったが、門番はおらず、代わりに不思議な金属製の動く塊が置かれていた。

むき出しになった歯車が駆動して金属のパーツが動いている。


「と、都会ってすごいな……これが機械なんだ……」


村の上空を金属に包まれた魔法飛行船が飛んでいるのを幾度か見たことがある。

あれも近くを通過するだけでとてつもない音がしたものだが、この門の前の機械もガシャンガシャンと大きな音をだしており、もはや人の足音がかき消されるくらいだった。


その横をそろりそろりと抜け、門をくぐると茶色くさび付いた鉄にまみれたスチームパンクな光景が広がっていた。


歯車が回るカラカラという音や、鉄と鉄が激しくぶつかるガシャンガシャンという音がうるさいくらいに響いている。

街の人はこれを気にも留めず、まるでこの機械音が街と一体化しているかのようにも感じるほどだった。


鋼鉄の香りから逃げるように、街の中心を目指していく。

そのまま一時間以上歩くと、一度街に入ったはずなのにもう一つの大きな門が僕の前に現れた。


「に、二重の門!?帝都、守りが堅すぎる!もし僕が幽霊じゃなかったらこんなとこは入れなかったでしょ~」


通行人が必死に門番の人に通行許可をもらおうとしているのを横目に縫うように門を潜り抜ける。


すると、先ほどとは全く違った雰囲気の街並みに目を奪われた。


レンガ造りの家々が立ち並び、先ほどの工場区域と比較するとより古典的な市街で奥には黒くて大きな城がたたずむ。

その左右には尖頭アーチが特徴的で荘厳さのある教会のようなものや、特徴的な建物が集まる施設のようなものまで見える。


大きな道が何本も交差するこの入口からの経路には立派な看板が立てられていた。

〈帝都ターレット市街 職人区南門〉


「最初の門はこの帝都の工場区域に入るためのもので、都市の様相をなす中心区域に入るためにも門があるのか……すごっ!!!」


思わず感動が口から漏れ出てしまう。


街の外側からみると高い建物と工場の煙で中心部の建物や雰囲気は一切見えず、まだ様々な区に分かれている帝都の全貌が体感できないことに、帝都のスケールが異次元であることを思い知らされる。


大通りの道は馬車などが通りやすいように端に歩行者用の通路が敷かれており、理路整然とした森厳な様子が読み取れた。


二つ目の門の南側はどうも職人町らしく、裁縫や鍛冶、楽器など機械製品ではなく人の手を使った製品の工房などが並んでいた。


大きな道以外にも小道がたくさん通っており、それらは真っすぐではなく昔から残る旧市街のようなところが少しずつ開発されていったことが分かる。


小道に入口がある店もたくさんあるため、隠れ家的な名店も潜んでいると思うと心が躍る。


「街には様々な道のプロがいる。Sランク冒険者たちもここで装備を揃えてもらってたんだと思うとワクワクしちゃうね!僕も生きてたら絶対ここに背伸びしてでも行ったのに~!」


職人町だけでも結構広く、直進しても抜けるのに1時間弱ほどかかった。


城を全貌を目に入れるには見上げなければならないほど城に近づいてくると、辺りは美術館や騎士たちが集まる屋敷、市庁舎など、文化的な施設や政治的な施設などの機能を有する都心に入った。


設置されている地図を見るとここは中央区と呼ぶらしく、城も中央区に含まれているらしい。


南は職人区であったが、西は教会区、東が商業区、北に研究区とつながっているらしいことが分かった。


「えーと、聖女様に出会うためには教会区の大聖堂ってところにいけばいいんだっけ?となると、あっちか」


一番大きく左右に弧を描くように伸びる道をたどって行き、数回曲がったところで辛くも教会区にたどり着いた。


別に大聖堂が遠くから見えるから、迷って右往左往したわけじゃないんだけど、まわりに見慣れない建造物がありすぎてちょっとお腹いっぱいって感じだ。


中央区と大聖堂はそれほど遠くなく、中央区から教会区に入ってしまえばすぐに大聖堂に出会うことができた。


「遠くから見ても大きかったけど、近くに来るとこんなにおっきいとは……ワルツの牧場より大きいんじゃない?」


ゆっくり大聖堂の入り口に近づこうとすると、


―バチッ!


「いった!痛い!」


鋭い痛みが体に流れた。


訳も分からずまた入口の階段に近づこうとすると、


―バチバチッ!!!


電流のような激しい痛みが全身を襲ってくる。


「こ、これもしかして……幽霊が神聖な場所に入れないように魔法が設置されてる!?」


まっずい、まっずいぞ……

聖女様に会えないとなればここに来た意味がない!


夜まで360度、全方向からこの魔法のバリアに侵入しようとするも結局七回転んで八回弾かれるだけだった。


「くそぉ、ただ身体を痛めつけるだけで夜になってしまったじゃないかよぉ……ま、まあ夜になってしまえばこっちのものだし!夜だと幽霊の力が強まるんだぞ!突撃!」


―バチバチバチバチバチ―ン!!!


バリアは非情だった。


何度か挑戦したものの僕は諦めて次の作戦に出ることにした。

誰かに憑依して聖女様に伝言するという作戦である。


まず人を探さないといけないと思い、幽霊に居心地の悪い教会区から人が多そうな中央区に戻り、弧を描いた大通りを再び歩くことにした。


「夜なのに、どこも家の中のように明るい。街中にろうそくが置いてあるみたいだ。そしてたくさんの街灯の下には恋人や家族、仕事終わりの役人やそれらを守るために巡回している兵士が歩いてる。今度こそ、アポリ突撃!」


大通りで出会った人みんなにぶつかりにってみたり、憑依を強く念じてみたりもしたけど誰にも憑依することは叶わなかった。


「まじかー、やっぱり人間に憑依するのは結構難しいんだなぁトホホ。これは聖女様にお話しするまでに結構時間かかりそうだぞ。それまでワルツが無事だったらいいんだけど……」


そうこうしているうちに一時間ほど歩き回っていたことに気づく。


―ドカーーーーン!!!


「!?なんだ、今の」


僕の左側から急に爆発音が聞こえてきた。

その爆発音は少し離れた場所でも多少の振動を伴い、周りの人の目もそちら側に集まる。


多分聞こえてきたのは左側の少し奥に見える建造物に囲まれた場所のようだった。


僕は作戦もうまくいっていなかったので、興味本位で音のした方向に走って向かった。




数分走って、駆け付けるとそこは建物に囲まれた広場で、敷地の入り口の壁には文字が刻まれていた。

〈帝国立ターレット学園〉


また、その下に立てかけられていた看板には、以下のように書かれていた。

〈第189回ターレット学園入学試験会場〉


広場はありえないくらい大きく、建造物と併せるとイパタ村より大きそうで驚いてしまう。

ただ、その広場の真ん中では炎が燃え上がっていた。


走って近づいてみると、炎の周りを人が囲んでいた。

何が起こってるんだろう。


「すごい……」


「受験番号3211 ガブ君、これにて試験は終了です。お気を付けてお帰りください。」


試験官にガブと呼ばれた子はぶっきらぼうにバッグを肩にかけ、僕の横を通り過ぎると振り返って一言言った。


「おいネルぅ。俺とお前では実力が天と地の差だ。残念だったなぁ!今年の実技試験はお前が一番苦手な戦闘の試験だったんだからよ!学園で一年間待っててやるよ!まぁ来年受かればの話だけどなぁ!」


僕はその後姿を眺めていた。

(彼があの爆発を起こしたんだ。見た感じ僕と同じくらいの年なのに、こんな魔法が使えるなんて……やっぱり都会っ子はすごいな……)


それとは対照的にネルと呼ばれた子は、あまり戦闘が得意ではないらしく、ひどいことを言われたからか俯いていた。


「次が本日最後の受験者となる。受験番号3890 ネル君。それでは第三科目実技試験を行う。この木の人形を1分以内に戦闘不能にしなさい。準備はいいかね?」


「……」


試験官の問いにもネルは俯いたまま答えなかった。


「ゴホン、キミは非戦闘職志望かね?」


「……船に乗りたいです」


ネルはぼそっと答えた。


「なるほど、確かに君は運が悪かったかもしれんが、また来年受験すればよい。とりあえず試験は開始させてもらうぞ。それでは、始め!」


いつの間にか炎は鎮火され、ネルの正面に置かれていた木が魔法によって意思のある人形へと作り変えられていった。


(木の人形とは言っていたけど、魔法で動く人形なのか!?木の枝を武器として持っているし、なかなかに強そう……)


ネルは俯いた顔を上げると、両手でがっちりと木剣を握りしめ、人形と対峙する。


人形はじりじりと臨戦態勢を取りながら距離を詰めていく。

ネルはそれに対して、先に木剣を振り上げ、反撃の姿勢を取る。


既に戦闘開始からのにらみ合いで20秒は経っていた。

緊張の時間が流れる。


(どちらから仕掛ける……?)


と、僕が思った矢先、残り時間に焦りを感じたのかネルが飛び出す。

そのとき、ネルは足元にあった小石につまづいた拍子に、前に倒れながら木剣を振り下ろそうとした。


だが、ネルは闘うのが怖かったのか目を瞑っていたので、方向を間違えて、人形の横の"何もない方向"に転んでしまったように見えた。

普通の人には。


(え、待って、待って!?それ食らったら幽霊でも痛いんだよ!?知ってる?)


ネルが僕の方に倒れこんで来ようとしているのが見えるが、咄嗟の出来事で身体が動かない。


ネルは、畳をひっくり返すかのように、バタンと地面に倒れた。


「イテテテテ……さすがの僕でもこれは痛いって!」


そう言うと、周りの大人たちの目がこちらに向いているのを感じる。


あれ、もしかして……

もしかしてだけど、憑依しちゃってるぅぅぅ!?


ネルとぶつかってしまったときに無意識に憑依してしまったみたいだ。


まさかこんなタイミングで憑依するとは思わなかった。

まだ試合中のこのタイミングでってことは……人形が襲ってくるってことだ!


人形は伏せるように倒れた僕の上から枝を振り下ろしてこようとしていた。

僕は何とか身体を翻し、木剣で木の枝を受け止める。


そのまま、力に任せて枝を右側に弾くと、勢いのままに立ち上がる。


両者態勢を立て直し、近距離で対峙した。


もう時間がないと、姿勢を低くして素早く相手の懐に入り込む。


生前ナビーさんにこっそり教えてもらって、ワルツに勝つために練習した技がある。

人形が木の枝を振り払って近づけさせないようにしてくるのに対して、


「水面返し」


手首を返して、木剣を返し受け流す。

そしてそのまま第二の技を放つ。


「三日月斬り」


右上から斜めに美しく鋭い軌道を描いた剣先は、人形の胴体を真っ二つにし、人形はその場で崩れ落ちた。


一瞬の静寂が流れる。


「し、試験終了!受験番号3890 ネル君、これにて試験は終了です。お気を付けてお帰りください。」


「あ、あぶなっ!人形にボコボコにされるところだった……」


なんとか僕は事なきを得たらしいが、これって本当に倒してよかったんだろうか。

まぁ、やられそうだったし、しょうがないよね!







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第二の人生、第一の霊生 ~この場合一生に一度のお願いは何回使えますか?~ 参照 @Toto_kun_

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