第8話 参勤交代練習中
「ふぅ、ふぅ。やっと……やっと着いたぞーーー!」
僕は高らかに拳を上げ、ジャンボ王国帝都ターレット市にたどり着いたことを喜んだ。
ここまで来るのに20日弱ほどかかったため、達成感は半端なかった。
にもかかわらず、道中は新鮮な景色が広がっていて、不思議と疲労を感じることはなかった。
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ルービの町を抜けた僕の前に、たくさんの車輪跡や足跡がありながらも平坦さを保っている砂利道が続いているのが、少しでこぼこした足のふみ心地で分かる。
「町を抜けたはいいものの外は暗いなぁ。幽霊になってから多少暗いところも見えやすくはなったけど、それでも10m先くらいまでしか見えないや。」
草原が広がる中続く一本道をたどっていくほかに帝都にたどり着く道はない。
でも、このままじゃりじゃりと音を立てながら歩いていくのもちょっと寂しいよね?
「はるの~やまの~う~え~に~は~うみがある~~~!」
僕は歌うことにした。ただ、気の赴くままに!
もう普通に道とかも気のままに進んじゃおうかな~
……なんてね。冗談です。
そんなことしてたら人生上手くいきませんよ。
最初の滑り出しは好調だったものの、やっぱり一人で孤独に暗闇の中を進むだけとなると、少しずつ気持ちが滅入っていきセンチメンタルになっていった。
「うぅ……なんで僕が死ぬ羽目になっちゃったんだよぉ」
砂利道にのさばるちょうどいい小石たちを蹴って蹴って蹴り進んだ。
ルービの町から帝都ターレット市まではおよそ徒歩で45日かかると村長から旅路の前に聞いていた。
あと45日もこの感じでいくのかと気が狂いそうにもなったが、なんとか感傷的なところで踏みとどまることができ、とぼとぼと歩いていたのだ。
すると突然道の先に暗闇の中でギラリと輝く二つの点を見つけた。
―にゃあ
!?
これはもしかしてとそこに駆け寄る。
「は、初めて見た……これが本物のネコか……!」
イパタ村周辺にはこんな動物はいなかった。
村長から話を聞いて絵にかいてもらった幻の動物が自分の目の前にいるというその興奮で気持ちはいっぱいだった。
でも、村長が描いた絵はもっとヒト型っぽくて、なんか前の神様のような見た目だったけどなぁ。
本物のネコはこんなに小さくて、かわいいものなのか。
たしかにあの神様は頭から下はほぼヒトと言っても過言ではなく、一番の特徴ともいえる鳴き声も「にゃあ」じゃなかったもんなぁ。
「あぶない、あぶない。転生してたら僕の中のネコが”あれ”になっちゃうところだったよ……」
―シャアアアアア!
ネコは威嚇のポーズをとって、こちらを睨んでいた。
「え、お、怒ってる……?」
ネコは幽霊である僕がはっきりと見えているかのように、ずっとこちらを睨みつけながら砂利に爪を立てている。
するといきなりこちらに飛びかかってくるではありませんか!
「こちらはすでに幽霊になっているというのに猫にまで嫌われるなんてなんて不憫なんだ」と自分の不憫さを呪ったのもつかの間、猫は僕の胴体に衝突した。
一瞬のうちに視界が暗転する。もう暗いけど。
いや、外も暗いけど、瞼を閉じたくらいに真っ暗になったんだ。
意識を取り戻して目を開けたとき、周りがやけにはっきり見えた。
「なんだこれ」という言葉が口から漏れそうになると、
「にゃあ」
あれ?何か違和感を感じる。
続いて「ネコはどこに?」と言おうとした。
「にゃあ」
やっぱり、確実にあのネコに憑依してしまっていた。
人間以外にも憑依できるのかと驚く反面、ネコの言葉は全部「にゃあ」なんだというところに衝撃を受けた。
ネコは人よりも身軽で一歩踏み出すときの軽やかさが違い、ピッチ走法のようにトテトテとリズムよく足を踏み出すことができる。
急に夜道を歩くことの楽しさを知った僕は、夜が明けるまで夢中で砂利道を蹴った。
夜が明けると同時に、自然と猛烈な眠気に襲われる。
久しぶりの身体を休めなきゃという反応で、意識での抵抗も間に合わず深い眠りに落ちた。
目が覚めると、真上に坐する太陽がこちらを照り付けてくるのがわかる。
昔お母さんに直接太陽を見るなと言われたけれど、この不可避の日光に慣れるのは容易ではなかった。
「ゆ、幽霊まで照らす太陽……初めて見た」
動作を確認するようにゆっくり起き上がって、憑依が解け霊体に戻ったことをはっきりと理解する。
やっぱり幽霊は夜にフルパワーが出せるという見立ては間違っていないみたいで、朝になり日光を浴びてしまうと時間や相性に関係なく、憑依が解除されてしまうようである。
「霊体もなかなか面倒な体だなぁ。さて、スッキリしたし歩くか」
生活習慣という概念がなかった幽霊生活に、生活習慣が導入され朝から寝る生活を取り入れた初めての起床。
僕の起床後の予定は”就寝まで帝都に向かって走り続ける”ことだ。
「いや、競走の選手かよ!」
自分で自分にツッコんで体に鞭を打つ。
野を越え、野を越え、野を越え、草原が広がる砂利道を走って進む。
基本的に大きな道は付近の魔物が処理されているのか、魔法で遠ざけられているのか、野生動物以外の凶暴な魔物に出会うことはなかった。
再び野を越えると、砂利道の脇に数台の馬車が転倒している跡があった。
帝都からルービの町に向かってくる方向から倒れたようで、馬車の頭の部分がこちらから見える
気になって近づいてみると、山菜の類が積まれたまま放置されていた。
ほとんどはイパタ村の周辺の山でも採れるような山菜であったが、その中でひときわ輝く摩訶不思議な白い山菜があるのを見つける。
注視してみると、もともとは積まれていただろう白い山菜は、食い荒らされた食べ残しが辺りに散らばっており、緑色に変色していることに気づく。
多分、根が付いたまま収穫されている山菜なので、どこかで分断されると白い色を失うのではなかろうかと思う。
多分葉にたくさんの栄養が詰まっているのか、緑色に変色したのこりかすは、茎や根の一部分だけだった。
「食べ物がなくなった野生動物に襲われたのかなぁ。それともここら辺に魔物が……!?だとしたら、ネコに憑依しているときに襲われなくてよかった」
ほっと胸をなでおろした。
ただ付近に人も馬もなく馬車だけ残されていたので、ここ数日の出来事ではなく、しばらく前にこの馬車の主たちはこの場を離れたのだろうと推測できた。
「まぁ、僕幽霊だし、あんま関係ないか」
そう呟いて日が暮れるまで、歩き続けた。
日が暮れ夜になり替わる夕暮れの時間。
僕には素晴らしい作戦があった。
町を出て一日半草原を歩き、森の入り口にたどり着いた。
ここは道も整備されている森で、ウサギをはじめとする多くの穏やかな野生生物がここで暮らしていることからウサギ森と呼ばれているらしい。
道のりの大部分はこのウサギ森にあるため、どうやったらこの森を素早く移動できるのか考えたところ、いい感じの作戦を思いついたのだ。
夜になるまでにいい感じの足が速そうな鹿を見つけ、なんとかその鹿に憑依できないかチャレンジしてみて、夜の森を疾走するのである。
「その名も、かくかくしかじか作戦!」
まずは、憑依できる相性のいい鹿を夜までに探しておかなければならない。
僕は、森の入り口付近を歩き回り、穏やかそうな鹿の群れを探していた。
もう空が暗くなって星が光り始めるころ、ぎりぎりで鹿一頭を発見した。
「あ!やっと見つけた!鹿だー!」
なんとか近寄ってみるも相性が悪いのか、まだ日が沈み切っていないからか、ぶつかっても憑依ができない。
この作戦に潜む大きな問題が、”日が暮れるまで憑依できるか試せない”のに”日が暮れたら暗くて新しい鹿を探すことができない”ことである。
「あぁ、なんて馬鹿なんだ……もっとちゃんとした鹿を探さないと……」
相性が悪かったと諦め、なんとか新しい鹿を探そうとするも、完全に日が暮れてしまったようで森の中は星明りも入らず真っ暗であった。
新しい鹿も早々に断念し、先ほど見つけた鹿のもとに向かってダメもとで憑依できないかぶつかって、念じてみる。
(神様!一生に一度のお願いです!鹿として生きさせてください!)
そう願ったとたん、身体がふんわり軽くなり僕の身体は透けながら鹿と同化していった。
「ピャッ!(で、できた!)」
自発的な憑依はぶつかってから、強く念じたらできるのかもしれない……!
意外と霊になってもやりたい放題できるぞ?
もしかしたら僕、なんとか頑張ったら生き返れたりするのかもしれない。
森の整備された道までスキップしながら戻ると森の奥で点になって消えている道の先を目指して駆け出した。
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そこから15日毎晩毎晩鹿に憑依して走ってを繰り返し、森を抜け一日分くらい歩き帝都にたどり着いたのだ。
鹿の身体は疲れるし、お腹も空くため、毎日新しい鹿を見つけては憑依してを繰り返した。
鹿っていうのは不思議なもので、
「フィーヨォー!(はるの~やまの~う~え~に~は~うみがある~~~!)」
と歌うと何故か、他の鹿が寄ってくるんだよなぁ。
村では僕の歌はそこまで評価されなかったけれど、鹿たちの間では結構人気でかっこいいのかもしれない。
まぁそういうのもあって15日間歌うと達成感もつきものってワケさ。
鹿だけかもしれないけど、鹿やネコのような動物たちになら夜間ずっと憑依し続けることができそうだと幽霊への理解が深まる一方、外側から見る煙が立ち上る帝都の街並みへの驚きは強かった。
「帝都はこんな街なんだ……ここに聖女様もいる」
ついにワルツへの手掛かりがつかめるかもしれない、近づけるそんな気がする。
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