第15話 初の性転換

「ん……んん……」


 昨日クッキーを食べ、約束の薬を食べてからぐっすりと寝てしまっていた。

 睡眠薬が入っていたのだろうか、真相は雪音しかわからない。

 ただ、睡眠薬が入っていた方が薬の効き目を促進することができる。


「おにいさーん。どうですか?」


 窓を閉めて寝なかったせいで、太陽の光が僕の瞼を貫通する。

 とてもまぶしい。しかし僕はやけに疲れていて起きることができない。


「……お兄さん。いつまで寝てるんですか?」

「……あとちょっと」

「……あ、おすすめのエロマンガを教えてあげます!」

「え? なになに!?」


 自分ながらも最悪な目覚め方だと思った。まさか妹がおすすめのエロマンガを教えるという条件につられてしまうのは、兄としてどうかと思う。


「冗談ですよ。でもお兄さん。どうですか? その体は」

「え? 体……あ、そっか」


 そういえばそうだった。僕は義妹である彼女から性転換薬をもらっていた。

 失敗作でないことを祈りながら寝ていたが、その心配なんて髪のように溶けてしまっていた。


「ちょっと一回起きてみるか」


 そして僕はゆっくりとベッドから身を起こし、床に足をつけた。

 いつもとは違う、明らかに違う。


「なんか……身軽だ」

「やや、女の子になって一番のセリフが身軽なの? 男の子なんだから、もっとなんていうか……かわいいとか言いそうですけど」

「あのなぁ……僕の部屋に鏡はないし、スマホなんてものは昨日からずっとリビングに置きっぱなしだ」


 そう僕は雪音に伝えると、雪音は周囲を見渡した。


「……お兄さん、薬を飲むっていうのに本を読んでいたのですか? まったく、その時ぐらいは押さえてください。いくら勉強でも、薬がうまく作用しなかったらどうするつもりなんですか?」

「え? どうなるんだ?」

「そ、そりゃあ……声が男の人のまま身体が縮んだり、もちろん髪の毛も伸びませんよ」

「いわれてみれば……声が少し変わってるような」


 そうなのだ。いつもなら雪音と僕の声の高さはかなり違うが、今日は起きたときからずっと雪音と同じ声質で、声の高さなんて言ったらほぼ一緒なのだ。


「よし雪音!」

「やや、どうしたんですかお兄さん。急に……それにまだ朝ご飯も食べてませんし」

「今日はカラオケに行くぞ!」

「あ、あー。男の人は声が高くなったら一番初めに歌いたくなると心理学の本で学びました」


 男子ならだれもが声が高くなったら好きな歌でも歌ってみたいと思うだろ。アニメのOPなんて大体が女の人が担当しているからな。まぁ僕アニメ見ないんだけど。


「ってかお兄さん。自分の裸を見たりしないんですね」

「え? あーそれに関しては大丈夫だ。そもそも、身体が変わっても早くレントゲンやらをとりたいぐらいにしか思わないよ。僕の専門は体内なんだし」

「すっかり研究職に合致してますよねお兄さんは」

「なんだ? 自分が変なことするために性転換すると思ったのか? それは間違いだな、女の人になることによって、研究では意外な成果を得られるんだ?」


 女の人と男の人とでは頭の使い方が異なるため、今まで行ってきた実験の粗を探し出せるかもしれない。いやでも、女の人の脳では、研究職としては……


「お兄さん。そんな深く考えないでください。脳は改変してませんから」

「……え? 脳が……変わってない?」

「改変したらお兄さんがお兄さんでなくなってしまいますし、そもそもお姉さんから許可をもらわないといけません」

「……氷璃から許可をもらえよ一応は家族なんだからよ」


 っということは、この状態を氷璃に見せたらどういう反応をするのだろうか。

 普通に驚く? けど、頭がいい氷璃に限って驚くとは思えない。冷静に判断するだろう。

 いやでも、昨日氷璃に性転換するって言ってた気が……なんか記憶が安定しない。


「ってかさ雪音」

「……ん? どうしたのですか?」

「お前はなんで僕の部屋にいるんだ?」

「だってお兄さん、着る服ないじゃないですか」

「いやいやだってほら今着て……」


 ない!? いや厳密にいえば着ている。着てはいるよ。ただ普通に誤解されてもおかしくない。

 そう、今の僕の状況は、下着こそ来ているがシャツがだぼだぼすぎて崩れ落ち、スカートになっている状況だ。


「それではお兄さん。女の子になった生活をお楽しみください」


 そう微笑んで雪音はどこかに行ってしまった。

 服をくれるんじゃなかったのかよ。


 ---


「おーい氷璃ー。服くれないか?」


 僕は氷璃の部屋をノックしながらそういう。


「……ちょっとまって」


 眠そうな声で返事をする氷璃。一応起きているんだな。

 スマホがリビングにあるせいで正確な時間がわからない。

 次からは自分の部屋には時計を設置することにしよう。


「……その前に兄さんの姿見たい」

「え? た、確かに姿を見なければ服を決めれないか」

「……スマホ持ってないの?」

「残念ながらリビングだ」


 すると氷璃はため息をついた。本来ならここでスマホで写真を撮って送ってもらおうと思ったらしい。


「はぁ……兄さん、入っていいよ」

「……入っていいの?」

「いいって言ってる。早く入ってきてよ」

「わ、わかった」


 そうはいったが、いざ氷璃の部屋に入ろうとすると緊張して進まない。

 雪音のように核燃料物質があったら僕はどうしたらいいのだろうか。


「入らないの? 危ないもの置いてないよ?」

「わ、わるい。別にそう考えているわけではないんだ」

「……嘘つき」

「おいあの機械破壊したよな!?」


 そういえばそうだった。最近は氷璃のことを考えてないせいで忘れていたが、氷璃は僕の考えていることがわかるのだ。仕組みはわからないが、この前は機械を使っていた。


「わかった。危険なものはないんだな」

「ないよ。さすがに心配しすぎだって」

「……はいるぞ?」


 そして僕はドアノブに手をかける。

 夏とはいえ、上半身が下着だけだからかあまり暑さは感じない。


「……いざ、未開拓地へ」


 僕はドアノブを下ろし、軽くドアを開けてみる。

 雪音のようなひんやりした空気をもれてくることはない。


 ーーーーーー


「……なにそこまで身ごもってるんですか」

「え、えーっと……起きてはないのか?」

「……起きてますよ」


 そういいながら布団で口元を隠す如月氷璃。

 夏だけど暑くないのだろうか。


「ごめんごめん氷璃、少しだけ服を借りたくてな」

「そのしゃべり方やめて」

「……え?」


 き、嫌われた?


「嫌ってない。女の子になってそのしゃべり方は無理があるよ。もっと礼儀正しくしてよ。雪音みたいに」

「雪音は無理だ。あれは子供時代からちゃーんとした教育を受けてなければああならない」

「……雪音はそんなに教育受けてないけど、なんなら苦手な方らしいけど」

「あれ、それは意外。てっきり氷璃の妹だから頭いいと思ってた」


 いやいやいやいや騙されてはいけない。氷璃は氷璃、雪音は雪音だ。雪音は性転換の薬を作るほどの頭脳があるんだ。


「雪音はあれだよ、中学の成績は悪いほうだよ。あの子、秀才よりも天才のほうで……好奇心が薬、原子力学、次元干渉はすごい集中力あるよ」

「ま、まぁ一応は頭に入れておくよ。っで、どういうしゃべり方をすればいい?」

「んー……でも兄さんって考えたらそのままでいいかも」

「なんだよそれ」

「でもでも、私と雪音にはそのしゃべり方でいいよ。でも家を出たらしゃべり方も変えないと、怪しまれるよ」


 それはそうなんだが、生憎女子力どころかしゃべり方も生き方もわからない。


「んー、でも兄さん調べてきてないの?」

「え? んなこといわれても……昨日は、ずっと性転換の仕組みについて考えてたし」

「……兄さん、ちょっとこっち来て」

「……」


 氷璃はこちらに手招きをしてきたので、僕は何も気にせず近づいた。

 この部屋はもともと空き部屋だったのだが、氷璃という一人の人間が入ればこのような女の子の部屋に……いや考えないでおこう。なんか見てはいけないものを見てしまった気がする。


「……兄さん、互換性はあるね」

「な、なにが互換性があるんだよ」

「いいや別に、身長とかは私と一緒だなって」

「嘘つけ絶対胸見てただろ!」

「よくわかったね」


 まったく、こいつはなにを考えているのか本当にわからない。

 こういう女の子らしいことを考えていればわかるが……


「ってか、近づく必要はないだろ」

「あるよ。ほら、もっとこっちきて」

「ったく、なんだよ」


 正直近づいてもなにを得することがあるのだろうか。

 僕は言われる通りに氷璃が寝ているベッドの横まで移動し、彼女の視線を合わせるために座り込む。


「……ほら、こっちきて」


 そして自分のとなりを軽く『トントン』とたたく。


「……何がしたいんだ?」

「あれ? 兄さん…… 男として何も感じないの?」


 いわれてみれば感じない。これは俗にいう、誘われてるというやつなのだろうか。それともシンプルに妹だから? でもシスコンの自分が反応しないなんてことは怪しい。


「雪音……ちょっと説明が違う気がする」

「あー、脳は改変してないって言われたのね。でもいい研究結果なんじゃない? 私は少しショックだけど」

「確かに、これに関しては脳に限ってのことではないのか?」

「まぁいいや。じゃあ……これはどう?」


 氷璃は口元まで隠してあった布団をゆっくりと足元までどかし、すんなりと立ち上がり、クローゼットへ歩いていく。


「一応、雪音のためにネットで注文したんだけど、少しだけサイズが合わなくて」


 そういって取り出したのは、普通のワンピース。さすがに妹に上げるものはおしゃれ? だ。

 でも色は黄緑色だから雪音のイメージとは真逆なんだけど。


「ほらほら、着てみて」

「うん。わかった。でも似合うのか?」

「大丈夫大丈夫。似合わなかったらペンキ塗るから」

「それかぴかぴにならないか!?」


 とりあえずは来てみようと思い、僕は服を脱ぐ。

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