第16話 口調
「着てみたけど……鏡ってあるのか」
「あるよ……ほら、そこにたってるやつ」
そして氷璃は壁に立てかけてある大きな鏡を指さした。どうやって運び込んだのだろうか、少なくとも僕はあれを見たことがない。
僕は氷璃が指をさしたところへと歩いていき、姿を確認する。
「こ、これが……僕?」
目の前には濃いピンク色でセミロングの少女がたっていた。顔も整っているのは雪音が調整してくれたのだろう。とりあえず僕の好みではないが、一般的にはかわいいほうだろう。
「どう? 兄さん……服似合ってる?」
「似合ってるっていうか……もうちょっと露出を減らしたいかな」
「兄さん。それが女の子にとっては普通ですよ。なんなら十分隠れてる」
た、確かにそういわれればそうなのだが、日頃から半袖を聞かないので無防備って感じがして違和感がすごい。
「それと、これ以上隠れてるほうがいいのなら買い物に行きましょう。雪音に伝えておくから」
「……お前が行くんじゃないんだな」
そういえばこいつ、引きこもりであることを自信もって伝えれるレベルの高レベルニートであり、さらにいってしまえばニートとはいえ稼いではいる。
「私よりも雪音のほうがなぜかセンスがいいの。それとも、兄さんは私と行きたかった?」
「んー、そういわれると特に氷璃にこだわる理由がないか」
「でしょ? なら私じゃなくてもいいじゃん」
なんて適当なことを言って回避しようとしてるが、今回氷璃が行くべきことは言い出しっぺであり、僕の価値観について言われても関係がない。
「氷璃は何かいけない理由があるのか? 引きこもりって言っても、大した理由はないんだろ?」
「な、ないけど……外出たくないし。暑いし……アイス買ってくれるならいいけど」
「……お前の引きこもりの価値低くないか? アイスでつられるのか?」
「兄さんが言った通り、私だって好きで引きこもりをやってるわけじゃないし……出ようと思ったらいつでも出れる。ただ自信がある服がないだけだし」
自身がない服ということで彼女が今着ている服装を見てみると、寝間着であった。薄い黄色の長袖長ズボンの就寝着、夏とは思えない服装だ。これなのに汗は一つも書いていないどころか、先ほどまで布団を口元までかけていた。
「いわれてみれば氷璃がスカートの姿、初め以降見たことがないな。雪音にワンピースは買うくせに」
「しょ、しょうがないじゃん。スカートはなんか……私に合わないの」
「結構かわいいと思ったけど」
「でもなの。スカートって動きにくいじゃん」
とはいうものの引きこもりである以上動きにくいなどは関係ないだろっというツッコミは置いておいて、今回出かけるということは氷璃の服も買いに行くということでもある。そうとなればすぐにでも買いに行きたいし、なんていうか……氷璃が女の子している姿が見たいのだ。
今まで引きこもりだから見たことがなかったり、いざ見れたと思ったら寝間着だったり……
「さ、とりあえず朝ご飯作るから、氷璃は部屋で食べるか? 降りてくるか?」
「……部屋で食べる」
「わかった。結局今日は出かけないでいいんだよな。その調子だと」
「……少しだけ考えてみる」
ということなので、僕は迷いもなくその部屋から出ていく。
っで、確かに彼女の言う通り喋り方を変えたほうがよさそうだ。女の子の見た目なのに男の人のようなツッコミ、口調、思考まではいいとして、さすがに外見同様にしたほうがいいな。
部屋から出て、一階へと降りていく間にそんなことを考えていた。女の子と喋ったこともなく、図鑑が友達である彼にとっては難しいこと。雪音にアドバイスを聞こうと部屋によってみたが、どうやらすでにリビングにいるらしくノックしても反応はなかった。
「なあ雪音。女の子口調を教えてくれ」
テレビの目の前のソファに座らずに台所の椅子に座っている雪音にそう声をかけた。なにやら本を読んでいるようで、空間に関する本であった。彼女に口調について聞くのは危ないかもしれない。
「やや、なんで私なんですか。それぐらいお姉さんに聞いてきてくださいよ。私だって喋り方については詳しく知りませんし、私の喋り方だって生まれつきですし」
いったい何を見たら丁寧語が基本になるのだろうか。
「んー……難しいな」
「あ、でも任せてください。そこら辺にあるライトノベルとかを読めば口調が学べるんじゃないですか?」
「お前なぁ……現実にラノベ口調の人を見たことあるか? 雪音は確かにそうだが、それは君が特殊なだけだ」
そうだ。ラノベを参考にすることは僕ですら考えてみたが、さすがにラノベ風の女子高生(実年齢ではJKのはず)は厳しい。
「……
「おい! 何がめんどくさいだよ! でもそっか。雪音にしてはめんどくさいか。でもな、性転換させたのは雪音だろ? 頼むよ」
と、僕は必死に懇願する。彼女以外に誰に頼ればいいんだ。氷璃か? こよみか? 前者はともかく、後者は間違いなく心配させてしまう。
「わかりました。教えます。ただ……期待はしないでくださいよ。私だって自信ないんですから」
「まぁ見るからに英語混ざってるからな」
「うるさいですよ。これはノベルゲームから学びました」
「ノベルゲームって……絶対エ〇ゲ」
なんてことは置いておいて、雪音から口調を学べることは確定した。彼女の言う通り期待はしてはいけないが、独学よりもマシである。
※健全なゲームなので気にしないでください。
「っで、何から覚えたらいいんだ?」
すると彼女は一冊の本とあるゲームを渡してきた。
「これで学んでください。試作は私が聞きますから安心してください」
彼女が渡してきた本を見ると、一つは少女漫画、もう一つはノベルゲームであった。少女漫画のほうは見るからにラブコメ風で、思考実験でもしているのではないかと思うやつで、ノベルゲームのほうは普通のごく一般的なので多分こっちが重要。
「あ、あー」
「わかりましたか? 口調って教わるものではなく、学習するものなんですよ。いいですか? お兄さんはAIです。口調や外見、そして考え方もすべてコピーしてください」
そう自信満々にいう彼女だが、明らかに人間がやるものではない。言いたくはないがAIと人間では確実に人間が劣っている。暗記力に関してはその差が顕著だ。思考力こそ人間は高いが、彼女の言っていることは思考を捨てろということだ。
「私はこうやって身に着けました。生まれつき何て言いましたがあれは嘘です。なので頑張ってください」
「……」
こいつまじかよ、って顔で彼女を見つめる。すると雪音は一刻も早くその場から逃げたかったのか立ち上がった。
「私はお昼ご飯をかってきますね。お兄さんはその見た目じゃ外に出すのは心配ですし」
そして玄関に向かう如月雪音。そんな彼女の背中を僕は追いかける。
「おい待てよ雪音。一緒に行かないか? 服とか買いたいからさ」
「ノーですお兄さん。お姉さんと一緒でお願いします」
そうとだけいって僕を突き放してリビングの扉を開けて出て行った。兄から独立する義妹……よくよく考えたらそれが普通なので何も寂しくはなかった。
ヒロインは一人だけ!! 自宅警備員であるしろ先生 @sheriffandshein1854
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