第14話 手作りクッキー

「お帰りなさいお兄さん」


 家に帰ると早速雪音がお出迎えをしてくれた。

 氷璃は相変わらず自室にこもっているらしいが……


「さて、雪音。あの薬はもう準備できてるのか?」

「うん! もちろん。今日はね、ずっと体に異常ないか調べてましたから!」

「じゃあ今日の夜に飲んでしまえば大丈夫か」


 昨日の話通り、雪音は『性転換する薬』を作ったらしく、僕で実験したいらしい。

 もちろん、僕もそんな薬が気になるから読んでみたい。


「ちなみに副作用は確認できたか?」

「副作用……副作用……」

「おい! そこで黙るな!」


 お願いだからそこで黙るのだけはやめてくれ! 一番困るのは副作用が後遺症レベルの時だよ!


のーうぉーりー心配しないで。お兄さん、さすがに心配しすぎですよ」

「そんな作り笑顔で言われても理解に苦しむ」

「なんて冗談ですよ。副作用に関してはありませんでした。ただ……」

「ただ?」

「髪の毛に必要なたんぱく質の必要量があれでして……」


 たんぱく……質? それって薬じゃどうにもできないんじゃ……

 ってか髪の部分じゃないだろ注目すべきなのは……


「なのでお兄さん! これ食べてください」


 そしてある小袋を渡してきた。


「こ、これって?」

「私が作りました。たんぱく質をよくとれるように工夫されたすこーしばかりたんぱく質を入れたクッキーです。固めて作ったので味の保証はできません」

「……固めて作ったって、航空自衛隊の非常食かな?」

「やや、さすがにそんな立派じゃありませんよ」


 それはそれで困るんだが!? あの人たちは食料についての訓練を受けてるから無事であって、素人出る僕らがたんぱく質の塊を食べたらどうなるのかわからないぞ?


「そ、それって……胃での消化は……」

「もちろん普通の人間と同じ、あんまり消化されませんよ?」


 笑顔ですごい怖いことを言う女の子だなこいつ。いや、実験してる時点で元も子もないわ。


「ま、まぁ……妹が作ったものだから、ありがたく食べさせてもらうよ」

「お兄さん、さすがにそれだけ渡す私ではありません」

「え? なにかあるのか?」

「はい、これ」


 と、今度はかわいらしい小袋を渡してきた。


「こ、これって……手作りクッキー!?」

「やや、男の人って本当に手作りクッキーで喜ぶんですね」

「いやいや、男でも女でも、かわいい妹からもらったクッキーならだれでも喜ぶって!」


 よかった。妹の初めての料理がたんぱく質をただただ固めたサプリメント? にならなくてよかった。にしても手作りクッキーか……どれほどおいしいのだろうか。


「じゃあお兄さん。がんばってくださいね」

「おう、任せろよ。性転換の仕組みについてはばっちり調べてある」


 ま、まぁ……あの施設前例があるせいか、性転換に関する本はあり得ないほどたくさんあった。


 ---


「っで、こよみのカレーと交換で薬とサプリメントとクッキーをもらったんだけど……いざ飲むとなると大変だな」


 自分の部屋にこもって、先ほどもらった薬を飲むか飲まないかで葛藤をしていた。

 氷璃はどう思うのか、こよみはどう思うのか、雪音はどう思うのか……雪音は間違いなく喜ぶだろうが、氷璃はどうだろう。こよみは性転換した僕に気づく可能性はあるのか?


「まぁいいや。そんな考えを持っていても仕方がない。飲むぞ!」


 そして意気込んで薬を口に放り込むその時だった。


「兄さん! 雪音から何もらったの!?」


 急に部屋の扉が開き、誰か入ってきた。


「え? あ、あー。氷璃か。何をもらったかって……性転換する薬だけど」

「んー……え? ど、どういうこと? なにがあったの?」

「ダメか? 飲んじゃ?」

「いや別に……どうせお兄さんなら性転換しても自力で戻れるからいいけど」


 こいつはいったい僕にどんな特殊能力があると思っているんだよ。

 たしかに雪音がどういう成分を使って薬を作ったからかはしらないが、研究施設にある万能薬で腕さえ欠損しなければ治る。


「……もうちょっと心配しないのか?」

「うんうん、だってさ……」


 氷璃はこちらに近づいてくる。


「君が戻れなかったら……私が戻してあげるよ」

「……え? そ、それって……」

「ば、馬鹿なこと考えないでよね。私だって、性転換する薬何度も作ってるんだから。ショタをロリにするぐらい……」


 おいまてこいつ今犯罪級なこと言わなかったか!?


「ってか、急にどうしたんだよ氷璃。急に僕の部屋に入ってきて、引きこもりとは思えないぞ」

「い、いや。なんか雪音から薬をもらったらしいし、もし死んだらその……誰が夕飯持ってきてくれるかわからないし」

「自分で作れるんだから自分で作れよ」

「家から出られないんじゃ元も子もないから!」


 なにを偉そうに言ってるんだこいつは。食材がなければ雪音にでもたのめ。

 いや、雪音もあいつ準自宅警備員だった。


「はぁ、じゃあ兄さん。服はどうするの?」

「それに関しては大丈夫だ! 昨日、雪音と一緒に買いに行ったからな」

「クローゼットに何も増えてないんですが」

「そりゃ何も買わなかったからな」


 そういえばそうだった。雪音と買いにいったはいいものの、雪音の一年分の実験材料買わされるのに付き合わされて服を何も買ってないのだ。


「……しょうがないから、私のやつ貸してあげますよ」

「お、おうありがとう。氷璃の?」


 まてよ、氷璃って聞いて何かいやな気がする。もしかして……


「道路標識のパーカーか?」

「あれ? 兄さん、よくわかりましたね。普段私と会わないのに」

「そ、そりゃな、洗濯し続ければ知りたくもない事実はでてくる」

「……え? も、もしかして……」


 すると氷璃は少しだけ頬を赤らめた。


「え? どうした? ってか本編か番外編かで迷って——」

「——兄さん!」

「ど、どうしたんだ急に」

「今度からその……自分の分と雪音の分は自分で洗濯するから!」

「どうして雪音まで!?」


 氷璃が急に自分の分は自分で選択すると言い出した、妙に雪音まで巻き込んで。

 反抗期だろうか、それよりも自分は氷璃と雪音の洗濯ができなくてショックなんだが。


「ま、まぁ……年頃の女の子って色々あるし、これは雪音のためだから」

「……たしかに、雪音のためか。ならそうしとくか」

「では、兄さん。がんばってくださいね」


 そして部屋から出て行った。何だったんだあいつ、ただ僕の心配をしてくれただけか?


「……この薬、いやもう決めたんだからな」


 僕の手の中にあるこの一粒の薬と、世界最強のたんぱく質特化型栄養食(100%)と雪音の手作りクッキー。

 僕ははじめに……手作りクッキーを口に入れた。


 ---


「いつか会えるといいママ。その時はこれを……読んでくれますか?」


 私は先ほど書いたばかりの手紙を引き出しに入れた。

 会えないとわかっている。この時代のママなんてただの少女であることはわかっている。

 けど、これは未来を生きる私にとっての目印になるかもしれない。


「じゃあ……また会いましょう」


 ーーー手紙ーーー


 付き合いが長い、○○へ----


 ここにきてまで手紙を渡すなんて……直接渡せよって思いますよね。

 あなたにとってはほんの数分、数秒、数コマだとしても私は生きています。


 あなたが思っている以上に私は成長しました。

 好きな人もできました。

 だけど私は……あなたの大切な人を、奪うことができません。


 何度も何度も生まれなかったなんて思いました。

 けど、あなたの前では自然とそんな気持ち薄れてきました。

 私とあなたの大切な人を……よろしくお願いします。


 記憶はないけれどまた今度会えるといいですね。


 好きって言ったからって……

 恋人になれるわけじゃないんですよ?


 ーーーーーー


「なーんて、これを見てくれる人は……もう誰もいませんが」

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