第10話 クールで完璧なイモウト
「はい、料理ができたよ。兄さん、雪音」
そして僕らの前の机に料理が運ばれた。
それは、昨日まで料理を教えてと言ってきていた人とは思えないほどきれいに整っていて、おいしそうだった。雪音がいるからなのか、それとももともと料理ができていたのか。
「「「いただきまーす」」」
そして僕と雪音は同時にご飯へと箸をつけ、口に入れた。
「お、おいしい!」
「……それお米だけど!?」
なんてのは冗談だ。食べる前からどれぐらいおいしいのかははっきりとわかっている。
「でもこれ、本当においしいよ」
「そう? 久しぶりに作るからあまり自信なかったんだけど……そう言ってくれてうれしいよ」
「やや、自信なかったって……昔と味も変わらないですよ。それにお姉さんは……きっと未来でも、何年も料理を作ってなかったとしてもずっとおいしいままですよ」
「そうそう雪音。今度はあなたが何か作ってみたらどう?」
「な、なにか……ですか」
確かに彼女の言う通り雪音が作る食べ物は気になるし、もちろん味見でもいいから食べてみたい。でも、そう簡単に雪音がやってみるとは————
「確かにこの家に来てから何か作るなんてことしてませんね。昨日来たばかりですし」
「お! いいのか? まさか作るなんてことを考えられなかった」
「やや、そこまで期待しないでくださいよ。私、そんなに料理とかうまいわけではないですし」
「そんなこといってるけど、雪音、普通に彼女の作るクッキーは別格。だから期待する価値はあるよ」
さすがは双子の姉。妹のことはすべてがわかるらしい。
「ちょっ! お姉さんまで乗らないでくださいよ~!」
「ごめんごめん。でも、本当に楽しみなんだぞ?」
「んむぅー。わかりました。なら明日お兄さんが大学という名の施設に行ってる間に買い物行ってきます」
「って! 施設じゃねえよ! 大学だよ!」
「でもあれ、大学じゃないでしょ」
確かにやってることは大学ではない。学士ももらえないし。いわれてみれば大学ではない証拠が山ほど出てくる。
「でもなでもな……夏休み! 夏休みがあるから!」
そう、あの施設には夏休みがあるのだ。まぁでも――
「30日だけなんでしょ? 普通の大学なら1.5か月はあると思うけど」
「しょうがねぇだろ! ってかお前、やけに大学のことについて詳しいな」
「え~? そ、そうかなー。これが普通だと思うけど」
やけに目が泳いでる。
「もしかしてお前……大学にひっそりと通ってるか? オンライン授業ですか?」
「お兄さん、お姉さんは引きこもりでコミュ障でどうしようもない女の子ですよ?」
「フォローになってないよ雪音!」
なんて談笑が食事中に響く。やっぱりこんなに明るい氷璃をみれるとは数か月前の僕には銅像もできなかっただろう。
「お兄さん、今ですよ」
「え? い、今?」
彼女が『今だよ』とウインクをしてきた。うん、かわいい。
「な、なぁ氷璃。少しだけ頼みごとがあるんだが」
「え? た、頼み事? 兄さんが? ど、どうしたの? 兄さんなら大体は自分で解決できるじゃん」
「それがな、僕の頭じゃどうしようもできないことなんだよ」
そう、熱力学第三法則を超すことは僕には到底無理だ。だからこそ彼女に頼る。
「お兄さん、熱力学第三法則のぶっ壊し方法が知りたいらしいですよ」
「ね、熱力学第三法則……ど、どうして突然に。さすがの私でもできるかわからないんですけど」
「あれお姉さん。できるんじゃなかったんですか?」
「いやそれはみら——たまたまだったからさ。やり方がわからないよ」
どうみても何かを隠している。いやでも一瞬やばいこと言ってなかった!?
熱力学第三法則をぶっ壊した? たまたま? こいつ予想以上にやばいんじゃ?
「……お姉さん。そこは隠すんだ」
「隠すも何も……やり方がわからないっていうか、説明できる気がしないからね」
「でもできるってことなんだよな? その言い方じゃ」
「んー、できるよ。できるけど……さすがに危険すぎるからやりたくないな」
確かに熱力学第三法則をぶっ壊すという行為は宇宙全体を変えるかもしれない。だとしたらさすがにこの家をぶっ壊すわけにもいかないか。こいつ引きこもりだし……
「そっか。なるほど」
少し残念だ。
「じゃあお兄さん。しょうがないから私が一緒に考えてあげます」
「だ、だめだよ雪音。あれは危険なんだから」
「え、えー。じゃあお兄さん。その…………家壊していいですか?」
そんなかわいくお願いされても無理なものは無理だ。
「なら雪音。そこまでなにか実験とか勉強をしたいのなら学校に行くってのはどう?」
「が、学校? でもこいつもうすでに学校に行ってるんじゃ……は! お前まさか!」
「そうですよお兄さん。私も自宅警備員です」
「でしょうね」
ま、まぁ自室警備員である氷璃よりかは自宅になっただけましなのか。
「ってことは行こうと思ったら行けるのか」
「ややや、お兄さん。さすがにここまで不登校だったので今から急に行くってのはおかしいですよ」
「……
「
三年間ずっと不登校なんかよこいつ。でもまてよ、確か15歳なんだよな。
「お前ってもしかして、中学の入学式も行ったことないのか?」
「あはは、お恥ずかしながら。私、中学、高校、大学の内容はすべてわかってしまうので、行く必要がないんですよね。ただあるとしたら……国語の勉強ぐらいですかね」
「げ、こ、国語か……」
「なんだ氷璃? もしかして国語できないのか?」
「お姉さん、国語の偏差値35なんですよね」
「ちょっと言わないでよ雪音!! 国語できないのはコンプレックスなんだから」
意外と新鮮なイモウトであった。え? ちなみに僕?
僕の国語の偏差値は35、氷璃と一緒だからそこまで気にしていない、というよりもどちらかというと同族がいてうれしい。
「雪音も35だろ?」
「やや、そこまで低くはないです。せめて40ですよ」
「40と30ってそこまで変わらないんじゃ……」
「でも……国語が低いのは一緒でうれしいよ」
「でもお兄さん。考えてみてはどうですか?」
「え?」
僕は彼女に言われて少し考えてみた。
えーっと、彼女たちは———
「そうじゃんお前らほぼほぼオーストラリア人じゃん。国語できないのは当たり前じゃん」
「そうだったね。兄さんの一人負けって感じ」
「だとしても氷璃、普通に日本語うまいけどな。英語と使い分けてる割には」
そうなのだ。氷璃の日本語は本当に上手で、15歳、しかもオーストラリア英語と一緒に使っていたとは思えない。なんか……
「そういえばお姉さん。オーストラリア英語を使いますけど、あんまり使ってるところ見たことないです」
「た、たしかに。雪音はオーストラリア英語を混ぜて使うけど氷璃はそんなことないよな。この前見たぐらい」
「え? お姉さんが英語を使ったんですか!? 何を使ったんですか?」
「ちょ、ちょっと雪音! それは聞いちゃダメだって!」
そりゃそうなんだよなこいつ。こいつが唯一使った英語……下ネタだからな。使い方は規制としてだからあってはいるが、この状態で聞いたら誤解される。
「それじゃ、僕はこれで……ご馳走様でした」
「ご馳走様でしたー」
僕と雪音はほぼ同時に食べ終わった。
「なぁ氷璃。これからもリビングに降りてきてくれるか?」
「ん? えーっと……少しだけならいるかも。でも勘違いしないでね、あくまでも自室警備員だから」
「自室警備員に何をそこまでこだわるんだよ」
「それを捨てたら負けだと思ってるからね!」
と、どや顔でいう彼女。だから国語の偏差値が低いんだろ。
「ねぇお兄さん。今日から暇なので、私の部屋で少しだけ遊びませんか?」
「お? いいぞ、何で遊ぶんだ?」
「兄さんよかったね。理想の妹ができて」
「……なんだ? 妬いてるのか?」
「んなわけないよ。雪音をかわいがってあげてね」
「……え?わかってるよ」
「じゃあね、お姉さん。少しだけお兄さん借りるね」
そういって雪音は自分の部屋に戻っていった。
「ねぇ兄さん。遊んでこよみのことも忘れないでね」
「……確かに。それはそれとして、氷璃、皿洗い手伝うぞ」
「ありがとう。兄さんはやっぱり優しいですね。昔から変わらないです」
「昔? あったことあったっけ」
「うんうん、気にしないで。多分夢かもしれないから」
そして氷璃は合掌をし、皿を流しに入れた。
「兄さん。少しだけクールではない私はどうですか?」
「んー、なんか女の子っぽくて僕は好きだぞ。妹想いなんだな」
「雪音には何故か、明るい私を見せたくなっちゃうの。なんか、悲しむあの子の姿を見たくないっていうか……だから、この皿洗いが終わったら早くあの子のもとへ行ってあげて」
「やっぱりお前も優しいんだな。いつも見れない氷璃って妹のためにあるみたいなものだからな。今の言い方じゃ」
彼女もまた、シスコンってやつなのだろう。それとも過保護の保護者……か。
「っと、もう皿洗いは終わりか」
「ふふ、洗い物が楽な料理にしましたからね。水をさーってやって、あとは食洗器に入れてしまえば大丈夫。でもこの食洗器いつまでたっても使い方わからないなー」
「んなこといってるけどお前これ初めてだろ」
しかし、氷璃の頭で考えたのか、それとも元から慣れていたのか、戸惑わずに食洗器を起動した。
「じゃ、兄さん。雪音、かわいがってね」
と、彼女もまた、自分の部屋へ逃げて行った。
すべて完壁だった。食洗器、料理、常識、どれをとっても引きこもり以上であった。
やっぱり彼女……ナニかがおかしい。
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