第9話 無邪気な妹

「なぁなぁ雪音。氷璃ってどれぐらい料理がうまいんだ?」


 氷璃をキッチンにおいて、僕と雪音は個室で彼女について話していた。


「なぁなぁ、氷璃って元は明るい性格なのか? 引きこもりの時とは明るすぎる気がするが」

「お姉さんはね、明るい性格なの。それはもう……君が好きになっちゃうぐらい」

「……僕が好きになっちゃうレベルか、雪音みたいな感じなのか?」

「ややや、お兄さん。私にそんな感情持つのはダメですよ。だいたい妹に対しても―― でも……私は双子ですからね、お姉さんと一緒の性格のはずです」


 ならいつものあのクールみたいな性格はいったい何だったんだ。


「でもでも、お兄さん。お姉さんは本当に優良物件ですよ! 料理もできるし、抱える闇も少ないですし……逃したらこれ以降はないですよ」

「お前は本当に氷璃のことが好きなんだな。その楽しみ方でよく伝わる」

「えへへ、お姉さんのこと大好きですから。にしてもお姉さん、隠すのとても上手ですよね」

「……え? 隠し?」


 今までで彼女が何かを隠しているシーンはなかった。しかし、やはり今までの仲ばら姉がどんな隠し事をしているのかを見極めれるのか。


「そうですよ。お兄さんは見た感じ、気づいてなさそうですけどね。でもね、それでも無理はないです。お姉さんは……とても頭がいいんですよ?」

「頭が……いい?」

「そう、頭がいいのです。なので矛盾が起きないように、すべての言葉に気を使っているのです。だから彼女が嘘をついているかどうか、察知するのは難しいのです。ま、私にはなにが嘘で本当なのか、わかりますけどね」


 そして彼女は少し笑った。その笑みは、氷璃の秘密でさえもスケスケにしているようだった。

 確かに彼女の頭はいいと思っていた。一人で『心を読む機械』を完成させてしまうんだ、少なくとも僕と同じくらいの頭はないとできないことだ。


「それともお兄さんは……この情報が嘘だと思う?」

「嘘かどうか……」


 たしかに氷璃自身に秘密はたくさんあるかもしれない。いや、絶対にある。が、僕に嘘をついてる瞬間が今まであったのか!?


「なら私がいいことを教えてあげます。お姉さんが頭がいい証明を」

「でもお前は氷璃が頭がいいことを僕が知って、なにかメリットがあるのか?」

「ややや、あるわけないじゃないですか。これは、お兄さんとお姉さんの仲を深めるただの方法です」

「な、なるほど。乗った」


 頭がいいかなんて正直どうでもよい。しかし、二人の仲が深まるというのならば話は別だ。


「っで、どうすればいいんだ?」

とぅーいーじーだいじょうぶ、あんしんして。現実では絶対に不可能だと思ったことを頼んでみてくださいよ。例えば……絶対零度を越してみて」

「絶対……零度?」

「あの施設に入っているお兄さんならわかると思います。なぜそれが今まで不可能だったか」


 絶対零度を超すことはできない、んなものは義務教育だ。だからいくらなんでも超すことなど不可能に近い。熱力学第三法則で提唱されているはずだ。たしかそれは――


「完全結晶のエントロピーがゼロになるから」

「ざっつ らいと。そしてもう一つの大切なことがあるの、宇宙は完全なる秩序にはなり得ない」


 そうだ。彼女の言っていることは正しい。しかし、熱力学第三法則を覆すことは……最難関。


「つまりそれは……宇宙をも書き換える力を持つかもしれない」

「そういうことです。なので、頼み込んでみてください。私もお姉さんの頭脳、拝見させてほしいです。にしてもお兄さん、食いつきがすごいですね。興奮してますか?」

「そりゃそうだろ。だって今まで研究してきて絶対零度を超す方法なんて見つけられなかったんだぞ? だから少しの希望であろうと僕はそこにしがみつく」

「その勢いです。がんばってくださいね」


 と、その先を見守るように髪の毛を触る。


「そういやお前……髪きれいだよな」

「……え? そ、そうかなー。私、自慢できるような女の子じゃないけどなー」


 なんて言いつつ、頬を少し赤く染める雪音。

 昨日は少しだけ縛っておしゃれをしていたから気づかなかったが、普通に長い髪をしていて……銀髪だからか知らないが部屋の照明が反射していてとてもきれいなように見えた。


「やや! そんなにじろじろ見ないでください!! お姉さんとお兄さんならともかく、私とお兄さんがそのような関係になるのは望んでません!!」


 ……かわいい。


「いやな、少し思ったんだけど……氷璃は髪の毛に道路標識のピンをつけてるんだよ。でも君の場合は、フルーツなんだなって」

「い、今さらだなー。フルーツが好きだからいいでしょ?」


 みかんにぶどう、さくらんぼにいちご……本当にフルーツが好きなのが目に見える。


「フルーツっていろいろな意味が込められてるらしいな」

「やや、そうなんですね。私、そういうのに疎くてよくわからないんです。なのでお兄さん、たくさん教えてほしいです」

「いいぞー、みかんは『無邪気な恋』に関してだな」


 そう、無邪気な恋。まさに雪音のことだな。

 そして無邪気について深く考えている雪音を見ていると……


「む、無邪気な恋……自分の気持ちに素直になるってことですか……たしかに、あってるかもしれませんね。今のところはないですが……」

「……」

「あれ? お兄さん?」

「え? あ、あーごめんごめん」


 どうやら深く考えすぎてしまっていて、雪音のことを聞いてなかったようだ。


「むぅー……何か考え事をしてたのですか?」

「いや、氷璃の無邪気な姿を見たことなくてな。まぁ確かにそれは性格によって変わるんだけどさ、気になるっていうか……」

「べ、別の女の人のことを考えてるのは……さすがにどうかと思いますけどね」

「ごめん。次からはしないようにする」


 と、両手を合わせる。重度のシスコンである雪音のことだから、氷璃について考えているなら大丈夫だと思っていたが、さすがにこれはだめらしい。


「……さてと、そろそろお姉さんがご飯を作り終えるんじゃない?」

「え? あ、そっか」


 気づいたらちょうどよい時間になっていたようだ。


「……でも、いざ食べるとなるとどう反応していいか緊張するな」

「確かにそうですよね。でも大丈夫ですよ。お姉さんの料理は別次元って言った通り、言葉に出さずにはいられないと思いますから」


 ……そこまで氷璃のハードルを上げていいのだろうか。それとも、ただただ僕を心配しないようにしてるだけなのか。


「あ、そうそう。私の料理もおいしいですけどね。まずいってわけではないので」


 そうとだけいって、自分から部屋を出て行った。

 そんなこと言われてしまうと、ぜひぜひ雪音の料理も食べてみたいもの。

 というか、雪音って多分性格的にお菓子作りのほうが向いてそう。性格で判断できる範疇ではないが……

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