第8話 妹とは正反対の妹
「に、兄さん! 今日……料理教えて」
朝ご飯を置きに来たとき、唐突に氷璃は僕に頼み込んだ。
「あー、いいぞ。ちょうど雪音もいるんだし、両方に教えられる」
「うん。わかった。雪音かー……ふふ、久しぶりだな」
ここに来てから太陽の光を浴びることがなかった氷璃にとっては、雪音という存在に触れる機会なんぞめったになかっただろう。
「あと、雪音についてはどうするんだ? 一応、もう一つ部屋が空いてたからそこに住んでもらっているが」
「雪音……雪音に関しては私の部屋でも大丈夫だよ。双子だから……それにあの子、悪さするような子じゃないから……私の実験器具のこともわかってくれる」
俺の家で何やってるんだよこいつ。実験って……爆発するわけじゃないよな? 氷璃の頭の良さが未知数だから次元をまたいでたらシャレにならないんだが、さすがの氷璃でもそれは無理か。
「んーでも、プライバシーは必要だろ。雪音のほうにも」
「た、確かに……じゃあ、自由に出入りしてもいいよって言っておいて」
「了解。じゃあここにカセットコンロを置きに来るから、部屋に持っておいてくれよ」
「……その必要はないよ」
「……え?」
そ、その必要はないって……ついに氷璃が……三か月自室に閉じこもっていた氷璃が、この家を徘徊することができるようになったのか!? いやさすがにそれは馬鹿にしすぎか。
「でもよかったよ。このままずっと引きこもりを貫き通すのかと思ってた」
「料理を作るときはね。基本的には自室にいようと思ってるよ。だってそのほうが、自由にできるし、そもそも共有スペースで何ができるのって話だし」
きょ、共有スペースって……そっか、こいつにとっては僕の家は寮みたいな存在だったんだな。つまり、僕のことは他人としてみてないのか。
「共有スペースってお前、僕らは家族だぞ? 共有スペースとは言わずに、リビングって言えよ」
「え、えー……だって私そこ入ったことないし」
そ、そういやこいつ家に来てから部屋を聞いた瞬間一直線に部屋に特攻してたな。
「あ、あー……わかった。とりあえずリビングって呼んでくれ」
とりあえずは認識から……ってところだろう。
「わかった。雪音も今日料理作るの?」
「あーどうだろ。料理を作れるのかすらわからないが……そもそも雪音に親っているのか? 君がここに来た時も親に出会ったことなかったが」
そうだ。雪音、氷璃、この二人の親にあっていないのだ。なんならもう死んでいる可能性すら出てくるからな。あり逢えないと思うが。
「んー、いるよ。雪音にも、私にもいるよ。ただ……オーストラリアに3年ほどいるって言ってたから……しばらくは帰ってこないんだ。詳しくは雪音に聞いてみてよ。もうちょっと仲良くならないと、話してくれるか怪しいところなんだけど……」
「あんなラフそうな子だけど、心の仲の闇はある子なんだな。少しだけ可哀そうだ」
「可哀そうなら兄さんが解決してあげれば? あの子ブラコンだから、シスコンの君と相性いいと思うよ。本当、びっくりするぐらいシスコンの君……」
な、なんか今までひかれてたことがわかるとショックだな。でも雪音の闇というものは少しばかり気になるし、もっともっと仲良くなって聞き出してみよう。
「兄さん、一階へは私が準備できたら自分の足でいくよ。だからさ、そこどいて、落ち着かないから」
「お、おうわかった。今まで階段使ったことないんだから……気をつけろよ」
「兄さんそれはさすがに馬鹿にしすぎ……兄さんは雪音と遊んであげて」
「わかった。じゃあな、一階にくるまでに何を作るか決めておけよ」
そして僕はそのままスライドして、雪音の部屋の前に立つ。
昨日はあんな感じだったが、雪音も……氷璃同様引きこもりになっていないかとても心配になってしまう。身内曰く、ブラコンで明るい性格らしいが……氷璃があんなふうになっているのだから信じられない。
コンコンコンッ……
僕は三回ほど部屋の扉をノックした。氷璃には最近したことがなかったノック……雪音には通用してほしい。
「
雪音の声だった。どうやらちゃんと反応してくれるらしいし、明るさは昨日のままだ。
それにこうして雪音が出てくるのを待っていても、何もすることがないな。
そうなのだ。ドアの形自体はいつも見慣れている、背を預けている氷璃の部屋の形と一緒なのだ。もうとっくにドアの木目の数、セキュリティ、ドアノブの大きささえも図ってあった。
あれ、そういえば……雪音ってどういう寝間着来ているんだろう。
妹ができて初めて見る寝間着に胸を躍らせて待っていると……
「お待たせしました。……兄さん」
しばらくしてから、僕の胸の鼓動に合わせるように、ドアは一拍ずつ軋みながら開いていった。
「やや、どうしたのですか? す、すこしだけ具合が悪そうですよ?」
「いやいや、大丈夫大丈夫。少しだけ見惚れてただけ」
「むぅ……兄さんいじめないでくださいよ」
……でも、何かが引っかかる。彼女が昨日会った時と少し違う……
「雪音って……兄さん呼びだっけ」
「あ、気づきました? お姉さん曰く、『兄さん』って呼んだほうがいいよって教えてもらいました」
くっそあいつか。正直お兄さんって呼んでもらったほうが区別がつくのだが……
「え、えーっと雪音。とてもすてきだと思うぞ。けどさ……もうちょっと違う言い方ってあるかな。ほらそれじゃあさ……氷璃とかぶってるっていうか」
「え? た、確かにかぶってるですね。なら……お兄様とかどうですか?」
「お、お兄様かー。ちょっと外では冷たい視線を浴びるからやめてほしいかなー。ほら、普通にお兄さんでよくないか?」
「んー、やっぱりそっちのほうが無難ですよね。ごめんなさい。これからお兄さんっていいますね」
そして申し訳なさそうに頭を下げた。
「いやいや、下げなくていいよ。そもそも、呼び方なんて自由なんだし」
「
「そ、そうだな。じゃあこっちは雪音でいいよな?」
「はい、大丈夫です」
そう微笑んでこちらの手をつかんだ。
「ささ、今日は料理を作るのでしょう? お姉さんが作りやすいように、準備をしましょうよ」
「おいまてまて、まさかさっきの会話聞いてたのか?」
「しゅあ しんぐ。この家の壁、薄いから当然聞こえるよ」
な、なるほど。僕の部屋は一階だから気づかなかった。
「でもな雪音。氷璃は準備から皿洗いまですべて一人でやりたいんだってさ」
「なるほど。家事ができるようになりたいってことですね。ついにお姉さんにも家族ができるのですか」
「そうだなー。成長は早いな」
「兄さんもそんなことは言えないんじゃないですか? もうとっくに彼女がいたりとか」
「いやいやないない。だって僕は……自分から女の人にかかわりを持たないからな」
自分は生まれながら女の人に対して少しだ恐怖心を持っていた。だから、向こうのほうから寄ってくる人以外は怖くて近寄ることもできなかったのだ。
「確かにお兄さん、そういう性格ですよね。見ただけでわかりました。だから私が話を持ち掛けたのですよ」
「あー、そこらへんは氷璃からか」
「もちろん。お姉さんが教えてくれました。何故知ってるのかはわかりませんが」
「それよりも早く、一階へと戻りましょ」
そして僕は雪音に連れられ、一階のリビングへと向かうのであった。
それにしても……氷璃とは正反対の妹だ。本当にそれは……双子には思えないほどに。
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っで、あれからずっと氷璃が一階に降りてくるまでまっている。
「雪音って氷璃の料理食べたことがあるのか? 双子なら、そこらへんはあってもおかしくないか」
「もちろんありますよ。お姉さんの料理、本当においしくて、もうねくすと れべる ですよ」
「ほう……別次元のおいしさなのか」
「それはそれはおいしくて、店を開いていてもおいしくないです」
「でも、氷璃の料理か……なにか化学薬品が入ってそう」
なんて、冗談を言ったその時だった。
「…………兄さん、それは少しひどいよ」
そしてその声の主は一段、また一段と階段をゆっくりと降り、次第にその顔を見せた。
「え……ひ、ひよ……り?」
「お姉さん! お久しぶりです」
「久しぶりね。雪音。なんて、昨日の夜にもあったでしょ?」
3か月に顔を見たせいか、初対面かのようにドキドキしてしまう顔……それは、妹の氷璃だった。
「ご、誤解しないでよね。別に……好きで引きこもりをやってるわけじゃないから」
ならなんで引きこもってるんだろ、毎日その顔を拝ませてくれ。
「でもどうしたんだよ氷璃。急に共有スペースに降りてくるなんて」
「さすがの私でも、君の顔を見たいときはあるし、それに料理の練習しないと」
「やや、料理の腕は私以上じゃないですか。それに練習する必要性なんて」
「ふふ、大丈夫大丈夫。久しぶりに雪音に食べてもらいたいから」
「でもこいつ雪音が来る前から作るって言ってたぞ」
「ちょっとカッコづけたのに!!」
と、ツッコム彼女だが、雪音に食べさせてあげたいというものは本当だろう。
「お姉さん可愛いです。そういうお姉さん、昔から好きですよ」
「ちょっと馬鹿にしないでよ」
こんな感じで明るい談笑をする彼女を僕は見たことがない。これが双子の仲というものだろう。
「さてと、じゃあかわいい妹のために料理を作ろうかな」
「やっふー、お姉さん。待ってます!」
……楽しそうな雪音。
「じゃあ氷璃、何か手伝ってほしいことあるか?」
と、彼女はこちらに棚に入っている食器を渡す。
「うーん、手伝ってほしいことか……皿を洗っといてほしいかな」
「これ十分きれいなんだけど!?」
「冗談冗談。手伝いはいらないよ。これ、私の問題だから」
そういいながらフライパンを取り出した。その持ち方からして、15歳とは思えないほど料理の手際がいいだろうと予想できた。教えてほしいとは一体何だったんだ。
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