第4話 昔の話


 気づいたときには、もう僕は『天使』と呼ばれていた。

 白い羽根が生えているわけではなく、変わった服を着ているわけでもない。もちろん空も飛べない。

 僕はその公園にずっと居た。何年そこに居たかは分からないけれど。とにかく長い間そこにとどまっていた。



 自分が死んでいると気づいたのは、すべり台の上でふざけて落ちかけた男の子を助けたあと、誰も彼もが不思議な顔をして僕をすり抜けていったときだった。



 ありがとうと言われたかったのかもしれない。

 キミのおかげで助かったと言われたかったのかもしれない。

 たぶん、僕の存在を認めてほしかったんだと思う。


 ……もう、かなわないんだけどさ。





 僕が最後に覚えている同級生は、友達じゃなかった。


 いっつも僕のものを取って隠して、返してって言っても笑って無視されていた。父さんや先生に助けてほしいと伝えても、決して助けてくれなかった。


 先生は「みんな遊んでくれているんだろう?」なんて脳天気なことを言っていた。

 父さんは「自分で取り返せもしないのか」と言って僕に背を向けた。


 そして大人に伝えたことがバレると、同級生は僕の背中やお腹を蹴って殴った。僕がそのうち構わなくなって、笑わないようにして黙っていると、今度は物を使って殴ってくるようになった。


 友達と仲良く遊んで、たまーにケンカして、でも仲直りして。そういうことしたかった。でも出来なかった。





 僕はきっとあの公園で、気絶しながら死んだんだと思う。






 僕と同じ目にあってほしくない。

 あんな思いをするのは僕だけで十分。


 だから、僕の前でつらい子どもを見るのは嫌だったんだ。



 不慮の事故でも、故意の事件でも。

 やる方もやられる方も。

 一生残る傷になる。


 僕なんか死んでさらに何十年も心に傷を残してる。

 生きていたら、もっともっとつらいんじゃないかな?


 ひとりぼっちで泣いている子を見たくなくて、僕が誰かに助けて欲しかったように、僕はその『誰か』を助けたかった。



 ──今ならいえる。これは僕の自己満足なんだ。



 僕は助けて欲しかった。先生に、父さんに助けて欲しかった。『大丈夫だよ、我慢しなくていいよ』って言って欲しかったんだ。


 だけどそんなことをしてくれる人はいなかった。だから僕は死んだんだ。たった一人で……。



 僕が天使の真似事をして人助けをしていると、たぶんあれは本物なんじゃないかな。白い服を着た、髪の長い、女か男かよく分からない人が現れた。全体的にふわっとしてるから、話し方もふわっとしてるんだなって思ってたけど、そうじゃなかった。とても強烈だった。



「あのさ! キミは死んでるんだけど、そこは分かる!?」

「……はぁ」

「その返事どっち……!?」



 正直何が言いたいのかよく分からなくて変な返事になってしまったけど、ちょっと見逃してほしい。

 語尾が強くて、圧がかかっていそうな話し方だった。いじめられているときの僕だったら、ごめんなさいっていってたと思う。だって怖いし……。

 でも死んでから何日か過ごしたし、その間にいろんな子を助けたし、いろんな大人も見てきたからちょっと強くなった気がしてた。



「キミ、このままだと地縛霊になっちゃうから、今から上に行って、ちゃんと成仏できるように手続きしよ!!」

「手続きするんですか??」

「そーだよ。本当なら亡くなったあと、小児科の役員が連れてってくれるはずだったんだけど、キミは未練が強すぎてね。役員には見つけられなかったんだ。心残りがあるなら私たちが手伝うから、いったん上に行くよ!」



 ……なんか思ってたのと違う……。

 絵本とかだと、キラキラした光に包まれてすぃーっと連れて行ってくれると思ったんだけど、このお兄さん(お姉さん?)は杖みたいなの持ってるし、ふわっとしてるけどキラキラは無い。よく分からない手続きとかしなくちゃいけないなら、僕はここで人助けしていたいんだけど……。



「キミはここで、一人で強くなったとか思ってるならそれ違うから!! 地縛霊になりかけてるだけ。余計な業は背負わなくて良いから!!」



 僕が考えてることをあっさり当ててきた。地縛霊って怖いやつだよね……? 僕、そんなのになりかけてるの?

 一人でまごまごと考えてると、その人は僕に向かって手を伸ばしてきた。



「ごめんね、遅くなって。でも今はもう一人じゃないから! もう頑張らないでゆっくりして良いから!! 私と一緒に行こう!!」



 その手を取っていいのかと、一瞬考えてしまったそのすぐ後、その人はお腹が二つに分かれてしまった。



 

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