ドウケツモリ
彼女たちは、古くからある洞穴の中から出てきました。ひとりの少女が、ぐったりとした少女を引きずるように抱えて、息を切らしながら穴から這い出てきたのです。
彼女たちが穴から出てきたとき。私はちょうどそこに、いあわせていました。私はその洞穴の管理を任されていました。はるか昔、私たちの先祖が海の向こうからやってきて、この地に腰を据えてから、ずっと、私の一族は洞穴守として生きてきたのです。
ぐったりとした少女を抱えている方の少女が、私を視界に認めた途端、勢いよく「ユイを助けて!」と叫びました。尋常ではないその慌てように、気圧されながらもぐったりとした少女を彼女から受け取り、洞穴近くの私の住居へと運び込みました。
私に助けを求めた少女は「タバネ」と名乗りました。それからもうひとりの少女は「ムスビ」というのだと、教えてくれました。叫んだ名前と違うことを、私は指摘しませんでした。
ムスビはなんとか生きていました。タバネも、軽いかすり傷くらいで、命に別状はありませんでした。
私は彼女たちがどこからやってきたのか、タバネに尋ねました。タバネはわからない、と首を振りました。彼女は自分とムスビが生まれ育った土地の名前を知りませんでした。
逃げてきたのだと、か細い声がしました。それは、ムスビの声でした。
目が覚めたのですね、と喜ぶタバネに微笑んでから、彼女は私に語り始めました。
ふたりは洞穴の中で、毎日お祈りをして暮らしていたのだといいます。どういったものに祈りを捧げていたのか。それは知らないといいます。ただ、ふたりや洞穴の外の人々を護ってくれる存在であると、彼女たちの教育係である媼が言っていたそうです。
ムスビはその生活に不満はなかったといいます。大好きなタバネとふたりでいられて、寝食の保証があったからです。それはわたしも同じですと、横からタバネが小さく言いました。
しかし、安寧であった生活は崩れ去った。洞穴の外で何かあったらしいのでした。それについて、詳細は知らないといいます。外が騒がしく、ふたりが疑問を抱いていると媼がやってきて、ふたりに洞穴の奥に逃げなさい、と告げたらしいのです。ムスビは媼に理由を訊こうとしたらしいのですが、逃げなさいと言ったあと、媼は息絶えてしまったのでした。大怪我をしていたと思う、とムスビは淡々と呟くように言いました。
媼の遺言どおりに洞穴の奥へ奥へと逃げてきた結果、私の管理する洞穴から出てきたらしいのです。見知らぬ土地の洞穴に繋がっていたなんて、と私は酷く驚きました。
何から逃げてきたのかは、わかりませんが、逃げてきたというのなら、彼女たちにはしばらく留まる場所が必要だと思いました。それに、ムスビは命があり、わりと意識ははっきりしているものの、満足に動くことができなくなっていました。ムスビの療養のため、私はふたりを家に住まわせることにしました。
それからしばらく経ちます。ムスビはまだまだ元気とは言えませんが、徐々に回復してきています。タバネも畑仕事や洞穴守の仕事を手伝ってくれ、生活に馴染んできていました。
タバネは美しい少女でした。そして器量も良い。その噂を聞きつけて、村の男たちが度々求婚にやってきましたが、彼女は求婚を断り続けていました。
ムスビも美しい少女です。しかし家から出ることがあまりないムスビは、私の家が村の郊外に建っていることもあり、村の人々に存在を知られていませんでした。それもあり、彼女が求婚されることはありませんでした。
ある日、私が寝そべるムスビの傍らで籠を編んでいると、彼女が話しかけてきました。
「ねえ、ヒョウゴ」
「なんだ」
「タバネと、結婚してくれない」
「は」
「だって、タバネ、大変そうだよ。いつもいつも断ってばっかりで」
どこの馬の骨かわからないやつと結婚してしまうくらいなら、あなたがいい、とムスビは言いました。
「それにタバネは、たぶん、あなたのことが好きだよ」
「いや、でも、俺は……」
その先を、私は言えませんでした。それでもムスビは察したのでしょう。そっか、と小さく返して、今の、忘れて、と口元だけで笑いました。
「でも、お前が元気になるまでの辛抱だろう」
彼女たちはムスビが回復したなら、故郷を目指して旅をする予定でした。
「うん、そうだね」
ムスビはさらに笑みを濃くしました。しかしその笑みも、口元のみのもので、目は笑っていませんでした。
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