宇宙人サティ
むしむしとして暑い青空の下、おれとサティは歩いていた。あたりにいるヒト型の生きものは、おれとサティだけ。かつて地球人が栄えた街は、もう瓦礫の山でしかなく、クズがツルを這わせてジャングルみたいになっている。
サティとは、商業施設だったであろう建物の屋上で出会った。星空がきれいな夜だったから、高いところで見たかったおれは、あたりで唯一高さを保っていたその建物に足を運んだ。電気なんて通っていないから、エスカレーターもエレベーターも使えない。息も絶え絶えに屋上へ続く扉を開いたその先に、彼女はいた。ピンク色の髪をなびかせた女の子。ぷっくりとした唇がかわいらしかった。
久しぶりにヒトを見たおれは、頭の中がまっしろになっていた。おまけにかわいい容姿の異性で、心臓はずっと荒ぶりまくりだった。
彼女はこちらに歩いてきた。それから口を開く。「あなた、***を知らないかしら」
言葉の意味は理解できたけれど、一部聞き取れない箇所があった。数秒唖然とした間抜け面を晒したあと、はっとして、おれは首を振った。
「そう……困ったわ」
明らかにしょんぼりする彼女に、何か、手助けできることはないか、と衝動的に訊いていた。すると彼女はパッと表情を明るくした。それから彼女は話し始めた。
彼女は別の星から来た、と言った。おれはポカンと口を開ける。また、間抜け面。彼女は気にせず話を続けた。
「***……行方不明になった恋人を探しているのよ」
曰く、その恋人が最後に観測できた座標が、この惑星の、この土地周辺とのことだった。
「その恋人を探すのを手伝えばいいのかい」
「ええ」
「わかった。……そうだ、君の名前、教えてもらってもいいかな」
これからしばらく一緒に行動するのだから、とほんの少し下心を混ぜて、おれは言った。彼女はにこやかに微笑んだ。唇がいっそう魅力的に見える表情だった。
「♡♡♡」
「なんて?」
「だから、♡♡♡よ」
どうやって発音するのかわからない音だった。見た目もこの惑星の人類と近く、こんなに流暢におれと同じ言葉を話すのに、何故名前だけ――彼女の名前だけでなく、先ほどから話に出てくる恋人の名前も――おれには聞き取りも発音もできなさそうな単語なのか。
おれの困惑を察したのか、彼女は眉を潜めた。
「うーん……この惑星のヒトには聞き取れないのかしら」
少し考えるようにうつむいてから、彼女はスッと顔を上げた。
「あなたの発音できるような名前を、あたしにつけてよ」
「え」
「いいから、早く」
こんがらがる頭の中、おれは咄嗟に、サティ、と言っていた。
「サティ。サティね。結構かわいらしい響きね」
気に入ったわ、と彼女は言った。おれは彼女から視線をそらす。その先には、かつてこの建物が商業施設だったころの名残りである看板が佇んでいた。
それからサティとふたり、毎日あるいて彼女の恋人を探している。毎日暑く、溶けそうになりながら、ずんずんと歩いている。それでも久しぶりにヒトとコミュニケーションがとれているからか、おれの足取りは弾んでいた。
ある神社の近くにやってきた。何段もある石段の先に、その神社はあった。鳥居にも本殿にもフジのツタか絡まっていた。
サティは神社をじっと見ていた。その目は大きく見開かれていた。
「ここにいたのね」
そう呟いて彼女は石段を凄まじい速さで駆け上った。おれが追いつくころには彼女は本殿にたどり着いていて、その扉を開けていた。
ご神体らしいそれは、巻き貝だった。大きなそれは、海がないこのあたりの土地には不釣り合いにおもえた。
「探したのよ……」
サティは巻き貝に頬ずりした。その頬から、彼女と巻き貝は溶け合っていった。それからひとつの塊になった。
くたり、とおれはその塊の前に膝をつく。長い時間そうしたあと、塊を巻き貝があったであろう場所に安置して、本殿の扉を締めた。
下りの石段は何故か、上りよりも疲れた。
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