彼女たちは山奥に暮らしていた。山麓に住む人々も近寄らないくらいの山奥だ。だから、人々が彼女たちについて知っていることは少なかった。

 そんな数少ない知っていることに、女性しかいない部族である、ということがあった。「彼女たち」と呼ぶ所以である。どういうわけか、女性しか生まれないのだ。

 では、どうやって集団を維持しているのか。彼女たちは年頃になると、山麓に住む人々の中から同じ年頃になる男を求めた。男たちが彼女たちを受け入れれば、契りを交わし、子を成した。しかし、夫婦になるわけではない。子を作るための、一夜だけの関係だった。

 彼女たちは男たちに一晩の共寝を求めるときに、一枚の布を渡した。美しい赤色の布だ。男たちは彼女たちの申し出を受け入れたという返事として、布を渡された翌日の夜に、家の近くの木の枝に布を結んだ。彼女たちはそれを合図に、夜、男たちの家に忍び込んだ。

 一夜だけの関係であるから、男たちはその後、別の女と結婚するもしないも自由だった。だが、死ぬまで独り身を選ぶ男が多かった。もちろん、例外もあるわけだが。

 彼女たちの赤い布は、独り身を選んだ男たちが死んだときに一緒に埋葬された。村の娘などと結婚することを選んだ男たちは、子供たちに引き継いでいった。布は、彼女たちと男たち、それから男たちの子孫たちの中で密やかに存在していた。長いこと外の人間に知られることがなかった。

 それが崩れたのは、ここ百年くらいのことだ。きっかけは、独り身を選んだ、とある男の死だった。

 通常だったなら、彼もまた、今までの男たちと同様に、布と一緒に埋葬されるはずだった。しかし、埋葬を請け負った業者が、布を取り去ってしまった。

 業者は布を売りに出した。見事な布であったから、高値で売れた。以来、その業者は布を見つけると売りに出すようになった。彼女たちと男たち、それから男たちの子孫たちの秘密が、こぼれだしてしまった。

 布は人々の話題の大半を占めるようになった。こんな見事な布を、一体誰が作ったのだろう、と誰しもが考えた。それには布で金を稼ごうとしている人間たちも含まれた。

 織物業者、商社、呉服屋……色々な人間が、その赤い布を織れるものを探した。そして、ある商人が、彼女たちを見つけた。

 商人は彼女たちを次々と捕らえ、布を織らせた。彼女たちは鼻から赤い糸を紡ぎ、布を織った。だが、ひとりあたりが紡げる糸には限りがあった。出来上がる布は、服や絨毯を仕立てるにはあまりにも小さい。目印として木の枝に結ぶのにちょうどいい布しか出来上がらなかった。そこで商人は、ひとつの布を複数人で織らせた。

 糸を出せなくなったものから、商人の屋敷を追い出されていった。部族としての求愛の手立てを失った彼女たちは、子孫を残すことなく命を終えていった。

 彼女たちはどんどん数を減らしていった。ひとつの大きな集団を維持することができなくなり、いくつかの小さな集団になって、バラバラと西へ東へ北へ南へと分かれていった。ひとつの集団が滅んでしまっても、いずれかの集団が生き残り、安住の地を見つけることを祈っていた。

 南へと向かった集団。その中であなたは生まれた。あなたは確かに彼女たちの中のひとりから産まれたけれど、彼女たちとは大きく違った。あなたは男性だった。

 あなたは糸を鼻から紡ぐことができない。しかしあなたは彼女たちの血を継いでいる。すなわち、あなたの子供が女性だった場合、糸を紡ぎ、布を織ることができるということだ。それを知れば、あの商人のような人間は血眼になって、あなたを探すだろう。それからあなたを捕らえて、糸を紡げ、布を織れる女性を増やすことに使うのだ。天然ものは数を確保するのが難しい。養殖できるのであれば、それにこしたことはないのだから。

 あなたには選択肢がある。彼女たちの誰かと子孫を残すか、集団の外の女性と子孫を残すか。集団の外の女性複数関係を持ち、血族を増やすのもいいかもしれない。やっていることは、商人たちと似たようなものかもしれないけれど。もちろん、子孫を残さない、という選択肢もある。

 どれを選んでもいい。わたしには、あなたに選択肢のどれかを強制する権利はない。あなたは、自由なのだから。

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