陶芸教室

 陶芸教室に行こうと高校の後輩に誘われた。

 講師をつとめる陶芸作家は釉薬を使っていないにも関わらず、ガラスのようなツヤの作品を作るらしい。

 彼の作品をいくつか見て、作り方だとかに興味を持った私は、後輩の誘いにのることにした。

 その日、陶芸教室をいたのは私と後輩だけだった。講師は丁寧に教えてくれ、講座はつつがなくおわった。完成品は後日、自宅まで郵送してくれるそうだ。

 しかし講座で作った作品は、釉薬を使った、一般的な製法だった。だから私は思わず、先生が実際に作るときの方法を教えていただくことはできないのですか、と聞いてしまった。

 講師はゆっくりと申し訳なさそうにまばたきをして、口を開く。

「作り方は、まったく一緒です。粘土をこね、造形をして、焼く。そこに違いはありません。しかし」

 講師は言い淀む。「材料が特殊、なのです」

 彼はずっと申し訳なさそうにしていた。秘密なのだろう。彼がなんだか哀れで、私もこれ以上聞く気にならなかった。

 それでも後輩は空気を読まずに「材料、見てみたいです」と無邪気に言った。こいつは高校の頃から図々しかった。


 材料は切れていて、私たちへ講義をしたあと、採取しに行く予定だったらしい。

「危ないので、採取をしているときは絶対に近づかないでください」

 それが採取に着いていくことの条件だった。

 準備をしてくると言った講師は、しばらくすると奇妙な格好で戻ってきた。硬そうな布でできた、全身を覆う衣服。見た目はまるで放射線や化学薬物を処置するときに着る防護服だ。危ない、とのことなので事実防護服なのだろう。

 講師に導かれながら、私たちは歩いた。彼の家の裏の茂みを抜け、獣道を進み、険しい坂を登った。細かい草は私と後輩の、半袖のシャツから伸びたむき出しの腕を裂いた。蚊が、その傷から少し離れた場所を刺した。

「着きました」

 唐突に講師が立ち止まり、言った。私はなんとか静止したが、後輩はうまく止まれず、つんのめった。

 そこは沼地のほとりだった。沼地は赤茶色の泥をたたえ、水分のせいでてらてらと光っていた。

「ここの泥ですか?」

 後輩は呼吸を乱しながら聞く。講師は厳かに頷き、絶対に近づかないように、と念を押す。

 講師が言う危険とは、この沼のことなのだろう。しかし、どう危険なのかは、いまいちよくわからない。底なし沼なのだろうか。だったら彼の防護服は何なんだろうか。沼にはまり、抜け出せなくなるだけならば、かえって邪魔になるはずだ。

 私の疑問を察したのか、講師は前方に指を指した。その先には渡り鳥がいた。

 渡り鳥はそのまま沼に舞い降りていく。脚が泥を踏んだそのとき、渡り鳥は暴れだす。

 何が起こったのか、私と後輩にはわからなかった。ぱちくりとふたり揃って間抜けにまばたきをして、渡り鳥を見つめている。

 暴れたせいで、渡り鳥はかえって泥に絡みつかれていた。泥はどんどん渡り鳥を沼に引きずりこんでいる。どういう訳か、泥が触れた周辺の翼は、赤黒く色づいている。翼を汚しているのが泥だけではなく、渡り鳥自身の血であると気づくのに、少し時間を要した。

 唖然とする私と後輩に、講師は投げかける。「この沼の泥は、鋭いのです」

「それゆえに、この周辺の動物は近づきません。ごくまれに、あの渡り鳥のような不幸にも事情を知らない生き物が、沼に引きずりこまれ、引き裂かれる」

 渡り鳥は全身を沼にのまれた。周辺の泥はもとの赤茶よりもさらに赤い。だから、その防護服が必要なんですね、と吐息みたいな小さな声で後輩が言った。私は、そういえば彼の作品は、赤が鮮やかな作品ばかりだな、と思った。

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